剣風共撃 1
時は少し巻き戻る。
ボルネリア伯領の悪政は天下の知るところ久しく、二人の若者が民を守らんと立ち上がった。後に風の戦乙女と言われる事になる少女ミーアと、彼女を守らんとする一人の青年ルークであった。
二人はボルネリア領から逃げ出す領民達を、小高い丘の上から見下ろしていた。
「ルーク、500人規模のこの避難民は何処に行くのかな?やっぱりあそこ?一応護衛の兵士が疎らに見えるけど、30人位の傭兵かしら?でも領主達もそろそろ本気で離散を防ごうとする筈よ?」
「やはりファノヴァール領だろうな。あそこは税も低い上、人手を欲しているようだ。今代のファノヴァール伯は、民に優しくとびきり優秀らしい。ファノヴァール領の発展は留まるところを知らないようだしな。ん?来たぞ、おそらくボルネリア騎士団だ。」
ボルネリア領から100人規模の騎馬が近付いてくる。
「どうするミーア、奴等に手を貸すか?」
避難民達はまだ気づいている様子はない。このままではボルネリアの騎士達に蹂躙され、酷い目に遭うだろう。どうするか悩んでいた所、避難民を護衛していたと思われる兵士達が動き出した。斥候でも周りに配置していたのだろうか?黒髪の青年が指揮を取り、防衛体制を取り出した。
「へえ、やるじゃない。何処の傭兵かしら?でも凡そ3倍の騎馬相手に、歩兵がどれだけやれるのかしらね?お手並み拝見しましょう。」
「どうせ危なくなったら手を貸すんだろう?分かったよ、俺は周囲の警戒をする。」
果して彼女等は見る事になる。総合戦力的には近衛騎士団に劣るも、兵の質的には最強と謳われるファノヴァール領兵団の実力を。
斥候からの報告で、背後からボルネリア騎士団が迫っている事が判明した。避難民の後方に兵を配置する。
「オーリック、俺は手筈通りに奴等の足を止める。お前は頃合いを見て、兵を突入させろ。」
「ヒムラ隊長、本当にやるんですか?」
「任せろ。弱者しか相手にして無いような騎士モドキ、俺の敵じゃ無い。殺す価値さえ無いかもな。」
「分かりました。でも気を付けてくださいよ?」
「まぁ見てろって。」
この時オーリックはまだ知らなかった。自分達を率いる隊長の本当の実力を。
態勢を整えたファノヴァール領兵団の前に、ボルネリア騎士団が現れる。騎士団の中から一人の騎士が現れて大声を張り上げた。
「我が領から逃げ出す農奴を護衛している者達よ!即刻兵を引け!我等はボルネリア騎士団。我等が農奴を引き取りに来た。素直に応じるならば良し!少しでも刃向かえば、農奴諸共根切りにする!農奴共は、見せしめにここで根切りだ!」
鋒矢の陣形を取ったまま騎馬隊が現れた。俺達を抜き、避難民に打撃を与える気なのだろう。おそらくは、彼がこの騎士団の頭なのだろう。そう感じたセイジは、領兵団の前方凡そ50mに出て返答する。騎士団までの距離は、凡そ100mといったところか。
「我々はファノヴァール領兵団だ。某はこの隊を率いるセイジ・ヒムラである!我等が領主、アレス・ファノヴァールの命を受け、この任に当っている。それにしても、弱者を守るべき騎士団を名乗る者が、領民を根切りとは恐れ入る。自らの名も名乗らず、弱者を甚振ろうとは、さては貴様等は騎士団では無いな?よろしい、我等ファノヴァール領兵団が御相手致そう!騎士ゴッコはこれで止めるのだな!」
「吐かせ!者共、根切りだっ!先ずはあの愚か者を血祭に上げろ!」
動き出そうとする騎士団よりも早く、既にセイジは動いていた。頭に血が登った指揮官は、セイジから目を離し全軍に聞こえるように後ろを振り返っていたのだ。
「全軍とつげッ」
木刀による容赦ない一撃が指揮官の後頭部を襲い、指揮官の意識は暗転する。セイジはそのまま止まらず、近くの騎士達を一撃で昏倒させていく。
「猪口才な!喰らえ!」
馬上槍を突き出した騎士の槍を避け、逆に顔面を強かに撃ちのめす。
「飛天三剣流、龍巣閃!」
無数の打撃が騎士たちを襲う。先頭集団が、セイジ一人のせいで次々に落馬した事により、後方の騎士団は思うように動けなく成った。そこに指揮を任されたオーリックが、全軍を突入させる。
「我等が隊長が、一人で前線を崩壊させたぞ!これ以上隊長だけにいい格好をさせるな!全軍続けええぇぇっ!」
「「「応!!!」」」
30人の歩兵が一斉に動き出した。その手に持っているのは長めの槍。騎馬にとって相性は最悪であった。次々に倒されていく騎士達。何故か風向きが変わり、歩兵たちの方から強烈な風が吹き始める。騎士達は、眼を開けていられないが、歩兵達には正しく追い風となった。
ファノヴァール領兵団は、自らを率いる隊長の後ろ姿に歴史に名を残した英雄を見ていた。誰一人として逃げ出す者は無く、英雄の後ろ姿を追いかけて行ったのである。
