お待たせして申し訳ありませんでした。
遂に判明した専用機『ヴァルシオーネ』を装備してカタパルトから発進した咲耶を待っていたのは、青く流麗なISを纏ったセシリアだった。
「待たせてごめんね」
「そこまで気にする必要はありませんわ。そちらにも色々と準備があるでしょうから。それよりも……」
セシリアの目が撫でまわすようにヴァルシオーネを観察する。
ある程度の情報は対峙した時にISの方で自動的に分析してくれるが、自分の目で見た物しか信じないということなのか。
「その純白のISが、あの時に教室で披露した専用機の本来の姿なんですのね」
「そうだよ。名前は『ヴァルシオーネ』って言うんだ」
「ヴァルシオーネ……その姿、まるで神話から飛び出してきた天使のようですわ」
「初めて来た時、私も全く同じ感想を抱いたよ。そっちのISも凄いね。その後ろにあるのって、イギリスで開発しているビット兵器って奴でしょ?」
「流石は咲耶さん。相変わらずの情報力ですわね。その通り、この『ブルー・ティアーズ』はビット兵器の運用を試験的に行う事を前提に開発された試作機なんですの」
「試作機……そーゆーのって、大概が採算度外視で作られて、アホみたいなスペックを持ってたりするんだよね……」
あくまでロボットアニメに知識ではあるが、それでも『試作機』と言われれば嫌でも身構えてしまう。
「それを仰るなら、咲耶さんの機体も試作機なんではなくて?」
「多分、そうだとは思うけど……」
ISを展開した際にヴァルシオーネのスペックは把握しているが、咲耶は心の中では諸手で喜べていなかった。
(確かに性能はかなり高いけど…かといってずば抜けて凄いって訳でもないんだよな……)
咲耶が注目しているのは寧ろ、性能ではなくて武装。
使い方次第では十分に勝てる可能性があると踏んだ武器類。
文字通り、咲耶次第でいかようにも転ぶ。
(相手が自立誘導兵器を使ったオールレンジ攻撃を主体とするならば、ある意味でヴァルシオーネとの相性はいい。問題は『アレ』の使いどころだな。何度も練習さえしていれば平気なんだろうけど、今の私じゃチャンスは一回きりだろうな。上手くタイミングを計らないと……)
相手は何もかもが格上の相手。
初戦とはいえ、出し惜しみをして勝てる程、生温い壁じゃない事は咲耶自身が一番よく理解していた。
故に、この場に集った全ての人間に見られることを承知の上で、咲耶はヴァルシオーネの二つある切り札を両方とも出すつもりでいた。
それによって、今後の勝率に大きな影響を与えるとしても。
「「…………」」
急に話が途切れ、両者の間に緊張感が走る。
その緊張感は観客席にも伝わったようで、先程までざわついていた生徒達が急に静かになった。
咲耶の視線はずっとセシリアに向けられていて、セシリアの視線もまた咲耶に向けられている。
指先、脚先、視線の先。
相手の一挙手一投足を決して見逃さない為に。
「「!!!」」
緊張で膨れ上がった空気を破裂させるかのように、試合開始のブザーが大きく鳴り響く。
その瞬間、セシリアはすぐに手に持っている長大なレーザーライフル『スターライトMK-Ⅲ』を構えて引き金を引く。
「まずは!!」
発射されたレーザーは一秒も掛からずに咲耶の元へと到達する。
これで終わるとは思っていないが、それでも最初の流れを自分の方へと向ける事が出来る筈だ。
少なくとも、そう思っていた。いつの間にか咲耶が何かを手に持っているのを見た時までは。
「くっ!」
レーザーが何かに弾かれて霧散。
咲耶自身にはダメージは入らず仕舞いで終わった。
「危なかった……」
「咲耶さん…それは…鞘…ですの?」
「イエス。これこそが、ヴァルシオーネの主武装の一つ……」
手に持った純和風の鞘から、静かに刀身を引き出す。
そこから現れたのは、見る物全てを魅了する美しい刀剣だった。
「ディバイン・ブレード」
専用剣『ディバイン・ブレード』を両手で保持し、少し左にずれた状態で正眼に構える。
「その手に持っている大きなライフルを見た途端、高い確率で先制攻撃で射撃してくることは読んでいたからね。ぶっちゃけ、自分でも早過ぎると思ったタイミングで展開したんだけど、どうやら大正解だったみたいね」
「例え読んでいたとしても…レーザーを防ぐなんて芸当…そう簡単にできる筈が……」
「それはまあぁ…空手で鍛えた身体能力と動体視力、後は偶然に助けられた形かな」
偶然。
そんな陳腐な一言で片付けていい事じゃない。
レーザーを防御するには、発射されてからでは絶対的に遅すぎる。
