アレスが王都に行って数年後、王国歴81年。俺は16歳でファノヴァール家の領兵団長に成っていた。
アレスは彼方で頑張っているらしく、王女様の護衛をしたり、遂には最年少近衛騎士になったそうだ。
流石はファノヴァール家の嫡男と言ったところか。近々一度此方に戻って来るそうだ。久々の手合わせが楽しみだ。
そう思っていたんだがな。
「久し振りだな、セイジ。うちの領兵団長に成ってくれたんだって?お前がやってくれたら安心だな。」
「あぁ、成り行きだよ。そっちこそ最年少近衛騎士に成ったそうじゃないか。どうだ?久し振りに、一手手合わせしないか?」
「あ、ああ、良いな。いつも通り、うちの稽古場で良いか?」
「あぁ、構わんよ。どれだけ腕を上げたか見せてくれ。」
17歳で王国近衛騎士就任か。さあて、どこまで腕を上げたか俺に見せてみろ。っと思っていた。しかし、いざ対面して分かった。コイツは歪んでやがる。
「なぁ、アレス。お前さんいつの間に左利きに成った?確か右利きだったよな?お前、俺を嘗めてんのか?」
「嘗めてはいないが、右を使えばお前を殺してしまうかもしれん。頼む、無様な手合わせにはしないと約束するから、一度これでやってみてくれ。」
「そこまで言うんだったら、相手に成ってやる。かかって来い!」
「では、参る!」
アレスは元々、左碗きではないが、ここ数年左腕の訓練をしたのだろう。しかし、そんなもの俺には通用しない。
アレスは半身に構え腰を落とし、右肩を前に出し、剣の鋒を俺に向けたまま、左碗が胴体で見えにくい構えを取った。フム、なかなか様に成ってはいる。だが、甘い。
「何故構えん。」
木刀を左腰に差したままの俺に訝しむアレスに言った。
「ん?何時でも良いぞ?」
「お前の方が俺を舐めているのか!?」
そう、俺は左腰に差した木刀に左手を添えたままの、自然体だ。見るものが見れば、無駄な力を一切廃した抜刀術理想の構えだと分かるだろう。しかし、アレスはそれに気付けない。心に余裕が無いのか?前の奴ならば気付けた筈だ。
「今のお前に何を言っても無駄だ。良いから掛かって来い!お前の本気を見せてみろ!」
アレスの闘気がみなぎるのが分かる。さあ来い!
アレスは全身のバネを使い、俺に襲いかかる。俺は右手で木刀の束を握り、アレスとの距離を計り、一瞬で抜刀する。
《サクッ!カランカラーン》
木剣の剣身部分が根元から切られ、石畳の床に落ち、乾いた音が鳴り響く。俺の木刀の鋒は、アレスの首元に突き付けられた。
「どうした?近衛騎士ってのは、今のお前ぐらいの腑抜けでも入れる程、温い組織だったのか?」
「何を!?」
「だってそうだろう?聞いた話によれば、お前12歳の頃、王女様の護衛中に襲い掛かって来た暗殺者を、数人切り殺したんだろう?お前、その頃から右手で戦っていないな?剣は振っているようだが。」
「お前に分かるものか。あの剣で人体を切り裂く、おぞましい感触がっ!」
「え?俺も同じ頃、隣町に襲い掛かって来た野盗を、10人程斬り捨てたが何か?」
「え???」
「親父さんに聞いてなかったのか?その後直ぐにヒテン流の免許を貰って、今の地位にいるんだが。」
「お前は恐ろしく無かったのか?あの感覚が。自分の力が!簡単に人を殺せるんだぞ!?」
「いや、剣術って元々そう言う物だろう?そりゃあ、いい気分では無かったさ。でもな?俺達、力を持つ者が躊躇すれば、それだけ奴等は周囲に死と不幸を巻き散らかす事になるんだぜ?生きているだけで奴等は害悪だ。俺達の剣は、そう言う奴等に向けられるべき物だろう?奴等を生かしてみろ。絶対に何処かの誰かを不幸にするんだ。そして、その何処かで、俺達のような者が奴等を殺すことになる。つまり、自分が殺したくないから、誰かに殺させる事に成るし、必要の無かった不幸を撒き散らすことになるんだよ。それって情けなくないか?別に敵対する奴全てを殺す訳じゃないよ俺も。最低限の選別はするさ。それだけの腕は有るつもりだ。」
アレスは全身が雷に打たれたような思いだった。王女から貰った言葉。あれは、当時の俺を救い、奮い起たせてくれた。
だが今、目の前のライバルと認めていた男の言葉はどうだ?甘えを許さない、剣客としての矜持を突き付けられたようだった。そして、王女様の言葉に甘えていた自分にも気付く事に成る。
「他の誰かに殺させているだけか。そうかもな。結局捕縛されれば、奴等には死刑が待っているんだものな。」
「いや、捕縛してるんなら良いんじゃないか?法の前で裁かれ、被害者達の前で死刑に成るんだ。それは良いよ。でもな、そのまま生かしてたら、討伐隊とか出ることに成るだろう?そこで討伐隊に要らん犠牲が出るくらいなら、殺せって事だよ。用は、考えることを止めるなって事だな。殺すべきか、生かすべきか。生かした場合、どのようにするか?何も考えず、命じられたままに殺すんじゃない。それは暗殺者のすることだ。俺達は剣士だ。」
