コミュ障TS転生少女の千夜物語   作:テチス

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凄惨な拷問

 

 朝である。

 

 昨夜は結局、聖女さんのふわふわ動物解説を聞いている内に眠ってしまった。

 寝る時にくしゃみが出なかったのは初めてで、この世界に来てからやっと熟睡できた。

 

「でも、ちょっと勿体なかった」

 

 可愛い女の子との添い寝なんて、男として生まれたならば一回は夢見るものだ。もっと堪能するべきだっただろうか? いま女だけど、それはそれ。

 

 そんなこんなで夜も明け、俺はいま聖女さんに連れ立って村を歩いていた。

 どうやら駐屯兵団の所へ向かっているらしい。

 

「これから森の一斉捜査をしますから、それに向けて黒髪ちゃんには教えて貰いたい事が有るんです」

 

 森のどこに何が有って、教団の研究所はどこに隠されているのか。彼女はそういう事を聞きたいらしかった。

 

「……教団?」

 

 なんじゃいそりゃぁ。

 首をかしげて知らんぞとアピール。

 

「えっと……たぶん、今まで黒髪ちゃんが暮らしていた場所の事です。そこには他にも誰かいましたか?」

「うん。いたよ」

 

 そりゃもう夜人が一杯いた。てか、今なお増えてる。

 でも教団……??

 

 そして聖女さんが教えてくれたことは驚愕の事実だった。

 なんでもあの森は【深淵の森】といって、名付けられたのは今から50年前、そこを本拠地とした黒燐教団なる邪悪な組織があった事が由来らしい。

 度重なる人体実験や闇の儀式を繰り返し、ついに各国連合軍により殲滅されたとか。

 

 えぇえ……。

 あの森ってそんな組織の跡地だったの?

 もろダークファンタジーに出てくる悪役組織じゃん。

 

 いまでは夜人が跡形もなく改造してしまったけど、そう言われれば俺が使ってた洞窟も当初から不気味なものだった気がして来た。

 道が狭いし、ごつごつしてるし、よく転ぶし……。やばい怖くなってきた。

 

「だから教団の調査……?」

 

 なるほど、50年経って変化は無いか調査したいのか。

 それなら協力しましょう。

 

 

 

 聖女さんの後について兵士の詰所にやってきた。

 駐屯兵団の詰所は兵舎も兼ねているから、建物も煉瓦造りの3階建てとなっていて村で一番大きなものだ。

 重厚な扉をくぐり中に入って応接室のテーブルへと案内される。

 

「……よく来てくれた。協力に感謝する」

 

 向かいの席に兵士達の隊長さんが座った。何度か見た事は有るけど、名前は知らない。

 村の警察役みたいな兵士を前にして、俺大丈夫かなと固くなっていたら聖女さんが耳打ちしてくれた。

 

「駐屯兵団のレイト隊長です。大丈夫、もう皆さんに説明しましたから、みんな貴方の味方ですよ」

 

 おおー、よく分からないけど俺は許されたらしい!

 村を襲った犯罪者も「説明」するだけで無罪にできるとは聖女さんの威光をさすがと言わざるを得ない。

 だけどそれは司法の存在意義を揺るがすあり得ない行為だ。悔しいのか、隊長さんは苦々しく俺の事を見ていた。

 いや、ごめん……。協力はするから許して欲しい。

 

 俺が提供できる情報なんか森のおおよその構造と、洞窟の場所程度に限られている。

 洞窟は林道から少し離れているので目印となるものを教える。あと、最近ヤトが森を黒く塗り出したのでそれも教えておく。

 

「黒い森……? まさか【死誘う黒き森】か? また、不吉なモノを作ったものだ」

「神代の激動期で登場する霊地ですね。近づく者の命を吸い尽くしてしまうとか……教団がどこまで再現できたか分かりませんが、不用意に近づくのは危険でしょう。援軍を待ちますか?」

