居候している幼馴染が神様になるというので人生計画を見直すことになりました 作:公序良俗。
「世界を救う?」
アマノがとんでもないことを言い出した。世界を救うだなんて小娘二人に出来るわけがない。
「いやなに、実際にこの世界を救ってくれと言ってるんじゃない。そんなことは今の君達には到底不可能だし、それは我々の仕事だ。でもね、神になれば話は別だ。有事の際には最前線で働いて貰うことになるかもしれない。まあそんなことは滅多にないし新米を最前線に出すほど我々も落ちぶれてはいないがね。そのシミュレーションとしてこちらが用意した仮想世界のために、今君達が出来ることを見せてもらいたいと思っている」
「つまりアレですね!異世界転生モノですね!」
「何で嬉しそうなだよ」
「当たらずとも遠からず、かな。実際のところゲームみたいなものだよ」
「みたいなもの?」
「まだ非公開の技術なんだけどね。それで向こうの世界に意識を飛ばすんだ」
「へえ…」
「でも、向こうで火に触れば熱いし、何か食べないとお腹が空く。怪我をすれば痛いと感じるしすぐに治ることもない…世界が実世界と違うだけで世界の原理そのものは実世界と何も変らないよ」
「仮想とはいえ随分とリアルなんですね」
「これよ…こういうのを私は求めていたのよ…!」
「ミワ、ちょっと黙ろうか」
「向こうで出来たのにこっちでは出来ない…なんてことがあったら意味がないからね。出来るだけ状況を寄せているんだよ」
妙に興奮しているミワを余所に話を進めていく。実際に試験をするのは後日、今日は仮想世界を体験するということになった。ミワはというと「チュートリアルね!」と言って相変わらず一人はしゃいでいた。
アマノに連れられ別室へ移動する。先ほどまでいた部屋と大きさは殆ど変らない。中にはベッドが二台とモニターが一台あるだけだった。
「そのままでいいからここに寝てくれるかな」
「ベッドなんて久しぶりねえ」
「ウチにはないからな」
「途中で落ちないかしら…」
「前までどうやってたんだよ…」
「早速だけど向こうに飛ばすよ。今回は5分だけだ。評価には良くも悪くも影響しないから気軽にね。色々試してみるといいよ」
「はい」
「わかりました」
「じゃあ目を閉じて…100、93、86、79、72…」
スウッと全身の力が抜け、アマノの声が遠くなっていく。心地よい子守歌を聴いているような感覚だ。
「65、58、51…」
そこで意識が途切れた。
「10、3…あれ?どこで間違えたんだろう?まあ、二人とも向こうに行ったみたいだし大丈夫か」
アマノがさっきまでは何も写っていなかったモニターに目を向ける。そこには何もない空間で倒れているミワとトヒが写っていた。
ひんやりとした感覚。眼を開けると、白い天井、白い壁に白い床。窓や扉すら何一つない空間だった。宇宙飛行士の訓練みたいだ。
少し離れたところに転がっているミワを見つける。
「ミワ、起きなよ」
「うーん…?」
「5分しかないんだ。さっさと起きな」
「ここが異世界?」
「アマノさんの言う仮想世界ってとこだろう。何もないただの空間って感じだけど」
「ほえぇ…本当に来ちゃったのねえ…実は寝てる間にどこかに運ばれただけってことないかしら」
「いや、それはないんじゃないか?まず出入り口が見当たらない」
「凄いわねえ…」
「取り敢えず身体が思うように動くか試してみよう。それで気になったことを共有し合う感じで」
「わかったわ。フォーメーションXで行きましょう」
「なんだそれ」
ミワが立ち上がり適当な方向に走っていった。ミワと同じことをしても仕方ないのでその場で跳ねてみたり、屈伸したりと細部に異常、違和感はないかを確かめる。そうこうしてる間にミワが帰ってきた。
「どう?トヒ」
「特に何もないな。いつも通りといったところか。ミワは?」
「私も別に変なとこはなかったわね…強いて言えば服が軽いってくらいかしら」
「そうか?…いつもと変らんがなあ」
