居候している幼馴染が神様になるというので人生計画を見直すことになりました 作:公序良俗。
近くの麺屋で肉が入っているものを注文する。昨日の小間物屋とは違って皆忙しいのか、大半の者はチラリと眼を向けるものの大した反応は見せず食べ終わるとさっさと店を出ていく。理は直ぐに運ばれてきた。少しお高めの銅25だが結構ボリューミィである。
「それでは…全てのものに感謝して…いただきます」
「いただきます」
「で、これは何のお肉かしら」
「さあ、食べりゃわかるだろう」
「そうね、見た目で豚と牛の区別がつかないトヒに聞いても無駄よね」
「まあそうだが…それがそのどちらでもないのはわかるぞ?」
「ドヤる程のものじゃないわよ」
こちらは鶏肉である。鶏肉か否かくらいはわかる。今回は名前から判断しただけだが。
「しかしあれだな、出汁が濃いな」
「麺に絡める分にはちょうどいいんだけどね」
「こんなとこまで再現しなくていいのに」
「それにしてもこれ何の肉なのかしら…」
先に食べ終わったので先程集めた金を計算する。ほとんどが銅だったが少し銀も交ざっている。流石に金はなかった。
「どう?いくら集まった?」
「銀が4と…銅が…ざっと50といったところか」
「まあまあね」
「ミワの方はどうだったんだ?」
「割と太っ腹な人が多かったわよ銀2とか3とか」
「いいじゃないか。やっぱり札で持ち歩いてる人は金持ちなんだなあ」
「私の営業スマイルのお陰よ」
「それはそうかもしれないな」
「トヒの方に全部移しとく?」
「いや、もし落としたりしたら怖いから出来るだけ分散させておこう」
「落とす気しかしないわ…」
「そのときは落とした分稼ぐまで飯抜きだな」
「ヒェッ…」
「冗談だ」
「よかった…ごちそうさまでした。それにしても何の肉だったのかしら」
二人で合わせて銅50を支払って店を出る。
秋のつるべ落とし。そろそろ日が傾き始めている。暗くなる前には拠点に戻りたい。今日の稼ぎは上々なので米や塩などを買いに問屋を訪れる。
「どうも」
「邪魔するわよ」
「邪魔するなら帰りな」
「邪魔したわね」
「おお…これが」
「じゃないわよ!」
「あんた達この辺の人じゃないね」
「貴方こそこの辺の人じゃないでしょ」
「ははは」
「ふふふ」
「「ふはははは!!」」
取り敢えずこの人がこの国ではなく同郷相当の出身ということはわかった。
「いいですか?」
「おっと失礼。何用ですかな」
「米を下さい」
「如何程」
「いくらから売ってくれますか?」
「銀1からだな」
「銀1でどれくらいでしょう」
「最近は一升半くらいが相場だ」
「うーん、値段はともかく量が多いな」
「どれくらいなの?」
「お茶碗30杯ぐらいだ」
「ひと月もつわね…」
「もう少し小売出来ないですかね」
「同郷のよしみだ。一升ならいいぞ」
「ありがとうございます。おいくらですか」
「銅60までまけてやろう」
その場で量り売りをしてもらい、きっちり現金で銅60を支払う。
「ありがとうございました。ではこれで…」
「そういや、あんたらどうしてこんなとこまで来たんだ」
「私達、神見習いと巫女見習いなのよ」
「ほう?だからそんな突飛な格好をしているのか」
「ま、まあそんなとこね」
「俺もこっちに来てから長いからな…あっちのことはほとんど知らんのだ。最近どうだ?」
「最近ねえ…」
答えに詰まるミワ。当然である。昨日ここに来たばかりなのだ。隣国どころか隣町のことすら知らない。
「西から回って来たので最近のことはあまり知らないんですよ。すみません」
「いいんだいいんだ。久しぶりに故郷のノリを思い出せただけでもよかったさ。まあ、頑張れよ」
「悪いわね」
「では」
「おおきに!」
店から大きな声で放たれる聞き慣れないフレーズに街ゆく人々がビクッとしていた。
「故郷話は危険ね」
「この世界では故郷でもなんでもないからな」
同郷の者とはあまり仲良くなってはいけないと思った二人だった。
