居候している幼馴染が神様になるというので人生計画を見直すことになりました 作:公序良俗。
晩ごはんを終えると実家に電話をする。ミワは先に風呂に入っている。
『はいもしもし〜巫女の家です』
「あ、もしもし、トヨ姉か。おかんいるか?」
『トヒか。チョイ待ち。おかーん!トヒから電話!』
「悪いな」
『アマノさんはもう帰ったん?』
「ああ、とっくに帰ったよ」
『早かったんな。あ、おかん。代わるで』
『もしもし?トヒ?どうしたのよ』
「おかん、まとまった休みが欲しいのですがどれくらい貰えますか」
『何よ急に…旅行でも行くの?』
「んなわけないでしょう。最低でも一ヶ月は欲しいのですが」
『まあいいわよ』
「いいんですか?」
『トヨの婚期が遅れるだけだしね』
『はうっ!』
「今後ろで何かがダメージを受けたような気が」
『そもそも遅れる婚期すらないのよねぇ』
『くはぁっ!』
「いつから貰えますか?」
『そうねぇ…決まりでは休みの申請は二週間前だけど』
「じゃあ二週間後から一ヶ月いただきます。延びるようでしたらその都度申請します」
『こっちのことはあまり気にしなくていいわよ。トヒのやってることは他の人にあんまり迷惑かかんないから』
「そう言われると何か釈然としませんが今はありがたく甘えさせてもらいます。では」
『は〜い』
二週間、いつも以上に頑張らねばならない。あとはミワと相談してアマノさんに日程を伝えなければ。
「トヒ〜、お風呂空いたわよ〜」
「わかった」
「何なら今日も一緒に入ったげよっか?」
「水ぶっかけられたくなきゃ今すぐ出ろ」
「つれないわねえ」
すっかり元の調子に戻ったミワである。
風呂から上がるとミワが設定資料集を読んでいた。
「ねえトヒ〜」
「なんだ?」
「トヒは巫女見習いなのね」
「らしいな」
「巫女が巫女見習いってランクダウンしてない?」
「それに引き換え、お前はニートから神見習いだもんな。二階級以上特進だ」
「まだ死んでないわよ。何よ以上って」
少し気にはなっていたが神でもないミワに巫女がつくのもおかしいだろう。いや、別にプライドとか自尊心とか、そういうのではない。決して。
「あ、後」
「なんだ?」
「どちらかが向こうで死んだらそこで終了だって」
「さらっと言ってくれるな」
「現実世界の肉体に影響はないらしいから取り敢えずは安心ね」
「肉体は、だろ。記憶は残るんだ。痛みも苦しみも恐怖も全部覚えてるんだぞ」
「じゃあ死ぬかもしれないって時はあっさりと死ぬようにしましょう」
「出来れば死にたくないんだが」
「まあそれに越したことはないわね」
夜遅くまで資料集を熟読。次の休みにでも持っていけそうなものを買いに行くことになった。
それからの二週間は毎晩資料集とにらめっこしながら必要なものを用意したり、必要な技術を身に付けたりの日々だった。ミワに至っては昼間も何やらやっているようで夜はぐっすりと寝ている。ついでにスキルとやらも一応毎日考えてはいる。
そして遂に始まった長期休暇の一日目。再び神都にやって来た。大量の荷物を持って。
「準備はいいわね?」
「うむ」
「よし!」
高天原につくとアマノが出迎えてくれた。二週間ぶりである。
「アマノさん、お久しぶりです」
「うん…久しぶり…その荷物は?」
「これからの旅に必要なものです」
「いや旅行じゃないんだから。それに全部持っていけるわけでもないんだよ?」
「ダメで元々ですよ」
「まあいいや…取り敢えず入ろうか。改めて説明することもあるしね」
諦め半分のアマノに連れられ中に入る。以前アマノに高天原にいるのは全員神だということを聞かされているのでミワの様子が気になったが、当の本人はそこまで気にしていないようである。そしてこの前とは別の部屋に案内された。寝心地が良さそうなベッドや風呂とトイレが完全に別になっていたりと、高級なホテルさながらの設備だった。
「ここがしばらく君達に滞在してもらう部屋だよ。と言っても殆ど寝るだけなんだけどね」
「凄いですね」
「下手なホテルより全然いいわね…」
「本来は地方からの役人が泊まっていたり、我々が泊まり込みで仕事をするときに使う部屋だね。一度作ってしまえば外に宿をとるよりも安く抑えられる。経費だと思ったらどんどん使われちゃうからね。無駄な税金を使わずに済む。ルームサービスもある程度は使えるよ。今度試してみるといい」