「私の持ってみてよ」
「ん…いや普通だが?」
「そんな…でもほら、私の軽やかな走りを見たでしょ?この服、結構重いはずなのに…まるで全裸で走ってる感覚だったわ」
「全裸で走ったことあるのかよ」
ミワの服…勝負服などと言っていたが、この服は本来ならミワが公の場で着る装束なのだ。だがミワが堅苦しいのは嫌だと言って着なかったり、そもそも参加しなかったりで一度も披露されることがなかったもの。恐らくこの装束を着ているミワを見たことがあるのは仕上がりを試着したときに居たミワの母親と自分くらいである。何故かミワに呼び出され着るのを手伝わされた。確かに相当な重さであったし、走るなんてとんでもないことだ。
「なあミワ。ちょっとだっこしてくれないか?」
「え…急にどうしたのよ…デレ気?」
「いや、ちょっと気になったことが」
「もう…トヒの甘えん坊さん」
「やかまっしゃい」
「いくわよ…よっと!」
「うわぁ!」
「あれ、トヒってこんなに軽かったっけ?ダイエットしてるの?ってレベルじゃないわね…それ!たかいたかーい!」
「ひやああ!」
ミワが突然真上にトヒを放り投げる。天井の高い家でないと出来ないたかいたかいである。流石に頭をぶつけるところまではいかなかったが。
「ほい!お帰り」
「なんてことしやがる…」
「ちょっと気になってね」
「もう降ろしてくれていいぞ」
「しっかし、ホント軽いわねえ」
「いいから降ろせ」
「バタバタするトヒも可愛いわよ?」
「怒るぞ」
「ごめんごめん。じゃあ今度は私の番ね!トヒ~だっこ~」
「なんで…よいしょ!」
「…」
「…」
「トヒのことだから真面目なんでしょうけど…」
「おもい」
「重くないわよ!重いったってトヒよりりんご一個分くらいじゃない!」
「いや、二個+αだと思う」
「どうしてよ…トヒはあんなに軽かったのに…」
「別に軽くなった気はしないんだが…ミワの力が強くなっただけじゃないか?だからその服でも走れたんだと思う」
不服そうなミワだがなんとなく気付いていたらしい。
「まあそうかもねぇ…じゃあトヒ。手、貸して」
「え?はい」
「しっぺ!」
「いった!!」
「なるほど…痛覚はあるのね」
「そりゃあるって話なんだからあるだろうよ!」
「一応確認したまでよ」
「先に言えよ…もう赤くなってるし」
「身構えちゃ意味ないじゃない。フーフーしてあげましょうか?」
「いらんわ。そろそろ5分経つだろうしやり残したことはないか?」
「あ、最後にやってみたいことがあるの」
「えー…」
「そんな顔しなくても…トヒに被害はないわ、多分」
「何するんだ…」
「異世界転生と言えばあれよ。転生特典!」
「別に異世界でも転生でもないんだが」
「んなこまいことはいいのよ。こういうことは浪漫なの」
「そういうもんかね」
「一度やってみたかったのよ。まあ見てなさい」
「手早くなー」
「じゃあちょっと下がってくれる?その辺でいいわ…『墾田永年私財砲』!」
「は?」
「ばきゅん!!」
「ばきゅんてお前な…」
親指を立て、人差し指をこちらに向け、かけ声とともに斜め上に跳ね上げる。絶対に死んだフリなんてしてやるもんかと思いながらミワの奇行をたしなめようとしたそのとき、陽炎のような揺らぎが近づいて来る。避けようとした瞬間、腹部に何か温かいものが当たる感覚がありそのまま後ろに吹っ飛ばされた。
「え、ちょ、」
「え、うそ…」
「うわあぁあぁあぁあぁあ!」
「トヒ!だいじょ…」
遠くなっていくミワが急にポテッと倒れる。服が消え、髪が消え、床に転がる時には白いマネキンのような姿に成り果てていた。時間か。そう思った途端、意識が途切れた。
次に眼が覚めたときには既にベッドの上だった。ミワの寝ているベッドに顔を向けるとアマノが空いたスペースに座って足をブラブラさせて帰還を待っていた。
「帰ってきたのか…」
「お、やっぱトヒ君の方が早かったね。お帰り。気分はどうだい?」
「何とも言えない気分ですね」
