その代り、専用機のお披露目が遠くなるわけですが。
「まさか、咲耶さんが専用機持ちだったとは思いませんでしたわ」
休み時間になり、セシリアが咲耶たちの元へとやって来て、優雅に髪を手で靡かせる。
自然体でお嬢様特有の動きをしたので、誰もその事に違和感を感じなかった。
「実際問題、私自身が一番驚いてるんだけどね。最初から怪しいとは思っていたけど、まさかISが入っていただなんて……」
「普通はそうだよな……」
まさか、差出人不明の荷物の中に、非常に貴重なISが待機形態のままで収納されていようとは誰が想像するだろうか。
少なくとも、政府の人間達が聞いたら椅子から転げ落ちて卒倒しそうな話だ。
「織斑さんの場合は事情が事情だから予想はしてましたけど、咲耶さんの場合は本当に謎ですわね」
「ソ…ソウダナ……」
「なんで視線を逸らすんですの? 箒さん」
前回も言ったが、箒には咲耶にISを送った人物に心当たりがあった。
というか、該当するような人物は世界広しと言えども一人しか存在しない。
(姉さん……咲耶の事を思ってISを送ったんだろうが……もう少し違うやり方を思い付かなかったのか…?)
姉の破天荒さには、千冬と一緒に昔からいつも振り回され続けていた。
その度に彼女達は胃が痛くなるような思いを経験している。
一時期は本気で胃薬が手放せなかったほどに。
「けど、まだどんな機体なのかは分からないんだよね。まずは先生たちの分析結果を待たないと」
「そうですわね。一言にISと言っても色々とありますから」
「色々って?」
「近接戦主体に射撃戦主体、防御力重視の機体も有れば機動力重視の機体も有ります。量産機は勿論の事、専用機ですら操縦者の特製や癖に合わせて非常に細かいセッティングをしますから、言い出したらキリがありませんわ」
「そっか……これからマジで覚えることが多そうだな……」
機体の種類だけでも数多いのに、それ以外にも特性や機能など覚えることが多岐に渡る。
普通ならば、それだけでげんなりしそうだが、一夏の場合はそうも言ってられない。
理由はどうあれ、ISに関わってしまった以上、彼は覚えるしかないのだ。
「出来れば近接戦に強い機体であってほしいなぁ~……。空手の踏込とかが応用出来そうだし」
「仮に射撃戦仕様であっても、踏み込むしかないがな」
「なんでだよ?」
箒の言葉に一夏が目を丸くして傾げる。
「生まれてこの方、一度も銃なんて撃ったことが無いのに、いきなり普通に使えるわけがないだろう」
「あ、そっか」
「普通に考えれば分かるだろうに……」
大きな溜息を吐きながら眉間を抑える箒。
銃の使い方などはこれから先で学んで行けばいいが、少なくとも現時点では絶対に扱えない。
故に、多少の無茶は承知の上でやるしかないのだ。
「ま、なるようになるよ」
「お前の、その楽観主義はなんなんだよ……」
「変に考え込んでも無意味だろ。だったら、少しでも楽観的な方がいいじゃん」
「正論……」
「ですわね」
女子二人が納得したように一緒に頷く。
確かに、咲耶の言う事には一理あった。
「一夏も、少しは肩の力を抜いた方が良いんじゃない?」
「そう…かもな」
未だにプレッシャーはあるけど、自分は一人じゃない。
箒に千冬に咲耶がいる。
困った時は彼女達に素直に頼ればいいだけだ。
一番恥ずべき事なのは、誰かに頼る事じゃない。
自分一人で何でも出来ると思い込んだ挙句に大きな失敗をする事だ。
一夏は、これまでの短い人生の中でそれを学んだ。
だから、彼は誰かに何かを聞くことを恥とは思わない。
「お腹…空いたなぁ~……」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
昼休みになり、幼馴染三人組は揃って食堂に向かう事に。
初日は話をする為に屋上へと行ったので、実質的にこれが初めての食堂利用になる。
「うわぁ~……なんじゃこりゃ」
「広い……広すぎる……」
「まるで、一流ホテルのレストランみたいだ……」
大勢の生徒達で賑わっている食堂を見て、三人は見事に圧倒されていた。
当然のように席の数は非常に多く、かなりの人数が食堂に入っているにも拘らず、まだ全ての席が埋まっていない。
「成る程。そーゆーことね」
「咲耶?」
「ほら、あそこ」
咲耶が指を示した場所には幾つかの食券販売機があり、そこで買った券をカウンターの奥にいるおばちゃん達に出してから、それを交換する形で注文した品を受け取っていた。
「意外と分かりやすい仕組みなんだな」
「多分、他の国の子達にも馴染みやすくする為じゃないかな? 実際、ウチのクラスにもセシリアを初めとした他国籍の子達がいる訳だし」