これには堪らず、後方の騎士が撤退をはじめた。その姿は蜘蛛の子を散らすようであり、とても騎士団とは言えない姿であった。
「引けええぇぇっ!撤退だあああぁぁっ!」
「逃げろおおぉぉっ!」
100人の騎士がたった30人の歩兵に背中を見せ、潰走を始めたのである。
「鬨を上げろおぉぉっ!」
「鋭鋭!」
「「「「おおぉぉっ!」」」」
鬨の声は三度響き、地面には無様な騎士の骸か、苦痛に呻く騎士の姿しか無かった。ファノヴァール領兵団は、一人の死者もなく戦いを終えたのである。
この光景を避難民の側から見ていた若者が居た。後にファノヴァール領兵団の軍師となるジェレイドである。ジェレイドは後にこう語ったという。
「滅茶苦茶だ。戦術も何も有ったもんじゃ有りません。あれで勝てるんですから、理不尽としか言いようが無い。あれは唯、ヒムラ隊長の力のゴリ押しですよ。ファノヴァール領兵団の恐ろしさを始めてみました。あの兵達が第三次シエゴラス戦役に居てくれればと、つくづく思いましたよ。本当に理不尽の一言ですね。」
ジェレイドをして理不尽としか言い現せない戦いであったのだ。例え自分が指揮をしていても、結果は変わらなかったであろうとも。
小高い丘の上から見下ろしていた二人は、開戦からの一部始終を見ていた。動き出した避難民を見ながら呟くようにミーアが語りかける。
「な、何あれ?下手したら私の魔術を使う暇も無かったわよ。人間ってあんなに速く動けるものなの?何なのあれ?」
「知るか、俺に聞くな。あんな化け物と一般人を比べるなよ?あれを俺に求めても無理だぞ?」
「求めないわよ!それにしてもファノヴァール領は、凄い事になってそうね?ルーク、私達も行ってみない?ファノヴァール領ならば、私達の戦いも出来るかもよ?」
「そうか、歓迎するぜ?さっきは助太刀ありがとうな。あれ、お前らがやったんだろう?」
突然、第三者が会話に入って来た。咄嗟にミーアを背中に庇い、手槍を構え警戒するルーク。
「貴様、何者だ!?」
「あれ?聞いてなかったのか?改めて名乗ろう。俺の名はセイジ。セイジ・ヒムラだ。ファノヴァール領兵団の団長を任されている。さっきは、ありがとな。お陰で誰も死なずに済んだよ。」
先程まであの戦場の中心にいた人物が目の前にいる。彼の言う事が本当なら、いくらルークが強くても相手に出来る事は無いだろう。一つ息を吐き、ミーアが前に出る。
「あんまり意味は無かったけどね。私の名はミーア。こっちはルークよ。私達は虐げられている者を助けるために旅をしている者よ。」
「そうか。家の家訓と同じような志で旅をしていたんだな。家の家訓は‘力持たぬ者の剣たれ’って家訓なんだが、家の爺さんの代になって領主さんを気に入ってな。そこに住み着くようになったんだと。それまでは、あんた等と同じように一家で剣を磨きながら放浪していたそうだ。」
「そ、そうなの?」
「あぁ、本当だ。で、どうだい?ファノヴァール領に来ないか?ウチの領主は、弱者の盾と成る事が一族の誇りって言うお人好し一族だぜ?アンタみたいな力を持つ奴が支えてくれたら、俺としても助かるんだがな。」
「そうね。お言葉に甘えて、ファノヴァール領を見せて貰っても良いかしら?貴方達のお仲間になるかはともかく、一度ファノヴァール領を見てみたいわ。」
「そうか。じゃあ付いてきてくれ。ファノヴァール領に着くまでは、あんた等も戦力に入れて良いんだろ?」
「えぇ、大丈夫よ。取り敢えず、ファノヴァール領までよろしくね。」
「こちらこそ。じゃあ付いてきてくれ。」
セイジは背中を見せて、先頭を歩き出した。こちらを警戒している様子もない。
本当に何なのかしらこの男。こちらを全く警戒してないわ。馬も使わずにここまで来て、息一つ乱れていないし。何かの術でも使ってるのかしら?
「ねぇ?私達は馬で来たけど、貴方はどうやって来たの?見たところ、馬が見当たらないんだけど?」
「ん?走って来たに決まってるだろ?あぁ、あんた達は、遠慮せず馬に乗って付いてきてくれ。」
「分かったわ。」
遠慮無く馬に乗り、セイジを追いかける。馬を走らせること数分、セイジは馬を先導して領兵団と合流した。
う、馬よりも速く走れるの?どうなってるの?ミーアはこの男に会って驚いてばかりだった。
「ね、ねぇセイジ。どんな術を使ったら馬よりも速く走れるの?」
「ん?鍛えたからな。まぁ、走り方にコツも有るけどな。」
単純な体力だけで馬を超えるなど、それはもう人間では無い。取り敢えず、そういう生き物だと思うことにして、セイジを詮索するのを諦めたミーアであった。
ミスで投稿してしまいました。楽しんで頂ければ幸いです。