「発案はアマノさんですか?」
「そうだよ。よくわかったね」
「まあ、なんとなく」
相変わらず予算の方面で苦労しているらしい。大量の荷物を置いてこの前も使った会議室に移動する。新しい話と事前説明といったところだろう。
「まず前回からの進捗だが、ミワ君のスキルの修正…まあミワ君に限らずだが、所謂スキルというもの全てに何かしらの制限を掛けた。ミワ君ので言えば火力の制限だ。あの時のミワ君の記憶があやふやなのも膨大な力の消費によるものが原因と見ている」
「慣れないことするから…ってやつですね」
「そして二週間前君達と話してから我々でも検討してね。脳の負担軽減措置として仮想世界六日間につき一日間の休養日を設けることにした。休養日の間はこちらに戻ってきてもらい、出来るだけ外部からの情報を遮断して脳を休めてもらう。目安だから前後しても構わないし慣れてきたら周期を変えてくれてもいい。ただこちらにいる間も向こうの時間は流れているからそこは気をつけて欲しい」
「私達の存在が向こうの世界で一日消失するのね…」
「その間だけ時の流れを操作することは出来ないんですか?」
「それなんだけどね。参加者が君達だけならそれで構わないんだけど」
「つまり他に誰か居るんですか」
「この二週間で数組応募してきた。一般公募もしたからね。ああ、その際はトヒ君の意見を参考にあまり怪しくないようなやつにしたよ」
「はあ」
「という訳でね。いつになるかわからないけど準備が出来次第順に送っていくから、君達が居ない時だけ時の流れを操作するなんてことは出来ない」
「向こうで出会う可能性は?」
「十分、いや、十二分に有り得るね」
「なるほど」
予想はしていた。アマノの言動からこんな大掛かりなことを何回もするはずはないのでやるなら同時だろうとは思っていたのだ。しかしライバルと鉢合わせしたとき……今はいいか。
「最後に我々との連絡手段だが、こちらの世界に戻りたいときはこれを使ってくれ」
「ネックレス?」
「現代的にいうとそうだね。これは装身具。五つの勾玉のうち真ん中の翡翠の勾玉に手を当てて念じると次の瞬間にはこちらの世界だ」
「綺麗ねえ…」
「あまり外から見えないものの方がいいんですが」
「一応他のもあるけど、装身具だからねぇ。基本は見せるためのものだから全く見えないというのは難しいが、指輪なんかだと目立ちにくいし、腕輪なら服装によっては見えないかもね」
「私はネックレスがいいんだけど…」
「一人一つですか?」
「え、まあ欲しかったらあげるよ。大したものでもないからね」
「では腕輪にします」
「別にいいけど…重いよ?」
「ま、まあ何とかします…」
「これは左右の腕輪をチンとつけて念じるとあら不思議、元の世界に戻って来ます」
神楽鈴で手首は割と鍛えているつもりなのである程度なら大丈夫だろう。
「とまあこんな感じだ。質問はあるかい?」
「時の流れは実世界に比べて何倍なんでしょうか」
「8倍くらいが妥当じゃないかと考えている」
「一日3時間、六日で18時間ですか。実世界一日に一回は帰って来なきゃだめなんですね」
「初めのうちはね。こちらも君達の健康を気遣う義務があるから」
「あ、大丈夫ですよ」
「あの〜」
「どうしたミワ君。何でも聞いてくれていいよ」
「あの、向こうの世界にいる間の私達の、その、ごはんと…御不浄の方は…」
「あ」
そういえば全く気にしていなかった。いくら寝ているだけといっても水分は要るし、寝てる間も催すことはあるわけで。
「え?神がトイレに行くわけないじゃないか」
「え?」
「え?」
真顔でいうアマノ。健康を気遣う義務とは。
「冗談だよ」
「冗談ですかーははははは…ってなるかい!もしものことがあればお嫁に行けないじゃないですか!」
「普通にトイレありましたもんね」
「まああながち冗談でもなくてね。実際問題、別に行かなくても平気なんだよね。我慢してるとかじゃなくてさ」
「どういうことです?」
「ほら、御不浄ってミワ君も言ってただろう?神の内に不浄なものがあったりしたらいやじゃないか。その辺はいい感じになってるんだよね」
「でも、私たちは一介の人間ですよ?」
「だからね、転送時には一時的に君達を神に近いものにまでしているよ」
「そんなことが出来るんですね」
「今回合格したら神になるんだから。その途中みたいな感じかな」
