居候している幼馴染が神様になるというので人生計画を見直すことになりました 作:公序良俗。
時計は直りました。
「着く頃には真っ暗だな」
「そうねえ」
「火は大丈夫かな」
「どうかしらね…流石に火種までは消えてはないと思うんだけど」
「あ、そうだ。洗濯はしてくれたのか?」
「バッチリよ。河原に干してあるからそれも早く取り込まないとね」
「河原に…?」
「ちょちょいと物干しをね」
「へー」
「木を地面に差してロープを掛けるだけの簡単なお仕事です」
「やるじゃん」
「もっと褒めてくれていいのよ」
「そこまでのものじゃない」
「もう…素直じゃないんだから〜」
「やかまっしゃい」
ナンパスポットを過ぎて暫く、そろそろ川に差し掛かる。
「橋のとこに誰か居るわね」
「あまり川を上がってるところは見られたくないんだがな」
「遡上」
「違うわ」
一旦スルーして居なくなるのを待つつもりだったのだが、近づくにつれて段々と姿がはっきりしてきた。
「あ」
「どうしたの」
「忘れてた」
「何を」
「ナンパ組の1人が野菜の仕入れしてるって言うから頼んでたんだった」
「つまりあいつが私のトヒを…」
「別にお前のじゃない」
「なんか様子が変ね」
「遅すぎて怒ったかな」
「私に怒る権利があってもあいつに怒る権利はないわよ」
「別の話だと思うけどなあ…おーい!穏健派か?」
穏健派の方は座って向こうを向いているのでこちらにはまだ気づいてないようだ。互いが見えるくらいの距離から声をかける。ピクっと身体が動くとゆっくりとこちらに振り向く穏健派。その顔はいつか見たような青ざめた顔をしていた…と思う。逆光だったのでよく見えなかったが。
「ああ…巫女様か…」
「遅くなってすまなかったな」
「あ、いや、そんなことは…」
「酷い顔だな。何かあったのか?」
「そ、そうだ…巫女様!また、また熊が…」
「熊?」
「少し前からここで待っていたんだが、ついさっき昼間見たやつと同じようなやつが川下の方からこっちに向かって走ってきて…」
「ふーん…熊ねえ。今日はよく見るなあ」
「俺、もう怖くて怖くて…バレないように息を潜めてじっとしていたんだ」
「まあ走ってったのならもう居ないだろう。大丈夫なんじゃないか」
「そ、そうだな…」
「あ、そういえば野菜は?仕入れれなかったのか?」
「それは大丈夫だ。少し無理を言ったが分けてもらった。今は川にさらしてるよ」
「流石、野菜は鮮度が命だからな」
「ちょっと取ってくる」
穏健派が土手を下りていく。
「なあミワ」
「何」
「熊って」
「あのコでしょうね」
「やっぱり」
「それよりトヒ」
「どうした」
「やけに仲が良いのね。酷いことされそうになったっていうのに」
「そうか?まああの中では一番マシだったからなあ」
「私は落ち着いているわよ」
「聞いてないが…」
不機嫌そうなミワ。こんなに不機嫌になるのもなかなか見ない。愛されてるなあ…
「待たせたな」
「ほう…これは…」
「人参大根ほうれん草にこっちは芋だ」
「他にも色々あるな」
「明日の仕入れに影響が出ないように少しだが色んな種類を貰ってきた」
「こりゃありがたい。ええと、銀1だっけな…あ」
「あ?」
「ちょっと待ってくれ」
「お、おう…」
あることを思い出しミワの方に駆け寄る。
「なあミワ」
「何よ」
「お金持ってないか」
「持ってないわよ。お金の管理は全部トヒがやってたじゃない」
「いやでもキャッシュレスの方は…」
「あー…置いてきたわね」
「なん…だと…」
「え?まさか一文無しなの?」
「カバンにどっちも入ってるからな…」
「なんでもかんでも突っ込むからよ。財産は分散して隠しておくものよ」
「あ」
「何よ」
「ちょっとあいつの相手しといてくれ」
「何でよ」
「分散して隠してた」
「だからって何で」
「服の中だもんで」
「…わかったわよ」
相当不機嫌そうなミワ。嫌々を隠そうともせず穏健派の方へ近づく。穏健派には悪いが金の出処を知られるわけにはいかないのだ。穏健派をミワに任せて土手を下りて橋の下にもぐる。
「ふーん…あんたが」
「な、なにが…」
「こちらの話よ」
「はあ…?」
頭上では不穏な空気が流れている。早く戻らなければ死人が出そうだ。
「お待たせ」
「あの…巫女様…この人は…?」
