居候している幼馴染が神様になるというので人生計画を見直すことになりました 作:公序良俗。
1日23時間くらいコタツで生活してます。
今日も早くに目が覚めてしまった。時計を見るとまだ5時である。空にはまだ星が輝いている。もう一度寝ようとしても目が冴えてしまって仕方がないので火をいじり焚き火を大きくする。今はまだいいがこれから先、外での寝泊まりはキツイかもしれない。壁と屋根があるというのは幸せなのだ。
「本当に小屋くらいは作った方がいいかもな…」
しかしここに根を下ろすならともかく、数日後には別の街へ向かわなければならないのだ。ここへは非日常な生活を体験しに来たのではなく、神になるための試練を受けに来たのだ。とはいえ数日中に雨でも降ろうものなら街の宿泊施設を利用せざるを得ない。この二日は天候に恵まれてはいたが、いつ崩れるかわかったものではない。この季節に雨の中の野宿は流石に良くないだろう。だが小屋を一つ作るのにも色々なものが必要になる。壁や屋根になる木材はもちろんそれらを加工する道具も要るのだ。ボタン一つで採取、製材などが出来ないのが現実である。いっその事そういうスキルを考えてみるのも一つの手かもしれない。
スキルといえば、昨日のミワの『大火の海神』では酷い目にあったのだった。今日は街に出る予定もないので、ミワにはかなり適当なスキルの修正をしてもらおう。当の本人はまだスヤスヤ眠っている。
ようやく空が白ばんで来て辺りが薄らと見えてくるようになった。荷物からノートを取り出すとなんとなくで想像しながら部屋の間取りを書いていく。実際に作るかどうかは別にしてあったらいいな程度のものである。
「まずは…やっぱり二階建て以上だな…」
今まで二階建ての建物に住んだことがない。今の自宅は単身アパートであるし、実家は古い平屋建てなのだ。昔からミワの家の様な二階建ての家に住むことがささやかな夢だったりする。
まずは玄関。アパートの玄関はそれはそれは狭かった。何せ靴を置く場所もなく三和土も二人の靴を置いてしまえば言葉通り足の踏み場がなかった。二人並んで腰掛けられるスペースと欲を言えば段差も欲しい。
玄関を上がると目の前に広がるのは廊下やちょっとしたホールがありそこから各部屋に通ずる、というのが一般的な家だろう。二階建てなら階段もあるかもしれない。別に普通でもいいのだがそれでは面白くない。せっかく自分で考えるなら理想を追求したいのだ。幼い頃は家にたまに配られてくるる物件の間取り図を見ながら、この家がいい、いやこっちがいいとトヨと言い合ったものである。古い、懐かしい記憶を引っ張り出して書き込んでいく。
「何書いてるのよ」
「うわ」
「人の顔を見て驚くんじゃないわよ」
「後ろから急に話しかけるんじゃないよ」
「いやだってすっごく真剣に何か書いてたから」
既に辺りは明るくなっておりそろそろ日も出てくるころだった。結構時間が経っていたようだ。
「で、何書いてるの」
「間取り」
「は?」
「家の間取り図だ」
「なんで?」
「なんとなく、家欲しいなーって」
「え?」
「安心しろ、ミワのことも考えてあるから」
「いや別に落ち込んでないわよ?」
ミワも起きたので朝ごはんにする。と言っても今から準備なので実際食べる時間はまだ先になるが。昨日と同じように竹飯盒に米と水を入れて火にかける。その間に川の仕掛けから魚を入手し、塩で下処理をしてから同じく火にかける。後は待つだけである。待ってる間に先程の続きをする。
「ねえねえ、どんな感じの家なの?」
「どんな感じか…普通の家だな」
「ここが玄関よね」
「うむ」
「ここは?」
「作業場」
「玄関開けたら作業場って」
「外にあるより中にあった方がいいだろう」