「あれ、じゃあ、なんでここにトイレがあるんですか?」
「そりゃ我々だって腹を壊すときもある」
「ああ…」
「とまあそんな訳で大丈夫だ。気にしなくていいよ」
アマノがそう言うなら大丈夫なんだろう。非常に納得し難いがこれ以上聞いたところで答えてくれないのは目に見えている。
「他に何かあるかい?」
「私は特に…トヒは?」
「大丈夫です」
「じゃあ、これらを踏まえた上で同意書と誓約書にサインしてもらえるかな?」
「はい」
「私のやつ、ちゃんと持ってる?」
「ほらよ」
「ハンコハンコ…」
「内側のポケットだ」
「ありがと」
二人の様子を見たアマノがやれやれという顔をしたのには全く気付かないミワであった。
「さてと、昼食はどうする?」
「今食べた分もいい感じになるんでしょうか…」
「大丈夫だ、問題ない」
「頂きます!」
「現金だな…」
「はは…何がいい?しばらくこっちの食べ物は食べられなくなるからね」
「やっぱり回らないお寿司かしら…サイコロなお肉も捨てがたいわね…うーん」
「別に何でもいいじゃないか」
「私は、神都っぽいご飯が食べたいのよ!」
「アマノさんが打って下さった蕎麦なんかまさに神都のごはんだぞ」
「それはそうだけどそうじゃないの!何でもいいんだったらトヒは黙っててちょーだい!」
「へいへい」
前回は食事の選択権を譲ったが今回は絶対に自分が食べたいものを食べようとするミワ。選択した覚えは全くもってないのだが。
「決めました」
「お?意外と早かったね。出来るだけ用意させてもらうよ」
「白いご飯とみそ汁と焼き魚とお豆腐とお漬物」
「朝ごはんの代表格だな」
「それとプリンが食べたいです」
「神都っぽいのはどこいった」
「それでいいのかい?」
「はい、やっぱり向こうでは食べられないかもしれないので、慣れ親しんだ味を…と思って」
「わかった。待っていたまえ」
「お願いします」
アマノが部屋を出ていく。また自分で作ってくるのだろうか。以外にもミワがあまりがめついことを言わなかったのには驚いた。下手すればアマノの胃に穴が空いていたかもしれなかったのだが。
「良かったのか?それで」
「いいのよ。神様になれば美味しいもの食べ放題なんだし。庶民の味を味わいたかったのよ」
「もうなった気でいるのか」
「なれないかもしれないなんて思ってても仕方ないでしょう?それに私ならなれるに決まってるもの」
「そうだろうか」
「そうなのよ。トヒだって私に神様になって欲しいでしょう?」
「出来れば堅実に働いて欲しかった」
「もう、またそんなこと言って…」
「まあなってくれるならそれに越したことはないとは思ってるよ」
「素直じゃないわね」
「ここ数ヶ月の生活費を請求出来るからな」
「トヒはトヒだったわ…」
「出世払いするんだろう。早めに出世出来て良かったじゃないか」
「ま、まあ、任しときなさい」
しばらくするとアマノがどこぞのレストランのような台車に乗せて持ってきた。
「待たせたね」
「いい匂い…」
「ここの食堂で提供される焼き魚定食の品を少しかえたものだ。まあ、神都っぽさはないかもしれないけどね」
「高天原の食堂ってだけで神都っぽさMAXですよ…」
「まあゆっくり味わってくれたまえ」
「「いただきます」」
懐かしい感じである。一人暮らしを始めてから朝ごはんをきっちり食べることはなかった。何か泣けてくる。実家でも朝に焼き魚なんてなかったのに、何故か懐かしく感じる。遺伝子レベルで懐かしさが身に付いているのだろう。ミワも理想の朝ごはんを前にして少し感動していた。今は昼なのだが。
「これはあれね…実家のような安心感ってやつね…」
「実家じゃ絶対に食べれないけどな…」
「美味しいわね…」
「美味しいな…」
「ま、まあ、気に入ってもらえたようで良かったよ」
それからは二人とも静かに一口一口を噛み締め、味わいながら食事を進めていった。プリンはしっとり系の焼きプリンだった。焦げたカラメルのほろ苦さも相まって絶妙な味に仕上がっている。美味い。
「そのプリンは神都では有名な店のものでね。なんでも一種類しか販売していないそうだよ」
「拘りの一品ってやつですね!」
「ごちそうさまでした」
「さて、少し休憩したらいよいよ本番だ。向こうの時間を考えて転送するからタイミングを逃すと3時間待ちぼうけだからね。次は…ちょうど1時間後。君達の部屋に迎えに行くよ」