その後、しょうゆと塩を一升ずつ購入すると拠点へと戻る。その頃には空が紅く染まっていた。
「しょうゆが高い」
「何より持ち運びが面倒ね」
「その点塩は安い」
「運ぶのも楽ね」
金を管理する者、荷を運ぶ者、それぞれにそれぞれの思惑があった。
拠点は昼に出たままの状態だった。取り敢えず着替えるとたき火を生き返らせる。その間にミワは新しい青竹を一本切ってくる。今晩はこれで米を炊くのだ。
「こんなのでどうかしら?」
「節の間隔もいい感じだな」
「火はついた?」
「悪戦苦闘している」
「ライターとかあればねえ」
「ミワは飯盒の準備をしといてくれ」
「わかったわ」
その後なんとか火を再生し料理が出来る程度に大きくする。竹の飯盒には米と水を同じくらいの分量を入れておいてしばらく水を吸わせてから火にかける。その間、川の仕掛けを見に行ったり、追加の燃料を拾ってきたり色々と忙しかった。
「ねえ、トヒ」
「なんだ」
「お風呂、どうしましょうか」
「あっ…」
まだ周りが見えるうちにとあれこれやっている間にすっかり日が落ちてしまっていた。流石に今から川で行水は冷たすぎる。
「忘れてたな」
「忘れてたわねぇ」
「今日は結構ホコリ被ったからなあ」
「そうなのよね」
「川縁に穴掘ってそこに水を引き込んで焼いた石を放り込むか」
「今からすることじゃないわね。それに動く度に泥が舞いそうよ」
「焼け石に水とは言え水の中に焼け石じゃちょっと無理があるだろうしな」
「ドラム缶とか転がってないかしら…」
「ドラム缶なあ」
庶民にとっては鍋ですら高級品なのにドラム缶が転がっている訳がない。五右衛門風呂のような大釜の上に大桶を被せるくらいが関の山だ。どちらにせよそんなに大量の水を運ぶ術がない。
「そうだわ!トヒ、水槽みたいなの作れない?」
「水槽?魚の?」
「ええ、人が入れるくらいのやつ。やってみたいことがあるのよ」
「普通のでいいか?」
「出来れば耐熱で」
「わかった(耐熱のガラスで人が入れるくらいの水槽…うーん、こんな感じか)『十枚の窓』…五枚余った」
「あーそうそうこんな感じ。後はもう少し浮かせて。同じ感じのやつを残りの五枚で高さ5センチくらいで二回りくらい小さく作ってちょうだい」
「注文が多いな。イメージしやすいからいいんだけどさ(同じのを少し浮かせて、同じ感じのやつを少し小さめに)『十枚の窓』」
「まあ、こんな感じかしら。じゃあちょっと離れててちょうだい」
「ん」
「もうちょっと」
「ほい」
ミワに言われた通り水槽から数メートル離れる。
「上は洪水、下は大火事、これなーんだ?『大火の海神』!」
「なんだそれは」
答えは風呂である。パンはパンでもに並ぶ有名ななぞなぞなので考える余地もない。そしてミワの宣言が終わると水槽は水で満たされ、水槽の下には炎が燃え盛った。見たまんま、風呂である。
「おぉぉ…」
「成功ね!」
「風呂だあ…」
「お風呂よ」
「水だあ…」
「海水になるかもって思ってたけど大丈夫なようね」
「火だ」
「なんでテンション下がるのよ」
「いや、あれだけ灰を被って火を起こしてるのに、こうも簡単に火を出されるとな。テンションを下げざるを得ない」
「いやでも、ほら、料理とか焚き火にしては強過ぎるし、ね?」
「そうだな」
「ほら、そろそろご飯が炊き上がるころじゃない?お風呂を沸かしてる間に晩ごはんにしましょう?」
竹飯盒を火から外して魚を焼く。魚を焼いている間にご飯は蒸らしておく。
「ほら、お箸も作ったの。凄いでしょ」
「器用だな」
「そんでもってこれはお皿よ」
「これは割っただけだな」
「スプーンよ」
「いい曲線美だ」
「コップ」
「切っただけじゃないか」
「全部名前入りよ」
ミワ作の竹細工とは言い難い食器が並んでいく。細かい作業は得意なくせに細かいことは気にしない。
「今日はお塩もしょうゆもあるから贅沢よね」
「塩はともかくしょうゆは無駄遣い出来ないけどな。まあ今日はいいけど」
「レモン汁とかもあればいいのにね」