「何するのよ」
「特に決まってない」
「この先は?」
「第二の玄関」
「なんでよ」
「実質外だし」
「じゃあこの小さいのは?」
「風呂」
「実質外とお風呂が直結してるの?」
「帰ってきたらすぐに風呂だ。便利だろ」
「家の中からはどうするのよ」
「中は中で別に風呂がある」
「ブルジョワね」
「そしてこっちが第三の玄関」
「なんで…」
「普通に出入りする用」
「なるほど?」
「これが第四の玄関」
「……」
「裏口とも言う」
「そう…」
「第五の玄関は二階にある」
「普通って何なのかしら」
「第六の玄関は地下に…」
「いえ、もういいわ。私が悪かったわ」
「?」
ご飯が炊けて魚も焼けたのでようやく朝ごはんである。昨日の晩御飯と同じメニューだがミワも文句は言わない。言ったところで何もないのだ。
「流石に魚ばっかりは飽きたわね」
「見た感じ違う種類だし別だろ」
「魚は魚よね」
「それより野菜が食べたい」
「こんこんがいいわ」
「葉っぱの部分だけでもなあ」
文句はないが、愚痴の二つや三つは出てくる。こうして朝から食にありつけているだけでも幸せなことなのだろうが、食が豊富にあるのが普通の生活を送っていた身としては物足りなさを感じざるを得ない。数百年の内に贅沢になったものだ。
「ミワ、今日は昨日の反省を活かしてスキルの内容を精査してもらうぞ」
「え?うーん…そうね…」
「出したら直す、小さい頃から教えられてきたろ。水はともかくあんな火を毎回残されちゃかなわんよ」
「まあやってみるわ」
「それが終わったら山歩きしよう。昨日見つけたツバキがもっと欲しいんだ」
「えー要は山登りでしょう?足痛くなるししんどいし面倒だし…」
「近くにはクリが落ちてるぞ」
「行かなくもないわね」
朝ごはんの片付けをした後、ミワがスキルの修正をしている間に間取り図の続きを考える。既に一階部分は大体完成しているので、残る二階部分と地下部分を詰めていく。実際に地下部分を作ろうものなら地面を大きく掘り下げなければならないが考える分にはタダである。地下は物置として使おう。居住スペースは一階部分で足りているので二階部分はおいおい考えよう。
「出来たわ」
「早いな」
「取り敢えずやってみるわね。水槽出してくれないかしら?」
「わかった」
『十枚の窓』で水槽を出してやる。こちらも中々扱いに慣れてきた。
「行くわよ…『大火の海神』!」
同じ宣言だ。同じ現象が起こる。
「同じじゃないか」
「まあ見てなさい…『海神の詔』!」
すると水槽の下にあった炎が水の球に包まれ、暫くの後、炎と水が相殺され跡形もなく消え去った。
「どうよ」
「おお…」
「効果を見直すよりも消したいものを後から消せばいいんじゃないかって思ったのよ」
「発想の転換だな」
とまれこれで火の処理の心配はなくなった。今日からは安心して風呂に入ることが出来る。
「じゃあ山歩きだ。すぐ帰ってくるつもりだし身軽な格好で行こう」
「今度は焼き栗じゃなくて茹でて食べたいわね」
「今はそれだけのものが揃ってるからな。出来なくはないだろう」
「よーし、行くわよ〜」
今日は昨日見つけた場所まで最短距離で進む。木が動かない限りは目印の通りに進めば目的地に確実に辿り着く。途中のクリの木でミワが止まりかけたが先にツバキの方を片付ける。
「着いたぞ」
「クリ…」
「帰りに拾えばいいだろう…」
「そうなんだけどね、目の前にあるのを見逃すのはなんとなく辛いのよ」
「わからいでもない」
取り敢えずツバキの実を採取する。三割程残して置けば生態系にも影響はないだろう…多分。これも殻を取って乾かす。中身を絞れば貴重な油が手に入る。これだけあればその作業も大変だろう。
