居候している幼馴染が神様になるというので人生計画を見直すことになりました   作:公序良俗。

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調子乗りました。



家庭訪問

 食後しばらくして休憩時間が終わった。間もなく巫女長もやってきたあめトヨは指導を受けに行った。トヨの指導が終わったら自分の番なのだがそれまでは午前の続きをする。今日はもう午後に祈祷の予約も入っていないので一般参拝者が来ればそのとき対応すればいい。狭い受付よりかは広い、先程食事していた場所でそのまま作業に入る。

 黙々と作業をしていると視界の隅にひょこひょことする何かを捉えた。家族連れの参拝客で子供だけ先に来たのだろうか。ここは子供の期待に応えるべく最高の巫女スマイルで…。

 

「アマノさん?」

「やあ、トヒ君」

「どうしてここに?」

「ちょっと伝えたいことがあってね」

「よくここがわかりましたね」

「いや最初はね、ミワ君の自宅に行ったんだけどね、今はトヒ君と暮らしてるって言うじゃないか。だからトヒ君の家まで行ったんだよ。でも留守みたいでね。そこで、トヒ君が巫女をしてるって言ってたからここまで来たのさ」

「なるほど」

 

 ミワが外出しているとも思わないが居留守を使う必要もないのでおそらく寝てたのだろう。いつまで寝てやがる。

 

「まあここらで神社っていえばここくらいですからね。でも、メールか何かで良かったのでは?」

「最近、神都から出てなかったからね。見聞を兼ねた出張さ。そうすると昼食代も経費で落とせる」

「我々の税金はこうして消費されるわけですか…」

「あ、いや、まあ、そう、なのかな…ハハ…でもね、メールだと一方向の伝達になっちゃうからね!なるべく会って話したかったのさ」

「はあ…窓越しもなんですし取り敢えずお入りください。裏に扉がありますので」

「失礼するよ」

 

 内側からオートロックを外しアマノを招き入れる。普通は客を迎え入れるところではないため勿論客用のスペースなどない。受付と食事する場所しかないので一旦受付を閉め、アマノを向かいに座らせる。

 

「それで…どのようなお話でしょうか」

「適性検査…もとい採用試験の詳細をね。昨日あれから色々と調整していてね。まあ、やること自体に変更はないから一足先に説明しておこうと思ったんだ」

「なるほど」

「まず日程なんだが、トヒ君がまとめて休みを取れる日はあるかい?出来るだけ融通しようと思っている」

「急には難しいと思いますが調整は可能かと」

「よし。そちらは決まったら教えてくれ。次にこれを渡しておこう」

「これは?」

 

 アマノがそれなりの厚さの紙の束を取り出す。一番上には設定資料集と書かれている。ゲームか何かの特典みたいだ。

 

「向こうの世界での君たち立ち位置やら、こういう設定ですよということが書いてある。もちろん向こうの住民には既に刷り込まれている」

「なるほど」

「ぶっちゃけるとあまりにも突拍子がないことをされて世界が変な方向に進まないようにある程度の方針を示したようなものだね」

「ぶっちゃけましたね」

「もう一度創り直すのも大変なんだよ」

「はあ…」

「ただでさえ少ない予算の中でやりくりしているのに周りからは無駄金なんて言われてるんだから」

「大変ですね…」

「そもそも彼らが我儘を言わないで新しいモノも担当してくれれば何の問題もないのに。そこについては誰も何も言わないんだよ?どうしろって言うんだよ」

「疲れてます?」

「はっ…すまない。忘れてくれたまえ」

「善処しますけど」

 

 昨日も聞いた嘆きの文言なのであまり深くは突っ込まないようにする。アマノも切り替えて口を開く。

 

「一応おおまかに説明しておくよ。君達には向こうの世界では"神見習い"と"巫女見習い"として振舞ってもらう。向こうでは若者がそうやって旅をするものがいるということは当たり前、つまり常識となっている。そういう設定になっていると思ってもらって構わない。そこで君達がやることは各地を回って都合良く降り掛かってくる問題を解決していくことだ。つまりそれが試練ということになる。それらへの対処の仕方を我々が見て判断する。評価基準は当然教えられないがね」

「はあ…」

「そして今回一番重要なのがこれだ」

 