ということは、必然的に一つの答えが導きかれる。
咲耶は、試合が始まる前から防御態勢に入っていた。
セシリアと話しながら、頭の中では武装展開の準備を行っていたのだ。
「なんて人…!」
自分のIS操縦者としての致命的なまでの経験不足を、他の経験で見事に補っている。
セシリアは確信した。
この少女は間違いなく大化けすると。
今の調子で実力を伸ばしていけば、ほぼ確実に代表候補生…下手をしたら国家代表にまで選ばれる可能性がある。
なんという可能性。なんという原石。
自分は今、まだ誰にも研磨されていないダイヤの原石を、世界で初めて一つの宝石に代わる瞬間に遭遇しているのか。
「面白い……貴女は本当に面白いですわ! 咲耶さん!!」
「お褒め頂いてどうも! そんじゃ、今度はこっちから行くよ!!」
両足を曲げて勢いをつけ、まるで空中でジャンプをするかのようにしてセシリアに向かって突撃していった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
セシリアの正確な先制攻撃を見事に防いだことで、ピットにあるモニターで様子を見ていた面々はほっと胸を撫で下ろしていた。
次の瞬間には、咲耶の構えに箒と一夏が驚愕していたが。
「あ…あの構えって…箒!」
「間違いない…篠ノ之流の構えだ…! けど、どうして咲耶があれを…? 私の記憶が正しければ、幼少の頃、咲耶は一度も剣道をしたことが無い筈だが……」
咲耶が竹刀を握った姿を見たのも、ついこの前が初めてだ。
なのに、どうして咲耶が自分達と同じ構えが出来るのか。
二人の疑問に、割り込む形で千冬が答えた。
「門前の小僧、習わぬ経を読む…だな」
「「え?」」
「確かに咲耶は昔から剣道をしてこなかった。だが、ずっと私や一夏、篠ノ之の剣を一番傍で見続けてきた。つまり、咲耶は自分でも知らない間に見稽古をしていたのさ。その時の記憶が自然と体に染みつき、体の方が勝手に『剣を握る=篠ノ之流』という図式を生み出していったんだろう」
「そうだったのか……」
「中学の時に空手をやってるから、体の方は出来上がってるしな…」
「そういうことだ。ふっ…私達ですら知らない間に、咲耶も篠ノ之流の門下生になっていたという事か」
自分達と同じ流派を咲耶も一緒に…。
そう思うと、今まで以上に咲耶の事を応援したくなった。
「頑張れ…咲耶!」
「お前ならば必ず勝てる! 気休めじゃなくてな!」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ちぃっ!」
レーザー攻撃を掻い潜りながら、手に持った刃にて近接攻撃を仕掛ける。
これでもう何度、似たような攻防を繰り広げたか。
最初は難なく避けられ、同時に反撃の一撃を放っていたが、明らかに一手毎に咲耶の動きが洗練し始めてきた。
(踏み込みの速度が最初よりも明らかに上がっている! さっきまでは余裕で躱せていたのに、今では反撃の暇が無い程に鋭い一撃を放ってくる!)
しかも、自分の放つレーザーに対する回避率も確実に上がってきている。
さっきまでは何回か回避しきれずに装甲に掠っていたのに、目の方が慣れてきたのか、現在では難なく回避されていた。
「咲耶さん! どうして先程から剣ばかりを使っているのですかッ!? その機体にも射撃武装ぐらいはあるでしょうッ!? まさか、私の事を侮っているのですかッ!?」
「まさか! 確かにヴァルシオーネにもライフルはあるけど、今までの人生の中で一度も銃器なんて触れた事のない私がぶっつけ本番で出しても使い切れるはずがないじゃん! それどころか、却って不利になる危険性だってある! それだったら、多少の無茶は承知の上で見慣れた武器で戦った方がずっとマシだよ!」
「…そうですわね。御尤もですわ…」
ほんの少しだけ脳裏に浮かんだ疑問をすぐに振り払った。
咲耶は決して自分を馬鹿にしている訳じゃない。
寧ろ、今の自分出来る全力で立ち向かってきている。
ならば、己もまたその決意に応えるべきではないのか?
「…ここからは、こちらも本気でいかせて貰いますわ!!」
「望むところ!!」
今度もまたセシリアは咲耶の剣を回避するが、そのまま後方に下がりつつライフルを連射して弾幕を張り咲耶の接近を防ぐ。
これまでずっと正確な射撃だったが故に避けれていたレーザーが急に無造作に連射され、咲耶もまた回避に専念しながら後方に下がらざる負えなかった。
被弾こそしなかったものの、大きく距離を離されたことで焦りを感じていた。
(大きく引き離された…ってことは、来るか!?)
