ファノヴァールの刀神   作:水冷山賊1250F

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 原作の前提条件が大分変わりました。


剣龍在野 6

 ベールセール王国王都ヴァンフィールにある王宮では、貴族達によるファノヴァール伯への苦情で紛糾していた。

 

 領民、特に農民がファノヴァール領へと逃げると、大問題に成っていたのだ。もちろん、善政を敷いている貴族領からの領民の離散は発生していない。それらは全て、悪政を敷いている貴族からのものであった。

 

 近くはガザーブ領から、遠くはボルネリア領からも、多数の農民がファノヴァール領へと流れて行ったのだ。

 

 初めの内は、貴族もたかを括っていた。そのように大量の難民を受け入れられる訳が無いと。しかし、ファノヴァール領では、現在農地改革、大規模農地開拓、産業の発展による建設ラッシュにより、人材バブルが発生していた。しかも、優秀な人材は、引く手あまたであり、悪政を敷く貴族領は、過疎化の加速が止まらない状況に有った。

 

 そうなれば、利益に聡い商人は、その領を見放し、ファノヴァール領へと移っていく。ファノヴァール領、若しくはその近辺の善政を敷く貴族領へと民が移動するのは、有る意味当然と言えた。言わば自業自得である。

 

 

 「このままでは、我が領の経営が成り立たん!ファノヴァール伯の勝手を許して良いのか!!」

 

 唾を飛ばしながら、ボルネリア候ランドルフが国務大臣であるカルレーン候に詰め寄る。それほどボルネリア領は、重税を敷いていたのだ。

 

 「私の勝手とは、甚だ心外ですな。私は普通に領地を経営しているだけですが何か?」

 

 「何をっ!三公六民一義等と言う、馬鹿げた税率にして何を言う!」

 

 「どれだけの税を民から取ろうが、それはそこを任された貴族の裁量に任されている筈。それを貴殿にとやかく言われる筋合いは無い!しかも、王家に納める税も十分納めている!

 そもそも、その領地の民を重税で押さえ付ければ、民が離散するのは自明の理。それも分からず、悪戯に民を虐げ、挙げ句の果てには処女権の行使等と馬鹿げた事をすれば、民が逃げ出すのは必定。同じ貴族とは思えぬ、外道の所業!恥を知れ!」

 

 「何をっ!私は、所得の再分配をしているに過ぎん!必要以上の富など、領民には必要ない!高貴なる私が、芸術の振興に金を落として何が悪い!

 それに、我が領から逃げ出す民を護衛する部隊まで出しておいて、何を言うかっ!うちの領民を生かそうが殺そうが、それは私の勝手だ!うちの領民を取り返すために派遣した騎士団を妨害したのは、そちらの領兵だぞ!どういう積もりだっ!」

 

 「確かに、難民が発生したため、難民の護衛部隊を派兵したが、うちの領兵に鎧袖一触で打ちのめされた騎士擬きはそちらの騎士団でしたか。しかし、民を力ずくで取り戻すなど言語道断!」

 

 アレスのあまりの剣幕に流石のボルネリア候も一瞬言葉を失う。そして更にアレスは続けた。

 

 「そもそも、我等王国貴族に領地の裁量権を渡されているのは、何故か考えたことは無いのか!我々は国王陛下に替わり、民を安んずくために領地を任されているのだ!それを民を虐げ、領民を離散させるとは、貴殿に領地を任された国王陛下の顔に泥を塗るも同然の行為!