 そう言ってアマノが二枚の紙を新たに取り出す。別にファイリングされているのでそこそこ重要な書類なのだろう。

 

「誓約書ですか?」

「そう。しかしこれを書くこと自体は正直そこまで重要じゃない。問題は中身だ。こんなものは免罪符でしかない」

「同意を得てやったことなんだから後から文句を言うなよ?っていうことですか」

「そういうこと。そして別紙同意書がこれだ」

「秘密保持ですか。思ったより普通ですね」

「ここが肝でね。意識転送に関わること全てが対象になっている。向こうの世界で起きたことなんかも全てね」

「まあ理解出来ますね…しかしそこまで問題ではないような気がしますけど」

「まだ言ってないことがあるからね」

「え?」

「言ってもトヒ君からミワ君に伝えることが出来ないだろう。今さっきの同意書と誓約書があるからね。そしてまだ書いてもらってないトヒ君に言うわけにもいかないのさ」

「なるほど」

「因みに昨日帰ってから誰かに話したかい?」

「まさか」

「なら良かった」

 

 やはり高天原の仕事だから一筋縄ではいかないのだろうな、と適当に理解したトヒ。

 

「という訳で実際に来なければならなかったというところがある。それだけで来てもらうのも悪いからね」

「そうならそうと…」

「うん、忘れてた。いやー、ここの前の定食屋で食べたそうめんとテンプラが美味しくてね。すっかり観光気分になってたよ」

「ええ…」

 

 というかこの人、昨日蕎麦を食べて今日はそうめんを食べてるのか。二日連続蕎麦を食べている自分を棚に上げてアマノを見る。

 

「こんなところかな?質問はあるかい?」

「最初のまとまった休みは何故必要なんですか?」

「うーん…そうだね。トヒ君はRPG系のゲームはしたことあるかい?」

「少しですが」

 

 ミワが協力プレイとやらをしたいからやってくれというのでやったくらいだが。

 

「いくつもあるクエストを一日で終わらせられると思うかい?」

「ああ、なるほど」

「期間中の宿泊施設はこちらで用意するし、その間の補償もしっかりさせてもらうつもりだ」

「えらく高待遇ですね」

「昨日も言ったようにこちらもみすみす君達を逃す訳にはいかないんだよ」

「大変ですね…」

「大変だよ…」

 

 目が遠くなるアマノ。2回も学習したのでこの目がアマノのストレス放出モードになったと悟り話題を無理矢理かえる。さっきみたいに危ない愚痴を垂れ流されても困る。

 

「ミワにはいつ話を?」

「今日するつもりだよ」

「では今からもう一度?」

「いや、トヒ君が終わるまでここで待ってるよ」

「え?」

「ミワ君がまた留守だったら待ってる場所がないじゃないか。またこっちに戻ってくるのも面倒だし」

「ああ…ではこちらではなく来客用の部屋に」

「いやいや、気を遣わなくていいよ。それに社殿に近付くと面倒だ」

 

 こちらが気を遣うのになと思ったが、向こうでアマノの相手をしているとこちらに誰も居なくなる。だからと言って他のものに自分の客を放っておいて仕事をするのも気が引ける。

 

「そういうならまあ…」

「トヒ君も気にしないで仕事を続けて貰って構わないよ」

「そうします」

「じゃあ失礼して…」

 

 おもむろにゲーム機を取り出して普通に遊び始めるアマノ。職務怠慢ではなかろうか?気にしても仕方ないので再び受付を開けて作業を続ける。

 しばらくするとトヨが戻ってきた。指導が終わったのだろう。

 

「ただいま〜あれ?トヒの友達?」

「失礼ですよ。お客様です。アマノさん、こちら巫女のトヨです」

「あ、失礼しました…トヨです…巫女やってます…」

「アマノです。トヒ君のお姉さんかな?」

「はい、そうです…ま、まあごゆっくり…トヒ、ちょっと」

 

 アマノを置いて二人で外に出る。

 

「まさかお客さんがゲームやってると思わんでしょ!誰よあれ」

「アマノさんですよ」

「そりゃ聞いたわ。そこじゃないんよ」

「高天原から来た今回の件の担当者の方ですよ」

「高天原?マジで?」

「マジです」

「なんでこんなとこに…」

「ミワが居なかったらしいです」

「そんでわざわざここに来たって…高天原の人って暇なんか?」

「失礼ですよ」

「せやかて」

 

