眠り姫は眠れない   作:顔面ほぼゴリラ

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13話 池寛治の幸運

 中間試験まで残り1週間と少しと言ったところか。放課後の教室では、いつものように勉強会のメンバーがひしめきあっている。

 現在、恵ちゃんのグループは勉強会を図書室で行っているので、教室に残っているメンバーは平田くんのグループということだ。

 

 しかし、中には勉強会に一切参加しない生徒も存在している。

 変態2号こと池寛治。不良くんこと須藤健。そして、比較的学力の高いガリ勉眼鏡くんや高円寺くん。陰キャラ代表佐倉さん。その他にも複数人はまだ何処の勉強会にも参加していない。

 

 勉強会に参加しない生徒の1人である不良くんは、私の下僕である。

 過去問の存在はまだ教えていないが、彼は私の言葉を完全に信用しているので、中間試験を何処か楽観的に見ている。

 不良くんには、勉強をしなくても試験を切れ抜けられる裏ワザの存在や、私に服従しているという事実は、誰にも教えないようにさせている。だから、Dクラスの誰もが、いつまでも能天気な彼を不可解な目で見ていた。

 

 そんな不良くんだが、現在は教室で変態2号と雑談している。

 

「な……なぁ、健」

 

 変態2号が突然、少し深刻そうな表情になった。

 

「お? なんだよ、そんな顔して」

「俺たち、テスト大丈夫だよな」

 

 不良くんの中間試験に対する態度には、同様に全く勉強をしていない彼の目にも不可解に思えたようだ。そして自分自身も試験が迫っていることで、退学の危機を感じていたのだろう。

 

「大丈夫だぜ、池。なんたって俺たちには――」

 

 あ……ちょ、ちょっと⁉ 待て!! アホ!

 

「――秘密h……、……は!」

 

 不良くんはそこまで言って、何かに気付いたかのように言葉を止め、勢いよく私のいる方向を振り向く。

 『秘密兵器』だとか言いたかったんだろうけど、途中で私の忠告を思い出し、止めたのだろう。

 

 だからと言ってあからさまに私の方向くの止めい! 私が赤点回避の糸口を掴んでますよって言ってるようなもんだから、それ……。

 

 幸い不良くん達の会話をしっかり聞いている者はいなかったので、私が注視されることは無さそうだ。

 

 ふぅ……馬鹿な下僕を持つと疲れるな……。

 

「あ? なんか秘密があるのか?」

「い、いやいや。何でもねぇぜ。まぁ安心しろよ。いくら特殊な学校だからって、いきなり退学なんてありえねーだろ」

「そうだよな! あっはっは」

「あ、あっはっは……危なかったぜ」

 

 ホントだよ! 聞かれてたのが変態2号だけでよかった。

 

 本日最後の授業が終わって間もないので、平田くんの勉強会はまだ始まっていない。いつまでも続けそうな勢いで談笑している不良くんだが、流石に勉強会が開始すれば、彼らの邪魔にならないように部活に行くよう命じている。

 

 不良くんと談笑している変態2号。彼もまた、中間試験で赤点候補ではあるのだが、今の不良くんとの会話や不良くんの屈託のない表情を見て、どうにかなると考えているのだろう。 

 

 暫くすると、平田くんの勉強会は始まり出した。

 

「じゃあな、池。俺、部活行ってくるわ」

「おう。じゃあな」

 

 変態2号に別れを告げた不良くんは教室を出て行った。

 変態2号は、その後も暫く周辺の生徒たちと語り合っていたが、勉強会が本格的に開始し出すと素早く荷物をまとめて帰ろうとする。

 

「池くん、池くん。勉強会、参加しないの?」

 

 そんな変態2号を呼び止める生徒がいた。普段は平田くんグループの勉強会で教師役をしている松下さんだ。

 

「どうしたんだ? 松下さん。いきなり勉強会なんて」

「池くんは勉強会参加してないけど、大丈夫なのかなって」

「大丈夫大丈夫。勉強会なんて面倒だし」

「でも、このままじゃ退学になっちゃうかもよ?」

「……それを言うなら須藤の方がヤバいだろ。アイツも大丈夫って言ってるし何とかなるんじゃね」

 

 変態2号の楽観的な思考は、やっぱり不良くんに感化されたというのが理由らしい。

 しかし私は、変態2号が勉強会を拒絶し続けるのには、もう1つ理由があると踏んでいる。

 

「もしかして……勉強会のメンバーが嫌?」

 

 本心を見破られ、変態二号は少したじろく。

 

「っ……」

 

 変態2号の視線が一瞬、平田くんの方向を向いた。

 彼が勉強会を拒絶し続ける理由は勿論、試験を楽観視しているというのが大きいが、それだけではない。

 変態2号は平田くんのことをあまり好いていない。これが彼が平田くんの勉強会に参加しない理由だ。

 

「い、いや。そういう訳じゃ……」

「……やっぱり……」

 