「これくらいにしておこう」
「え?まだあるわよ?」
「全部取っちゃうとこの木にも悪いだろ」
「なるほど」
「この辺を少し回ったら戻ろうか」
「クリね!」
「山菜も狙えれば狙いたいな」
秋の山は色々と食料が転がってそうなのだが、意外とそうでもない。実りの秋の名が泣きそうだ。
「なーんにもないわねぇ」
「今年が不作なのか元々この山がそういうところなのか…」
「そういえば動物も全然見かけないわね。冬眠前のクマとか居るんじゃないかと思ってたんだけど」
「見つけたら逆に捕まえて鍋にしてやる」
仕方がないので踵を返して拠点に戻る。途中、しっかりとクリを回収したミワだった。
拠点に戻るとクリを茹でる。鍋は『十枚の窓』で小さめの箱を作った。拾ってきたクリを洗って鍋に入れると浸るまで鍋に水を入れ塩を少々加える。そこから沸騰するまで待つ。沸騰したら火から遠ざけていい感じに柔らかくなるまで気長に待つ。後は少し冷ましてからそのままパクリといく。冷蔵庫で寝かすと甘くなるらしいがそんなものはここにはない。
茹で栗が出来上がるまで二人でツバキの殻を剥がしていく。昨日少しやっているので既に慣れたものである。今日は昨日剥いた実を搾ってみようか。
「まだダメかしら」
「そうだな…一個切ってみるか」
ツバキの実の殻を剥き終わるとミワが待ちきれないといった様子で聞いてくるので、鍋から一つ取り出しナイフで切ってみる。スっといったので充分柔らかくなっている。食べ頃だろう。
「ほら、食べてみろ。熱いぞ」
「わーい」
「どうだ?」
「ほいひい」
「そうか」
「残ったクリは栗ご飯にしましょう」
「竹飯盒で出来るのか…?」
さっきと似た要領でクリを茹でる。外皮を剥いたら取り敢えず水槽に放り込んでおく。食べる時に渋皮を剥けばいいだろう。
「それでは本日のメインイベントです」
「どうしたのよ急に」
「椿油を搾ってみましょう」
「嫌な予感しかしないわ」
昨日殻を剥いたツバキの実を砕いていく。ミキサーなどがあればいいのだが当然そんなものはないので手作業である。そしてそんな力仕事をするのはミワの仕事である。
「やっぱりこうなるのね」
「棲み分けは大事だ」
砕いた実を少しの間だけ蒸していく。そして冷めきる前に竹と『八枚の窓』で作った搾油機を使って搾っていく。そしてそんな力仕事をするのはやはりミワの仕事なのである。
「やっぱりこうなるのよね…」
「食い分けは大事だ」
ちゃんとした搾油機ならもう少し搾れたかもしれないが、上から押し付けただけでは残ってる感じが否めない。搾れた分はきちんと保存しておく。搾りカスはとっておいてシャンプー替わりにする。
「お疲れ様」
「ほんと疲れたわよ」
「でも見てみろよ。こんなに透き通った綺麗な色もなかなかないぞ」
「花は食べられないのよ」
「じゃあそろそろご飯にするか」
あれこれしている内にいい時間になったのでお昼ごはんである。今回もご飯に魚の塩焼きといった何の変わり映えのない食卓だった。人というものは少し贅沢になると更に上を目指したがるようだ。
「流石に飽きたわ」
「晩は煮付けにしよう」
「そういう問題じゃないのよね」
「どうしろと言うんだ」
「知らないわよ」
「なんだそれ…」
「せめてもう一品増えないかしら」
「どっちも大した料理が出来ないんだから、ある材料で出来ることをするしかないだろう」
「お惣菜と冷凍食品は偉大だわ…」
「それは否定しない」
割引の惣菜とセールの冷凍食品を軸に食卓を回してきた者にとって、この世界で品数の少なさをカバーすることはほぼ無理なのであった。かくいうミワも料理が得意というわけでもない。そもそも材料がないのでどうしようもないのであるが。