 コメカミを軽く押さえるトヨ。いやこっちも思ってない訳では無い。

 

「せや。トヒ、今日から指導は無しってさ。巫女長が伝えといてって」

「え?」

「トヒがいない間は私がトヒの代わりをしなくちゃねえ…とか言うてたし、そろそろこっちくるんとちゃうかな」

「そんなカオスなこと…」

「ウチもそう思う」

 

 トヨだけでもめんどくさいことになっているのに巫女長まで来てしまっては更にめんどくさいことになりかねない。そもそも4人も居れるスペースがない。

 

「巫女長様が来る前にこちらが先手を打ちましょう」

「どないすんの」

「帰ります」

「は?」

「この後の指導がないのなら最悪帰ってしまっても差程問題はありませんからね。夕方の掃除はトヨ様にお願いします」

「なんでウチが…」

「取り敢えず巫女長様に話を付けてくるのでトヨ様はアマノさんに事情を説明して先に出ていてもらって下さい」

「事情って…なんて言えばええんよ」

「トヒは今荷物を取りに行ってるから先に行って待ってて下さいとでも言えばいいですよ。どうせ社務所へ行くのですから嘘ではないです」

「まあええやろ。任しとけ」

「では本日は早退させて頂きます」

「行ってよし」

 

 アマノをトヨに託し、巫女長を抑えるため社務所へ走る。

 

「巫女長はいらっしゃいますか!」

「あれ、デジャヴ?」

「ちょっと今日は早退します。後のことはトヨ様にお願いしてあります」

「あ、うん。えっと、まだ戻られてはないかな」

「そうですか!ありがとうございます!ではお疲れ様でした!」

「ばいば〜い」

 

 業務内容が殆ど違うので特に迷惑がかかることはないが一応社務所に詰めている職員にも早退の旨を伝えると、荷物を持って社殿へ向かう。そしてノロノロとこちらに歩いてくる巫女長を捕らえた。

 

「あらトヒ。トヨから聞いてない?今日から指導は無しよ」

「聞いてます!ですので!お客様が来られてるので!今日は早退させて頂きます!では!」

「え?あ、うん。気を付けてね?」

 

 後はアマノと合流して家に帰るだけである。我ながら中々上手くいったものである。受付をチラ見するとトヨが手を振っていたので手を振り返した。こちらも上手くいったようだ。

 アマノはのんびりと石段の半分程を降りていた。後ろから見ると小柄なアマノがリュックサックを背負っているので遠足か何かの小学生にしか見えなかった。

 

「アマノさん。失礼しました…急にこんなこと」

「いやいや、こちらもここの巫女長と会うと面倒なことになりそうだからね…」

「母をご存じなんですか?」

「まあそれなりにね。伊達に長く高天原で働いてないよ」

「そうなんですか」

「じゃあ帰ろうか。いや、私が帰ると言うのもおかしいかな」

「そう言えば歩いて来られたんですか?」

「え、うん」

「結構な距離なのに…」

「その、経費がね…」

「あー…すみません」

「いや、いいんだ。いいんだよ…」

 

 地雷を踏んだようだ。昔は実家と神社の往復は辛かったのだが、何年も歩いていると次第に慣れてきた。今の家は少し街の中心部よりにあるので更に少し遠いところにある。自転車もありなのだが神社には残念ながら駐輪場がない。駐車場はあるのに。

 

「ミワ君はトヒ君と暮らしてるんだね。住所通りに家に言ったらお母上がお出になってね」

「そうなんですよ。包み隠さずに言いますと今ミワは勘当一歩手前です」

「あらま。それじゃあ、こちらが送付した案内はどうやって?」

「ミワの父がうたの母に頼んだようで、それを姉がうちに投函したようです。何も知らないミワはまんまと引っかかったわけですが。それを知ったのも昨日帰ってからの話です」

「だからトヒ君は全く知らなかったんだ」

「そうですね。その案内というのも見せられたのはポスター一枚だったので詐欺じゃないかと思いましたよ…それすら見たのは既に申し込みをされた後ですが」

「はは、詐欺か。説明も無しにあれを見たらそう思うのかな。考えようだね」

 

