居候している幼馴染が神様になるというので人生計画を見直すことになりました   作:公序良俗。

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2部です。



試験開始

 

 眼を開けるとそこには見たことのない天井が広がっていた。一先ず身体が動くか確認する。右手、左手、首は回る。身体を起こして右足、左足。特に異常はなさそうだ。身にまとっているものにも問題はない。ここで躓いていてはこの先お話にならないのだが、取り敢えずそんなことはなさそうだ。傍らには用意していた荷物も一緒に送り込まれている。見た感じだいたいは持ってこれているようなのでまあ、大丈夫だろう。立ち上がり、全身を使って軽く動く。違和感はない。少し離れたところに転がっているミワを起こしにかかる。ミワの身に付けているものも転送前に見たものと変わりはなさそうなので、問題なく転送されているのだろう。

 

「ミワ、ミワ」

「……」

「ミ〜〜〜ワ〜〜〜」

「むにゃ?」

「いつまで寝てるつもりなんだ。早く起きろ」

「うーん…ここは…あー」

「毎回こうなるのは少し考えようだな」

「着いたのね…」

「ああ。ここがお前の言う異世界ってやつだよ」

「なんか…いつも通りね」

 

 確かに、起きてから気にはなっていたのだが、ミワの言う通り、天井も、床も、壁も、とても現代っぽい作りをしているのだ。

 

「まあ、ここを出れば違ってくるかもしれないし、出ましょうか」

「そうだな」

「それで…出口はどこかしら?」

「そうだな…」

 

 この部屋、四方に壁はあるが扉らしきものはどこにもない。床も開きそうなところはないし、天井は結構高い。

 

「最初から不具合かしら?」

「そんな訳ないだろう」

「でもねぇ…」

「転送先で誰か待ってるってアマノさん言ってたし、その人から何かしらアクションがあるんじゃないか」

「しばらく待ちましょうか」

 

 その間、ミワが身体の動きや荷物の確認をしたり、互いに相手に変わったところがないかを見たりしていたが、外部からの接触はなかった。

 

「そろそろ10分くらいか」

「トヒ、それは?」

「時計だ。電池じゃなくて手で巻くやつだけど」

「ふーん…考えもしなかったわ」

「こっちに時間の感覚があるか分からなかったからな。まあ、季節と太陽の位置がわかればだいたいの時間はわかるだろうけど、季節があるとも限らないし、太陽があるかもわからないだろう」

「ちょっと言ってることがわかんないわね…」

「なんでだよ」

「まあこれでカップ麺の食べ頃は見逃さないわね」

「そういや持ってこれたのか」

「無理だったわ」

「無理なのかよ」

「缶詰とか乾パンとか食べ物系は全部ダメだったみたいね」

「やっぱりかあ」

 

 長旅になるだろうということは最初から分かっていたので非常食を持ってきていたのだが、どうやらそれは弾かれたらしい。食糧の確保も考えなくてはならない。

 

「まあ、軽くなったしいいんじゃないか?」

「それで納得するしかないわね…おやつはちゃんと200円までにしたのに…」

「それは残念だったな」

「今度戻った時にでも食べるしかないわね…」

「実は結構落ち込んでるな」

 

 兎にも角にもこのままでは埒が明かないので、手分けして部屋を調べることにした。壁を叩いて音を聞き向こう側に空間がないか確認する。床も同様に隠し通路や仕掛けがないか叩きまわって確認する。ところがそういったものは全く見つからなかった。

 

「どうしようもないな」

「後は天井だけね…」

「と言っても届く高さじゃないぞ」

「届かなければ届くところまでいけばいいのよ」

「え?」

「トヒ、こっち来て」

「いや待て、早まるな」

 

 先程の身体検査でやはりミワの力が増大していることは把握している。だからと言ってまた投げられてはたまったもんじゃない。

 

「ここから出るためよ。私は心を鬼にしてトヒを投げるの」

「待て待て待て!この広さだぞ?何回やるつもりなんだ」

「仕方ないわね…じゃあアイテムお披露目と行きましょうか」

「あるんなら最初から出せよ…」

「てってれえ!てにすぼおるう!」

「毎回やるのか?ミワヱもん」

「嫌よ恥ずかしい」

「しかしなんでまたボールなんか持ってきたんだ」

「暇つぶしにキャッチボールでもと思って…テニスボールなら素手でも出来るでしょう?」

「痛いと思うけど」

「まあ見てなさい。この秘密アイテムの使い方はそれだけじゃないのよ」

 

 ミワが頭上に向けてボールを投げる。ボールは天井に当たってそのまま跳ね返ってきた。

 

「今の音、覚えておきなさいよ?私は動いてて細かな違いはわからないから」

「なるほど。物を投げてさっきと同じことをするんだな」

 