「味噌があれば味噌汁でも出来るんだけどな。具無しだけど」
「お豆腐くらいは欲しいわね」
「それなら冷奴で食べたいな」
「私は嵩増し出来る方がおなかいっぱいになるからいいけどね」
「具無しの味噌汁と冷奴で解決だな」
「新しい問題が浮上してるわよ」
今後の食卓事情が喫緊の課題となった。
食事も終わり特にすることがないので川べりをぶらぶら歩いてみた。この辺りは上流に近い中流域なのでそれなりに大きな石がゴロゴロ転がっている。ひっくり返すと川に棲む水生昆虫なんかがいたりするのでいつか釣りをする用の餌として捕まえておく。針がないので当分活躍しないだろうが、使う機会がなくても撒き餌にすれば仕掛けに掛かる魚も増えるだろう、多分。そこまでしなくても十分かかっているのだが。因みにこれを持って帰ってミワに見せると苦虫を噛み潰したような顔をする。またこれが見物なのだ。
拠点がある側は街への往復時に通ったり、仕掛けを設置したりしているのでだいたい把握したが、対岸は初日に脇目も振らずダッシュしてこちらに渡って来たので殆ど何があるかわかっていない。そこまで広い川ではないので生態系に差は無いだろうが一応確認しておきたい。
「はいミワ、お土産」
「いらない」
「えー」
「えーじゃないわよ」
拠点で本を読んでいたミワに例の虫が入った竹筒を渡すも受け取ってくれなかった。流石にそう何度も上手くはいかない。
「川の向こう側を少し探索しようと思うんだが…行くか?」
「また山歩きするの?」
「拠点の周辺を把握しておくことは大事だろ」
「朝もやったじゃない」
「今度は川向こうだ」
「えー」
「えーじゃない」
実世界では数ヶ月ニートだったミワ。出不精なのは仕方がない。外に居るのに出不精とはこれ如何に。
「トヒ一人で行ってきなさいよ。私は留守番しておくわ」
「まあダメ元だったからな。そうするよ」
しつこく誘ったところで動かないのは分かっているので素直に引き下がる。最低限の荷物を持って川へ向かう。そして初めて川を渡ったのときのように『十枚の窓』を展開して川を渡り対岸へ降り立ち、特に宛もないのでそのまま真っ直ぐに木々を分け入り進んでいく。
しばらく進んでもこれといってめぼしいものは何も無く、強いて言う程のものもない。冬前の山がこんなでは山に住む動物達もたまったもんじゃないだろう。木の実を集めて冬の食料を確保するものだったり、冬眠前にひと冬分の食料を食べるものだったり……。
「……」
目の前に大きい黒いやつが現れた。そしてその近くには小さい黒いやつもいる。あれである。熊である。しかも子連れである。控えめに言ってこれはヤバイのではないだろうか。
「ぅゎぁ…」
逃げようにも既に向こうもこちらに気付いている。というかガン見している。下手に動けば確実に殺られる。こちらで死んだとしても実世界に影響は無いということなので、万が一殺られたとしても貴重な体験が出来たということで終わりである。が、人生において死ぬのは一度きりで十分であるし、こっちの世界で死ぬわけにはいかない。
さて、こういうときの正解はなんだろうか。一つ、死んだフリをする。これは一番アウトなやつだ。例え死肉に興味はないと言われていても目の前で急に倒れたりしたらツンツンくらいしてくるだろう。てか普通に食べるからな。人間だって普段食べてるのは死肉なんだから。その辺は割り切って考えよう。その為のいただきます、だ。二つ、決死の覚悟で相手の胸に飛びつく。いやいやいやいや、無理があるだろう。腕が短く胸まで手が届かないので安全なんて言われているがまずもって近づくことが出来ない。近付けたとしてもいい感じにダイブ出来ないし、出来たとしても腕力と握力がもたない。もったとしても結局逃げられないしそのままボディプレスされるかもしれない。全ての分岐でバッドエンドである。そもそもこの熊、立ってないじゃん。三つ、熊スプレー。ない。