「そうだな。だが既に少女の脱走は教団にもバレているだろう。時間の勝負でもある。安全を取れば、捜査の成果は無くなるだろうな……」

 

 俺の話せることはそれ位が全て。

 二人でなんだか難しい話を始めたから、俺は手持無沙汰になって足をプラプラさせる。

 ファンタジーRPGに出て来そうな兵士の詰め所も興味深くてキョロキョロと見回す。数人の兵士が俺達を見ている事に気が付いた。

 

「なあ……よく見ればやっぱり可愛いよな。あの子」

「ああ。15番だってよ……悪い奴じゃなくて被害者だったらしい。こっちに危害を加える気も無いし、優しい子だぞ」

 

 柱の陰で兵士さんたちがざわざわ騒いでるが、残念ながら昼間の俺では遠くて聞き取れなかった。

 その集団から誰か一人が抜け出た。

 あれは門番さんだろうか?

 手に何か袋を持って、こっちにゆっくり歩いてくる。

 

「久しぶりだな……朝飯は食べたかい?」

 

 ふるふると首を振る。

 朝ごはんはこの後食べに行くと聖女さんが言ってた。

 

「そうか、なら食べるか?」

 

 門番さんが焼き菓子っぽい物を俺の鼻先に差し出してきた。

 甘くて美味しそうな匂いを感じてくぅとお腹が鳴る。受け取ろうと手を伸ばすと、お菓子はひっこめられた。

 

「……食うか?」

「くう」

 

 両手を伸ばす。逃げられる。

 またお菓子を突き出された。甘い匂い。

 

 ……なんだろう、これは。

 門番さんを見上げる。

 

「食べないのか?」

 

 ……。

 

「おお、食べた……! 食べたぞ!」

「凄いなあの門番(ばか)。隊長が凄い目で睨んでるぞ……気付け!」

 

 お菓子を口で迎えに行ったら食べさせて貰えた。

 ほんのり甘い。おいしい。

 

「それは魔法菓子という。製作者が味を籠めて一個一個手作りするから、世界に同じものが二個と無いものになる」

「そう……おいしい」

「もう一個食うか? これも少し違った味だぞ」

「くう」

 

 手を伸ばす。逃げられる。

 ……。

 

「おお、食べた! また食べた! 凄いなあいつ、女の子を餌付けしてるぞ」

「あれ魔法菓子かよ! そりゃお前、金掛けすぎだろ。……てか一口ちっちゃいな!」

「うっわ隊長、いよいよ怒りを超えて笑み浮かべてら。すっげー顔」

 

 門番さんは穏やかな表情でお菓子を食べる俺を見ていた。

 なぜ男の手で食べさせられなきゃいけないのか分からんが……美味しそうで我慢できなかった。

 

 なにせこの世界に来てから初めての嗜好品。

 生きるためではない、楽しむための食はとても優しい味だった。

 

 ―― ……おいし ――

 

 夜の化身も気に入ってる様子。なら、いいか。

 

 

 

 

 

 

 村の通りを聖女さん、隊長さんと共に3人で歩く。

 すれ違う村人はこれから農作業なのだろうか、荷物を持って村の外へ向かう人が多くいた。

 

「おなかいっぱい……」

「もう、あんなに沢山お菓子食べるからですよ。朝ごはんは抜きですね」

 

 健康に悪いよと聖女さんは苦笑い。

 いや、まさか焼き菓子3個で満腹になるとは思わなかった。

 この体になってから食が細くなったのは知っていたが、お菓子でもこの程度しか受け入れられないとは……。

 

「さて、じゃあ今日はどうしましょうか。昼からゆっくりできるの初めてだから村を案内してもいいし、一緒に遊んでもいいしなぁ……あ、そうだ! 黒髪ちゃんの名前考えませんか?」

「ん? 森の調査は……また明日?」

「ああ、結局それは危険過ぎるという事で援軍待ちになりました。まずは貴方の安全を最優先、ということですね」

 

