これも歳を取ったってことなんでしょうか……。
初日の授業が全部終わり、生徒達は高校生活初の放課後をどう過ごそうか、既に誕生している友達グループ同士で話し合っていた。
それは、咲耶、一夏、箒の幼馴染達三人も同じだった。
「あ~……」
「一夏~。だいじょ~ぶか~?」
「精神的にメッチャ疲れた……」
まるで戦闘不能になったベトベトンのように、机に体を預けてダラ~ンとしている一夏。
帰る準備すらまともにしていない事から察するに、かなり疲弊してしまっているようだ。
「俺はもう少し休んでから帰るからさ、二人は先に行ってていいぞ」
「アホチン」
「うぎゃ」
眉間に皺を寄せた咲耶が、一夏のおでこ目掛けてのデコピン。
かなり力を入れていたようで、地味に痛がっていた。
「疲れてる友達を放置して帰るなんて、出来るわけないでしょうが。ちゃんと回復するまで待つよ」
「咲耶の言う通りだ。周り中全てが異性ばかりで疲れるのは分かるが、だからと言って自分を蔑にするのは感心せんぞ」
「咲耶ぁ~…箒ぃ~…」
なんて優しい心遣い。
今の一夏にとって、二人の気遣いはエリクサーに等しい良薬だった。
「あ。織斑君に飛世さん。まだ教室にいてくれてたんですね。入れ違いにならなくてよかったです」
「「山田先生?」」
教室の入り口の所に、書類の束を持った真耶がホッとした様子で立っていた。
「俺達がいてよかったって…どうしたんですか?」
「実は、これからの事についてお話があって……」
なんだか、教室では話しにくそうな感じがしていたので、仕方なく三人も彼女の元まで行くことに。
「実はですね、織斑君と飛世さんのお部屋が決まりました」
「あれ? 確か、入学して暫くの間は自宅から通って良かったんじゃ……」
「一夏。お前、今の自分の立場をちゃんと理解してるのか?」
「えっと…男でISを動かせる?」
「そ。ってことは? ん?」
問いかけるように咲耶は自分の事を指差す。
それを見てから、一夏は休み時間や昼休みの話を思い出した。
「あ…そっか。俺の存在は貴重だから……」
「そうなんです。織斑君(と飛世さん)は立場上、こちらの方で無理矢理に近い形で部屋を用意したんです。と言っても、そのせいで誰かを追い出すとか、そんな事はしてませんから安心してください」
真耶の言葉を聞いて、一夏は一瞬だけ頭に思い描いたことをすぐに消した。
どれだけ自分達が特殊でも、流石にそこまではしないだろうと考えを改める。
「因みに、その辺の事って何か聞いてたりします?」
「私は聞いてますよ?」
「え? マジで?」
自分は知らないのに咲耶だけが一方的に知っていた。
なんだか、自分だけ無視されているような気分になる。
「あ、飛世さんは既に知らされてたんですね。…って、『私』?」
「も~…山田先生。咲耶は『女の子』なんだから、一人称が『私』なのは当然ですよ?」
「女の子……あぁ! そ…そうでしたね! すいません……」
咲耶に指摘され、ようやく彼…じゃなくて、彼女が言いたいことを理解した真耶は、慌てて訂正した。
咲耶が学園生活を送る上で、真耶は意外な伏兵かもしれない。
「咲耶…お前……」
「昼休みに箒に指摘されて、マジで変えてみようって思ったんだよ。違和感無いだろ?」
「う…うん。全く違和感が仕事してなかった」
「ふふん!」
自慢げに胸を張って腰に手を当てる。
確かな手応えは感じたので、この路線で行こうと決めた。