「そうだな。それに、宗教上の理由で食べられない食材がある者もいるかもしれない。そういった者達の為に、注文をする前からどんなメニューなのか一目で理解出来るようにしているのだろう」
最初はどうなる事か思ったが、仕組みさえ分かれば怖くない。
三人は揃って食券の販売機の前まで行き、何にするかを考える。
「想像以上にメニューが豊富だな……」
「これは普通に迷うぞ……」
「唯一の救いは、全てのメニューが無料である事かな。役得だ」
割とスタンダードなメニューから、聞いたことが無いようなメニューまで沢山あった。
チャレンジ精神があれば、他の国のメニューに挑戦してみるのも一興だろう。
「IS学園は政府や委員会の運用で成り立ってるらしいからな。この辺りで金を取るような事はしないのだろう」
「つまり、私達のご飯は国民の皆様の尊い血税で成り立ってる訳だ」
「その言い方止めれ。一気に食欲が失せるわ」
今までに自分達が払ってきた税金もまた、IS学園の運用に使われていたのかと思うと、凄く複雑な気持ちになる一夏。
これからは暫くの間は、税金を払う側ではなくて使う側になると思うと、無性に悲しくなる。
「それじゃあ、私は国民の血税で、この『とんかつ定食』を注文しようかな」
「ならば、私は国民の血税で、この『鯖の塩焼き定食』を注文しよう」
「なんで態々『国民の血税』って言うのッ!?」
「「国民の皆様に感謝を込めて」」
「俺達も立派な国民!!」
ここで余談だが、IS学園はその立場上、ある種の治外法権みたいな場所となっているので、意外と咲耶と箒の言っている事は間違いでは無かったりする。
ツッコミに疲れた一夏は、二人の後に『豚の生姜焼き定食』を注文した。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
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適当に開いている席に座り、三人は昼食を食べ始める。
ちゃんと『いただきます』をしてから。
「にしても、俺にも専用機かぁ~…」
「どったの?」
「いやな。教室で千冬姉に言われたしたけど、なんかまだ実感が湧かなくてさ」
「いきなり過ぎたからな。無理もあるまい。む? この鯖…ちゃんと骨が取ってある。流石はIS学園…やるな」
骨がないおかげでスムーズに食事を進めている箒を余所に、咲耶はとんかつのサクサク衣を口の中で堪能しながら一夏の溜息を見ていた。
「咲耶は不安じゃないのか? いきなり専用機なんて渡されて」
「そりゃね。何も思わないって言えば嘘になるよ。けどさ、過ぎた事にグチグチ言っても始まらないじゃん? そんな事を考えてる暇があれば、私は少しでも前に進みたいって思う」
「咲耶……」
そうだった。
咲耶は自分以上に余裕が無い状況なのだった。
悩んでいる暇なんてない。
本当の自分を取り戻し、本当の自分として残りの人生を生きていくためには、やれる事は全てしないといけないのだ。
「そうだぞ一夏。少しはお前も咲耶の事を見習ったらどうだ?」
「かもな。後ろばっかり向いてたって意味が無い…か」
豚の生姜焼きを一枚、箸で掴んでから口の中に放り込み、一気にご飯と一緒に食べる。
「美味い! 食堂のおばちゃんは伊達じゃないな……」
「学園最強だしね」
「『お残しは許しまへんで~!』ってか?」
「あのおばちゃんか……」
姿は確認できていないが、本当に『あのおばちゃん』がいれば、絶対に誰も敵わない。
IS学園からお残しは微塵も無くなるだろう。
「ねぇ…君が例の男の子でしょ?」
「「はい?」」
楽しく食事を楽しんでいると、いきなり見知らぬ女子生徒が話しかけてきた。
誰なのかと訝しんでいると、リボンの色で相手の事が少しだけ分かった。
(この人…三年生だ)
IS学園の生徒はリボンの色で学年が把握出来るようになっている。
一年生が青くて、二年生が黄色、三年生が赤となっている。
目の前の生徒のリボンは赤いので、彼女は三年生になるわけだ。
「噂で聞いたんだけど、代表候補生の子と試合をする事になったんですって?」
「まぁ…成り行きで」
正確には咲耶の企みで…だが。
「君って間違いなく素人でしょ? 大丈夫なの?」
「それは……」
大丈夫じゃない。
そう言おうとしたが、隣にいた咲耶が一夏を制して止めた。
「大丈夫ですよ。こいつ、こう見えて本番に強いタイプですから」
「だとしても、相手は代表候補生よ? 全ての面で君達よりも格上の相手。普通に考えれば勝ち目なんてないと思うけど?」