巷では空手家の人が熊を撃退しただの、一般人が背負い投げしただの真偽が定かでない情報が出回ってはいるが、やるとしてもそういう担当はミワだろう。出来ればここは平和的解決に持っていきたい。
「『
という訳で籠城である。興味がなくなったら勝手にどこかへ行ってくれるだろうからそれまで安全地帯でのんびりしておこう。一人将棋でもするか。
一人将棋とは一人二役で将棋を指すことである。相手の指す手が手に取るようにわかるので読み合いも何もない。また、知識の乏しい者がやると結構序盤で沼る。
地面に縦と横に10本づつ線を引き盤を作る。そして合わせて40の駒を書き込んでいく。後は消して書いて消して書いてを繰り返す。
「えーと、これが居飛車?でこれは穴熊だっけか…」
将棋を指すなんて言っているがその実情、詳しい訳ではなく、動かし方とちょっとした陣の名前くらいしか知らないのだ。
「うーむ……動かすところがない」
当然、沼った。
件の熊さんは防壁の周りをグルグル回ったり揺らしたりしてきたが、二重構造の内側にいるトヒにはなんの影響もなく、暫くすると子を連れてどこかへ行ってしまった。暴れられても困るのだがなかなか呆気ないものであった。まだ近くにいるかもしれないのでもう少ししてからにしよう。取り敢えずこの対局の雌雄を決さなければならない。
勝利した。まあ、敗けもしたので実際のところは引き分けだろう。終局したのに引き分けなんて聞いたことがないが。長時間地面に座っていたので立ち上がり伸びをする。そして、周囲に危険がないことを確認してから『十枚の窓』を解除する。しかし、これ以上進んだところで多分何も無いだろうし、彼奴等と再び相見えることになるかもしれないので今回の探索は切り上げることにする。ただ来た道をそのまま引き返すのでは何かもったいない気がするので少し斜面に逆らいながら歩いていくことにした。
「ミワがいなくて良かったな…無理に連れてきてこんなザマだと文句しか言わなさそうだ」
「ペプシっ!!冷えてきたのかしら…少し火を大きくしましょう…」
結局、川に至るまでにめぼしい物は何もなく収穫は堂々のゼロだった。拠点に戻るとミワは相変わらず本を読んでいた。そこまで分厚いものでもないのにずっと読んでいる。
「おかえり、何かあった?」
「強いて言うなら熊に会った」
「ふーん」
「反応が薄いな」
「いやだって、大丈夫だった?って聞かずもと大丈夫そうだし」
「いやまあそうだが」
「にしてもこの山、大丈夫かしら?」
「何がだ?」
「食料のない山に熊が居るならその先は自ずと知れたものよ」
「あーそうかもなあ」
「ここも他人事じゃあないでしょうけどね」
そう、山のふもとどころか山の中で料理をし、食事をしているのだ。突然ひょっこり現れてもおかしくはない。
「まあいざとなればミワの出番ってことで」
「絶対に嫌よ。朝鍋にしてやるって言ってたの誰よ」
まだ日は高いのだがやることもない。街に出るには遅いので焚き火周りでぼーっとするしかなかった。こちらの世界に来るまでは朝から晩までずっと神社で詰めていたし、休みの日もミワの職探しをしていたので何もすることがないというのはとても久しぶりだった。いままでこういう時は何をしていたのだろうか……。
「なあ、ミワ」
「何?」
「何読んでるんだ?」
「…知りたい?」
「まあ」
「本よ」
「そうだろうな」
「これよ」
「『人類滅亡-はじまりの物語-』なんだこれ」
「どういう訳か突然人間だけがこの世から消滅してしまったことに困った神様が二人の人間を作り出して生き延びる術を伝えていく話よ」
