呪いか何かか......?
(責任のなすりつけ)
♯7 剣て止まぬ運命のもとに
「あ゛っ、あ゛ぁぁぁッ!? い゛や゛ッ もう゛やめ゛ッ...!!」
もう何本目だろうか
琴音に逃され、いつもの廃屋へと帰還した尾雛を待っていたのは、あの男からの大量のLiNKER投入だった
身体が火だるまになっている様な錯覚を起こすほどに熱くなっている血液と、打ち込まれている首筋から全身に響く鋭い痛みを感じる
LiNLERはあくまでもあと少し足りない適合係数を補うために使用するモノ、本来なら何本も使用するモノではないが......
「も゛う......やめ゛...で...ェッ!!」
とうとう身体が限界を迎え、咄嗟に手にした天羽々斬を起動させ男に振り上げる
男が尾雛を離して後ろへ跳ぶ、支えを失った尾雛は少し後ろに下がってから崩れ落ちた
「なんで......こんな.........」
「シンフォギア適合もせず、標的も捕らえられず、逃げられるどころか背を見せている相手に逃されるなど......肝心なところで役に立たない女だ...」
「な...なに、言って......」
「今ここで天羽々斬と適合して見せろ...そうすれば、防人として認めてやらんでもない」
イマージュとして展開している天羽々斬をペンダントに戻し、見つめる
『立派な防人に...』
『役に立たない女だ...』
『やっぱり尾雛ちゃんは優しい人なんだよ。きっと本心では私と戦うことなんて望んでいない!』
脳裏に浮かんだ言葉たちを振り払う様に頭を振る
同時に頭痛が尾雛を襲うが、それを抑え込んでペンダントを握った
「はぁ...ハァ...はっ......ハァ...」
荒くなる吐息。熱湯の様な汗が頬に流れ、尾雛を焦らせる
「いっ......はぁ.........すぅ...」
尾雛は、はち切れんばかりに鼓動する心臓を抑え付け、祈る様に口に出す
「......Imyuteus......」
ペンダントが光り始める
「...ameno......」
しかしその瞬間、喉の奥が閉じる感覚に襲われる
「......ha...baki...ri......ッ」
それでも尚聖詠を唱えようとする尾雛だったが、出そうと思っても喉の奥に突っかかり、ただ喘ぐ事しかできない
「 t......ッ......ま.........ァ......」
「ふむ、まだダメか...」
喉の違和感が消え、倒れながら必死に酸素を取り込もうとする尾雛を尻目に、男は手を差し出した
「親...父......」
「天羽々斬を渡せ、尾雛」
「はっ...?」
予想外の言葉に、思わず声を出してしまう尾雛
対して男は至って真剣な様で、尾雛を見下ろしながらペンダントを渡す様に要求する
「でも...これは......」
「適合もせず、ろくに任務も遂行できないお前に、持つ資格は無い」
頭の中を男の言葉が反響し、身体が勝手にペンダントを男の掌へ持っていこうとするが、咄嗟のところで引き戻し、ペンダントを庇う様にして後ずさる
「い...いやだ......」
「ん? ...聞き間違いか......もう一度言ってみろ」
少しだけ怒気を含んだ声に恐怖を覚えながら、勇気を振り絞って発言する
「いや..だ! お母さんとの思い出は絶対に渡さない...!」
頭痛や身体の高熱に抗いながら自分の意思を口に出す
男は明らかに顔を顰め、少し考え込んでから尾雛に近づいた
「くっ...」
「LiNKERが足りなかった様だな...だが、まあ良いだろう。一度だけチャンスをやる」
「チャン...ス......?」
そう言うと、男はポケットから半透明の結晶を取り出し、周囲に撒き散らした
「え...?」
展開された魔法陣の様なモノから何体ものアルカ・ノイズが現れる
それらは尾雛を包囲する様に取り囲み、その奥から覗く男の顔は無表情のまま尾雛の持つ天羽々斬のことを見ていた