「はは、じゃあミワ君も起こそうか」
ギシギシとベッドを揺らすアマノ。少しうめき声を上げたミワがゆっくりと起き上がる。
「おはようミワ君」
「あ、アマノさん…おはようございます」
「気分はどうかな?」
「うーん…何かフワフワした感じですね」
「まあ最初はそんなもんだよ」
「でも何だか良い夢を見ていた気がします」
「そうかい、それは良かった。何か聞きたいことはあるかい」
「今は…特にないですかね…」
何か質問はありますか、と言われて急に質問が出来るものではない。特にミワはまだ覚醒したところだ。当然だろう。
「トヒ君も、何かあれば」
「いくつかいいですか」
「ああ、どうぞ」
「まず一つなんですが、アマノさん、意識を持っていくって仰っていたじゃないですか」
「そうだね」
「なら、身に付けていたものや向こうでの身体はどういう都合になってるんでしょう」
「うーん、いきなり鋭い質問だねえ」
「そんなこと全く考えなかったわ…」
向こうに行く前からの疑問をぶつけてみた。向こうに行って更に深まった疑問でもある。
「うーん、これを説明して良いものか悪いものか…ま、いいか。まず、君達の身体に関してはね、向こうに人形のようなものを用意してあるんだ」
意識が途切れる前に見たミワの姿のことだろう。真っ白の、あのマネキン。見る人が見ればなかなかのトラウマものである。
「そこに意識を吹き込むような形だね。そして意識の持っている自我を利用して自分というものを形成している。神降ろしとでも言ったらわかりやすいかなあ。服の方はそこまで難しい話でもなくてね、このベッドが凄いんだ。我が技術部の努力の結晶だよ。意識の転送時にこの上にあるものをスキャンしてそのコピーを一緒に転送しているんだ」
「なるほど」
「ということは、異世界に持って行きたいものがあれば一緒にベッドに載せておけばいいんですね!」
「ああ、身に付けてなければならない、ということはないしね。簡素に見えるけど本当に凄いんだよね、コレ」
ミワがぺたぺたと触りながら「もう少し寝心地がよければなあ」と呟く。それを聞いて苦笑いのアマノ。
「次に二つ目ですが」
「何だろう」
「これはただの報告になるんですけど、視覚、聴覚、嗅覚、触覚は正常でした。味覚は試してないのでわかりません」
「うんうん」
想定通りらしく満足げに頷くアマノ。
「嗅覚?何かにおうものあったかしら」
「え」
「確かにそうだね、あそこの空間は文字通り何もないところだから」
「何のにおい嗅いだの?」
「えっと…痛覚も正常でした」
「え、何よそれ」
「後、熱さと言うか温かみも感じました」
「あ、そうなんだ、なるほどね、うん」
「そして三つ目ですが」
「トヒさーん?」
ミワの追究を無視して次に進む。
「ミワの力が強くなってる気がするんですが」
「うーん?そうなのかい?」
「え、まあ、はい。トヒを軽くたかいたかい出来るくらいには」
「そうか…今のところ個人差としか言えないかなあ…トヒ君にそういうのはなかったかい?」
「特にこれといったものは…」
「これはちょっと持ち帰らせて貰うよ。今度までに説明出来るようにしておく」
「わかりました」
「まあ持ち帰ると言っても帰る場所はここなんだけど」
「え」
「流してくれていいよ」
そして最後に最も気になること。
「最後に」
「ミワ君のアレかい?」
「そうです」
「アレ?」
「覚えてないのかよ」
「うーん、トヒにしっぺしたとこまではキチンと覚えてるんだけどね。そっからはあやふやなのよねえ。それこそ夢みたいな感じよ」
「じゃあ、これを見てみようか」
アマノがモニターのスイッチを入れる。するとさっき居た白い空間が写っていた。画面の中心には二つのマネキン…意識を吹き込む人形のようなもの…が転がっている。
「ここには君達の意識を向こうに転送させた時点からの映像が映し出される。残念なことにそれ以前もそれ以降も記録されていない」