咲耶の予想通り、セシリアの…ブルー・ティアーズを象徴ともいうべき武装が解き放たれた。
「お行きなさい……ブルー・ティアーズ!!」
背部にずっと浮いていたユニットが分離し、独立稼働で動き始める。
それこそがビット兵器『ブルー・ティアーズ』
本体と同じ名を持ち、攻撃力こそ低いものの、その機動性と小ささで非常に命中させずらい相手として立ち塞がる。
四基のビットから放たれるレーザーの包囲網は、まさに驚異的。
素人ならば、上手く対処できずに棒立ちとなり、そのままSEを削られるのがオチだ。
だが、咲耶は違った。寧ろ、この瞬間を待っていた。
(動きを見失うな…! 剣で攻撃をしながらも、今までずっとチャージし続けたエネルギーを使う最高のタイミングを見計らわないと! ただ攻撃をすればいいって訳じゃない! 大事なのは『位置』だ! 『位置』こそが最重要なんだ!)
三次元的に襲い掛かってくるビットの動きに神経を集中させる。
右上。左下。斜め上。背後。
多少のダメージには必要経費と割り切って目を瞑れ。
攻撃を受けても怯むな。体勢を崩すな。
ここが分かれ目。勝利と敗北を分かつ分岐点。
「流石の咲耶さんも防御で精一杯…といったところかしら?」
「どうだろう…ね! くっ!」
またもや右肩にレーザーが掠った。
このままではジリ貧。
観客席で見ている生徒達も、やっぱり候補生には敵わないのかという空気になり始めた。
だが、その認識は次の瞬間に全て覆される事になる。
「これで最後ですわ! 咲耶さん、お覚悟なさいませ!!」
「はっ!?」
万事休すか。
トドメのレーザーが四方向から同時に放たれた時、そこに咲耶は最高のタイミングを見出した。
(最高の『位置』! 最高のタイミング! ここだ…チャンスは今しかない!!)
これまでずっと貯め込んできたエネルギーを全開放し、ヴァルシオーネの全身に赤いエネルギーが纏われる。
そのまま、咲耶はまるでその場で舞い踊るように全身を回転させる。
「高密度のエネルギーの奔流っ!? さ…咲耶さん! 貴女はまさかっ!?」
咲耶の体、否、ヴァルシオーネ自身が台風の目となり、真紅の竜巻をステージに産み出した!
それは大きく広がり、全てを破壊する力となる!
「これでもくらいな! サイコブラスタァァァァァァァァァッ!!!」
「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」
その一撃は全てのビットを破壊し、遥か後方に控えていたセシリアにも届き、咄嗟に防御の為に顔を覆ったライフルも破壊されてしまった。
「し…しまっ…ライフルがっ!?」
銃身内に蓄積していたエネルギーが誘爆し、その余波がセシリアに当たる。
たった一回の攻撃で一発逆転して流れが変わった事で、観客製の生徒達が一気に湧き上がった。
「今の攻撃…まさか、そのヴァルシオーネには『大量広域先制攻撃兵器』…通称『MAP兵器』が搭載されていたのですかッ!?」
「まぁね! そして、このままの流れで一気に勝負を決める!!」
「なんですってっ!?」
左右の肩から青と赤の光球が出現し、咲耶の全身を回転しながら収束し、前に翳した両手に集まり融合する。
それを見たセシリアの背筋に悪寒が走り、サイコブラスター以上の脅威を感じた。
「あれだけは…あの攻撃だけは絶対に阻止しなくては! ミサイルビット!!」
最後に残された遠距離武装である二基のミサイルビットが咲耶に向かって発射されるが、それは無駄な足掻きに終わる。
「これでトドメだ!! クロスマッシャァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
赤と青、二重螺旋の光線がミサイルビットを破壊し、そのまま逃げる間もなくセシリアに直撃。
アリーナの壁に叩きつけられて、沿うようにして地面に落下。
パタリと横向きに倒れると、ISが強制解除された。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
肩で息をしながら顔中に汗を流して、いつもの余裕も軽口も無い。
それだけ咲耶が真剣で、必死だったという証拠だ。
【ブルー・ティアーズ、SEエンプティ! 勝者…飛世咲耶!】
「か…勝てた…? ホントに……?」
試合終了のアナウンスが聞こえ、ようやく咲耶は体から力を抜いた。
勝っちゃいました。
けど、まだまだ終わりません。
多分、一夏VSセシリアの試合はダイジェストになります。