 否定しているが、分かり易くオドオドし、言葉もつっかえている。松下さんの言葉は図星を突いていたようだ。

 そんな彼を見て、松下さんは言葉を続ける。

 

「もし良かったら……私と勉強しない?」

「……ほぇ?」

 

 変態2号にとって、松下さんのその言葉はあまりにも予想外だったようだ。自らの阿保をさらけ出す様な間の抜けた声を上げる。

 

「平田くんの勉強会に参加するのに抵抗があるなら、私と勉強しない? 2人きりでさ」

「……マジでっ⁉」

 

 松下さんが追加した説明に、漸く意味を理解した変態2号は、驚きのあまりそう叫ぶ。その声に私以外の生徒も何事かと彼女たちの会話に耳を傾ける。

 

「うん。それなら池くんも勉強できるんじゃないかと思って……どうかな?」

「うん、やるやる! それなら俺もやれる気がする!!」

 

 変態2号は上ずった声で、松下さんの提案を受け入れる。

 

「場所もここじゃない方がいいよね。ケヤキモールの中なら……勉強できる場所もあるかな」

「マジか!! よっしゃー!」

 

 変態2号はモールという言葉にさらに声の調子を上げる。勉強目的とは言え、行き先はモール。デートか何かと勘違いしているのだろう。彼は初めてのデートに歓喜の絶頂に至り、心弾む気持ちに違いない。

 

「じゃあ、行こっか? 池くん」

「おう!!」

「平田くん、そう言う事だから暫く勉強会には参加できないと思う」

「ッ!」

 

 この言葉で松下さんが中間試験まで彼に勉強を教え続けるつもりであることが分かる。それを聞いて変態2号はさらに喜び、舞い上がりそうになっている。

 

「あ、うん。勿論構わないよ。ありがとう松下さん。池くんのことは僕も心配していたから」

「まぁ、いくら平田くんでも全員を勉強会に参加させるのは難しいよ」

 

 松下さんは苦笑しながらそう言う。

 櫛田さんは1週間も前から変態2号や不良くんを勉強に誘わなくなった。私がそうするように頼んだからだ。

 しかし、平田くんはほぼ毎日彼らを勉強会に勧誘していた。どうしても見捨てたくなかったようだ。松下さんのおかげで、漸く変態2号に勉強の兆しが見え、内心ホッとしていることだろう。

 

 松下さんと変態2号が教室を出て行った後、平田くんの勉強会のメンバーはガヤガヤと落ち着かない様子だ。

 

「松下さん、どうしちゃったんだろう」

「池くんのこと、好きになった、とか?」

「それは……在り得ないでしょ」

「でも、それ以外考えられないよ」

 

 まぁ、これまでそんな素振りは無かったし、勘違いするのも当然だ。

 

 しかし、松下さんは変態2号を好きになったから勉強に誘った訳では無い。

 松下さんは既に私たちの仲間。そして、彼女が起こした行動は私が与えた役目を果たしてくれているだけだ。これで、変態2号に関しては大丈夫だろう。

 

 ピロリンッ

 

 そうこう考えていると恵ちゃんからメールが届いた。恵ちゃんは現在、図書室で勉強会を開いてるはずなのだが……何かあったのだろうか?

 私は少し不思議に思いながらメールを開く。

 

『テスト範囲に間違いがあるみたいだよ』

 

 ……今さら? 確かに「変だな」とは思っていたけど……もう1週間後には中間試験始まるんだけど。

 

『他のクラスは1週間前に訂正されてたみたい……』

 

 絶対意図的だわ……これ。

 

 テスト1週間前に範囲が訂正されれば、生徒たちは圧倒的に足りない時間を補うために、必死で勉強するようになる。勿論その為でもあるのだろう。

 しかし、本当の狙いはそちらではない。

 勘が鋭く悪知恵の働く生徒ならば、直ぐに気付くだろう。赤点を回避する正攻法でない方法がある、と。そして思い返す。小テストの3問が異常に難しかったことを。

 そこから導き出される答えとは――過去問の利用。恐らく茶柱先生の狙いは過去問の存在を私たちに気付かせることにある。

 

 でも――もう知ってるんだよなぁ……。

 

 私は恵ちゃんから小テストの中に高校1年では絶対に解けないような難問が含まれていたことを聞かされていた。その時点で既に過去問が手掛かりになると踏んでいた。だから、堀北生徒会長との動画消去条件の1つとして、過去問を貰った訳だ。

 

 結局、茶柱先生の目論みは全く功を為さない。

 

 もしかしたら私以外のDクラス生徒も過去問の存在に気付くという可能性はある。一番有力なのは平田くん。しかし、その線は限りなく薄い。平田くんは良くも悪くも善人だ。そんな小狡い方法を思いつけるとは思えない。

 

 そうなってくると、茶柱先生の行動は寧ろDクラスの平均点を下げただけになる。彼女なりの助力だったのかもしれないが、それがマイナスにしか働かないというのは何とも皮肉なお話だ。

 

 茶柱先生やクラスメイト達にとっては良い事無しだったようだが、逆に私にとってはプラスにしか働かない。

 