「相変わらず何でもかけたがるな」
「素材の味は調味料をかけてこそ際立つのよ」
「相容れない」
「互いにね」
いい感じに魚も焼けてきたので竹飯盒を開けて竹皿に盛り付ける。竹の香りも相まっていい匂いである。
「それでは」
「「いただきます」」
まずはご飯を口にいれる。たった一日食べていないだけだがすごく懐かしく感じる。その場の雰囲気も相まってか炊飯器で炊いたものよりも美味しく感じる。
「なあミワ」
「何かしら」
「アマノさんにご馳走になるときに、向こうでは食べられないかも知れない、みたいなこと言ってたよな」
「そういえばそうね」
「食べれたな」
「……そういえばそうね」
「さて、塩焼きした魚もいただくとするか」
「三ツ星レストランとかにしとくべきだったかしら…」
「うん、美味い美味い」
「和食は和食でも普段食べないものにしとけば…」
ミワがブツブツ言い始めたが気にせず食事を進めていく。朝まではただ焼いただけだったが、塩で下処理をしてから焼いた魚は格段に美味しさがアップしている。
「大根おろしとかあればいいな」
「分厚いステーキ食べたい」
「しょうゆも掛けてみるか…うん、まあ、これはこれでいいな」
「今度戻ったときにアマノさんにお願いしてみようかしら」
「後はお茶だなあ」
「デザートもとびきりのものを用意してもらって」
「ごちそうさまでした」
「えっ!早くない?」
「食べるのに集中してたからな」
「にしても早すぎるわよ」
「さて、風呂にするかー」
大量の水もミワの出した炎によってすっかりお湯にかわっている。サイズも人一人に対して十分すぎるくらいだ。
「ところで洗い場はどこだ?」
「後先考えてなかったわ」
「そもそもこんな目の前で風呂に入るのか?」
「まあ私は気にしないけど」
「そういう問題じゃない」
「川で洗ってから浸かり直したらいいんじゃない?」
「露天風呂的なそれか」
普通は逆だが。そもそも全裸でここから川まで往復しなくてはならない。しかしこんなところで掛け湯したりなんかすれば水浸しになる。
「仕方ないな…上手くいかなかった時のためにスキル解除の用意をしておいてくれ」
「スキル解除?ナニソレオイシイノ?」
「スキルで出したものはスキルを解除するとなくなるんじゃないのか?」
「トヒのガラスがどうかは知らないけど、私は出したら出しっぱなしよ?解除も何もねえ」
そういえばミワのスキルはそういった系統のものばかりかもしれない。かくいう窓の方も解除しているというよりかは、用途が終わればなくなるように、というイメージをしているに過ぎなかった。
「じゃあまあ、失敗したら大惨事ということで覚悟しておいてくれ」
「何するつもりなのよ」
「『
既に展開している『十枚の窓』に加えて新しいガラスを展開してみた。スキルの同時発動が出来なければ『十枚の窓』で展開したガラスが消滅し、辺りが水浸しになるところだったが大丈夫なようだ。新たに発動した『八枚の窓』で空の水槽を作り、余った三枚で正四面体の洗面器のようなものを作った。三面しかないが。
「これでまあなんとかなるだろう」
「おおー」
パチパチと手を叩くミワ。
「じゃあ一番風呂は頂くぞ」
「ええ、どうぞ」
さっさと服を脱ぐ。空の水槽に入ってまずは一杯湯をすくい掛け湯をする。丁度いい温度だ。
「あ、入る時は小さいやつを底を上にして沈めてから入りなさいよ」
「フタじゃないのか」
「どこの膝栗毛よ」
ミワに言われた通りしてから湯船に入る。肩まで浸かれて足が伸ばせる。自宅の風呂でもここまで快適に入ることは出来ないだろう。
「お湯加減はいかが?」
「いい感じだ。身体全体を包み込むこの温かさが堪らんな」
「それは良かったわ」
水はともかく燃料代が全くかからないこの風呂。本業の人が見れば発狂モノだろう。そもそも今の生活自体にあまりお金がかかっていない。ある程度の道具は実世界から持ってきたとは言え、買ったものといえば米としょうゆと塩くらいだ。え…ウチのエンゲル係数高過ぎ…?
