時はガールズバンド戦国時代。このバンドリ学園でも5組のガールズバンドが切磋琢磨していた。そして、容姿もトップクラスだった事から男女問わず人気があった。でも、男子達からの人気はとてつもなく高かった…。
『な、なんでこんな事に…』
そう、鼻息を荒くしているのは檻主太郎。転生者である。元々は冴えない、アニヲタ、キモメンの陰キャだったのだが、ある日突然亡くなってしまった…。
「死んだんだからアニメの世界に行けるんだろ!? アニメの世界に行けるんだろ!!?」
と、迎えに来た天使に激しく突っかかった。そう、彼がいた世界では異世界転生が流行っていて、どういう訳か死んだら本当に異世界に行けると信じていた。理由は言うまでもない。異世界ものでよくあるチート能力やハーレムを手にして、勝ち組の生活を送りたいからだった。
だが、檻主にせがまれて天使は困惑していた。そりゃそうだ。自分としてはただ迎えに来ただけなのに、何を言ってるのか全然理解が出来ないからである。
おまけに、ただ顔が気持ち悪いだけならまだしも、中身も下心丸出しだった為、気持ち悪さが全面的に押し出されていた。もしも気持ち悪さのオリンピックがあったら、日本代表になれるだろう。知らんけど。
天使としてもこれ以上相手にしたくなかったのか、適当な理由をつけてオリ主を適当な世界に飛ばしてしまった。チート能力もハーレムもないまま…。
「チートもハーレムもないんじゃ、元の生活とそんなに変わんねぇじゃねぇか!! つけろよ!! オレにチートとハーレムをつけろよぉおおおおおおおおお!!」
檻主が中庭で一人、醜い顔で涙を流しながら叫んでいた。だが、そんな彼の叫びは天使には届かなかった。
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そんなこんなでバレンタインデー。男子は女子からバレンタインデーを貰えるかドキドキしていた。まあ、最近はもう友チョコだったり、男子から女子にチョコを送ったり、クラスの女子が一気に男子に義理チョコを配ったりするのもあって、何でもありになってきていますが、今回はクラシックスタイルでいきます。
「はぁー…チョコ貰えないかな…チョコ貰えないかな…」
「チョ、チョコ? 別に気にしてねーし?」
「はぁ…何回机の中や下駄箱見てもバレンタインチョコがないよぉ…」
「チョコは貰えなくてもいいから、ブラジャーください…」
男子達は普通に気にしてたり、気にしないふりをしていたり、露骨にバレンタインチョコを探したり、何かヤバい事を言ってる奴もいた。女子達はそんな男子達を見てゴミを見る目で見ていた。普通だったらからかったりするのだが、あまりにもキモすぎて引いていた。
(バレンタイン…チーレムさえあれば…!! チーレムさえあれば沢山貰えたのに…!!)
檻主は頭を抱えていた。そりゃそうだ。本来だったら自分が美少女に囲まれてチョコを貰い、男子達から羨望や嫉妬の眼差しを受けて勝ち組になっている筈だった。しかしこの様である。チョコを貰えるどころか、女子は自分に関心を示さない。寧ろその姿を見て小ばかにしている。
これだけならまだ良かったが…。
「はぁ…参りましたね」
「いいじゃないか。子猫ちゃん達から愛が詰まってるんだ」
「おねーちゃんとかおる、すごーい!!」
3人の女子生徒が歩いてきたが、大量のチョコを貰っていた。一人はAfterglowのドラム・宇田川巴。男よりも男らしい性格から女子から沢山貰っていた(男子もちょっと貰っていて、その辺に関してはちょっと複雑だった)。もう一人はハロー、ハッピーワールド!のギター・瀬田薫。演劇部の花形で宝塚のキャラが女子に大受け。そしてもう一人は巴の妹のあこ。彼女は特に貰っていないが、姉にひっついていた。
「何で女子が貰えるんだよぉ…!!」
「しょうがねぇよ。薫様と巴姐さんだもん…」
「もうオレを抱いてほしい!!」