 数分後、ある程度の間隔でボールを投げ続けたミワだったが、聞いていた限り反対側に空間があるような音はしなかった。

 

「肩痛い…」

「アップもせずに投げるからだ」

「でもこのままじゃあ外に出られないわね。やっぱりアマノさんの手違いなんじゃない?」

「なあミワ。これが最初の試練ということはないか」

「え、まさか…でもねぇ…」

 

 こちらに来た時点で試練は始まっているのだ。初めに転送された場所が試練の場なんてことも有り得なくはない。試練とは乗り越えるものだ。乗り越えなければ、先に進めない。そして今、先に進めていないのだ。

 

「もしそうだとしたらタラタラしてる訳にもいかないわねえ…」

「試練での対処の仕方を見るってアマノさん言ってたしな」

「なら力ずくで突破するわよ!」

「どうしてそうなるんだ」

 

 ツッコミをいれるトヒだが、現状それしか方法がない。あるかもしれないが思いつきそうにもなかった。荷物をまとめ、衝撃に備えてミワの足元で姿勢を低くする。

 

「いいぞ」

「じゃあいくわよ」

「うむ」

「(イメージ…そう、イメージが大事よ…出来るだけ高火力で…でも何発も撃てるように控えめに…指先に集中させた力を一気に解き放つように…よし!)『墾田永年私財砲』!!ばっきゅーん!!」

「やっぱ聞いてて恥ずかしいな…」

 

 ミワの指から高エネルギーな何かが一直線に壁の方へ向かって解き放たれた刹那、凄まじい爆音と爆風が起こった。

 

「ばっきゅーん!ばっきゅーん!ばっきゅーん!」

 

 残りの三方に向けても同じように撃っていく。そして仕事を終え膝から崩れ落ちたミワを受け止める。次はこちらの番である。

 

「(爆圧から身を守るために耐圧ガラスを展開。その内側にも耐圧ガラスを展開して外側の圧力に耐えられるようにガラスの間を高圧の層にするため中心から拡げていくように。出来れば爆風に飛ばされないように重めにして…)『十枚の窓Windows 10』!!」

 

 周囲に十枚の窓、というかガラスを展開する。外に五枚、内に五枚の二重構造だ。閉鎖空間で爆発が起こると、熱によって急激に膨張した空気が部屋に充満する。すると行き場のない空気は外に出ようとして脆弱な部分を吹っ飛ばす。部屋の中で火事が起こった時、不用意に外から扉を開けてはいけない所以である。後は、窓から火の手が!にならないよう祈るだけだ。火は出てないが。

 

「しかし暑いな…」

「何よこれ…聞いてないわよ…」

「今は黙ってな」

 

 勿論ミワには何一つ教えていない。言ったら以前の仕返しとばかりに実演を強要されるのは分かっていたからだ。実演といっても特に動きは考えていないので見ても面白くないと思うのだが。

 スキルを考える際、イメージとして最も重きをおいたのは如何にして身を守るかだった。火力はミワに任せて問題ないだろう。ならばそのミワを守る役に徹すればいい。そもそも想定していたのはこんな使い方ではなく、崖崩れによる落石程度だったので上手くいくかは正直わからなかったが。

 しばらく待っていると外の空気の流れが変わった気がした。恐らく穴が空いたか出入口が開いたのだろう。成功だ。後はこの隔離空間の酸素がなくなる前に外の空気が入れ替わってくれればいいのだが。どこからともなくピコーンとやや高めの音が鳴った。

 

 その頃、実世界にて8倍速でこの光景を見守っていたアマノは絶句していた。こちらではミワとトヒを送り出してからまだ5分も経っていない。

 

「いやいや」

「あらあら」

「いやいやいやいやいや、度が過ぎるよ。いくら何でもやり過ぎじゃないか?正気の沙汰ではないね」

「模範解答はなんだったのです?」

「そりゃあ『外にいる誰かに外から開けてもらう』だよ。試練とはいえ誰かに助けて貰うこともときには必要だと言うことを伝えたかったんだけど。閉じ込められたらまずはそうするだろう」

「あの二人ならこの先も面白いものを見せてくれる気がします。楽しみですわ」

「君も仕事なんだから…」

 

 いきなり突拍子もないことをしでかした二人とそれを楽しんでいる部下に頭が痛くなりそうなアマノだった。それでも初めの試練をクリアした二人を見届けると次の仕事へ向かう。次の採用希望者が待っている。

 

 『十枚の窓Windows 10』を解除すると濃い新鮮な空気が肺に流れ込んできた。ただでさえ狭い空間を引き延ばして薄くなった空気を吸っていたのだ。数回深呼吸をして肺の中の空気を一新する。そして大きく穴の空いた壁のひとつに向かって二人分の荷物と力の抜けたミワを担いで歩き出す。部屋から出るともう一段と広い空間が広がっていた。今までいた部屋はこの大きなホールのようなところに作られていたようだ。こちらは先程の部屋に比べると現代感はなく、それ相応…異世界らしいのものだった。