「ふっ…流石は私の咲耶だな。着々と私の嫁に相応しい支度を整えていくじゃないか」
「ちふ……織斑先生」
「こんちゃ~っす」
咲耶の軽すぎる挨拶も満面の笑みで受け止める千冬。
一体どこまでデレデレすれば気が済むのだろうか。
いや、そもそも彼女の気が済む事かどうか自体がそもそも不明だ。
「山田先生から話は聞いたな? お前達は今日から早速、学生寮に入って貰う事になる」
「いや、それ自体は別にいいんだけど……荷物はどうするんだよ? 俺、マジで何も持って来てないぞ?」
「心配するな。こんな事も有ろうとかととな、予め私の方から手配をして荷物は先に運び込んである」
「どれだけ?」
「家にあった着替えを運べるだけ運んで、後はスマホの充電器ぐらいだな」
「一夏のエロ本は?」
「あれならメルカリで売った」
「「えぇっ!?」」
男にとって最も重要なバイブルが、まさか姉の手によって売却されていた。
意識が持っていかれそうになる一夏であったが、なんとかギリギリの所で耐えた。
「冗談だ。あれなら、まだ家に置いたままになっている」
「そ…そっか…よかった…って、なんで千冬姉がンな事を知ってるんだ?」
「姉として当然の義務だからだ。にしても、まさかお前の好みがアレとはな……」
「い…言わないでくれ……」
敢えて詳しく明言しないことで、真綿で締め付けられるようにジワジワとダメージが来る。
流石は一夏の姉。何をすれば自分の弟に効率よくダメージを与えられるのかよく熟知している。
「え…えっとですね。夕食は18時から19時までの間に、寮内にある一年生専用の食堂で食べてください。それと、各部屋には備え付けのシャワーや簡易的なお風呂も有りますけど、その他に大勢で入れる大浴場があります。勿論、織斑君は使えませんけど」
「へ? なんで?」
「わっ! 一夏がナチュラルにエロ発言した! 箒、今の聞いてたっ!?」
「あぁ…バッチリと、この耳で聞いていたぞ。久し振りに会ったと思ったら、いつの間にか一夏がエロエロ大魔神に進化していたとはな……幼馴染として恥ずかしい限りだ……」
「誰がエロエロ大魔神だ!? 確かに今のは俺が悪かったよ! ここには基本的に俺以外には女の子しかいないもんな!」
一人だけ例外がいるが。
「せんせ~。私は~?」
「飛世さんは……」
「私と一緒ならばいいぞ。二人っきりで思う存分イチャイチャしようじゃないか」
「お~! まさかのお風呂プレイ!」
千冬。教師として尤もしてはいけない発言を堂々とする。
それなのに何も言われないのは、とっくの昔に諦めているからか。
「わ…私も咲耶と一緒に風呂に入りたい! 私だって咲耶とイチャイチャし~た~い~!」
「箒…すっかり自分に正直な女の子になっちゃって。咲耶ちゃんは嬉しいですよ」
「ふっ……ライバルは強力であればあるほどいいからな。望むところだ。3Pも悪くは無いだろう」
「はぁ……」
箒の発言を嗜めるどころか、逆に促している。
完全に先生としてはアウトだ。
真耶が横で大きな溜息を吐くのも分かる。
「すんません…山田先生。うちの姉がご迷惑をお掛けして……」
「いえ…大丈夫ですよ? もう慣れちゃってますから……」
慣れるほどに似たような光景が目の前で繰り広げられてきたのか。
そう思うと、一夏は申し訳なさで一杯になる。
「あ…これ。お部屋の鍵と番号です」
「あれ? 咲耶の分は?」
「その必要はない」
「「なんで?」」
当然の疑問。
部屋が必要な人間は二人いるのに、鍵が一つとはこれいかに?