 アマノが手帳にちょこちょことメモを取る。帰ってから指示でも出すんだろう。

 

「そういえばトヒ君はどうして一人暮らしを?」

「姉がそろそろ結婚の時期でして」

「うん」

「代々巫女の家系なので長女は外から婿を取るんですよ。その人用の部屋がないとかで」

「なるほど」

「まあそれは建前で姉の他に若い娘が居ては何かと都合が悪いんですよ」

「ない話ではないねえ」

「今は悠々と暮らしているのでそっちの方が良かったのかも知れませんけどね」

 

 家に近づくとアマノに少し片付けをするからと言って先に家に戻った。流石に生活感丸出しの部屋に客をあげるわけにもいかないし、何より居るであろうミワのだらけきった姿をアマノに見せるわけにいかなかった。

 

「ただいま。ミワ、起きてるか?」

「あれ、トヒ?早いわね。おかえり」

 

 まずは起きていて良かった。しかし寝巻きのまま布団に寝転がって本を呼んでいる。こいつ起きてからご飯も食べずにいるな。

 

「居たんなら居留守なんてするなよ…」

「居留守?昼まで寝てたから知らないわね」

「取り敢えず着替えてくれ。アマノさんがいらっしゃるんだ」

「え、急ね…いつ来られるの?」

「もうそこまで来てる。早くしろ」

「え!無理よそんなの。これ着るのにどれだけ掛かると思ってるのよ」

「綺麗めの部屋着くらいあるだろう!片付けはやるからお前は自分だけに集中しろ!」

 

 一方のアマノは既に玄関先まで来ていたのだが、扉の向こうからの叫びを聞いて一旦引き返したのだった。相手を気遣うのもまたアマノの仕事である。

 

「お待たせしました…」

「いやいや、急に押しかけたのはこちらだからね」

「どうぞお上がりください」

「お邪魔するよ」

「こんにちは、アマノさん」

「ミワ君、昨日ぶりだね」

「わざわざ来ていただいてありがとうございます。どうぞお座りください」

「何、こっちの都合さ。今日は少し会って話したいことがあってね」

「そうなんですね」

「粗茶ですが…」

「ありがとう」

 

 ちゃぶ台を囲んで三人で膝を突き合わせた。椅子とテーブルもあるが椅子が二脚しかないのだ。

 

「それでどういったお話でしょう?」

「トヒ君に大体は話してあるからその辺はトヒ君から聞いてくれ。一応、ミワ君にもこれを渡しておくよ」

 

 例の設定資料集を出すアマノ。

 

「そしていきなりだが本題だ。まずはこれを二人に書いて欲しい」

 

 そして誓約書と同意書を取り出し二人に渡す。トヒはボールペンを持ってきた。

 

「同意書ですか。それと誓約書…結構しっかりしてるんですね…」

「まあね」

「じゃあトヒ、ペン貸して」

「待て待て待て待て」

「何よ?」

「何よじゃない。何に対して同意するか聞いてないだろ」

「え?どういうこと?」

「相手を疑うことを知らな過ぎやしないかい?」

「え、私騙されてるんですか?」

「いや違う違う」

 

 怪しい書類でも名前を書いてくれと言われたらホイホイ書いてしまいそうなミワ。アマノが来たとき寝ていてくれて良かったと心底思う。

 

「ちゃんと話を聞いてからサインしないと」

「でもどうせサインするんだから同じことじゃないんですか?」

「そんなことしたら後からどんな条件吹っ掛けられても文句言えないぞ?」

「まあ今回はそんなことはないんだけどね。これから生きていく上でそこはちゃんとした方がいいよ」

「うーん…」

「いつか詐欺に引っ掛かりそうだな」

「そうだねー」

 

 理解していないようなミワを見て半ば諦めた様子のアマノ。箱入り娘はこうして社会の荒波に揉まれていくのだろう。因みにミワは自由奔放に育てられたのでただ常識が足りないだけであるが。

 