 是非とも私に、国王陛下の顔に泥を塗った、ボルネリア伯討伐の許可を頂きたい!」

 

 「ま、待たれよファノヴァール伯。今国内で内戦などしては、諸外国の思う壺だぞ。性急な考えは止めたまえ。」

 

 行き成り物騒な話と成ったため、国務大臣のカルレーンは慌てる事に成る。あの政治に口を出さなかったファノヴァール家が、武力行使を口に出すとは!?今代のファノヴァール家当主は、野心家なのかと疑う事に成る。

 

 「それに、ボルネリア候を討ち取った後、ボルネリア領はどうする積もりかね?」

 

 「はっ。王家直轄領にするべきかと。それにより、王家直轄領よりもあからさまな重税は、何処の貴族も取れますまい。それをすれば、民は王家直轄領に離散します。悪政を敷く貴族を討伐することにより、王家の、いえ、国王陛下の御威光も上がるでしょう。何卒御裁断を。」

 

 カルレーンは、代々のファノヴァール伯と同様、領土的又は政治的野心を持たないことに少し安堵する。そして考えたのだった。この案の有用性を。

 アレスが持って来た案は、王家の発言力を上げる事に成る。前国王の悪政により、貴族側に傾いたパワーバランスを王家に傾ける事が出来るのだ。

 それに領地が発展し、王家に納める税も上位であるファノヴァール家の発言は無視できなかった。只でさえ、幾多の武功に対し、少なすぎる報奨で良しとして来た《武門》の名家だ。

 

 「なっ!領内の裁量は我々貴族に任されている筈!それは、貴族の権利に対する侵害だっ。」

 

 「裁量を任されたからと言って、悪政を敷き、民を虐げて良い等と、国王陛下は仰ったのか!?国王陛下は我々を信用し、民を任されたのだっ!その陛下の信頼を裏切ったのは、貴殿だっ!重ねて言おう、恥を知れっ!」

 

 「ぐぬっ、この若僧めがっ!貴様の発言、王国内全ての貴族を敵に回したぞ!」

 

 「ほう、何時から貴殿は王国貴族の代表に成った?この痴れ者が!さっさと領地に戻り、戦の準備でもするのだな。国王陛下、ご英断を。」

 

 議会は、突然の議題の変化に戸惑い出す事に成る。ファノヴァール伯の処遇をどうするかと言う議題の筈が、貴族の大前提を持ち出し、悪政を敷き、領民を逃がすことに成った貴族を処罰する場に変わろうとしている。

 

 しかも、悪政を敷いてきたボルネリア伯を庇おうとすれば、自分も同じ穴の狢だと言うことに成る。どうにかして、ファノヴァール家を貶めたい者は苦虫を噛み、沈黙するしか無かったのである。

 

 この若き貴族の言葉に、時の国王、ベルセルム四世は頭を悩ませる事に成る。アレスの案は、確かに良い案だ。しかもここまでの悪政で有れば、何も問題は無いようにも思える。彼は忠臣であるカルレーン候の方を見る。カルレーンは二度頷き、それを返事とした。

 

 「沙汰を言い渡す。ボルネリア候の行い、甚だ許しがたし。しかし、先代までの忠勤を鑑みて、領地没収の上、貴族籍の剥奪で許す事とする。尚、その地位、領地及び屋敷は没収するが、財産は残すこととする。一ヶ月以内に領主官邸を明け渡せ。尚、明け渡しはファノヴァール伯が責任を持って確認せよ。皆の者、異論は無いな?」

 

 ベルセルム四世は、周囲の者を見渡す。皆が俯き、異論を唱える貴族は居なかった。

 

 「では、近衛騎士はランドルフを連れ出せ。」

 

 会場の外に待機していた近衛騎士が、顔面蒼白となったランドルフを連れ出す。貴族達は彼に顔を向けることは無かった。

 

 その後、領地から民が離散した貴族に対し、領政の改善を言い渡し、議会は閉会することになった。

 

 

 

 「畜生っ!!ファノヴァールの若造め!」

 

 領地に戻ったランドルフは、有らん限りの暴言を吐き、領主官邸で暴れていた。

 

 「ランドルフ様、如何なされました。」

 

 「五月蝿い!モンフォード、貴様にも責任は有るんだぞ!私は伯爵位と領地を取り上げられる事に成った!この私がだ!領地経営を任せていた貴様にも責任は有る!そうだ!貴様のせいだ!辛うじて資産の没収は免れたが、もうこの国にはおられん!」