 村の広場に到着。遊具の無いだだっ広い公園といった所を数人の子供たちが走り回っている。

 その波を避けながら木陰に聖女さんは腰を下ろしてちょいちょいと手招きした。

 聖女さんの隣に座ろうとして、土で汚れますよと膝の上に移動させられる。

 

「あ、ありがと」

「うーん……軽い。食べる量も少ないみたいだし、黒髪ちゃんもっと太った方がいいですね。お昼はどうしよっか」

 

 聖女さん意外と力持ち。俺の脇に手を入れて楽々と持ち上げられた。

 まあ本当に俺が軽いという事もあるんだけど……。

 

「名前を考えるのか。なら、俺もいいかい? なに口は出さん」

「あ、隊長さんもこの子の名前気になるんですか。黒髪ちゃん、大丈夫?」

 

 どうやら隊長さんも同席したいらしかった。

 まあ襲わないなら別にいいけど。そういう意味で頷いたら、隊長は聖女さんのすぐ隣に腰かけた。

 

 ……え、そこ座る? 普通もうちょっと遠慮して距離取らない?

 木を背もたれにしてすぐ近くで座る聖女さんと隊長さん、そして膝の上にいる俺。

 

 え? なに……なんだこれ、子持ちの夫婦?

 なんとなくそんな家族っぽい絵面が出来上がった。

 

「家族」

「え……?」

「私達、家族みたい」

「 ……ふふ、そうですね。はい。私と黒髪ちゃんはもう家族ですよ」

 

 嬉しそうな声で聖女さんは言った。

 

「私はお姉さんかな。それともお母さん? なら、こっちのレイトさんは……お父さん?」

「冗談を」

 

 隊長さんはそれを戯言と一顧だにせず切って捨てた。だから彼は気付けなかった。

 クスクスと笑う聖女さんの、嬉しさと感動が合わさって瞳を潤ませた表情。そして彼女の声が本当に僅かだが震えていた事を彼は見過ごした。

 

(聖女さん、嬉しいのかな……? もし、そうなら俺も嬉しい)

 

 ちょうど膝の上にいる俺の頬が触りやすい位置なのだろう。聖女さんは後ろからムニムニと俺の頬っぺたを弄っている。

 それがまるで彼女の照れ隠しのようで余計に愛おしく感じる。

 ならば、これ以上の言葉は不要。俺は背中に感じる体温に身を預けて全身の力を抜いた。木漏れ日が俺たちを照らす。

 

「でもレイトさんだっていい年でしょう? そろそろ、身を固めた方がいいのでは」

「生憎、国と結婚してるのでな」

「あらら。どうしましょう黒髪ちゃん、私フラれちゃいました」

 

 聖女さんはこのやり取りを途中から分かりやすく冗談ぶって言っていた。まるで何かを誤魔化すように本心が全く籠っていないのが丸わかりだったが……それでも隊長さん凄いな。そんな事言われたら、たとえ冗談と分かってても俺はドキドキしちゃう。

 

「隊長は……」

 

 もしかしてホモの人ですか? ……いや、言うのは止めよう。

 怪しい人にそれと聞くのは野暮なモノ。もし頷かれても怖いし……。

 隊長はそんな俺の様子を見て、何を思ったのか頭をポンポンと叩いてきた。

 

「……そうだな。そうかもしれないな」

 

 え、なにが? ホモ?