「という訳だから先に話を聞いてもらうよ」

「はい」

「お願いします」

「トヒ君にはもう言ったんだけど、今回はいくつか試練を用意している。当然これを一日でクリアすることは不可能だろう。そこで君達には数日間、こちらの用意した施設で生活してもらう」

「はあ」

 

 ここまではトヒも既に聞いている内容である。おそらくアマノはこの先が秘密保持の秘密の部分になるのだろう。

 

「しかしだ。昨日君達も体験したように向こうではこちらと同じように時間が流れている。そして試練というものは各地でおこる。東奔西走南船北馬、移動の手段は問わないがこちらの実世界のような転移装置などはないし、車のような超高速に移動出来る手段なんかもない。つまり、非常に時間がかかる」

「そのためにまとまった期間を用意するのでは?」

「この国を北から南まで歩いて移動しようとしたら何日かかるか知ってるかい?」

「一ヶ月くらいかしら…?」

「100日だ」

「そんなに…」

「それも食べて寝る以外は歩き続けての日数だ。移動というものは思ったより時間のかかるものなんだよ」

「流石にそれだけの休みを取るのは難しいかもしれませんね…もし受からなかった場合のリスクが大き過ぎます」

「私は別に構わないけど…」

「鼻からミワの都合は気にしてない」

「酷い!」

 

 流石に3ヶ月も留守にするのは気が引ける。いや実際3ヶ月もかかるかどうかはわからないが、アマノの口振りではそれ以上かかることを予想しているのだろう。

 

「そこでだ。我々の研究の成果と言うべきものが、向こうでの時の流れを操作することなんだ」

「時の流れ?」

「そう。ミワ君、一日は何時間だい?」

「24時間ですよね?」

「そう。これがこの世界での時の流れだ。そして昨日君達が体験したあちらの世界での5分間。それもこちらの世界での5分間と同じだ」

「それを操作するんですか」

「そういうこと。あちらの5分をこちらの1分、つまり5倍の速さの流れにしたとすればどうだろう。こちらのでの一日はあちらでの五日分。逆にあちらでの一ヶ月はこちらでは一週間足らずで過ぎていくんだ」

「そうすることで試練の期間を減らすことなくこちらでの時間を節約出来るということですか」

「まあそうかな」

「どういうこと??」

 

 なんとなく…なんとなくだが理解は出来た。ゲーム内時間とリアルタイムが違うのはよくある事だ。

 

「ミワが一日中ゴロゴロしながらゲームをしていたとしよう」

「例えが現実的ね」

「ミワのやっているゲームは宿屋に泊まると一つ日が進むとしよう」

「どこかで聞いた事あるわね」

「ミワはゲームしている間に何回宿屋に泊まるだろう?」

「そりゃ街に入る度宿屋に泊まるわよ」

「そんな感じだ」

「益々わかんないわね…」

 

 個人的には言い得て妙なのだが。

 

「でも、確かに出来ればすごいですけど誓約書まで書くほどものなんですか?あちらの世界に行かなければそんなに関係ないものだと思うんですが」

「そう。向こうに行っていない者にはなんの影響もないし関係のない話だ。しかし行った者にとっては結構重大なことでね」

「そんなにですか?」

「転送するのは意識だけだ。肉体の方は依然としてこちら側にある。向こうの世界で過ごし得た情報は意識をこちらに戻したときに肉体の方へ共有される。そんな中、時の流れを操作した世界で通常の何倍もの情報量を持った意識が戻ってくることになる。脳からしたら1日の仕事を終えて寝てるのに起きたら数日分の仕事が溜まってたようなもんだ。私も似たような経験がないわけでもないけどね」

「脳がパンクする…ってことですか?」

「私は既にパンクしそうよ」

「我々の見解ではその程度であれば十分耐えうるという判断なのだけどね。ヒトの脳の機能は200年以上持つとも言われている。まあ、200年生きた人間がいないから真相は定かではないけどね。200年生きる前に身体の方が限界を迎えてしまうから誰も試しようがない」