「ぁ.........おい......なんだよ...これ.........」
恐怖のまま周囲を見渡す尾雛
「お前には...覚悟が足りない。いつまでも思い出に縋っていては、防人になど成れはせん......イマージュ如きのバリアフィールドではアルカ・ノイズの分解力を防げない。死にたくないのなら、適合しろ」
そう言ってアルカ・ノイズを一斉に尾雛に向かわせる
命の危険を感じた尾雛は、後ろの窓があったであろう場所からすぐに廃屋を脱出し、山を走る
それを後ろから見ていた男は既に興味を失ったかの様に奥へと戻って行こう歩き出した
「...血も涙もない...」
「何か、文句があるのか?」
廃屋の奥から現れた背丈の小さい人影は、静かに首を横に振る
「いいえ」
「そうか......お前は計画に必要な存在だ。あんなシンフォギアに適合すらしない駒とは違ってな」
「......はい」
人影は男からあの蒼いペンダントを受け取った
「......Granzizel bilfen gungnir zizzl.........」
光と共に人影の周りに蒼い雷が纏わり付く
やがて視界が晴れた頃には、その人影は蒼い装甲を纏う戦姫の姿を象っていた
「ほう...これがあの方によって生み出されたシンフォギア.........オリジナルとの差がまるで見当たらない」
「オリジナルを見たことがあるのですか?」
「今まで尾雛を当たらせてきたS.O.N.G.の連中の中に、一人だけシンフォギアの装者がいる。あの女の捕獲が上からの命令だが、聞いていなかったのか?」
「いえ、現地の責任者に命令を仰げと言われたもので」
「そうか......まあ良い、あの女の捕獲は最悪後回しでも良いのでな。......だがこれで、ようやくミュルグレスの起動が出来る」
男は奥に置いてある剣を持つと、それを眺めながら言った
「ミュルグレスの起動は、来たる戦争において私たちの大きなアドバンテージとなる。必ず成功させるにはお前の協力が必要となるのだ」
「......それは良いのですが、完全聖遺物を起動するための膨大なエネルギーは何処から供給するのですか?」
「目星はつけてある......S.O.N.G.本部の司令室奥にあるフォニックゲインの変換装置。その中心のエネルギー体にこの剣を放り込むのだ」
黒光りする剣は、悪意を感じ取るかの様に赤いラインを怪しく光らせる
悪意はゆっくりと、しかし確実に近づいていた
「はぁ...はぁ......ッ......かっ...ァ.........はぁ......ッ」
人気のない山奥をただひたすらに走る
背後から迫るアルカ・ノイズの気配は一向に止まず、応戦しようにもアルカ・ノイズに対してイマージュはリスクが多すぎる
何より今の身体の状態では剣を握るので精一杯だ
「...まだ...来るのか......っ」
とにかく逃げる
植物の枝をかき分け、木の根を飛びこし、障害物を避けて進んだ
しかし相手はそんな事お構いなしに全てを分解させることで道をこじ開け、一気に差を詰めてくる
星空の下を駆け巡り、一瞬だけ身体に触れる夜風が熱をほんの少しだけ冷ます
しかし体力の限界が迫り、意識が朦朧としている中で森の中を逃げ回るのは正直辛すぎる
逆に何故自分がそこまで逃げ切れているのか疑問になる程だった
「はっ...はっ......はっ...ぁ......そんな.........」
気がつくとそこは森と街を繋ぐ道の端
このまま逃げ続ければ、街へ被害が出る。恐らくS.O.N.G.も対応してくると思われるが、今の装備のSYNにアルカ・ノイズの対応は危険が高すぎる上、今の時間帯ではシンフォギア装者が到着するまでの時間が通常よりも遅れるだろう
この街の人間を犠牲にする事は、尾雛にとっては楽な選択肢だ