「ですよね。でも、それをどうにかしちゃうのが、この織斑一夏って奴なんですよ」
「咲耶…お前……」
まさか、咲耶がここまで自分の事を高く評価してくれていたとは。
普段は聞けない本心が少しだけ聞けて、一夏はちょっとだけ感動していた。
「中学二年の時の体育祭の最後にあった『組別対抗リレー』に、こいつってばアンカーで出場して、見事2位になったんですから」
「へぇ~…それなりに運動能力はあるんだ」
「といっても、その時の体育祭はクラス別じゃなくて紅白に分かれての対抗戦だったんですけどね」
「それって普通に負けてるって言わない?」
「はっ!? 確かに先輩の言う通りだ!」
「さっきまでの感動を返せ!!」
感動ぶち壊し。
やっぱり、咲耶は一夏をからかってなんぼなのかもしれない。
「因みに、私はその時、チアリーダーをして男共を魅惑のパンチラで魅了してました」
「あなたもあなたで中々にぶっ飛んでるわね……恥ずかしくなかったの?」
「その時に穿いてたのって見せパンでしたし」
「中学の時から見せパンを穿くって……」
余談だが、その時の咲耶の衣装は裏オークションで数百万で取引されているとか。
そして、それを見事に手に入れたのは、どこぞのウサ耳を着けた天才科学者であるとか。
「そういえば、もう一人、女の子が代表候補生と試合をする事になったって聞いてるけど、まさか……」
「そのまさかですよ」
今までお茶らけていた咲耶の雰囲気が変わり、いきなり不敵な笑みを浮かべる。
まるで、何か策があるとでも言わんばかりに。
「なに、いざとなれば一夏の体に大量の爆弾を抱えさせて特攻でもさせますよ」
「普通に死ぬわ!!」
「ISにはシールドバリアーがあるから無問題。めっちゃ痛い上に日焼けをして、ちょっとの間アフロヘア―になるだけだ。気にするな」
「気にするよ! 何が悲しくて自らアフロにならないといけないんだ!?」
「おいおい…アフロヘアーを馬鹿にしちゃいけんぜよ。あの中には色んな物が収納できるんだぞ? 便利じゃんか」
「それはフィクションの中だけ! 実際には収納機能なんてねぇよ!」
「え……マジで?」
「なんでそこで本気のリアクションをするんだよ……今まで信じてたのか?」
「ウチの父さん……数年間だけアフロヘアーにしてて、中からよく財布とかスマホとか出し入れしてたのに…あれは嘘だったの……?」
「「嘘でしょっ!?」」
アフロに秘められた無限の可能性。
その気になれば全ての命を因果地平の彼方に吹き飛ばせるのだ。
「よ…よかったら何か教えてあげようと思ったけど…もしかして余計なお世話だった?」
「いやいや。けど、既に一週間も切ってる状況で何かを教わっても、それは付け焼刃以上の何者でもないでしょ。だったらせめて、その日まで軽く運動でもしながら体のコンディションを整えてた方が賢明じゃないですか?」
「それもそうね……。でも、それだと試合の時に不安にならない?」
「最初から勝ち目なんて無いに等しい試合なんですから、寧ろ、貴重な経験が出来ると思ってドンと構えて胸を借りるぐらいの気持ちでいた方がメンタル面でも楽ですよ。それに、男の子なら無謀な挑戦の一回や二回ぐらいやらなきゃ」
「いや。彼はともかく、君は立派な女の子だからね?」
「それもそうでした。にゃはは……」
彼女の親切心を無下にすることなく、やんわりと断りを入れてみせた咲耶の話術に、さっきから完全に空気になっていた箒は本気で感心していた。
(やっぱり咲耶は凄いな……。私ならば、絶対に頭ごなしに何か言いそうだ。冗談を交えつつも、ちゃんと向こうの顔も立てて……見事としか言いようがない)
因みに、箒の皿は全てからになっていて、今は食後のお茶を飲んでいた。
咲耶も話しながらも器用に食べていて、残っているのは一夏だけだった。
「それじゃあ、私はもう行くわ。どんな結果になっても、誰も二人の事を蔑んだりしないわよ。代表候補生に真っ向から戦いに行くって姿勢自体が凄いって、皆が思ってるから。応援してるわよ」
「ありがとうございます」
先輩は大人しく去っていき、ツッコんでいる間に話が終わった事に一夏は呆然としていた。
「どした?」
「い…いや。咲耶って何者だよ?」
「通りすがりの美少女だ」
「そこはせめて女子高生か仮面ライダーって言え」
「私は別にディケイドじゃないし」
こうして、見ず知らずの年上のお姉さまからのお誘いをなんとか回避した二人は、見事なまでの敗北フラグを立てたのだった。
「と言う訳だから、明日から自爆特攻の練習な」
「絶対にしねぇよ!!」
皆…知ってるかい?
一週間って思ってるよりも長いんやで?