「一応安全ではあるが何かあったときの責任は負わない。文句があっても秘密保持の同意と誓約があるから外部に訴えることも出来ない…ということですか」

「そうだね。そしてこうして説明した上で君達に今回受けてもらうかの判断を委ねている」

「実用の前に検証はしなかったんですか?」

「まあ、一応したよ。でも人間で実験する訳にもいかなくてね」

「じゃあ、何で…」

「我々が被検体となったよ。15倍までは何の問題もなかった。20倍くらいから少し酔った気がすると言うものが出てきたくらいかな」

「え!アマノさんって人間じゃないんですか?」

「え、うん。言ってなかったかな?」

「言ってた?」

「聞いてないが…なんとなくそんな気はしてた」

「高天原にいるのは全て神だよ。それは私も例外じゃないさ」

「工エェェェエ工」

 

 愚痴をこぼすアマノの言葉の節々から有力な神々と対等な力関係にあるとは思っていたが、本人…本神?から直接聞くまでは人間のエラい人かもしれないと思っていたりしていた。見るからに子供のなりをしているのに高天原にいる時点で気づいても良かったのかもしれないが。

 

「ね、ねえ、トヒ。私、何か失礼なことしてないかしら…」

「ん?さあ?胸に手を当ててみればいいだろう?」

「覚えはないけど何かある気がするわ!」

「こちらは何もないがな」

 

 自分で地雷を踏んでしまった。

 

「まあまあ、こちらとしては今まで通りに接してくれるとありがたいかな。ほら、広い意味で遠い親戚って感じだし」

「え、えぇ…」

「流石にそれは無茶なのでは…」

 

 完全に恐縮してしまっているミワ。目の前に居るのが神様だと聞いてしまってはそうなるのも仕方ない。驚きはしたがアマノの行動を見ているとそれなら都合がつくなあ程度の感想しか持たなかった。しかし、もっと敬うべきなのだろうか?実感が湧かない。

 

「ほらミワ。お前も神様になるんだから。今まで普通に接してた人に急に接し方を変えられると落ち込むだろう」

「そうだよミワ君。神様になったら先輩後輩だ。仲良くやろうよ」

「そ、そんな…わ、私はただの人間ですぅ…この歳にもなって何の生産性のないクズですぅ…」

「それは間違ってないが自覚があるならもう少し努力してくれ」

「うーん、今日は進まなそうだし、粗方話も終わったし帰るとするよ。同意書と誓約書についてはよく考えた上でサインしてくれ。もしやめる場合も気兼ねなく連絡をしてくれるといいよ。我々も若者の未来を邪魔することは出来ないからね。トヒ君、日程についてはメールで宜しく頼むよ」

「わかりました」

「じゃあミワ君。次会うのを楽しみにしているよ」

「はいぃ…」

「すみません…アマノさん」

「はは…じゃあお暇させてもらうよ。またね」

「はい、今日はわざわざありがとうございました」

「ましたぁ…」

 

 声を振り絞ってアマノを見送るミワ。これはしばらく戻りそうにないな。動かないミワを取り敢えず椅子に座らせアマノから貰った書類をまとめる。今までの話からすると意識の転送は神の御業というところなのだろう。何倍もの時の流れに神々が平気なのは脳に該当する部分がヒトのそれとは全く違っているからだろう。ただの人間であるミワと自分に耐えきれるのだろうか?命を落とすことは流石にないだろうが、ネジの一本や二本飛んでしまうかもしれない。うーん。

 

「なあミワ」

「……なにかしら」

「晩ごはんにするか」

「……そうね」

 

 考えても埒が明かない。取り敢えずごはんにしよう。ミワも朝から何も食べていないのだから腹が減っているだろう。

 

「何がいい?言ってもそんなにないが」

「……なんでもいいわ」

「じゃあ蕎麦で」

「…出来ればそれ以外がいいわね」

「カップ麺」

「麺類は外せないかしら」

「春雨」

「ほぼ麺じゃない!」

「こんにゃく」

「こんにゃくは…あったかしら?」

「糸こんにゃくを麺つゆで食べると美味しいぞ」

「却下よ!!」

「お腹にもいいのに」

「あーもう!私が用意するからトヒは待ってて!」

 

 おちおちへこんでもいられないミワが台所に立つ。そうして出来た晩ごはんは冷凍食品を三ツ星レストラン並の盛り付けで豪華にしたものだった。

 

「買い溜めしたやつ全部開けやがったな」

「私は悪くないもん」





切れ目がね、悪かったんですよね…

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