 

「ふふ、良かったですね。隊長さんも家族になりたいそうですよ。私はその、ごめんなさい……隊長さんとは良いお友達で」

「知っていた。だから言いたくなかった」

 

 ぶすっとした表情を浮かべるおっさん。

 前の世界では見た事ない、命を掛けた戦士という渋さが有って意外とカッコいい。

 そしてみんなで笑い合った。……俺は表情変わらないけど。

 

 

 

「それじゃあ、三人で黒髪ちゃんの名前考えましょっか! はい! 私は『アウラ』ちゃんがいいと思いました!」

 

 彼女は一番に名乗りを上げて俺の名前を発表した。

 アウラ……なんでも、昔から王都で有り触れている女の子の名前らしい。意味はそよ風とか輝きとかそんな感じ。

 

「流行りに乗って名付けるのはどうかと思うんですけど、『普通』というのも大切です。黒髪ちゃんにはこれから当たり前に生きて、普通に成長してほしい。そんな想いを名前に籠めました」

 

 どうですか? と緊張と期待を含んだ声で俺の評価を待つ聖女さん。

 なんだろう……すごい、恥ずかしい。

 自分の名前を自分で考えるのって、こんなに悶えるのか。それに……。

 

「女の子っぽい……恥ずかしい」

「何を言ってるんだお前は」

 

 考えてもみろ。

 俺が「おっす、私アウラよろしくね!」なんて自己紹介してみろ、元気っ娘かよ。俺には似合わないって。

 

「じゃあじゃあ……えーっと、アイシャはどうですか? さっきより落ち着いた名前でしょう?」

 

 他にもケイティとか、セオドーラとか聖女さんは色々な案を上げてくれた。しかもその全てに名前の由来とか、俺のことを思って考えてくれた理由があった。

 そんな名前発表会を俺達はひたすら聞いていく。

 10個ぐらい聞いたところで聖女さんはガクリと力尽きた。

 

「むむむ……全部黒髪ちゃんの琴線に触れられなかった。隊長さんは何か案ないんですか!?」

「俺か? そうだな……たしか、去年村で一番付けられた名前はリーフデだったし、それでいいんじゃないか」

「なげやりに感じます。0点」

「ディアナさんも最初の候補そんな理由だったよな!?」

 

 中々名前が決まらない。なんだろう……ピンとこないのだ。

 業を煮やしたのか、俺の影からヤトが腕を伸ばした。日の光に削られながら何かを地面に書いていく。

 ミミズがのたくった様な文字。神殿でよく見るやつだ。

 

「……読めん。ディアナさんこれは?」

「あー、これは誰にも読めませんよ。古代神字ですね。ほぼ解読されてないモノですし、辛うじて意味を推察できるぐらいです」

「そうなの? 夜人が好んで使う奴だよ」

「ええ……夜人さんってほんとに神話生物みたい……。神字の意味を推察できるのは聖教会では枢機卿達か教皇様、あるいは聖女様ぐらいですよ」

 

 お、聖女様なら読めるの? じゃあディアナさん読めるやん。

 ……冗談である。

 

「えっと……たぶんヤトさんが書いたのは夜の神の事でしょうか。古代神字の読み方や音は分かりませんから、この文字列で表記される部分を私達は【夜の神】を意味する物として扱っています」

「読めるやん」

「あはは、基本的な部分だけですよ」

 

 ヤトの腕が嬉しそうにコレコレとアピール。

 そして時間切れで日に焼かれて消えて行った。黒い靄が風に吹かれて散っていく。

 

「これ、だって」

「いやぁ……読めないです」

「うん。なんて発音するんだろうね、これ」

 

 名前は結局、最後まで決まらなかった。

 聖女さんは明日にはまた10個考えてくると張り切っているが……たぶんそれでも決まらないだろう。

 とりあえず、今日はこのままみんなでお昼までのんびりすることになった。

 ポカポカ陽気に眠くなる……。

 

 

 

 

 

 私が目を覚ました時、すでに太陽は昇っていた。

 ヤト様が村近くまで運んでくれていたようで、ここは森と平原の境界線だ。森を抜ければすぐに村に着く。

 

 昨夜、私はヤト様を通して啓示を受けた。

 あの神殿を作ったのは忌むべき暗翳(あんえい)――いまは夜人と名乗っているらしい――の皆様だった。

 そして神殿の所有者であり彼らの主でもある存在は今、イルナ村にいると伝えられた。

 