アルカ・ノイズの標的が増えたのなら、その分逃げられる確率も高くなるもの。しかし尾雛は、咄嗟に身体の方向を変えると、ペンダントをその手に握りしめた
「熱...い......痛い......でも.........」
ペンダントをイマージュへと変え、重い身体で無理やりに構えた
沸騰しそうな熱さの血液に、頭に釘が刺さっているかの様な頭痛、反対に身体の中は底冷えする寒気で満たされ、体内だけの温度変化でもう倒れそうになる
「日常を...奪われる......のは......辛い...から.........」
ふと頬を熱いものが伝う
舌で舐めとると、微かな鉄の味が口の中に広がった
『......本当に、戦うつもりか』
どこかから声が聞こえる
尾雛はその問いに、暫くの沈黙の後応えた
「私が戦わないと、この街に住んでる奴らは大切なものを失っちまう。これが今の私に出来る事なら、私はそれで良い」
『一度私と適合してしまうと、第二のシンフォギア装者として後には引けなくなる。よもやあの男の元へ戻るつもりではあるまいな』
「親父は......分からない......少し、整理してみないと...」
『幼き日のお前は、戦うことを一番に嫌う子であったが......一体何を糧にしてその剣を握るのだ』
「そんなことは.........いや...そう、なのかもな.........私はただ、私みたいな目に合う人を出したくないだけだ」
『そうか...その上でもう一度聞こう。一度装者になってしまえば、悪意が潰えぬ限り戦う運命から逃れられなくなる。それに、ここで適合できても無理やりあげられた適合係数の影響でしかない故に、二度目は装着できない可能性が高い。しかし其方は確実にS.O.N.G.の監視下に置かれることになるだろう......良いのか?』
「どっちみち、もう私には何もねぇさ。ここで倒れても、きっと私を助ける物好きなんて誰も......いや、ロクでもないこと言うもんじゃないな」
イマージュを解除してペンダント形態に戻す
身体の痛みを抑え込み、覚悟を決めた目でアルカ・ノイズ達を睨んだ
「お願いだッ、一回だけで良い、私に力を貸してくれっ、天羽々斬ッ!!」
『其方の覚悟、確と受け取ったッ。行くぞ、尾雛ッ!』
ペンダントが光り輝き、自然と口から唄が溢れる
「『Imyuteus amenohabakiri tron』」
周囲に光があふれる
その中心で尾雛は、青い炎に全身を焼かれていた
熱は感じない筈だが、熱いと錯覚してしまう程の規模。次第に周囲へと広がった炎は、尾雛の目の前に身長と同じ程度の柱を作り出した
その柱を思い切り握ると、そこを中心に炎が雲散
地面から抜き放ち振り払うと、身体の炎と共に周囲の炎も晴れる。それと同時に炎の柱は剣へと変わり、尾雛の姿も露わになった
白ベースで所々に青のラインが入ったインナーに、肩や足にだけ装甲が装着されている、一見防御力の低そうな見た目の姿
それは紛れもなく、かの絶刀『天羽々斬』のシンフォギアだった
「ぐっ......ぅ...ッ!?」
身体の焼かれる感覚が全身を襲う
『あくまでこの適合は付け焼き刃の時限式、其方の体力や身体の状況からしても決して長くは戦えぬ、一気に決めるぞッ!』
「...あぁッ!」
目の前で腕の先を伸ばそうと構えるアルカ・ノイズ目掛けて一気に走り抜ける
一瞬で懐まで潜り込んだ尾雛は、その速度に驚愕しながらも一閃の元に標的を沈ませる
次いで脚先から刃を出現させ隣のノイズの中心へ突き刺すと、呆気なく灰となって地面へと落ちる。未だ残る数体のアルカ・ノイズも剣と脚部の刃で潰していった
そして、この戦闘音を聞きつけたか知らないが、途中で分かれていたアルカ・ノイズ達も尾雛の元へと集ってくる
「鬱陶しいぞ...ッ!」
跳躍し、目下に群がるアルカ・ノイズ目掛けて剣を飛ばす
【千ノ落涙】