「いやー…トヒさんええカラダしとるのお…これだけで飯が三杯はいけそうじゃ…」
「どこのエロおやじか」
「もし人魚の水族館があれば実際こんな感じなんでしょうねえ」
「人魚も服くらい着てるだろう」
客観的に見れば全裸で水槽に入っているのだ。当然ガラスなので外側からは丸見えである。ミワ相手では今更なので特に何とも思わないが、この状況、一般的にはかなりの羞恥プレイなのかもしれない、そう考えるとどこか小っ恥ずかしい。ひとしきり温まったので水槽を移り、上から下まで全身を洗う。流石にこのときばかりは肌寒い。
「ごちそうさまでした。さて、私も一緒にお風呂入ろうかしら」
「何かあったとき二人とも全裸だと困るだろう。少し待て」
「えー私も早く入りたいー」
「わかった、わかったから、もう一度浸かったら代わるからもう少し待て」
服を脱ぎ始めるミワをなだめて急いで湯船に入る。さっきよりも熱い気がする。
「寒いから早くしてよ!」
「脱ぐのが悪いんだろう。すぐ出るから」
「何秒?」
「え?じゃあ、10秒」
「20log√10!」
「風情も何も無い数え方だな」
風邪を引かれても困るので渋々あがる。この身体は風邪を引くのだろうか?タオルで水気をとって着替えている間にもミワの肌面積が段々と広くなっていく。
「じゃあ二番風呂よ!」
「待て待て待て待て」
既に生まれたままの姿になったミワが湯船に飛び込んだ。
「あっっっつい!」
が、すぐに飛び出て水槽のヘリを掴み四つん這いになっている。あれだ、絶対押すなよ、のやつだ。
「どうした?水も滴るいい女ってやつか?」
「熱すぎるんだけど…」
「そりゃずっと沸かし続けてるからな」
「ちょっと!わかってたんならこの火どうにかしてよ!」
「どうにかする前に飛び込んだんだろう」
「仕方ないじゃない!待ちきれなかったんだもの」
「しかしなあ。どうにかするにもこんな大きな火どうすればいいんだ?」
「どうやってもいいから早くどうにかしてよ!」
「まずはそこから降りればいいだろう?」
「いや、なんか、この体勢、どう動いても落ちそうなのよ」
「じゃあさっさと落ちろよ。楽になるぞ。火が消えたとしても冷めるまで時間がかかるんだ。それまでそうしてるつもりか?」
「助けてくれるって選択肢はなさそうね」
「やだよ、濡れるじゃないか」
必死の試行錯誤の末ようやく立つことの出来たミワに火にかけてない方の水槽を近づけてなんとか救出する。これからは沸かした湯を移してから入る方が良さそうである。
「この火って物理的に消せるのか?」
「さあ」
「さあって無責任な」
「取り敢えず水かけてみたら?」
「水ならそこにたくさんあるだろ。お湯だけど」
「私がやるの…?」
「安心しろ、骨は拾ってやる」
「私死ぬの?」
ミワが四面体洗面器でお湯をすくうと水槽を盾にしてバシャッとかける…がしかし、全く火の勢いは弱まらず、お湯は地面にたどり着く前に蒸発してしまった。
「……まずくない?」
「……まずいな」
「燃える三条件ってなんだっけ」
「酸素と熱と燃えるものだ」
「これ何が燃えてるのよ」
「何を燃やしたんだよ」
「さあ…何も燃えてないんじゃない?」
「じゃあ他の二条件を潰すか」
「どうするの?」
「うーん」
取り敢えず水槽を地面まで下ろしていく。発火点が分からないのでこれで火が消えるかはわからないが。
「消えてるの?これ」
「そもそも燃えてるのか怪しいところだ」
「そうねえ」
「さらに煮立ってきてるな」
「ねえ、トヒ」
「なんだ?」
「それ、動かせるんだったら別のとこにどかしてよ」
「それでもいいが根本的な解決にはなってないぞ」
「これ以上沸かされたらたまったもんじゃないわよ」
「それもそうか」
ミワの希望通り浴槽の方は脇にのける。
「これを上に被せたらいいんじゃない?」
「なるほど」
水槽の方を逆さにして燃えている炎の上に被せる。直ぐには収まらないだろうが、酸素を使って燃えているならこれで鎮火するはずだ。
「私、お風呂どうすればいいの?」
「川行ってこい」
「そんなぁ…」
川から戻るとある程度まで冷めていた風呂に入っているミワの隣で洗濯をする。せっかくお湯があるのだから有効活用したいものだ。
「襦袢って夏は暑いし冬は寒いわよね」