 これまでの茶柱先生の行動と今回の件から、彼女の内に秘められた考えが浮かび上がってくる。

 

 5月の頭、先生がこの学校のシステムについて初めて説明した日。先生は私の【権利】について、言及する必要の無い部分までホームルームで話した。その目的は、Dクラスの生徒たちに私が上のクラスへ行く鍵であることを示すため。

 そしてその日の放課後、わざわざ綾小路くんと私の2人を堀北さんがDクラスである説明の為だけに使ったこと。その目的は、Aクラス行きを強く望む堀北さんに綾小路くんの実力を示すため。

 星之宮先生が茶柱先生に言った『下克上』という言葉。

 

 これらを今回の件と照らし合わせると、見えてくるものがある。

 茶柱先生は――クラスをAクラスに上げようとしている。そして、その為にはあらゆる手段を用いてくることが分かった。もしかしたら、この先教師としてのラインを越えた行動に出ることも在り得る。

 

 彼女が有能であれ無能であれ、なまじ教師という職業であるが故に、生徒との立場や情報量の違いを利用し、脅し等の強行的な手段を講じることが出来るということだ。

 

 ――危険だ。あの教師は、私たちの平穏を脅かす存在だ。

 

 私はこの情報を即座に綾小路くんへとメールで伝える。

 

 綾小路くんのことは良く知らないが、並大抵の過去を持っている訳では無い筈だ。特殊な環境下で育った、私と同種の化け物。

 私と綾小路くんが契約を結んだ時、茶柱先生は彼の実力や風格に対し、特に驚く素振りを見せなかった。入試の点数が全て50点だったというだけで、その実力を完全に把握していたというのは、些か無理がある。テストの点数で測れることなど、所詮学力のみ。それだけで彼のあの変容を直ぐに受け入れられるとは思えない。

 

 そう考えると、茶柱先生が綾小路くんについて私の知らない何かを知っていることは確実だ。入試の点数とその情報を照らし合わせた結果、彼の実力をある程度推測できたのだろう。

 

 Aクラスにどんな手を使ってでも行きたいのなら、綾小路くんに圧力をかけるかもしれない。

 

 まぁそれは、綾小路くんが先生の考えに気付けなければ、と言う話だ。

 彼ならば、この情報を与えた時点でどうとでもできる。所詮は情報量の問題なのだから。

 

 

 

 ピロリンッ

 

 色々考えを巡らせていると、再び恵ちゃんからメールが届いた。

 

『訂正後の範囲だよ~』

 

 その内容は訂正された試験の範囲だった。

 私は過去問を持っているし、持っていなくとも高得点を取れると確信しているから、試験範囲などどうでも良いことだ。一応参考までに送ってきただけだろう。

 

 さて、今日は私も暇では無いのだ。恵ちゃん達に勉強会を任せている以上、私も色々しなければならない事がある。

 私は恵ちゃんから貰った連絡先で、複数人のクラスメイトを違う時間に呼びだすメールを送る。私の連絡先もかなり増えたものだなと少し感慨深い気持ちにならなくもない。

 

 今からそれらの生徒に会わなければならないのだが、最初に話すつもりでいる生徒の連絡先は恵ちゃんでさえ得られなかった。

 その人物は――Dクラスの佐倉愛理だ。

 

 運よく現在教室に残っているので、最初に話しかけようと思ったのだ。

 

「平田くん! 中間試験の範囲に訂正があるんだって!!」

 

 佐倉さんにどう話しかけようかと考えていると、試験範囲の訂正を知らせに来た櫛田さんが勢いよく教室に入って来た。

 

「それは本当かい? 櫛田さん」

「うん、Bクラスの一ノ瀬さんが教えてくれて……。これが訂正された範囲だよ」

 

 櫛田さんはそう言って一枚の紙を平田くんに手渡す。

 

「ありがとう、櫛田さん」

 

 訂正された範囲表は一枚しかないようなので、平田くんは黒板に大きめの文字でそれを写した。教室に残っていた大半の生徒が自身のメモ帳にそれを書き写す中、佐倉さんも焦ったように急いで書き写していた。

 そして、早急に寮に帰って勉強する為か、荷物を片付け始めた。

 

 佐倉さんが教室を出たところで私も彼女を追いかける為、教室を出る。そして、話しかけた。

 

「佐倉さん、少し話をしませんか?」

「……ひ、雛罌粟さん?」

 

 振り返った佐倉さんは私を見て酷く驚いている。

 確かに私は、学校では大体寝ているので無理もないだろう。

 

「お話です。お話。此処ではなんですし、何処か誰も居ない場所に行きましょうか。2人きりになりたいんです」

「え゛⁉」

 

 私は「ささ」と言いながら、彼女の手を引く。少し強引かもしれないがこうでもしなければ、佐倉さんは直ぐに逃げてしまうだろう。

 

「私とイイコトしに行きましょう」

「へ? ふぇぇぇええええ」

 

 

 


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