「ああ、うちの神だ」
「神…?」
「巫女見習いが仕える神見習い」
「俺、神様になんかしちまったのか…?」
「色んな因果が交差しまくった結果だ。ほら銀1」
「はあ。毎度」
「ありがとうな。じゃ、気をつけて帰れよ。また熊が出るかもしれないんだから」
「ヒッ」
「冗談だ。こっから見えなくなるまでは見送ってやるから後は走って帰れ」
「優しいんだか厳しいんだか…」
じゃあと言って街へ戻っていく穏健派。今からだと街に着く頃にはすっかり日が暮れてしまっているだろう。熊というよりかは野盗に合わないかの方が心配かもしれない。
「今夜はご馳走だぞ」
「そうね」
「まだ怒ってるのか」
「別に怒ってないわよ」
「そうか」
「気になってることがあるんだけど」
「何だ」
「さっきのお金、どっから出てきたのよ」
「知りたいか」
「知りたくないわけではないわね」
「ここだ」
「足?」
「正確にはここだ」
「足の裏にお金入れてたの?」
「いやー助かったよ」
「えー…トヒってたまに変なことするわよね…」
「変とはなんだ。昔はこれで税関も通れたんだぞ。先人の知恵を馬鹿にするな」
「密輸でもしてるの?」
穏健派が見えなくなってから土手を下り川上へ向かう。直ぐにでも真っ暗になりそうなのでそれなりに急いで歩く。陽が落ちてからだとこんなところ歩けるわけがない。カバンがあれば灯りになるものがあったかもしれないが今はそれすらないのだ。
「洗濯物入れとけば良かったわ…」
「夜露が降りてないことを祈るしかない」
「いやもうこれは無理ね」
「まあ明日また乾かせばいいさ」
「トヒは今日何で寝るのよ」
「あ」
「私は今日は仕方ないからこれで寝るけど流石にそれで寝るわけにはいかないでしょ」
「そういえばお前、今日ずっとその服で街中走り回ったんだな…」
「そうだけど?」
「神としてのイメージが…」
「そんなこと考えてる暇もなかったのよ。行ってみたら普段通りのトヒだったから安心したわ」
「まさか。腕輪がないって気がついたときはもうゲームオーバーかと思ったぞ」
「今も無いんだから状況は大して変わってないわね」
「そうなんだよな。また明日行かなくちゃならん」
「取り戻しに行くのね」
「それもあるがボスの妹…声を掛けてきた女の子なんだが、それを今わからせてる途中でな」
「わからせてる?」
「ちょっと社会を舐めてたから窓の中に閉じ込めてきた」
「うわ…」
「何、半日くらい飲まず食わずでも死にはしないさ」
「トイレどうすんのよ」
「さあ?」
「乙女の敵ね…」
「人類の敵かもしらん」
「これが私の巫女なの…信仰集まるかしら…」
トイレと言えばアマノが言っていた通り本当にもよおすことがない。お陰で気楽に野宿が出来ている。神格化って凄い。
拠点に戻るとまず洗濯物の回収。ギリギリ陽が残っていたのでびしょびしょにはならなかったが、川沿いということもあり少し湿っていた。この程度なら焚き火で乾かせば寝る頃には着れるようになっているだろう。その焚き火の近くに黒い塊が蹲っていた。先行して戻っていた熊公である。まるでそこが自分の席だと言うかのようにごろんとしている。自由だ。
「ただいま〜」
「ホントに居るんだな…」
「さてと…お風呂にしましょうか」
「じゃあミワはそっちを頼む。魚とってくるよ」
「行ってらっしゃ~い」
「こいつの分は…」
「もちろん。2匹ね」
「へいへい」
大いに助けられたのでこれくらいはしてやらないと悪いか。但し仕掛けは3つしかない。そんな都合よく4匹もかかってるだろうか。
「ただいま」
「あら、早かったわね。成果は?」
「御要望通りの4匹と1人だ」
「1人?」
後ろを振り返りこっちへ来いと促す。
「あら貴方…」
「寿司組だ」
「帰ってなかったの?」
「例の如くこいつを見て気絶していたらしい」
「それで今まで倒れてたの?よく生きてたわね」
「起きたらもう陽が傾いてて1人で帰るのが怖かったんだと。んでここを見つけて暫くしたらまたこいつが現れたもんで急いで逃げたそうだ。だから火が割と生きてたんだな」
「人の家に勝手に上がり込むなんて非常識ねえ」
「で、どうする?」
「どうするも何も…ほっとくわけにいかないじゃないの。一応トヒのピンチを知らせに来てくれたんだし」
「だってよ。良かったな」
