ボルネリア領、ボルノ平原にボルネリア領騎士団を含む、約6000の兵がファノヴァール軍を待ち構えていた。その内半数の兵は農民の次男、三男で有り、来年の年貢免除を餌に、呼び出された者達であった。彼等は一様に士気が低い。何せ、親や兄弟から保険にと差し出された者達だ。中には、このような戦闘で死ぬなと言い含められた者までいる始末であった。
士気が高いのは、ボルネリア候の私兵達だけなのである。そして、彼等は知っていたのだ。ボルネリア領の精鋭である筈の騎士団が、彼等より少数のファノヴァール領兵団に鎧袖一触で打ちのめされ、逃げ帰った事を。彼等のボルネリア正規兵に対する評価は、弱い者イジメしか出来ないハリボテであった。しかし、そのハリボテにも只の農民で有る彼等には勝ち目は無かった。そこで彼等は、彼等の中で一番頭が良かった青年に相談することになる。その者の名はカークウッド。同じ地区の農民達を領外に逃がし、薬売りをしてボルネリア領を転々としていた者であった。
「なあ、カークウッド。俺達はどうすればいい?この戦は勝っても負けても、俺達には地獄だ。」
「まぁ、そうでしょうね。どっち道、我々は最前線に立たされるでしょうし。」
「なぁ、どうにか成らないか?」
「幾つか策は有ります。けど、この策はボルネリア領の農兵が、私の指示に従ってくれないと成立しません。こんな若僧の私に皆さん従えますか?」
「あんなクソ領主の為に死ぬぐらいなら、俺はあんたに従うぜ。」
「俺もだ!」
「俺も」、「俺も」、「従おう。」、「俺も」
と、満場一致で彼等はカークウッドに従う事になった。
「良いでしょう。では、その時は私に全員従って下さい。もし従わなかった場合、皆さんの半数以上はボルノ平原に骸をさらすことになるため、皆さんの部下にも良く言い含めて下さいね。」
「「「解ったっ!」」」
こうしてボルノ平原の農兵達はカークウッドを筆頭に一致団結していたのだ。この時カークウッドは思っていた。ファノヴァール軍がボルネリア軍に襲い掛かれば、前線の農兵団は回れ右してボルネリア軍に一当てした後、散り散りに成れば良いと。恐らくは夜襲に成るだろうから、少しは被害が出るかもしれないが、それは仕方がない物と。
しかし、その予想は外される事になる。真っ昼間に正々堂々と現れたファノヴァール軍にカークウッドは半ば呆れてしまう。今代のファノヴァール伯は阿呆かと。すると、一人の青年がファノヴァール軍から抜け出して前に出てきた。その後大音声で名乗りを上げるのである。
「我が名はファノヴァール伯アレスッ!ボルネリア候は貴族籍を剥奪されたっ!それにも拘らず兵を集め、我等の公務を邪魔するとは何事かっ!直ちに解散し、元ボルネリア候を領外に追放せよっ!」
「何を言うかっ!高貴なる我を貶めた事に対する抗議と貴様の粛正のために私は起ったのだ!貴様こそ命乞いをしたらどうだ?」
ボルネリア軍正規兵がゲラゲラと笑い出す。
「致し方ない。此方は一騎討ちを申し込む!この一戦で雌雄を決しようではないかっ!」
「ふむ、貴様の化けの皮を剥がすのも一興。此方の代表を出すとしよう。テオドリッジッ!卿が待ち望んだ強者だっ!」
「応っ!」
一人の偉丈夫な騎士が前に出てきた。
「テオドリッジよ。見事ファノヴァール伯を討ち取って見せよ。さすれば卿の武名は、国中に響き渡るであろう。」
「ふむ。相手にとって不足は無い。修行の成果、ここで試させて貰う。」
アレスとテオドリッジはお互い、軍を挟んだ中央にて相対した。
「貴君が今代のファノヴァール伯か。まだ若いが名高きファノヴァール伯と成れば相手にとって不足無し。お手合わせ願おう。」
「ふむ、貴公程の騎士が、力にのみ興味を示し、力無き民を顧みないとは残念至極。殺すのは忍びない。剣を退き、道を開ける気は無いか?」
「俺に勝てる前提か?笑止!その増上慢、あの世で悔いるといいっ!」
身の丈程も有る戦斧を振り回し、テオドリッジが襲いかかってきた。アレスは剣を抜かず、只回避するのみであった。
「どうしたっ!腰に差した剣は飾りかっ!」
一向に剣を抜かないアレスにテオドリッジは激昂した。しかし、アレスは何事でも無いように語り出す。
「力に固執し、回りも見えてない貴公に、剣等不要。貴公には誇り有る敗北ではなく、惨めな惨敗が必要なようだ。俺の拳で頭を冷やせ。」