「股を開くのはオレのh」
「おい、やめろ馬鹿」
男子生徒は女子の方がモテるという事実に嘆き過ぎて、自分がメスになろうとしていた。
そんな中、一人の男子生徒が現れた。
あこ「あ! センパイ!」
巴「一丈字じゃないか」
一丈字飛鳥。毎度おなじみの男だった。彼は普通に過ごしていたが、バレンタインの凄まじい雰囲気に困惑をしながら過ごしていた。巴たちのチョコの山を見て苦笑いしていた。
飛鳥「こんにちは。巴さんと瀬田先輩は凄く貰ってますね」
薫「ああ…。子猫ちゃん達の愛が詰まってるんだ。儚い…」
巴「一丈字はチョコ貰ったか?」
飛鳥「いいえ」
あこ「そうなの!? それじゃ、あこがあげよっか? 義理だけど…」
飛鳥「ありがとうございます。お気持ちだけ受け取っておきますよ」
あこの言葉に飛鳥が苦笑いしたが、あこの義理チョコをあげる発言に男子生徒達がざわついた。それはそうだ。大人気ガールズバンド「Roselia」のドラムからチョコを貰えるという事は、男子達にとってステータスでしかなかったのだ。
飛鳥「そういうのは、本命の方に差し上げてください」
薫「紳士だね。それじゃ私から何か贈ろうか」
薫の発言に今度は女子が動いた。女子達から人気のある薫のチョコは喉から出る程欲しがっていた。
飛鳥「あ、本当に気を遣わなくて結構ですよ」
巴「遠慮するなよ。アタシ達とお前の仲だろ?」
飛鳥「ファンの方に怒られてしまうので…」
と、飛鳥がやんわり断ろうとすると巴とあこがムッとした。
あこ「あこ達のチョコ、そんなに嫌なの?」
飛鳥「嫌じゃないですよ。チョコを貰えること自体は嬉しいんですけど…」
飛鳥が視線をそらした。
薫「その様子だと何かあるみたいだね。言ってごらん」
飛鳥「…昔、下剤入りのバレンタインチョコを渡されたことがありまして」
飛鳥の発言に空気が止まった。飛鳥の発言に巴とあこがショックを受けていた。
飛鳥「クラスメイトから貰ったんですけど、それ以来、バレンタインチョコを貰うのが怖くなりまして…」
あこ「お、お腹壊したの!?」
飛鳥「いや、食べる前に別のクラスメイトに横取りされて、そいつが腹壊して判明したんです。そして全部私のせいにしたんですね。チョコを渡した人も、食べた人も、周りの奴らも。それで大ごとになったんですね」
飛鳥の言葉を聞いていた檻主もショックを受けた。自分以上に可哀想な奴がいたと震えていた。飛鳥の言葉を聞いてあこ、巴、薫は固まっていた。飛鳥の発言から、何があったか大体想像がついたからだ。
飛鳥「ああ、巴さんや瀬田先輩にはないと思いますよ。私と違って皆さんから愛されてますし。大丈夫だと思います」
飛鳥がそう言うと、少し寂しそうな顔をした。
飛鳥「…そういう訳ですので、お気持ちだけ受け取っておきます。ありがとうございました」
あこ「あっ…」
そう言って飛鳥は去っていくと、あこが反応した。
檻主(え、ちょ…何この空気…)
いつもと違う展開に檻主は困惑が隠せなかった。そりゃそうだ。いつもなら飛鳥が香澄達に囲まれて、オリ主が嫉妬したりやっかみをするが、今回は冗談抜きで自分からフラグをへし折りに来たのだから。そして残った重い空気にオリ主はどうしたらいいか分からなかった。ここでパっと現れて「あいつなんかよりオレにチョコくれよ」なんて空気の読めない発言をしようものなら、自殺行為に等しい。
ただ、去っていく飛鳥の背中に哀愁が漂っていた。きっと自分を嫌っていた同級生たちの事を想いだしたのか、ずっと暗かった。
そんな光景を見て、檻主はこう思った。
檻主(オレ…ちゃんと真っ当に生きよう…)
と。彼の中でチートやハーレムに対する依存、そして陽キャ達への嫉妬や羨望が消えた。そして明るく見えて本当は闇を抱えている人間もいるという事を知り、このままではダメだと誓った。
そして飛鳥はどうなったかというと…。
飛鳥「はぁ…」
放課後、橋の上から黄昏ていた。
おしまい