 

「一つ目の試練クリアおめでとうございます」

 

 かつて壁だった瓦礫の上から声がする。顔を上げると人らしき姿があった。

 

「あなたがアマノさんの言っていた方ですか?」

「あまの…?ああ、そういう…そういうことになりますか。あなた方の初めの一歩を示す役を仰せつかっております。アナイとお呼び下さい」

「ミワとトヒです。アナイさん、よろしくお願いします」

「まずは…そうですね。先に身体をお休めになった方がよろしいかと。話はそれからに致しましょう」

「そ、そうさせてもらいます」

 

 出来るなら今すぐにでも布団に倒れ込みたい程度には疲れたし、ミワに至ってはいきなり特大弾を4発も放って自立もできない。慣れないことはするもんじゃないのだ。

 アナイに連れられて案内されたのは執務室のようなところであった。おそらく普段から使っている部屋なのだろう。荷物を置きミワを椅子に座らせる。多少の失礼には眼を瞑ってもらおう。

 

「あなたがトヒ様ですね。そしてそちらにおられるのがミワ様」

「はい、このような状態で申し訳ないです」

「いえ、こちらも想定外だったので。まさか扉が飛んでくるとは思いませんでしたよ」

「扉があったんですね…一通り調べた筈なんですが…」

「ま、まあ、お座り下さい」

「失礼します」

 

 トヒがミワの隣に座るとアナイも向かいに座る。上座には座らないのか。

 

「お疲れのところ申し訳ないのですが、まあ聞いていただくだけでも結構ですので。まずあなた方にはこちらの世界の住民登録をしてもらいます。と言いましてもどこかの台帳に記載するとかいうものではなく、単に個人を証明するためのものです。こちら、お受け取りください」

「ステータスカードね」

「ありがとうございます」

「そちらは身に付けておくことで使用者の情報を蓄積していきます。今は何も書かれていませんが、数分後には完成しているでしょう」

「わかりました」

「そしてこちらの世界のお金です。二人であれば三日は宿に泊まっての食事が出来るでしょう。あちらの換算すると三万円程です。因みにこの世界ではキャッシュレスを推進していますので、双方の合意があれば金銭情報を数字の移動のみで完了させることが出来るものもありますので、こちらもお試し下さい」

「冒険の最初から3万ゴールド…破格ね」

「仮想世界にもキャッシュレスの波が…」

「この世界を作っているのがあちらの世界の方々ですからね。やはり普及は難しく地方にはまだまだ浸透していません」

「現金主義まで再現されているとは…」

「チャージや現金化はここの受付で出来ます。他国の大都市にも出張所がございますので、道中は必要最小限の現金をお持ちになって後はこちらにチャージしておくとよろしいでしょう」

「現金化出来るのはいいわね」

「キャッシュレス推進の営業さんみたいですね…」

「すみません。普段の生業がそちらでして」

「ああ、なるほど」

 

 スルーしていたが、ときどき横から聞こえる少し逸れた反応。身体が動かないだけで頭はシャッキリとしているらしく一応話は聞いているらしい。

 

「こちらからはこれくらいです。何かご質問は?」

「では、失礼ですが、アナイさんは神であられるんでしょうか?」

「そうですね。あちらでは、はい。ここではただの営業ですがね」

「ああ、やっぱり…」

「神といっても新興の神でしてね。若手だからとこちらに飛ばされたようなものです」

「ちなみに何の神様なんですか?」

「……プリペイドカードの神を」

「て、適任ですね…」

「時代はコード決済です…」

「は、はは」

「ははは…」

 

 力なく笑うアナイ。どうも上司と似たような空気を感じる。実世界でもかなり苦労したとみえる。電気やネットがないこの世界では神の御業で金銭情報のデータ移しが限界なのだろうが、便利そうといえば便利そうである。

 

「ではごゆっくりどうぞ。機を見てご出立なさって下さい」

「あ、今何時くらいでしょう?」

「こちらに時刻という概念がないので正確な時間は把握しておりませんが13時くらいでしょうか」

「ありがとうございます」

「では。旅の成功をお祈り致しております」

 

 アナイが部屋から出ていく。営業の仕事に戻るのだろうか。まだ動けない様子のミワを椅子に寝転ばせてやると、トヒはさっきまでアナイがいた側の椅子に移動する。時計を取り出し時間を確認する。ぴったし13時。こちらに来て一時間、実世界ではまだ十分も経っていない。不思議な感覚である。





先週は一応区切りということでお休みさせて頂きました。編集が間に合わなかったとかというのではないです。

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