「いつまでそこに居るのよ早くこっち来なさいな」
寿司組…弥助と言ったか。うるさい方でもなく川を渡った方でもなく。実際に対面するのは初めてだ。
「いや…だって…くま…」
「取って食いやしないわよ」
「嫌ならさっさと帰るんだな。帰れなくとも街道まで行けば近くに民家くらいあるだろう」
「しかし…」
「諦めなさい。トヒもあんまりいじめないの。陽がある内に覚悟を決めて帰れない人が今から帰れるわけないでしょ」
「いじめてるつもりはないんだが…ほら熊公、今日のお礼だ」
大きめの2匹を木の皮にのせて前に置いてやる。ちょんちょんとつつくとそのままがぶりと食べ始めた。まるでペットでも飼ったみたいだ。
「ご飯は?食べるでしょう?」
「えっと、その…」
「要らないならちゃんと言いなさい。うちも余裕がある訳じゃないんだから」
「い、要ります…」
「じゃあもう1つ追加ね…1人分なら縦でいいかしら」
ミワが竹を一節分切り取る。片方はいつも通り、もう片方は節が残らないように切る。要はコップ型だ。
「トヒ、お鍋」
「うーん」
「どうしたのよ」
「10を風呂につかって8をわからせタイムに使ってるからどうも耐久性がイマイチなんだよ。熱に耐えられるかどうか」
「えーそれじゃあこのお野菜はどうするのよ。生で食べろって言うの?私生で人参は食べれないんだけど」
「じゃあ根菜はまだ置いとけるから先に葉っぱもんを使おう。湯掻くくらいなら大丈夫だろう」
「良いわねそうしましょう」
「『
「器用になったものね」
「まあまあ慣れてきたな」
「お湯汲んできてよ。私大根の葉っぱ切ってるから」
「ほいほい」
ミワが用意した『大火の海神』の水。生活用水程度なら川まで行かなくてもこれで十分である。今は風呂を沸かしてる途中なのである程度温度が高い。加熱時間が短くて済む。
「ほらほら、貴方も働きなさい。働かざる者なんとやら、よ」
「何をすれば…」
「そうねえ…水汲んできてもらおうかしら」
「水?水ならそこに…」
「これはお湯。湯掻いたお野菜を〆るのには冷たいのが欲しいのよ」
「はあ…なるほど…」
「さては貴方、全然料理しないわね?」
「ま、まあ…」
かくいうミワも料理は殆どしていない。やればできると言いながらやると何かやらかすのであんまり任せられないのだ。
「なあ、巫女さんよ」
「んあ?」
ミワの切った大根の葉っぱを塩揉みしていると弥助が話しかけてきた。ミワに少し怒られたみたいな感じになったのでこれ以上話しかけづらいのだろうか。
「桶か何かないのか?」
「ないな」
「参ったな。水を汲んだとしてもどうやって運べばいいんだ」
「あーなくはないんだが…でもなあ」
「なんでもいい!使わせてくれ!」
「まあいいか。ちょっと来てくれ」
「お、おう」
手伝わないと本当にメシ抜きになると思っていそうだ。弥助を荷物置きにしている茂みの窪地に案内する。今日の買い出しの際に重いので使わないであろうものをカバンから出して置いておいたのが功を奏した形になった。ここにはしょう油や塩などのツボも置いてある。拠点を離れる際には持って移動することになるのでこいつらの処遇も考えなければならない。
「そこに派手な色のやつがあるだろう」
「これか?」
「それそれ。それ、一応水を汲む道具なんだよ」
「これが…?」
いわゆる水汲みバケツと呼ばれる代物。釣りのときなどに使う。折り畳み式なので嵩張らないのが高評価だ。
「見たことない道具だな」
「まあやってみろって。その縄を解いてそっちに水を流せば水が入ってくるから」
「おう…わかった」
「落とすなよ」
弥助を川に送り出す。本当なら自分でやった方が楽なのだが仕事を与えてやらないといけないし、こっちはこっちでやることがある。
「使わせちゃって良かったの?」
「何をだ」
「この世界にしてはオーバーテクノロジーでしょ」
「原理は井戸の桶と一緒だし大丈夫だろう。あの登山用のごついロープと同じだよ」
「まあそうね」
「そうだ」
「じゃあほうれん草入れてくわよ」
「時間をかけずにサッとだぞ」
「任せなさいって」
塩を少し溶かした湯に1分程ほうれん草を丸ごとそのままくぐらせる。
「しゃぶしゃぶ…しゃぶしゃぶ…」
「しゃぶしゃぶなんて長いことやってないな」
「家でやるものでもないものね」