空中で分裂した剣は、イマージュの時に行った技とは比べ物にならない程の威力と範囲を見せ、後続のノイズ達も纏めて葬った
続くモノたちが居ないことを確認し、震える身体でギアを解除する
頬に熱さを感じた尾雛はまた自分の目から真っ赤な涙が溢れているのに気がついた
『よくやったな、尾雛......ゆっくり休め』
身体が限界を迎え意識が朦朧とする中、真っ赤な灰が溜まっている道を見た尾雛は、身体の熱と共に、確かな達成感を感じていた
正午を回り、人気も多くなってきたころ
琴音と微妙な雰囲気になってしまい家を飛び出した伊織は、行く宛もなく彷徨っていた
「はぁ......絶対めんどくさい男だったよな、僕」
さっきの自分はまるで彼氏でも無いのに束縛する男の様に見えなくもないことに気づき、一人後悔する
「うーん......でも今の琴音は多分ぐずってる状態だろうし......戻るのもちょっとなぁ.........穂花ちゃんもいるし...」
琴音は幼い頃から伊織に叱られたり怒られたりすると、涙目になって甘えたがる癖があった
抱きついてきたり縋り付いてきたり押し倒してきたり...酷い時には謝りながら首筋に噛み付いてきた時もあった
小学生の穂花には少しだけ刺激が強い光景が展開されるかもしれないので、今は戻ることはできない
「暇を潰せるところ.........お腹も空いたし、ふらわーにでも行くかな」
行きつけのお好み焼き屋目指して足を進める
数百年も前から世代を超えてひっそりと営業しているらしいその店は、リディアン音楽院の生徒や卒業生の一部にファンがいる程度には人気がある
今代の店主は、お好み焼きよりも焼きそばが美味しいので、裏メニュー的な存在として有名だ
因みにその店は、リディアンから少し離れた人気の少ない通りにある
「......ん? あれは.........?」
店の付近にある森への入り口
週に一度は歩いている近くの道から見て、その道に人が通っている場面は見たことがない
しかし今日は、一人だけ居るどころか、その人影が倒れている様に見えたのだ
「変だな......」
見間違いだとは思うが、もし本当だと取り返しのつかないことになる可能性があるので...何より、最近同じ様な光景を見たので...近づいて確かめることにする
近づいていく度、確かにそこには人が倒れていることが確認できた
急いで倒れている人の元へ行き、蹲み込んで状態を確認する
「...酷い......山から降りてきたのかな? そもそもこの山に人って住めるのかな...」
全身ボロボロな青髪の少女
恐らく枝葉や転倒で負ったであろう切り傷や打撲などの細かい傷が半ズボンから覗く脚に生々しく残っている
何よりその少女は酷く魘されており、とても気分が良い様には見えなかったのだ
「血涙.........」
少女の右目から一筋だけ溢れている血涙を拭う
「あっつ!? 全身も血液も熱い...これ、本当に危険な状態じゃ......」
直ぐに病院へ連絡しようとポケットの中にあるであろう電話を探り始めるが、そこで違和感に気付いた
「あ......携帯家に忘れた.........うーん......しょうがない」
やむなく全身が燃える様に熱い少女を抱え、その身体の熱に耐えながらも、来た道を戻る
幸いふらわーは近いので、その店で一旦この少女を休ませようと足を進めるのだった
「いらっしゃいませ......て、伊織くん?」
店主である20代前半の見た目の男性が少女を抱えた伊織を驚いた顔で出迎える
「すみません、健さん。少し奥の部屋を貸してもらえませんか?」
「あ、あぁ。ついて来い」
「......身体が物凄く熱いわね...ただの熱じゃないっぽいけど......体力が戻ったら、お医者様に見てもらいましょ」
「ありがとうございます、花さん」