 

 この言葉を聞き、モンフォードは不味いと思った。資産が残されれば、この男は他国で生き延びる事に成るかも知れない。

 

 この愚かで下品な男に復讐するために自分は生きて来たのだ。その為に、この男にオベッカを使い、贅沢を覚えさせ、領地の反乱を促してきた。

 

 しかし、ファノヴァール領の内政が余りにも良く、領民はそちらに逃げることを選んでしまった。しかも、連れ戻そうとした領民は、ファノヴァール家の兵に一方的に打ちのめされ、ホウホウの体で帰ってくる始末。

 

 しかし、ここで諦める訳にはいかない。彼は、自らの主に、更に毒を仕込むことにする。

 

 「ならば、ファノヴァール伯を返り討ちにしては如何でしょうか?」

 

 「何っ!?」

 

 「領地の明け渡しの確認に、一月後ファノヴァール伯自らが訪れると聞きます。その時に、我が領の騎士団で貴奴めを討つのです。」

 

 「だが、貴族ではない私に、騎士団が言うことを聞くのか?」

 

 「聞きますよ。彼等は一度ファノヴァールの兵に負けたのです。このまま貴方が貴族を辞めることに為れば、奴等は職を失います。弱い騎士団など、誰も欲しがりませんからね。それならば、貴方に協力し、ファノヴァール伯を討つことに協力する筈です。

 それに、ファノヴァール伯を討てれば、あの宝のようなファノヴァール領も手に入りますよ。そして、国王に自分の有用性を訴えるのです。」

 

 「成る程。しかし、それが受け入れられない場合はどうするのだ?」

 

 「他国にファノヴァール領の技術を売ると脅せば如何でしょうか?実際に最終手段は他国への亡命もあり得ますし。」

 

 「成る程!それは良い。私の事を見限ったような奴の下に着くのも業腹だ。訴えを退けるようならば、他国へ技術を売り払うか!流石はモンフォードだ!良し、騎士団長を呼び出せ!」

 

 「ははっ!」

 

 モンフォードはほくそ笑む。我が主は、やっと死刑台に登ってくれたと。ランドルフは自らの行いに因って、その内側から滅びていく事に成るのであった。

 

 

 一月後、ファノヴァール領兵団500人が、ボルネリア領に訪れる。率いるは、ドワーフを従者にする、一風変わった貴族。ファノヴァール伯アレスである。副官として、セイジが同道していた。

 

 「アレス様、どうやらおかしいですよ。」

 

 「ん?どう言うことだ?」

 

 「関所に迎えの騎士が居ません。いくらボルネリア元伯爵に雇われていたとはいえ、迎えの騎士はいる筈です。奴等、俺達を懐に引き入れて潰すつもりのようですよ。」

 

 「これは、国王陛下に対する反逆と見て良いな。陛下の慈悲で、命だけは助かったと言うのに、何をトチ狂っているのか。正直理解に苦しむ。」

 

 アレスは、少し頭を抱え考え込んでしまった。まさか貴族であるボルネリア伯が、反乱を起こすなど思っても居なかったし、彼に取り憑いた精霊も、500人で向かって良いと言っていたのだ。

 嵌められた。此方の兵力は500人。対するボルネリア軍は5000人程だ。普通に考えれば相手に成らない。

 

 「引き返すか。」

 

 アレスは苦渋の決断をしようとしていた。しかし、ここで待ったが掛かる。

 

 「いや、ここは奴等を徹底的に叩きのめすべきだ。」

 

 「どうやって!?相手は5000だぞ?それに対して此方は500、10倍の戦力差だ。それに彼方は恐らく、平原で待ち構えているに違いない。勝てる見込みはないぞ?」

 