「剣士?」
「あぁ。剣に己の意地と矜持を込め、弱き者、正しき者を守るのが俺達だ。」
「そうか。いや、そうだな。剣士とは、騎士とは、そうであるべきだ。セイジ、もう少し俺と勝負を続けてくれ。」
「あぁ、構わんよ。」
「その前に、これを見てくれ。」
「ん?」
アレスは徐に右手を振り上げ、そのまま石畳に打ち込んだ。
《ドガンッ!》という、人体と石材がたてたとは思えない音が鳴り響き、石畳が抉れ周囲に蜘蛛の巣状の罅が入った。
「凄いなアレス!そこまで鍛えてたのか。」
「どうだ?この右腕で振るう剣に、お前は勝てるか?いや、死なずに済むか?」
「フフフ。アーッハッハッハ。なんだそんな事か。こんなもの当たらなければ、どうと言う事は無い。安心しろアレス。お前の目の前に居るのは、お前が全力を出しても勝てない相手だ。全力で掛かって来い!」
「何を!?言ったな?絶対に勝ってやる!」
「その意気だ。さあ、掛かって来い!」
アレスは木剣を二本持ってきた。そしてそのまま構える。
「所謂、二剣持ちか。面白い、受けてたつ!」
「行くぞ!」
それからのアレスは、何かを吹っ切った様に、自然な動きで俺と戦った。途中少し危ない場面も有ったが、右手に気を付ければどうと言う事は無かった。
勝負の結末は、領主様の呼び掛けで終わった。
「アレス、何時までやっている。夕食の時間だ。もう止めなさい。セイジ君、もう遅い。今日は家で食べて行ってくれ。なに、ケンジには既に伝えているから遠慮は要らんよ。」
根回しが良いな?流石は御領主様だ。俺は頭を下げて礼を言う。
「ありがとうございます。それでは、遠慮なく頂きます。」
「フフフ、構わんよ。ここ数年悩んで、ネジくれていた息子に喝を入れてくれたんだ。こちらの方が礼を言うべきだな。」
「いえ、私と競い会えるのは、アレス様しか居ませんので。こんな所で足踏みして貰っては、此方が困ります。これは、私の為にしたことです。」
「ハハハハ、それでもだよ。アレスよ、今度はお前がセイジが困った時に手を貸すのだ。分かったな。」
「はい、父上!」
御領主様は満足そうに一つ頷いた。
「さあ、早く食堂に行こう。その前に二人とも石鹸で手を洗ってきなさい。」
「「はい。」」
俺達は二人して、稽古場傍の手洗いに向かった。アレスも復活したようだし、これから楽しくなりそうだ。手を洗った後、足早に食堂に向かった。
これから数日、アレスと毎日稽古をする事に成る。アレスは、俺の動きや体の使い方を参考にし、見る見る腕を上げていく。俺も負けていられんな。
しかし、お互い切磋琢磨する時間も終わりが近付く。アレスが王都に戻るのだ。
「なぁ、王都に着いてきてはくれないか?」
「何度も言ったろう?俺は此処を守りたい。此処には守らなきゃならんものが多すぎる。まぁ、此処は俺に任せろ。アレスは近衛騎士として、彼方で頑張れよ。だけど、周囲がヘボばかりだからと言って、修行を怠るなよ?」
「分かってるさ。じゃあな、行ってくる。」
「おう!頑張ってこい!」
アレスは此方を振り向くことなく王都へと旅立っていった。俺も頑張らなきゃな。
その様子をジェラルドは、長年の友であり、今は当家の執政官として支えてくれているイザーレと共に、領主館の自室から見下ろしていた。
「私達の後に続く若者達は頼もしいな。」
「そうですな。しかし、あのアレス様と互角以上に戦える者が居るとは思いませなんだ。この地は、少しおかしいですぞ?並みの近衛騎士でも勝てない程の実力者が多すぎます。最近腕が上がったオーリックも、既に近衛騎士以上の働きが出来ましょう。」
「セイジとその親父のケンジがな、よく指導してくれているのだよ。ケンジには会った事は?」
「私の剣は、そのケンジ殿の作ですよ。」
「そうだったな。鍛冶師としても、剣士としても一流だよ。息子の方は、剣士として超一流だがな。だがこれで俺の肩の荷も降りた。息子が過去を乗り越え、一皮剥けたのだ。もう何も思い残す事もない。願わくば、あの役は私で有りたかったのだがな。」
「何を弱気な。まだ貴方には成さねばならぬ事が有るでしょう。」
「分かってる。だがイザーレ、我が友よ。俺の亡き後もアレスを頼む。親の私から見ても、剣の腕だけは超一流だが、何処か頼りない粗忽者だ。どうかアイツを支えてやってくれ。」
「元よりそのつもりです。御屋形さまは、ご自分の怪我を直すことに集中してください。年寄りよりも早く死ぬものでは、ありませんぞ?」
「分かっているさ。」
この会話から約1年後、王国歴82年。ジェラルド・ファノバール没。第三次シエゴラス戦役での怪我が基であったと言われている。
王国一の忠臣の死去に、当時の国王ベルセルム4世は、静かに涙を流したという。
王国に戦乱が吹き荒れる一年前の出来事で有った。
次回から本編が始まりますが、原作通りには進みません。