「はい、わかりました」
「じゃあ、頼んだよ」
食器を片付け台車を押して部屋を出るアマノに続いて二人も外に出る。初めに通された二人がこれからしばらく滞在する部屋へ戻ると荷物を解く。勿論全部持っていくことなどは出来ないので、必要最低限、持ち運べる程度の荷物にまとめなければいけない。
「うーん、取り敢えずこんなものか」
「随分少ないわね。トヒは何を持っていくの?」
「向こうでは揃えられそうになくて、あると便利なものと、ないとダメなやつを中心にいろいろと」
「ふーん」
持っていく荷物は二人で相談して決めたものと、各自で持っていきたいものをそれぞれが持っていくことにした。こちらは相手には内緒である。
「ミワも考えて用意しろよ。あんまり欲張っても重いだけだし、これは持っていけたけどこれがないから使えませんでしたみたいなことがあったら悲惨だぞ」
「私がこの二週間何をしていたと思うのよ。抜かりはないわ」
「ならいいんだが」
「なんだか待ちきれないわね」
「旅行じゃないんだぞ」
「それは朝アマノさんから聞いたわよ」
「焦らなくてもあと15分くらいだ。行く前から怪我なんかしてもつまらないだろう」
「それまでイメージトレーニングしておくわ」
「そうか。じゃあ、ちょっと出てくる」
「貴様…逃げる気か?」
「なんだそれ…すぐ戻ってくるよ」
ミワにとやかく言われる前にさっさと部屋を出た。ミワではないが正直落ち着いて居られない。ただ黙って待っていることも出来なかったので建物の中を少し見て回ることにした。あまりあちこち行くのも良くない気がしたので非常口を確認してロビーまでの経路の確認する程度だが。ロビーの受付にはこの間部屋まで案内してくれたお姉さんが立っていた。ここにいるということはやはり神なのだろうか。食堂にも寄ってみた。既に営業時間は終わったのかそもそも利用者が少ないのか誰も居なかった。メニューもそこまで多くない。数日で制覇出来そうなので、余裕があればやってみたい。そろそろ時間だろう。
部屋に戻るとちょうどアマノが迎えに来ていた。少し早めに来て待っていたのか入ろうとはしていなかった。
「やあ、トヒ君。落ち着かないのかい?」
「ええ、まあ」
「そうだろうね。落ち着けという方が無茶な話かもしれない。そんなに気負うことなく楽しんでやってくれればいいよ」
「楽しんで世界を救うってのも難しい話ですけどね」
「はは、そうかもしれない」
「そろそろ時間ですか?」
「そうだね、ミワ君も呼んできてくれるかい」
「わかりました」
部屋に入るとミワがイメージトレーニングという名のスキル発動練習をしていた。興奮のあまり恥ずかしさもないらしい。
「ミワ、そろそろ時間だ。アマノさんも来られてる」
「もうそんな時間?もうワンセットやっておきたいんだけど」
「向こうで実践練習でもしておけ」
「遂になのね…遂に異世界転生できるのね…」
「異世界でも転生でもないって…」
「細かいことはいいのよ!さあ行くわよ」
アマノに連れられたのは前に使った部屋ではなく、もう少し大きめの部屋で、既に先客がいた。
「彼女は今回、君達の行動をモニターする者だ。まあ仲良くね」
「よろしくお願いしますわ」
「よろしくお願いします。私がミワで、こちらがトヒです」
「よろしくお願いします」
「じゃあ顔合わせも済んだところで早速そこに寝てもらおうか」
ベッドが二つ…柵付きでそれなりにフカフカの布団が使われていた。前回ミワが文句を言ったので替えてくれたのだろうか。前のが診察室のベッドだとすると今回は入院用のベッドだ。うーん、例えを間違えたか。
「じゃあトヒ。また向こうでね」
「ああ」
「それでは意識の転送を始める。今回の転送先にはこちらの世界の者が待っている。向こうでのことはその者の指示に従ってくれ。はい、じゃあ3.141592…」
ふわふわとした感覚になる。眠気とは少し違った不思議な感覚。
「3238462…」
そういえばどうして数字の羅列なんだろう。今度聞いてみるか。
「9502…なんだっけ?」
「88ですわ」
「そうだっけ?まあいいか」
モニターには既に二人の姿が映し出されていた。
一週間毎にアクセス情報みてるんですがどうも目次だけで終わってしまうらしいですね。最新話毎回?見て下さってる御三方ありがとうございます。