店主の妻である花に布団や氷枕を用意してもらい、脚の傷や他の怪我を簡単に治療した後、そこに少女を寝かせた
少女の熱は未だに下がらず、さっきよりも酷い表情で魘されている様に見えた
「いいえ、人助けなのだから、当然よ」
少女は唸りながら、息を荒くさせて静かに泣き始める
「あっ......」
「あら......本当に怖い夢を見ているのね...............そろそろ部活帰りの人たちが店に来る時間ね...伊織くん、私は店に出てくるから、この子のこと、お願いね」
「え、あっ、はい!」
そう言うと花はその場から店の方へ行き、その場には伊織と魘される少女だけが残された
「ぁ......く...ぅ......っ...」
苦しそうな少女を見て不安が募る伊織は、昔琴音が熱を出した時の様にその少女の手を握り、呼び掛けた
「大丈夫。大丈夫......僕が居る......」
「......ぅ...ぁ......ぁ............」
その思いが届いたのか、少女の唸りは静かになり、比較的表情も柔らかくなった様に見えた
少女の額の濡れタオルを交換しようと一度手を離すと、また少女の唸りが激しくなりかけたので、すぐに交換してもう一度手を握る
「はぁ......それほど怖い夢ってことか............それにしても、この人一体どこから来たんだろう...リディアンの生徒じゃないっぽいし......」
手を握っていないもう一つの手で、魘されている少女の頭を撫でる
青い頭髪に輝きは殆どなく、感触もザラザラしている。およそ同年代の少女の物とは思えない髪質で、この少女が元いた環境と受けていた扱いに不安が過ぎった
「......ぅ......っぁ.........ぃ...ゃ.........」
縋る様に伊織の手を強く握ってくる少女
体温を求める様に両手で包み込んだ
「い...やだ......いか......な...いで.........」
か細く声を溢す少女
「うん、大丈夫。どこにも行かない」
不安を掻き消そうと呟いた言葉に、反応したかは分からないが少女が身動ぎする
「...お母さん.........」
ふと呟かれたその言葉に、伊織は応えることができなかった
「ぁ......う...ん.........ここ......は.........」
気絶する前ほどではないが、身体中が熱くて怠い
あの男が召喚したアルカ・ノイズを天羽々斬を纏って蹴散らした後、路端で気絶したと思っていたが、いつの間にこんな場所に運ばれて来たのだろうか
「私......生きてるのか............」
今更自分が生きている状況を実感し始めた尾雛は、身体の動く部分を確認していく
(脚に山道を下りた時の怪我......治療されてるな.........打撲以外は目立った傷も無し、その傷も塗り薬を塗られてる.........感謝しておきたいけど......私が関わると、危険な目に遭うかも.........そうだ、天羽々斬は...!)
尾雛はあのペンダントを探そうと身体を起こすが、身体がうまく言うことを聞かない
仕方なくこのまま横になることにして、他のことに意識を向けた
そして、本当に今更だが
「......手.........暖かい............!?」
自分の片手が誰かの両手に包まれていることに気づいた
身体の熱とは別に、顔がかぁっと熱くなるのを感じる
(嘘、私から握ってたの!? ......まて、冷静に、冷静になれ、私.........)
強く握っている手を見つめ、その温もりに意識を委ねる
(あぁ.........何年ぶりかな...............人の手を握ったのは.........)
自分の手を包み込んでいる両手の腕を辿り、その人物の顔を確認する
(綺麗な黒髪......まつ毛も長いし、中性的な顔だけど......女か?)