「アダムとイヴみたいだな」
「ところがどっこいどっちも女の子なのよ」
「二度目の人類滅亡も遠くないな」
「百合は世界を救うのよ」
「真顔でそういうこと言うんじゃない」
「まあストーリーはともかく内容は現代技術に頼らない生き方を伝えるものだから中々勉強になるわよ」
「へえ」
いわゆるところのサバイバル本だろうか。それならばこちらに来る前に何度か本屋で立ち読みしたが。
「トヒは何か持ってきてないの?」
「娯楽的なものはさっぱりだな」
「そういえばずっと一緒にいるのにトヒの趣味知らないわね。家では暇さえあれば御守り作ってるし」
「趣味か…趣味なあ」
「アクセサリーも興味ないし、食べ物なんか全く興味ないじゃない。オタクみたいなところもないし」
「ほんとだ…何を楽しみに生きてきたんだろ…」
「元気出しなさいよ」
「これから何を楽しみに生きていけばいいんだろ…」
「元気出しなさいよ…ほら、これを機に何か探してみましょう?」
「巫女になるのに履歴書がなくてよかったよ…いや、あればもう少し早く気付けてたかもしれない」
「次の世代からは巫女にも履歴書は要ることにしましょう」
これまで時間に余裕がなかったので考える暇すらなかったが、いざ問題となるとかなりの難題だった。小さい頃は日の高いうちはずっとミワに振り回されていた。家に帰ると姉とともに母の内職の手伝いをしていた。無理に手伝わされていたという訳ではなく、母と姉がやっているのを見て自分もやりたいと思ったのである。最近は朝から晩まで神社に詰めて帰って寝るだけの生活をしているし、休みの日にはミワを連れ出して職探しである。そんなこんなで自分の趣味の時間が今まで殆どなかった。
「生きてることが趣味なのかもしれない」
「え?」
「これからは『趣味は生きること』でやっていこうと思う」
「人生舐めてるって思われそうね」
「総合的に見た結果だ」
「まあ無いもの捻り出しても仕方ないものね」
「そういうことだ。気楽にいこう」
若干強引に現実逃避をする。ミワも本の続きを読み始めたので朝書いていた間取り図を取り出す。地下や二階よりもまず一階部分をもっと詰めていきたい。このままでは作業場に休憩スペースが付いているだけだ。理想のマイホームを完成させなければ。
気が付くと大分と日が落ちていた。そろそろ晩ご飯の準備をしなくてはならない。ミワはまだ本を読んでいるので一人で川へ行って仕掛けを確認する。山の実りと比べるとこちらはいささか恵まれすぎており、今回も二人では充分過ぎるほどの魚がかかっていた。下流に迷惑が掛かってないだろうか?
「おかえりー」
「ただいま」
「お米は準備しておいたわよ」
「助かる」
「いっぱい獲れた?」
「ああ。塩もあるし本格的に干物が作れるぞ」
「いいわね。さっきも本を読んでる時に少し口が寂しかったのよねえ」
「食べ過ぎると塩分摂取量が凄いことになるぞ?じゃあ、そろそろ風呂も沸かすか」
「よしきた」
昨日の大惨事を教訓に初めから『十枚の窓』と『八枚の窓』を同時に展開しておく。そしてそこにミワの『大火の海神』で水を満たし火にかける。後はそこそこの温度になるまで放置である。
「これ、最初からお湯は出ないのか?」
「あのねえ、40℃の海なんて聞いたことある?」
「なくはない気が」
「どのみち私が入ったことないからイメージ出来ないわよ」
「なるほど」
能力には限界があるということか。しかし、イメージさえ出来ればいいのであれば、詳細にイメージすればなんでも可能なのではないだろうか。明日にでも試してみよう。
PVUAが伸びないですねぇ…1話→2話の時点で1/3程になるので1話に難ありといったところでしょうか、、、