「IS学園の寮は二人一組で使用する。といえば、もう分るだろう?」
「あぁ~…俺と咲耶が同じ部屋なのか」
「その通りだ。全く…頭の固い老害共が…! どれだけ私が『咲耶を私と一緒の部屋にしろ』と訴えても全て却下しよってからに…!」
「千冬姉……」
思わず額に手を当てて渋い顔になる。
この姉はどこまで暴走する気なのか。
「私も咲耶と一緒の部屋が良かったな……」
口を尖がらせて拗ねるように呟く箒。
大和撫子な君は一体どこに行ってしまったのか。
「それと織斑…お前に一つだけ忠告をしておく」
「な…なんだよ……」
「もしも、二人っきりの時に咲耶に変な事をしてみろ。その時は……」
「その時は……」
「握り潰すぞ……!」
「何を――――――――――――――――――――――っ!!?」
生まれて初めて、一夏は男としての恐怖を感じた。
何かあれば、その瞬間に自分の男としての人生が終焉を迎えると本能で察した。
「それでは、私と山田先生はこれからまた職員会議があるので、これで失礼する。咲耶、何かあればすぐに私の所に来るといい」
「は~い」
「ではな」
去り際に自然な流れで咲耶の頬に口づけをしていく千冬。
かなり慣れた様子で、今までにどれだけしてきたのやら。
「ちょっとぉっ!? なに良い雰囲気で話を終わろうとしてるのッ!? 一体俺の何を握り潰すんだよっ!? 具体的に言ってくれないと滅茶苦茶怖いんですけどぉっ!?」
一夏の涙ながらの訴えは無視され、そのまま教師二人は職員室へを戻っていった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「ここか……」
「ここだな」
真耶から渡されたメモの番号の部屋に到着した二人は、目の前にある扉を凝視している。
扉には【1025】と書かれてあった。
「まずは入ろうよ。これから一緒に住む部屋んだから、どんな風になってるのか気になる」
「そ…そうだな」
さりげなく返事をする一夏であったが、咲耶の言った『これから一緒に住む』という言葉に激しく動揺していた。
(そう…なんだよな。今日から咲耶と同棲する事になるんだよな。って、そこは『同棲』じゃなくて『同居』って表現するべきだろうが! 俺まで咲耶を女の子として見てどうすんだ!)
今日一日で色んな事がありすぎて、正常な判断力が失われつつあるのかもしれない。
一刻も早く休んで、精神力を回復したい。
「「おぉ~!」」
鍵を開けて中に入ると、そこは未知の空間だった。
部屋の構造自体はごく普通で、二人分のベッドや机、他にも椅子やテーブルが設置してある…が、そのどれもが一目で分かるレベルの高級品だった。
「マジで凄いじゃんコレ! そこらの高級ホテルと全く遜色ないぞっ!?」
「中学の時に行った修学旅行で泊まったホテルでも、ここまでじゃなかったぞ……」
いつもならば余裕で受け流す咲耶でさえ、この部屋には驚きを隠せない。
目をキラキラさせて、興奮した様子で部屋の中をキョロキョロと見渡していく。
「この薄型テレビさ…今年発売された最新式じゃね?」
「こっちも凄いぞ! 簡易的なキッチンがあるんだけど、明らかに超高級なシステムキッチンだ! うわ…この冷蔵庫もなんだっ!? こんだけデカけりゃ、めちゃくちゃ沢山の食材が入れられるぞっ!?」
家では料理を初めとした家事全般を主な仕事としている一夏も、男子高校生らしからぬ目線で興奮しまくっている。
キッチンの棚の一つ一つや、備え付けの包丁やまな板なども丁寧に確かめていき、頬を赤くして溜息を吐く。
「はぁ~……ここで料理してぇ~……」
「出来るんじゃない? ほら、購買部に昼飯を買いに行った時に、食材とかも売ってあったよ?」
「マジで? よく見てなかったわ……。でも、それなら態々、外まで買いに行かなくても大丈夫だな」
この二人、食堂にはいかずに自炊する気満々である。
それ自体は非常に素晴らしい事なのだが、それを知れば料理の出来ない女子生徒の殆どが血の涙を流す事になるので、余り口外しない事をお勧めしたい。