 私に命じられたことはその主様の護衛。

 だがその命令の多くが虫食い状態だった。主の名前や外見、経歴は何もわからず、ただ「主を今夜まで護れ」という命令だけが私の脳に刻まれていた。

 

 情報が足りず、さっぱり状況が理解できない。

 主を誰から守るのか、どう守るのか? 私はどうするべきか分からなかった。ゆえにまず情報を得る事にした。

 

「……そうか、そうだったのですか」

 

 森の巡回に出ていた兵士を森で捕らえて利用させてもらった。

 情報さえ貰えればもう用はない。ドサリと投げ捨てると、開かれた頭部から中身が漏れ出し地面に染み込んでいく。

 

 兵士が持つ記憶は私に全てを教えてくれた。

 新たに手に入った情報はヤト様の主人、実験体15番――ジュウゴ様なる存在の情報だ。

 

 ジュウゴ様は黒燐教団の何者かによって作り出された実験体であり、夜の神の奉仕種族たる夜人を召喚する能力を手に入れた成功品。

 そういう意味では、あの神殿の主は私の信じる神では無かった。

 少しだけ残念なことだが問題はない。闇に連なる系譜にとってジュウゴ様は変わらず信仰対象足りえる存在だ。

 

 だが、あろうことかその製作者は愚か過ぎた。

 

 ジュウゴ様を信仰対象として見なかったのだろう。実験体15番であったジュウゴ様のことをずっと不当に扱っていたのだろう。

 故に彼女は教団から逃げだした……と予想される。

 

「愚かな……彼女こそ、次期教祖に相応しい御方。いや神の再臨、あるいは使徒と言っても過言ではない」

 

 実験開始当初ならばそれも仕方ないが、力を得た後のジュウゴ様の待遇改善すらその者は怠った。

 彼女は夜の神そのものではない。だが、それに限りなく近しい者と言い切れる。

 不死者たるヤト様が従っている事といい、あの神殿といい、まず間違いなく彼女は人の枠を超えた超越者だ。

 

「認めねばならぬ事はあるのです。研究者でありたいならば、たとえ自分の功績を捨て去ることになろうとも、事実を事実と受け入れる度量は必要なのですよ」

 

 中途半端な研究者というのは得てしてプライドの塊だ。

 彼女を神と認めなかったのはお前を作ったのは俺なんだという製作者としての矜持だろうか?

 かつての立場に固執し、彼女の方が上位者になった事実を認識できなかった。……情けない。

 

「認めましょう。貴方は私の遥か上を行く智者だったのでしょう。神の再臨を起こしたのは褒めましょう。ですが……貴方は所詮俗物だった」

 

 彼女を生み出した目的は、その力を利用する事だったのか?

 ――興味無い。

 

「貴様のせいで……」

 

 それとも神の存在を研究したかったのか?

 ――不敬である。

 

「貴様のせいで……! いま、ジュウゴ様が危険に晒されている!!」

 

 教団から逃げだした彼女は、しかし逃げた先で聖教会に囚われた。

 

 昨夜の啓示と共に私は一つの感情を受け取っていた。

 ヤト様は聖女を名乗る聖職者に主を奪われたと認識していた。それを悔し気に感じていたが取り戻せない切なさと寂しさも感じていた。

 

「ヤト様のお気持ちは確かに受け取った。夜人様だけでは囚われたジュウゴ様を奪還できなかったのでしょう。なにせ、村にはエクリプスがいる」

 

 ディアナ・フォンセ・エクリプス司祭。

 弱冠19歳にして司教への昇進まで内定している、教会の期待を一身に背負う次世代のホープだ。

 しかも私が知る限り、彼女は恩師から天日聖具を与えられている。

 与えられた聖具の名はたしか――

 

「聖具【ミトラス】……常に自分と味方の周囲に太陽同等の破邪を纏わせ、無限の魔力を供給するという攻防に優れた最優神器」

 

 いわばアレは太陽神エリシアの力の一端を身に宿すような物だ。なるほど、夜人様では近づくだけで存在を許されないのだから太刀打ちできないはずだ。

 つまり昨夜の指令――ジュウゴ様を護れとは、彼女から守れという意味だったのだ!