「まあそうだな…でも夏は我慢するしかないが冬は上から着込んでたりするぞ」
「夏なんだから我慢せずに浴衣でも着ればいいのに」
「布一枚で人前に出れるか」
「あら、トヒは浴衣は下着何も付けない派なのね」
「派も何も浴衣は本来そういうものだろう…第一浴衣なんか着たことがない」
「そうだったかしら…まあ夏祭りなんて私たちにはなかったから当然かもね…誰と間違えたのかしら」
「迷子保護のテントにいたちびっ子とかだろう。もう痴呆が始まったのか?」
「トヒだったと思うんだけどねえ…まあいいわ」
ミワの実家の神社で毎年行われている夏祭り。ミワとトヒ、そして昔はトヨも迷子の相手をさせられていたのだ。彼奴ら、始めは泣いているくせに、優しくしてやると調子にのってあんなことやこんなことを…耐えかねたトヒがキレそうになるとミワとトヨが必死に止めるのが毎年の光景であった。
「こっちの祭りは二人で楽しみましょうか」
「ああ。でも、神見習いのくせに別の神様の祭りになんか行ってていいのか?」
「いいのよ。私たちはまだ一般人なんだし参詣もちゃんとするわよ。そうすれば後ろ盾になってくれるかもしれないじゃない」
「そうかもな」
自分が神になると信じて疑わないミワ。呑気なのか余程の自信があるのか。
ミワが風呂から上がり、トヒが洗濯を終えた頃には既に二人ともお眠の時間が来ていた。今日は色々あったのだ。蚊帳を吊るすと焚き火を囲んで直ぐに深い眠りに落ちていった。
二人が眠りにつき、長い一日が終わった。実際にはミワとトヒが起きてから寝るまで二時間も経っていないのだが、脳には朝から晩までの映像が記録されている。今日は色々あった、ありすぎた。二日目にして発生イベントが多過ぎて、この先何も怒らずにつまらない旅を続けるのではないかと思うほどだ。個人的には今日のような日が毎日続いてくれると退屈せずに済むのだが。寝ている間にも何か起こってくれないだろうか。さて、そろそろ時間だろう。
「やあ、調子はどうだい」
「私は至って普通ですわ」
「そりゃ君はそうだろう」
今回の仕事の上司であるアマノ。小さくて男神とも女神とも言いがたい中性的な容姿をしていて少々仕事運がない神である。知り合いに貧乏神でもいるのだろうか。
「彼女らの調子だよ」
「てっきり部下である私をお気遣い下さっているのかと」
「思ってもいないことを」
「あら、お酷い」
冗談もそこそこに、上司から求められたなら現状報告くらいはしなくてはならない。
「二日目の彼女らの様子ですが、向こうでの生活を楽しんでいるようですわね」
「楽しんでる?」
「例えるなら…遠足を明日に控え中々寝つけずにいる小学生…といったところでしょうか」
「いまいちピンと来ない」
「遠足の行きのバスではしゃいでいる小学生…といったところでしょうか」
「うん?」
「並んだアトラクションにもう少しで乗れる小学生…といったところでしょうか」
「遠足は遊園地だったのかな」
「お弁当の中身はなんだろうと想像している小学生…といったところでしょうか」
「デザートはバナナだね」
「この日のために頑張って貯めたお小遣いで…」
「もういいよ、どうして例えが全部小学生なんだ」
「他意はありませんわ」
「悪意はありそうだけど」
さて、そろそろ今日の分の報告書を書かなければならない。受け取り先が目の前にいるので二度手間もいいところだが、この通りまともに応えていないので報告書はきちんと書かなくてはならない。
「それでは私は報告書を作成致しますので」
「まあ、詳細はそちらで把握するよ…」
「先程も申し上げましたが少々過保護ですわよ?そう毎回来られましてもお応え出来ることはありませんのに」
「いや、そうだろうけどね。気になって」
「小学校に行き始めた子を持つ親ですわね」
「それはなんとなくわかる。そんな感じだ」
アマノからすれば彼女らはこれから羽ばたき飛び立つか地に落ちるかわからない雛鳥のようなのだろう。自ら足を運んで話をしに行ったと聞くから入れ込みは相当なもののようだ。
「ご安心くださいませ。彼女らは大丈夫ですわ」
部屋を出るアマノの小さな背中に声を掛ける。アマノはこちらを振り向くことなく手だけあげて出ていった。
新年一発目が正月って…