「こっちにはしゃぶしゃぶの店なんてあるのか?」
「薄いお肉がないとねえ。なかったでしょ?」
「当然。なんなら生すら売ってなかったぞ」
「ま、冷凍庫どころか冷蔵庫すらまともにないんでしょうね。仕方ないわ」
「あの時食べた肉は大丈夫なんだろうか…」
「お腹壊してないし、大丈夫でしょ」
神格化されてトイレに行かなくてもよくなっているとはいえお腹を壊すとトイレに行く必要があるっぽいので気をつけるに越したことはない。だから暴飲暴食はしないし川魚もきちんと火を通して食べている。
「遅いわね」
「遅いな」
「何まごついてるのかしら」
「使い方がわからなかったか?」
「物ってのは人がなんとなくこうしたいっていうのをくすぐるようにできてるんだから初見でもいけるはずなんだけどねえ…宿り神様が居ないんじゃない?」
「しゃーない、見てくるか…」
この世界にそういった神がいるかはわからないが、現実世界で作られた物に例外はなく、ああいったものは製品化した時点で担当の神が決まる。これによって変な物が誕生しないような所謂検閲を行っているらしいが、ザルなのか学問・表現の自由の尊重なのかは知らないが理不尽な理由で弾かれたものは今のところないらしい。宿り神の加護は多岐にわたる。例えば制作者の権利の保護。悪質な模倣品には神の加護は与えられない。何となく使い辛かったりすぐに壊れてしまったりそもそも使い物にならなかったりと結局は正規品の方が良いよねという話に落ち着くようになる。担当する神からすると物が使われなくなったら自分への信仰が無くなってしまうのだからそれくらいのえこひいきはする。逆に類似品全てに加護を与えて広く薄く信仰を集める神も居るらしい。ただその加護がこっちの世界でもあるかはわからない。
「どこまで行ったんだよ全く…」
河原まで出てみたもののそれらしい人影は見当たらない。水を汲むだけなのだから目の前の流れに放り込めばいいのだが。川べりに近づくと水が入った状態のバケツが放置されていた。が、やはり周囲に人の気配はない。加護云々は関係なく水は汲めたらしいが果たして何処にいったのか。一旦バケツを持ってミワの所に戻る。
「え、1人?」
「これしか残ってなかった」
「何よそれ…取り敢えずそれこっちに頂戴」
湯掻いたほうれん草を冷たい水に放り込んでいくミワ。
「どうするの」
「どうもこうも探すしかないだろう」
「まあそうよねえ…念の為にあの子連れて行ったら」
「念の為?」
「暗いんだし何があるかわかんないでしょう?今のトヒはただの女の子と大差ないんだから」
「ああ…」
既に十枚、八枚、七枚の窓を出し切っているということを言いたいのだろう。新しいのを出してしまうと前のが消えてしまうので仕方ない。
「そうするか」
「という訳でトヒをお願いね」
さっきあげた魚を2匹とも綺麗に食べてしまい寝ながらこちらをずっと見ていた熊にミワが声を掛けるとゆっくりと起き上がりこちらに近づいてくる。どういう訳かミワとは普通に意思疎通が出来るらしい。ミワが凄いのかこの熊が凄いのか。
「行ってくるよ」
「無理はしないでね」
「うーい」
再び川の方へ。すぐ横を熊が歩いている。犬の散歩みたいだ。
「さて…どっちに行ったかな…」
「……」
「お前、分かるか?」
「……」
「分かんないよなー」
「……」
「っておい!どこ行くんだ」
急にトコトコと上流へ歩き出す熊。何かの臭いでも感じ取ったのか。
「そこは仕掛けがある所だぞ…あ」
いつもの漁場。ついさっきもここで掛かった獲物を有難く頂いたところなのだ。しかし明日の朝に備えてきちんと仕掛け直したはずの仕掛けの場所や向きが微妙に違っている。この短時間だ。忘れるわけがない。
「自分の分の魚でも確保しに来たのか……?」
だが何故ここに仕掛けがある事を知っているのか。ミワに聞いた…いや、そんな話は聞こえてこなかった。だとするとたまたま見つけたのだろうか。しかしこの暗がりで岩陰に隠れた仕掛けをたまたま見つけたと言うのは考えにくい。そう言えば、ミワが弥助に会ったのは川に出てきたときだったらしい。ミワは追加の魚を捕りに来ていたのだからその時に知ったのか。若しくはさっき弥助と会う前、どこかから仕掛けを触っているのを見ていたか。なんにせよ弥助がここに来ていたのは分かった。その先だ。