椅子に座ってうたた寝をする少女(?)は尾雛が起きたことに気づいたのか、静かに身動ぎして瞼を開く
「......ぅ...寝てたのか............ん......あ、起きたんですね。身体は大丈夫ですか?」
可愛らしい顔から流れる落ち着いたハイトーンボイスを聞き、心が安らぐのを感じた
自分だけかもしれないが、雰囲気が母親と似ている感覚がする
「...あんたが、助けてくれたのか......?」
「うん。まぁ、手当てしたのは僕じゃないけどね」
優しげな少女(?)は尾雛に向けてほのかに微笑んだ
「君が、魘されてたから」
「.........私、そんなに魘されてたか」
「うん」
「そ...そうか.........変なこと、言ってなかったか?」
「......お母さんって言ってた」
「ッ......そ...うか............」
暫くの間、その場を沈黙が支配する
「......そうだ、名前聞いてなかった...僕は小日向 伊織、君は何て言うの?」
尾雛は少女(?)の一人称に疑問を覚える
時には女子の中にもそのような一人称を使う人がいると知ってはいるが、この伊織という人物の言い方はそういう感覚で聞くと違和感があったのだ
「僕?」
「えっと......なにか変だった...?」
「いや......一応聞くが......お前、女だよな」
「えっ.........そ、そう...そう......見える?」
少しショックを受けた感じの伊織は、少し居心地が悪そうに尾雛に問う
「あっ、あぁ.........えっ...お前それで......その見た目で.........?」
尾雛は信じられないという風に、自分の手を握っている人の全身を眺める
「......よく言われる...」
苦笑いしながら尾雛を見る少年(!)
目を合わせると、何故か顔の体温が上がる感覚がしてすぐに目を逸らす
伊織の方は不思議な顔して尾雛を見ているが、尾雛自身も余り分かっていない様だ
「私...私は......風.........いや......尾雛だ」
「そっか、尾雛...さん?」
「いいや、尾雛で良い」
「じゃあ尾雛.........なんで、あんなところに倒れてたの?」
来たな。と尾雛は身構える
風鳴家やノイズ、シンフォギアのことを包み隠さず話すわけには行かない
だからと言ってこの命の恩人の少年になにも話さないのも申し訳ないので、真実と嘘を織り交ぜて話す必要があるのだ
「あ...実は......な」
尾雛が話したのはこうだ
彼女の一家はずっとあの森に住んでいる
既に母親は亡くなっており、父親と二人暮らしだったのだが、父親からの訓練の名目で危険な野生動物に追いかけられながら山を下ることになってしまった
間一髪街と森との境界へ飛び込んだ尾雛は、今までの疲労と共にあの場で眠ってしまい、今に至る
「そう...そのお父さんのことは、どう思ってるの?」
「今は......分からない。私は親父のことを信じたい.........けど、ああゆう言動を取られた以上、私には、やっぱり価値なんてなかったんだって......」
「いや、それは違うよ」
尾雛が言いかけた言葉に伊織は言葉を被せ、無理やり止めた
「その人にとっては価値が無くても......少なくとも、自分が自分自身に価値を見出してないと、生き延びようとすることなんてできないよ」
それは物凄く当たり前な事なのだが、尾雛はその言葉が何故か酷く突っ掛かった
「私が...私自身に.........」
「もし、それじゃ安心できないなら、友達でもなんでも、自分を認知してくれる人を探せば良いよ。周りに人が居ると居ないとじゃ、だいぶ違うから」
「でも......それじゃ、私はどうすれば.........」
今までなにも感じてこなかったのに、何故か急に自分の存在が不安になってくる尾雛
しかし次の言葉で、尾雛の心は暖かいナニカに満たされた
「じゃあ、尾雛が良いなら、とりあえず僕が見てるってことで...どう?」
静かに目を見開く
「良い...のか? 私なんて、お前にとって何の価値にもならないのに......」
すると伊織は少しムッとした表情で言い返す
「価値があるかは僕が決めるよ。それに、自分のことを何の価値もないなんて言わないで」
「......だって、私は...もう......」
咄嗟に顔を逸らし、目から流れる水滴を誤魔化す