次の瞬間、アレスの腹パンを受け、テオドリッジの鉄の鎧が砕け、そのまま3m上空に飛ばされるたのだった。受け身も取れず地上に落ちたテオドリッジは、激しい痛みで呼吸が出来ず、動くことさえ出来ずにいた。
ボルネリア軍はこの時、何が起こったのか分からなかった。鎧を着こんだ男が、只の拳一つで宙を舞うなど信じられなかったのだ。勿論農兵達もである。その光景が信じられず、動くことさえ出来なかった。
勝者のアレスは、ファノヴァール軍の方を振り返り、大音声で訴える。後の歴史学者の中には、この英雄の特筆すべき能力は、剣技ではなくこの声量だったと言う者もいるほどである。後の一部の歴史学者の言うことを証明するように、声を張り上げた。
「我が親愛なる精鋭達よっ!此度の戦は、国王陛下の慈悲にさえ唾を吐き捨て、反旗を翻した不届き者が原因であるっ!何を血迷ったか、挙兵し国内で内乱を起こすなど、長引けば外敵を呼び込むような行い、断じて許すわけにはいかない。武器を捨てぬ者は一人残さず殲滅するっ!情は捨てろっ!皆の責任は、全て私に有るっ!重ねて言う、武器を捨てぬ者は一人残さず殲滅するっ!赤神オディウスよ、この戦に流れる血を贄に捧げる。願わくば、これ以上の混乱が続かぬことを。我等に勝利をっ!」
そして、アレスは歴史上開戦の合図で突撃せよとも、全軍進めとも言わず、次の言葉を常に開戦の合図とした。
「全軍っ!我に続けぇぇぇっ!」
この時、カークウッドは力の限り叫んだ。一つの賭けであったが、その賭けは見事に成功することになる。
「全員、武器を捨てて散らばれぇぇぇっ!ファノヴァール軍の前から逃げるんだぁぁっ!」
カークウッドの号令で、農兵達が一斉に左右に逃げ出した。農兵が開けた穴を、物凄い勢いでアレスが駆け抜けていく。逃げ出す農兵に狼狽えだした正規兵は、無防備な状態でアレスに食い付かれる事になる。
右手にはファノヴァール家に代々伝わる剣、左手には王女から渡された、切れ味はないが、恐ろしく頑丈な武骨な剣。右手の剣を一振りすれば、敵兵の頭若しくは体の一部が確実に飛び散り、左手の剣を振れば、敵兵が吹き飛び、意識を刈り取られた。
そして、その横にはいつの間にか、彼よりも確実に敵兵の命を刈る者がいた。東方の島国で使われているという鎧を纏い、その太刀を一振りすれば、確実に3名の敵兵が命を落としていく。そう、セイジ・ヒムラである。忽ち周囲のボルネリア兵は討ち取られ、二人の周囲は瞬く間に、ボルネリア兵の骸で溢れることとなる。
その光景は理不尽と言っても過言では無かった。血風が実際に舞い、聞こえてくるのは見知った者の断末魔と、剣撃の音のみ。
そこに、最近ファノヴァール領軍に入ったジェレイドが兵を鼓舞し、兵を進めてきた。
「我等が領主様と、隊長がその力を示されましたっ!二人だけにいい格好はさせられません。我等もあの二人に続くのですっ!」
「「「「応!!!」」」」」
二人が食い破った穴に、ファノヴァール軍500が一斉に襲いかかり、その穴を広げていく。
ボルネリア兵は腰が引け、まともに戦える精神状態では無かった。そして、兵の練度が低すぎた。野盗が領内に入り次第、殲滅してきたファノヴァール軍と、野盗等気にもせず、農民を甚振る事しか出来ない兵達では、実践経験の質が違いすぎた。それに加えて、領主と隊長による練兵により、兵の質が違いすぎるのだ。
片や、ボルネリア候に代々支えてきた家という、血筋に胡座を掻いていた愚か者共。片や、ファノヴァール家に恩を感じ、自ら剣を取る意志により立っている者。戦いに対する心構えも、何もかもが違いすぎていた。
とどめとばかりに、勇猛な指揮官が自ら先陣に立ち、その武勇を見せ付けている。二人の指揮官を追いかけながら戦った者は皆、その子供達に今日の戦いに参加したことを誇り、語り継いだと言う。
「臆するなっ!ファノヴァール軍の兵は、平民が殆んどだ!我等高貴なる血を持つ者の敵では無いっ!数は此方が上だっ!取り囲んで潰しガボッ」
声を張り上げる指揮官は、アレスとセイジの良い的であった。このような状況でも、指揮を取ろうとする比較的優秀な指揮官は、忽ち命を刈り取られていく。
「飛天三剣流、龍巣閃!」
一瞬にして、数名のボルネリア兵は只の肉瑰と成り果てる。
「でりゃあぁぁぁっ!」