 「何を言ってるのやら。何故正面から行く必要がある?先ず、斥候を出し、奴等の居場所を把握するんだよ。そして夜討ちだ。俺達二人がいれば必ず勝てる!ボルネリア騎士団とは過去に戦ったが、はっきり言って弱すぎる。恐らく弱い者いじめしかしたことが無いのだろうな。そのような騎士団等、この国には必要ない。俺達に喧嘩を売ったことを後悔させてやろう。」

 

 アレスは虚空を見上げ、何やら考え込んで呟いている。セイジは疑問に思う。アレスは、たまにあぁやって、虚空を見上げる癖がある。変な癖だ。前から有ったっけ、あんな癖?と。

 

 「ガルムス殿、アレスは何をやっているんだ?」

 

 アレスの従者であるドワーフのガルムスに、セイジは問いかける。最近のアレスと良く一緒に居るのは、彼である。

 

 「さあのう。ワシに会った頃には既にああしてよく悩んどるがのう。昔からじゃ無かったのか?」

 

 「あぁ。まぁ実際、アレスの実戦に付き合うのは、今回が初めてだからなぁ。」

 

 

 アレスが12才の頃、王女クラウディアの護衛をしている時に、数人の暗殺者に襲われたことが

あった。12才のアレスでは、抗いきれる筈もなく、クラウディアを殺されそうになったその時、《黄昏の主》に支えるパンドラと名乗る精霊が現れアレスに契約を持ちかけ、その結果として《力》を与えたのだ。

 

 契約内容はパンドラを助言者として受け入れる事。只それのみ。助言を受けるも、無視するも、アレスの勝手である。もちろんパンドラはアレス以外には見えないし、声も聞こえない。

 

 アレスは、その力で暗殺者を全て返り討ちにしたが、その後の顛末は人殺しが怖くなり、左手による剣術の鍛錬であった。しかし、セイジの檄によりそれも改善し、二刀流に目覚める事になる。

 

 それはともかく、パンドラは決して契約者の命を落とすような助言はしない。それにアレスは疑問に思ったのだ。

 

 『おい、パンドラ!どういう事だ!彼方は兵を揃えて此方に戦を仕掛ける積もりだぞ。』

 

 『ふん、我が契約者よ。そんなもの、正面からぶつかれば良かろう。なあに、数人の犠牲は出るが、貴様等なら勝てるだろうよ。我が主もそう仰っている。』

 

 『馬鹿な!』

 

 『馬鹿な!は此方の台詞だ!なんだお前の所の兵は?何故此処までの手練れ揃いなのだ!?それに貴様の副官。あれは今のお前でも、相討ちがやっとぐらいの腕ではないか!なんだあの化け物は!?』

 

 『え?まぁ、セイジはそうだろうなとは、薄々思っていたが、やっぱりか。俺には手を抜いていたんだな。って違う!高々500で5000人に正面からだと!?』

 

 『あぁ、お前が相手に一騎討ちを申し出るのだ。その後、一騎討ちに出てきた奴をお前が一撃で討ち果たす。その後、お前を先頭に奴等に突っ込むんだ。あの副官ならば、直ぐにお前に付いてくる。そうすれば、奴等など烏合の衆だ。散々に蹴散らせば良い。それが夜襲等よりも、確実に被害が少ない方法であろうよ。』

 

 アレスは暫し瞑目し、悩みだす。しかし、目を開けたときには、覚悟を決め全身に力をみなぎらせる。

 

 「セイジ、ここは正面から奴等にぶつかる。」

 

 「何っ!?正気か??」

 

 「あぁ、聞いてくれ。」

 

 アレスは一騎討ちから始まる作戦を説明していく。

 

 「フフフ。アレス、そいつは伝説に成るぜ?面白い、やってやろうじゃないか。先ずは斥候を出し、奴等の居場所を探ろうぜ。挟み打ちなんかに警戒すれば、堂々と正面からやれるからな。」

 

 こうして、精霊すらも驚く、歴史にも名を残す戦いが始まろうとしていた。




 ボルネリア伯はどっちにしても死ぬ運命です。

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