ひとしきり興奮し終えた二人は、今度こそ一休みする為にベッドに座る事に。
「うわ~…♡ このベッドも超フワフワ~♡」
「いきなり寝転ぶなよ……」
気持ちよさそうにしながら、両足をばたつかせてベッドにゴロンとなる咲耶。
ここで少し思い出してほしい。咲耶は男ではあるが、今は女子生徒の振りをしている。
つまり、今の彼はスカートを履いているのだ。
そんな状態で寝転び、更には両足を激しく動かせばどうなるか。
「お…おい咲耶! スカート! 見えそうになってるから!」
「え~? 一夏ってば、そんなにも咲耶ちゃんのパンツが見たいのかにゃ~?」
「ンなわけあるか!」
「そこでハッキリと否定しちゃうワケ? ベッドの下にアストルフォきゅんやブリジットきゅんを初めとした男の娘系の同人誌を大量に隠し持ってるくせに?」
「な…なんでお前がそれを知ってるんだよッ!?」
「だって、それを置いたのって私だもん」
「お前が犯人だったんかいっ!? 道理で、いつの間にか全く見覚えのない本が部屋にあると思った……」
余談だが、これまで一夏はその同人誌で毎晩のように一発抜いていた。
勿論、登場人物の顔に咲耶の顔を投影して。
「もう……マジでヘトヘトだわ……」
「おっと~ここで一夏選手ダウンか~?」
「誰のせいだと思ってんだよ……」
「……………」
脱力するようにしてベッドに倒れ込む一夏を見て、咲耶は徐に立ち上がって彼の傍まで近づいていった。
「……一夏」
「なんだよ……って、んなっ!?」
そして、いきなり一夏の事を優しく抱きしめた。
背中と頭に手をやって、そっと撫でて安心させていく。
「さ…咲耶……お前何をやって……」
「いや。こうすれば少しは疲れが取れるかなって思って。ほら、男は皆、女の子のおっぱいが好きだろ?」
「いや…お前は男……」
男だろうが。そう言おうとしたが、抱きしめられた時に咲耶の男らしからぬいい香りに本当にリラックスし始めた。
(これ…絶対に男の匂いじゃないだろ……絶対に女の子の香りだって……くそ…悔しいけど…めっちゃ落ち着く……)
咲耶が男だって頭では理解している。理解はしているが、それでもこの無駄に高い包容力に抗う事は、今の疲れた一夏には不可能だった。
「……なぁ…お前の胸ってパッドが入ってるんだよな?」
「そうだけど?」
「なら…どうして妙にリアルなんだ? 凄く柔らかくて…人肌みたいに生暖かくて……」
「これを作ったのは束さんだって言っただろ? あの人が自分の発明に妥協なんてすると思うか?」
「思わない……」
成る程。これ以上無い程に説得力のある言葉だ。
世界最高峰の頭脳が、こんな場所に使われていると思うと、なんだか複雑だが。
「この超リアルな胸パッドってさ、付けたときに簡易的な神経接続してるらしくて、触られると本当に自分の胸に触れられてるような感触がするんだって。ちゃんと乳首も大きくなるらしいぞ」
「凄いと感心するところなのか。それとも呆れるべきなのか……」
「装着時には人肌に無害な専用のパテを使って補強して、凄く近くで見てようやく『あれ?』ってレベルの隠蔽が出来るんだってさ」
「少なくとも、上半身は仮に裸を見られても完璧に隠蔽できるって事なのか……」
説明を受けながら、ずっと咲耶の匂いと温もりを堪能していた一夏は、段々と瞼が重くなってくるのを感じた。
どうやら、本気で心と身体の両方がリラックスしてきているようだ。
「なぁ……一夏」
「なんだ…?」
完全に油断しきっている一夏の耳元に顔を近づけて、妖艶な声で静かに呟く。
「このまま……キスしちゃおっか?」
「え……?」
いきなりの発言に驚いて顔をあげると、すぐ近くに咲耶の顔があった。
絶対に男には見えない綺麗な顔とプルプルに潤っている唇が、言葉に出来ない美しさを生み出していた。
「一夏……」
「さ…さく……」
二人の顔は段々と近づいていき、そして…唇が……。
この作品では一夏のハーレムは存在せず、一夏がハーレムに入る…かもしれません。
果たして、いきなりの爆弾発言をした咲耶の真意とは?
別に大した事は無いんですけどね。
だって、これって基本的にギャグですし。