アレスが一振りで、ボルネリア兵3人の首を刈る。彼等の歩みは止まることが無く、瞬く間にボルネリア軍本陣へとたどり着いた。本陣を守る騎士団の前に、全身をボルネリア兵の返り血で濡らした二人の剣客が現れる。
「全員死にたく無ければ武器を捨て、大人しく縛に付け。此方は、貴様等を討つことに躊躇いはない。」
「何を言うかっ!平民に媚を売る、貴族の風下にも置けぬ下郎がっ!嘗めるな、青二才っ!」
ボルネリア騎士団長ファーバンクは、現実を見ることも出来ぬ愚物であった。更に、言うことを聞かぬ農民を殺すことに慣れすぎて、自らの力を過信しすぎていた。彼が剣を振りかぶり襲いかかってきた瞬間、彼の首はセイジによって胴体から泣き別れる事になる。最後に何が起こったのか分からぬままに死ねた彼は、有る意味幸せだったかもしれない。この反乱に参加したボルネリア兵は、その大半が今まで行ってきた行為により許されることはなく、その地位を剥奪され国外追放を申し渡される事になる。しかもその大半は、国外に着く前に彼等の虐げてきた農民によって、命を奪われる事になる。
「首謀者ランドルフッ!前に出て来いっ!国家反逆罪によって、貴様の首この場で叩き斬る!」
「わ、私は、こ、国王陛下の、わ、私に対する、ふ、不当な扱いに抗議をしたまでだっ!」
「愚か者がっ!貴様の我が儘のせいで、何人の命が奪われたと思うっ!今更言い逃れは出来んぞ。」
「い、嫌だっ!皆の者!この不届き者共を斬れっ!褒美は思いのままだぞ!」
その声に反応する騎士は無く、騎士達は下を向くのみ。彼等は知っていたのだ。自分達では、足元にも及ばない程の実力差が有る上、自らの主が命を捨ててまで守る程の価値など無いということを。
「皆、貴様をこれ以上守る気は無いようだ。最期だランドルフ。神妙に致せ。」
「い、嫌だぁぁぁっ!」
細身の剣をむちゃくちゃに斬り付けてきた。アレスはその剣を二本の指で挟んで受けとめ、そのまま取り上げる。呆然とするランドルフの襟首を掴み、背負い投げで地面に叩きつけた。
「ジェレイドッ!居るか!?」
「はっ!アレス様。」
ひ弱なジェレイドではあったが、その知謀を買われ、アレスの軍師としてファノヴァール軍に従軍している。ボルネリア出身の多くの者が、今回の遠征に従軍していたのだ。呼ばれたジェレイドは、慌ててアレス達の近くまで駆け寄る。
「直ちにランドルフの首を落とす事とする。貴奴の首を落とすのに、適任者は居るか?」
「はっ!留守中に妻子を騎士団の慰み者にされた揚げ句殺された、ディオールなる者が居ます。彼に仇を取らせて上げる事が最良かと。」
「そうか。ディオールッ!前に出よっ!」
「ははっ!」
「ディオール、ランドルフの首を伐つ任務をそなたに任せる。お前のことは、セイジ達からも聞いている。これで全てを忘れろとは言わん。だが、妻子達の分も強く生きて、お前の幸せも見つけてくれ。決して妻子の後を追うような事はしてくれるな。」
「有り難きお言葉、痛み入ります。愛する者達の分も強く生きることを、ここに誓います。」
声を殺し、感涙に咽ぶディオール。暫く頭を下げていたが、その両目に光が戻り、全身の痛みで動けないランドルフを睨み付ける。
「貴様の命もここまでだ。」
「ヒヒッ、そうか。遠乗りした時に見付けた、あの親子の亭主か貴様。」
「なに!??」
「貴様の妻子は、それは良く鳴いてくれたぞ。貴様の妻は、お前の名を呼びながら、騎士団の者達に事切れるまでやられていたな。子供の方は、ワシ自らが処女を喰ろうてやったわ!何故か直ぐに息をしなくなったがな。ククククク。高貴なる我の子種を受け入れられなかったらしい。まぁ、その後も楽しんだがな。」
「き、貴様っ!」
「さあ、その震える腕で、我の首を落とせるゲハッ!」
最後まで喋る前に、セイジがランドルフの顔面を蹴りあげた。気を失ったが、直ぐにセイジが顔面をビンタし、意識を戻す。
「なあ、楽に死のうなんて思わない事だ。お前は刻々と近付く死の恐怖に怯えながら死んでいけ。」
「ヒィィィッ!止めろ、止めてくれぇぇぇっ!」
ランドルフの下半身は既に小水で汚れている。彼は最期まで悪態をつき、命乞いをし、恐怖に怯えながら首を落とされる事になった。
王国歴83年。この日、ボルネリア侯爵家は当主の斬首によって、その歴史を閉じることになった。
初っぱなから話の流れが、変わっています。