「へー、この白いマネキンが私達の身体なのねえ」
「これはどこから撮影しているというものではなくてね。常に君達の中心からある程度の距離までの映像が記録されていて、見たいところが見れる優れものだ。勿論プライバシーには十分配慮しているから安心してくれ。じゃ、再生していくよ」
「あ、私が寝てる」
「そんなに気にならないんだけどちょっとラグがあるんだよね」
「トヒも出てきた」
「同時に送ってるハズなんだけど、どうもミワ君に比べてトヒ君は肉体と意識の分離に時間がかかるようでね」
「トヒが起きたわ」
「逆に肉体と意識の融合はミワ君よりもトヒ君の方が早くてね。まあ、個人差だよね」
「寝付きの良さと寝起きの悪さみたいな感じですかね」
「はは、その例えはなかなか的を射ているかもね。じゃ、件の時間までスキップしようか」
「しっぺ!」
「この借りは必ず返す」
「お手柔らかに…」
「ここだね」
アマノが止めたのはちょうど吹っ飛ばされているところだった。
「絵に描いたような吹っ飛び方ね…」
「いやあ驚いたよ。正直なところ想定外だ」
「何が起こったんですか?これは」
「まあ何がどうなったかを正確には説明出来ないんだけど…数フレーム前に戻すよ。で、ここを拡大して…これが見えるかい?」
「あ…」
一瞬見えた揺らぎである。
「恐らくこれは何かしらのエネルギーの塊でミワ君から発されたものだろう。それがトヒ君に当たった衝撃で爆発。モロに食らったトヒ君が吹っ飛んだってとこかな」
「そんなことしてたの?私。全く覚えがないわ…」
「どうしてそんなことが…まさか、本当に転生特典…」
「転生特典とやらではないにしろ似たようなものだ。言ったろう?ゲームみたいなものだって。作った世界とは言え既に文明があり我々の介入を受け入れないレベルに発展している世界なんだ。そんなところに非力な民間人を徒手空拳で送り込むわけにはいかないからね。だからまあ、スキルと言えば聞こえがいいか。そういったものを使えるようにしてある」
「スキル、ですか」
「勿論、向こうの世界でだけだ。こっちであんなもの連発されちゃあたまったもんじゃない」
「確かに」
「本番前に説明するつもりではいたんだけどまさか今回見つけてしまうとはね。想定外と言ったのはこのことだ」
「隠し要素を正規ルート以外で攻略出来ちゃうってのは運営側に落ち度があるわね…」
「まさかだよ。今後の参考にさせて貰おう。まあ、ベータ版ではよくあることだ」
「これがユーザデバッグ…」
「ぐうの音も出ないね」
何故かミワの食いつきが良い。
「トヒのスキルは何なんでしょうか」
「わからない」
「わからない?」
「我々が設定するものではないからね。君達のイメージが具現化したようなものだから決めるのは君達自身だ」
「イメージですか」
「ま、その辺はミワ君に聞いた方がいいかもしれないね」
「え?」
そんなこんなで今日は終わりということになった。一応、他言無用の念を押されたのでそれなりに機密性の高いものなのだろう。これ以上続ける気力もないので早々にお暇させてもらう。
「何か…どっと疲れたわね」
「そうだな」
「そういえばトヒ」
「ん」
「痛覚はちゃんとあったのよね。吹っ飛んだとき痛くはなかったの?」
「まあ、多少何か当たった感覚はあったがそこまでだったかな。床とか壁に打ち付けられる前に意識も戻ってきたし」
「ならいいんだけど…」
「気にすることないさ。そうだミワ、ちょっとこっち向いてみ」
「え、どうしたの」
「ていや!」
「て!」
「しっぺの仕返しだ」
「鼻がツーンて…鼻血出る直前みたいな、山葵の塊にあたったみたいな…」
「これで許してやるから元気出しな」
「くー!不意打ちとは卑怯なり!」
鼻を押さえて大袈裟に悶えるミワ。この調子だと帰ったころには気にもしてないだろうし、多分明日には忘れているだろう。
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