信じてきたものに捨てられ、全てだと思っていたことが無意味かもしれないという時、この少年は優しく自分に語りかけてくれた
それだけで嬉しかった
だからこれ以上を、望んで良いはずがない
「悪い......やっぱり分かんねぇよ.........自分に何が残って、どんな価値があるのか」
「うーん............あっ!」
突然伊織は名案を思いついた、という感じの声を上げる
「病人っていうか......倒れている人に聞くのはちょっと変だけど...ちょっと僕の相談を受けてくれないかな?」
「相談?」
尾雛は伊織の言葉がイマイチわからず、そのまま聞き返す
「そ、相談......えーと、その相談なんだけどね.........」
曰く
幼馴染と喧嘩した
自分は心配で言ったつもりだったが、意図せずに束縛する形になってしまい、気まずくなってしまったのだ
「なんだ、簡単じゃないか」
「え、そう?」
尾雛は一度その様なことを経験したことがある
これもまたイリヤ関係のものだが、かつてイリヤが自分に内緒で何かを準備していた時
結局は自分の誕生日プレゼントの用意だったが、その過程で怪しんだ尾雛と隠し通そうとするイリヤで喧嘩をしてしまったのだ
その時もらったプレゼントも、その喧嘩の内容も忘れてしまったが......
「ありきたりだが、喧嘩できるってことはその二人がちゃんと互いのことを思っている証拠だ、きっと仲直りも簡単だって......お母さんの受け売りだけどな.........一番怖いのは、無関心で、例え何かが起こった時も、何も思わないことだから......」
一瞬脳裏にあの男の、自分に対して全く興味を示していない表情を思い浮かべる
「.........良いお母さんだったんだね」
「......そう...だな、自慢のお母さんだよ......」
ふと、強烈な眠気が襲ってくる
「ふぁ......悪い、もう一回眠らせて貰えないか.........」
「......うん、良いよ」
ずっと握ったままだった手をもう一度強く握り、朦朧とする意識の中、今度は安らかに、安堵の表情で夢の中へ落ちた
「ヒナこっちにおいで」
お母さん......
私の意識とは関係なく、私の名前を呼んだ女性の元へ身体が動く
「ヒナ、今日誕生日だろう? 誕生日プレゼントだ、大切にしなよ?」
お父さん......
お母さんの隣に座っている男性から包みをもらうと、私はその包みを恐る恐る開く
中に入っていたのは、綺麗な細いネックレスだった
......ネックレス...?
身体が喜んで飛び跳ねている時、尾雛の心は知らず知らずのうちに涙を流していた
覚えている。
そう、覚えているのだ。母親の包み込む様な声も、父親の固く優しい声も、誕生日に貰ったプレゼントも
「ヒナちゃん!」
身体が自分を呼んだ方へ向く
そこには桃色の髪をした可愛らしい少女が一人
そう、イリヤ・カデンツァヴナ・イヴである
「い、イリヤちゃん......」
つい最近喧嘩をしていた故に、少しだけ反応を躊躇してしまう子供の私
しかしイリヤはそんなこと気にせず、ずんずん私に寄ってきては徐に手を前に引っ張り、目の前に出した私の掌に青い髪飾りを置いた
「私がずっと悩んで決めた髪飾りよ! 最近のヒナちゃんは私と会いたくなさそうだったけど、無理やり来てやったわ! だって私たち喧嘩中だものね!!」
勝ち誇った様に笑みを浮かべる目前の少女に、子供の私は嬉しい様な恥ずかしい様な感情が湧き出ているのを感じた
「そ...そうだね! で、でも...ご、ごめんなさい! 私、イリヤちゃんと仲直りしたい!」
「ふん、最初からそう言えば良いのよ! 私も仲直りしたいから、特別に仲直りしてあげるわ!」
嬉しそうに手を取り合うイリヤと子供の私を見て、私もつい嬉しくなってしまう
イリヤちゃんの顔をちゃんと見れる。貰ったプレゼントが分かる
言いようのない嬉しさに、尾雛は叫びそうになった
しかし、無情にもその場面は切り替わる
静かな家の裏口側
もう日も暮れ、所々に外灯の明かりが見える時間帯に、その男はいた
「貧弱なヤツめ...何故...何故、何故...!」
そうぶつぶつ呟きながら、ライターで火を付けて風鳴邸に近づける
「やめ......やめて!」
「ん? うるさい小娘だ、黙っていろ」
初めて男が自分の方を向く
その時尾雛はこの男の顔をはっきり見た
その顔は......