「こっからどっちに行ったか分かるか?」
「……」
「……」
「……」
「動かんのかい!」
「……」
「……」
「……」
「お前、仮にも野生なら自分で漁くらいしろよ…」
じっと川を見つめるので弥助が沈んでるのかと思ったがどうやら追加の報酬を求めているらしい。だが弥助が仕掛けを弄ったのだとすれば掛かっていた魚は既に弥助の手にあるはずだ。今更残っている訳が…
「ほらよ」
残っていた。こいつ、最初からこれが目当てだったのではないだろうか。
「食べたら行くぞー全く…こっちはまだ何も食べてないってのに」
こちらの事情など知ったことではないと言うかのように捕れたてピチピチの獲物を満足気に食らう熊公。食える時に食っておけということか。空を見上げると月が輝いている。ほぼほぼ満月だ。月の形と高さから見ると今はだいたい19時くらいだろうか。時計はカバンとともにサクのところにあるので正確な時間が分からない。ぜんまいも巻いていないので今度現実の世界に戻った折に合わさないといけないだろう。
「食べたか」
「……」
「よっし、続きだ。奴を探すぞ」
「……」
理解しているかは分からないが一応声を掛けて立ちあがる。取り敢えず仕掛けを見にここへ来たことは確からしい。その後の足取りは今のところ不明。この冷たい川を渡ったとも考えにくいので更に上流へ向かったか下流へ行ったか。下流へ行ったとすれば一度バケツを持って戻ったときに行き過ぎてしまったのだろうか。バケツを目印にしていたのだとすればありうることだ。それかここで足を滑らせてドボンからのどんぶらこ…決して深くないこの辺りでそうなったとすれば、良くてちょい怪我、妥当で大怪我、悪けりゃアウト。出来ればそっちの方ではないと思いたい。
「考えていても仕方ない。歩くか」
「……」
「取り敢えず上へ行ってみよう。なんか気づいたら教えてくれ」
「……」
「……」
ほぼ独り言である。まあ動物に語りかけるというのはよく聞くことなのでそこまで虚しいものではない。相変わらず横に付いて歩く熊公。出来れば臭いを辿って欲しいところではあるがサンプルがない。熊は犬よりも鼻が利くと聞いたことがある。精々3人しかいないのだから嗅ぎ分けてくれてもいいのだが…
「だいぶ来たな。戻るか」
「……」
「すまないなあ…こんなことに付き合わせて」
「……」
「昼間だったら脇道に逸れたりもするんだが流石に夜は危ないしな」
「……」
「もしかしたら戻ってるかもしれない。ミワも待ってる」
「……」
「……」
「……」
「どうしたんだよ。何でここに来て動かないんだよ」
「……」
「わかったわかった。帰ったらおかわりをやろう」
「……」
「……」
「……」
「もしかして何か見つけたのか…?」
目を凝らして熊公の見つめる先を見る。既に暗所の眼になっているのである程度は見えるのだが月の光が届かない陰の部分は流石に真っ暗だ。ただ見えないのならそれは熊公も同じはずである。ということは見えているのではなく何かを嗅ぎ取っているのか。
「わからんな…降参だ。教えてくれ」
何に対して降参しているのか自分でもよく分からないがどうやら答え合わせをしてくれるらしい。熊公が前へ歩き出し暗闇に消える。ガサゴソと音がするので茂みに入っていったようだ。暫くするとまたガサゴソガサと音が聞こえる。
「ガサゴソ…ガサ?」
熊公が月明かりの下に出てきた。別の奴を引き連れて。
「マジかよ」
同じくらいのサイズなので小熊だろう。特に険悪な感じはないのでファミリーらしい。そう言えば昨日会った奴らは親子連れだったが、今日の朝会ったのは親熊だけだった。どこかに隠れてるのかと思っていたがはぐれていたのか。
「お前の兄弟か?」
「……」
「……」
「食糧事情が…」
元いた熊公は既に3匹食べているがこいつはもしかするとまだ何も食べてないかもしれない。となると同じかそれ以上はやらないと満足してくれないだろう。
「ミワに任そう…元はと言えば餌付けしたアイツが悪いんだ…」
「……」
「……」
「はい、帰ります。異論は認めん」
「……」
「……」
くるりと背を向けると素直に後ろをついてくる2頭。熊に背を向ける日がくるとは思わなかった。
3月です。実はこれ去年のちょうど今頃にちまちま書き始めたんで実質1周年です。