私、エレナ・ファノヴァールは去年までは緑神アトラスの神官として、王都の教会に勤めていた。
しかし、実家ファノヴァール領の発展に伴い、義兄であり領主と成ったアレスにファノヴァール領に戻るよう要請され、去年からファノヴァール領都の教会で神官を務めることになった。
確かにファノヴァール領の発展は著しい。幼少の頃過ごした長閑なファノヴァール領の面影は少ない。商人が行き交い、その商人を目当てとした宿、商店が乱立し、民の顔は明日への希望に溢れている。元より、どこの領よりも治安だけは良かったのだ。商人も安心して商売に精を出している。発展しない方がおかしい。
そう、元々のベースとして我が領は、発展に必要な基礎が有ったのだ。しかし如何せん、ファノヴァール領はベールセール王国のどこにでもある、普通の田舎。特に名産品も特産品も無かったのだ。
それを変えた人物、ファノヴァール領の発展の中心人物は私の憧れの女性、メグミ・ヒムラその人だ。王都に神官の修行に行くまでは、彼女の後ろを良くついて回ったものだ。メグミ姉さんは普段は本当に面倒見の良いお姉ちゃんって感じの人だ。
しかし、彼女はハッキリ言って天才だ。
義兄は彼女の弟と無二の親友と言っていいだろうが、メグミさんとの接点は余りない。メグミさんも剣術は習っているらしいが、本人曰く才能が無いらしい。稽古も週に一度しかしておらず、その道は弟に任せると言って憚らない。実際に剣の腕は大したことないとは義兄の言であったが、義兄自体が剣の天才だから本当のところは分からない。
しかしその頭脳は、ベールセール王国一と言っても過言では無いだろう。
幼少の頃に手押しポンプなる物を発明し、国王様から金一封を頂いた事を皮切りに、砂糖の発見、ウィスキーやブランデーの開発。公衆浴場、公衆トイレの発案による衛生環境の改善。義務教育の導入により、この領の将来的な発展にも寄与してくれた。他にも色々してくれているけど、挙げていけばきりが無い程、この領にとって多大な恩恵を与えてくれている。
ウィスキーやブランデーは、この大陸のドワーフ達を唸らせ、義兄の従者であるガルムスは義兄にはタメ口で話すが、メグミ姉さんには絶対に丁寧語で話し、奥さんと娘さんを領に呼び寄せ定住する勢いだ。
ファノヴァール領では、元々メグミさんやセイジさんの父親であるケンジさんが、鍛造技術を用いて剣を打っていたが、その鍛冶師としての腕が良く、ドワーフ達が教えを乞うほどであったそうだ。それ故ファノヴァール領の事をドワーフ達は、只人ながら凄腕の鍛冶師がいる場所として知れ渡っては居たのだ。
そう考えると、ヒムラ家のファノヴァール領への貢献は計り知れない。
そんなヒムラさん宅の長男、セイジさんが賊の奇襲にかかり、深手を負わされたとの一報が入った。今年王都から派遣された、青年神官が息咳込んで教会に駆け込んできた。
セイジさんは現在、領兵団本部で応急治療を受けているそうだが、出血が止まらないらしい。兄の無二の親友で、剣の達人のセイジさんが深手を負うなんて。
信じられないが、私の実父も騎士としてファノヴァール家に仕え、戦場で命を落とした。命のやり取りをしている以上、絶対は無いのだ。
震える体を叱咤し、神官長に治療の許可を貰った。
「神官長。私は今から領兵団本部に行きます。どなたか、ヒムラさんのご家族に連絡をお願いします。」
「分かりました。ヒムラさん宅には私が行きましょう。家も近くですし問題ありません。あなたは直ぐに領兵団本部へ。」
「ありがとうございます!」
「馬を待たせてます。こちらへ!」
青年神官は私の手を握り、馬まで引っ張って行く。流石男性、神職でも力は強いのね。自分が最初に跨り、私に手を伸ばす。
「さぁ、掴まって。」
彼の手を握り、彼の前で馬に跨がる。体を半身にして彼に掴まる。
「しっかり掴まってください。」
「はい!」
返事をしたと同時に顔に布をあてられ、私は意識を失った。
神官長が我が家に訪れたのは、それから数分の事であったのだろう。伴の者と共に、息咳込んで我が家を訪れた。
「ヒムラさん、大変です!落ち着いて聞いてください。」
「何事ですかな、神官長殿?まぁ水でも飲んでください。お〜い、かあさ〜ん。神官長殿と伴の方にお水をついで来てくれ〜。」
「は〜い。」
のんびりとした家の両親に、しびれを切らすように神官長殿が捲したてる。
「そんな場合ではありません!お宅の息子さんが、賊の奇襲に会い、ゼエ、ハア、お、大怪我を!」
「ん?人違いではありませんか?家の息子はなぁ?」
「えぇ。」
「俺がどうかしたのか?」
家が騒がしくなったから、ミーアとルークを連れて、道場から母屋に戻って来た。
「せ、セイジ殿!?何故!??」
「何故も何も、今日は非番で家の居候を道場で鍛えてたとこですが?」
「「しまったーーーっ!」」
伴の方と声を揃えて叫びだす。
「どうしたのですか?」
「エ、エ、エレナ様が・・・・」
落ち着いて話を聞かせて貰ったところ、今年王都から派遣された青年神官が、俺が賊の奇襲を受け大怪我したと教会に飛び込んだらしい。確か、ジョゼフとか言ったか?顔は笑ってても、眼の奥が笑ってないあの野郎か。
それに釣られてエレナ様とジョゼフが、領兵団本部に向かったと。
「馬での移動か。ミーア、郊外に向かってる馬の位置って分かるか?」
「ちょっと待ってね。風の精霊よ、、、、。」
ミーアが何やら呪文を唱えること暫し、直ぐに反応があったようだ。
「見つけたわ。恐らくはあれね。私が先導するわよ。」
「助かる。それにしても舐めやがって、糞が!」
「どうしたの?エレナ様って女性は、貴方の大事な人なの?」
「俺のって言うか、現領主様の義妹で、ファノヴァール家の重要人物だ。しかし、今怒ってるのはそれじゃない。」
「どうかされたのかな?拙僧で良ければ話を聞くが?」
「俺が賊如きに遅れを取ると思われたのが我慢ならん。」
「そ、そう。じゃあ、思い知らせてやりなさい、あんたが賊如きに手傷を負わせられないことを。女を攫って何するつもりか分からないけど、そいつ等は生きてても仕方ない下衆みたいだし。害獣駆除に協力するわよ。」
ミーアが口の端を上げて嗤う。本当、良い女だ。
「感謝する。では行こうか。」
ミーアとルークを伴って馬小屋に急ぐ。さて、いったい誰に喧嘩を売ったのか解らせに行くか。