(親父......?)
今まで尾雛が『親父』と呼び、命令を仰いできた男の顔だった
場面が一瞬で切り替わり、真っ赤に燃える建物の中、お母さんが足を柱に潰されている光景へ移る
「立派な...防人になりなさいっ!」
「ッ......! ごめん、なさいっ......!
やむなく母親を目線から外し、一心不乱に燃え盛る家の中を走る
何もかもが怖くて、信じられなくて、自分の力のなさを呪った
光が照らす場所へたどり着くと、またも場面が切り替わり、いつものボロ屋へと光景が移る
「尾雛」
「? .........ッ な、何ですか...?」
坦々と、いつもの受け答えを済ませる
しかし当の尾雛は、衝撃をその身に受けていた
親父と呼ばれた男の顔......その顔は、あの時風鳴邸に火を放ったあの男の顔だった
怖い
自分たち家族全員の命を奪いかけた男が、普通な顔して自分の隣にいることが
そしてなにより、自分がずっと、そんな大事な記憶を失っていたことが
「ぁ.........」
場面は変わり、伊織に助けてもらった直後に移った
「ねぇ、尾雛」
夢の中の伊織が話しかけてくる
「もし、怖かったりしたら、僕を頼って良いんだよ?」
「...良い......のか.........」
「うん、君が悩んでいて、もしも聞くことで君が楽になれるなら、いくらでも」
伊織と繋いでいる手に、自然と力が入る
「......夢なら、良いよね」
尾雛は身体を布団から起こし、伊織に抱きついた
「...怖かった」
「うん」
「剣を持って、銃を持って、誰かに振るうのが、怖かった......人に向けるのが...怖かった......」
「そうだね」
次第に涙を零し始め、抱きつく力も強くなっていく
「私は、戦いたくないのに.........戦えって...お父さんを名乗ってる怖い人が、戦えって......!」
もはやあの男を親父と呼ぶことはない。もし言うとすれば、それは最大級の皮肉だろう
「辛かったんだね......」
「辛かった...痛かった.........私はただ、ずっと...ずっと......っ」
「大丈夫、言ってごらん?」
言葉に詰まった尾雛に、夢の中の伊織は優しく促す
「私はただ.........皆んなを守りたかっただけなのに......みんなを傷つけて...最後には自分すら傷つけて......私は...私は......!」
それを聞くと伊織は抱きついていた尾雛を一度離し、右手を両手で暖かく包み込む
「大丈夫、僕が付いてる。だから、安心して?」
その言葉を最後に、その空間は儚く砕ける
粒子のように溶けていった光景とともに、その裏から真っ黒な空間が現れた
「暗くて怖い.........けど......」
尾雛はまだ暖かさの残る右手を見つめ、ゆっくり呟いた
「怖くない...よ、伊織.........ありがとう」
剥ぎ取られた命運は水面となり、かの時を映し出す
そうなる前に、そうさせないために、
答えを見出し始めた少女たちは、心の言葉で、気持ちを確かに伝えていく
♯8 陽だまりは鏡面となりて
いつかの身体に心が灯り、踏み出す一歩に力がこもる
この絆を信じる事以外、答えなんて存在しない
琴音ちゃん?
知らない子ですね......