 

「聖教会……絶対に闇を認めない頑固者のお遊戯会。ほんのわずかに闇を研究するだけで、拷問にかけ、嘘の自白を引き出し、処刑するゴミ共の集まり。闇に関わった者を全て葬り去る壮絶な殺戮集団。いやはや、私はこの日の為に生きてきたというやつでしょうか」

 

 村の中には確かに、うっすらと闇の気配を感じる。これがジュウゴ様だろう。

 そしてそれを抱きしめている光の気配……エクリプスだ。

 

「っ忌々しい! それは拷問ですか、エクリプスッ!」

 

 神話ではかの神――夜の神でさえ太陽の光に身を焼いたという。

 ならば闇の存在を日の下に連れ出して、あまつさえ聖具の光に曝す行為は甚振っているという他ない。

 ジュウゴ様の闇の気配はそれはもう弱弱しいもので、まるで力を感じなかった。あれでは恐らく力は一切発揮できないだろう。……拷問のせいか!

 

「時間がない……! 夜人様にも、ジュウゴ様にも。そして私にも!」

 

 状況を確認すればするほど、最悪が近い事を知る。

 私に許された時間は今日の日暮れまで。理由は分からないがヤト様がそう言うのだから、今日の夜に何かあるのだろう。

 

 考えられるとすれば、捕らえた闇の存在であるジュウゴ様を聖都に移送する事。

 あの無知蒙昧な宗教家どもは大衆へのアピールに余念がない。闇の存在を捕らえたならば聖都で公開処刑に処する可能性が一番考えられた。

 

 その実行日が今日の夕方なのだろう。だから部外者であった私に助けを求めた! 南都アルマージュで魔具を奪うという手段で私を呼び出したのだ!

 

「ならば……私も全身全霊を以て事に当たる。それが神に示す誠意となる」

 

 ……守護(まも)らねばならぬ。

 たとえ日中という最悪の状況下でも、相手がジュウゴ様を聖都へ移送する前に行くしかない。今しかないのだ。

 状況は分かった。使命も理解した。ならば後は神告に殉ずるのみ。

 

「この命に代えて、私はジュウゴ様をお救いせねばなりません。それが私の産まれた意味だった」

 

 意を決して村に入り込んでいく。肩で風を切り堂々と日光に身をさらす。

 私は見るからに怪しい風貌だ。ましてや日中の今、太陽光に焼かれて体中から黒い瘴気を発している事だろう。……それは怪しい。自覚はある。

 

 誰かが悲鳴を上げて兵士共がワラワラ集まってきたが、そんな雑兵に興味は無い。

 往く手を遮る兵士を押しのけ、攻撃に晒されても無視して村を堂々と縦断する。

 

 たどり着いた村の広場でジュウゴ様を拷問していたエクリプスの前に立つ。

 のうのうとした表情で闇の者(ジュウゴ様)に莫大な光の波動を流し込む最低最悪の加虐性愛者が。

 奴の顔を見るだけではらわたが煮えくり返る。

 

「みなさん初めまして。黒燐教団評議会の一人【純潔】と申します。今日は神の使徒たるジュウゴ様をお迎えに参りました。これから死ぬ皆様にもぜひ、お見知り置きを……!」

 

 嫌味を籠めて慇懃に挨拶を送る。

 

 さあ、始めましょう。

 夜の導き手を再び我等の下に――!

 

 




聖女「ぎゅー」
黒髪「やわらかい、あったか……ねむ……」 ← 凄惨な拷問!



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