「______大丈___か___お___」
男のぼやけた声が入り込み、メアは自身の視界が先行きのない暗さに閉ざされていることに気づいた。
不可解にも背中はひんやりと冷たく、四肢には疲労感がこっぺりと付き纏っている。
メアはそのまぶたをゆっくりと持ち上げる。
そこには、ひたすらに奥の見えない漆黒の天井。そして左からは一人の男が彼女の顔を覗かせていた。
「気づいたのか」
様子を確認した男はその顔を潜める。
パッと見、歳はメアとさほど変わらず、あの占い師のような声はしていない。
メアは思わず瞬きを繰り返した。しかし、何回繰り返そうとも景色は依然と変わらない。
彼女はその目をあちこちに揺らす。しかし、その行動で特に何か解せることはなかった。
左を向いても男の膝が映るのみで、右を向けば天井と同じ景色が待っているのみである。
メアの脳内は混迷が渦巻くのみだった。
魔物を相手に倒れて医務室に運ばれることはあっても、漆黒が塗りたくられた空間に男一人と放り込まれることなどありもしない。
いつもであれば直ぐにでも思い出せる記憶もなぜだかぼやけ、思い出せずにいる。
「動けるか?」
男のあまりにも淡白な声調にメアは八ッとさせられ、途端に転がるようにその男から離れた。
そうして、自重と疲労感に苛まれながらもその身体を持ち上げ、視線をその男へと向ける。
「だ......だれ...?」
怯え切った声を発しながらメアは視線を動かさずに楽な姿勢を探す。
「その様子だと十分動けるらしいな」
男の顔は少し戸惑っていながらも、変わらぬ口調で話し続ける。
そんな様にメアはある程度の憤りを感じた。
「だれ......だ!?」
歯を食いしばりながら放った渾身の一言は無慈悲にも語尾が上がる結果となった。
男は目を見開きクスリと唇を歪ませた。しかし、当の本人は目の前のことに必死で気づいていない。
「いやぁ、うん。俺はただの旅人だよ」
「馬鹿にしないで!ここは何処?私に何をしたの!?」
メアは頭に思い浮かんだ単語を片っ端から発言する。
「本当だって。俺だってこんなところに居たいわけじゃない。変なヤツに無理やりここに叩き込まれたんだ」
「変なヤツ......?」
「あぁ、全身黒の変なヤツだよ。不覚にも不意を突かれてな......」
その男の口調は呆れへと変わっていた。
「本当にそれだけ......?」
「それだけだよ。アンタのことなんてさっきまで知りもしなかったさ」
メアは気持ちが少しばかり落ち着き、口の隙間から深呼吸を行った。
そしてその様子を確認していたのか、
「聞きたいことは終わったか?ならこっちも聞きたいことがある」
「な、何!?」
メアはつい勢い余って、跳ね上がったように言った。
「今、アンタはその”変なヤツ”を知らないような口振りだったが______アンタ、どういう経緯があってここに連れ込まれたんだ?」
「判らない......覚えてない。目覚めたらここに。」
「何も覚えていないのか?」
男の顔は先程までとは打って変わって不可解な面持ちを呈していた。
「そ、そう。何も覚えていない! でもなぜ急にそんなこと?」
「......俺がここから出ようと色々模索してた時に、倒れこんでたアンタが急に現れたんだ。」
「んでその時アンタ、大量に魔物の返り血を浴びていたんだが...何故そうなったかも覚えていな______
その語りが終わるまでもなくメアの顔は完全に曇り、すぐさま自身の手を確認する。
大胆な血の跡は無かった。しかし、恐らく何かで拭き取った時に出来たとされる濁りきった赤色のカスがあちこちに散りばめられてる。
メアの呼吸は既にその激しさを増していた。彼女は薄々察してはいたものの視線を自身の衣服へと向ける。
______そして期待を裏切らんとばかりに服には血と思わしきシミが至る所に配置されていた。