あれから一週間以上たった朗らかな昼下がり。重吾はまだ村に居た。
ディアナと共に村の広場で座っていた。
「じゃあ、じゃあ! これなんてどうです!? 3世代前の聖女様の名前! たぶん黒髪ちゃんに似合うと思うんです!」
「……うーん、女の子っぽい」
「えぇえええ!!」
ディアナが重吾の名前を提案し、重吾はピンとこないとお断り。
「……! …!」
「だからそれは読めない。ダメ」
ヤトが影から【夜の神】の名を猛プッシュ。
またバッサリ切り捨てられる。
「ごめんなさい、私達もその文字を読めたらいいんだけど……」
「こらヤト。暴れない」
落ち込んだ黒い腕を慰める様にディアナが撫でるが、ヤトは触るなと手を振って抗議した。
どうやらヤトは最近ディアナをライバル視している様子だ。しかし、すぐに日光に焼かれて消えていく。
「でも、よかった……。またこうやって貴方とのんびりできますね」
「……ん。私も、聖女さんの腕の中に慣れてきた」
戦闘で崩壊した広場や家屋はいつの間にか復旧していた。
前日まで確かにボロボロだったのに、朝、目覚めた時には直っていたのだ。なぜ一夜にして直ってるのか、誰が直したかは誰も分からなかった。
ディアナや村人は不気味がったが、それ以外に何かが起きたという訳でもない。
だが、ここ最近は不思議な事ばかりが起こっている事もあってすぐに気にされなくなった。
重吾はディアナの腕の中で木にもたれ掛る。
その時、遠くから多くの足音と掛け声が聞こえてきた。
「おらぁ! 走れ走れ! 不甲斐ないぞ、お前たち!」
広場の中を何十人もの兵士がフル装備で走り抜けていく。最後尾でレイト隊長が怒声を飛ばしながら追いかけていた。
「特にお前だ! 肝心な戦いの時に、森で敵にやられて寝こけていただと!? 一日の不始末は十日の鍛錬で返せ! あと10周!」
「はいっ! 申し訳ありません!」
「いい返事だ! ……そこ! お前は何をしている! 余裕があるな! 貴様も後10週!」
「痛ってええ!! はーい!」
重吾に気づいた門番のオーエンが手を振って隊長に蹴り飛ばされていた。よくやるなぁと重吾は欠伸しながら兵士を見送った。
「でもあの戦いで犠牲者がだれも出なくてよかったです。黒髪ちゃんのおかげですね」
「うん。私の『力』のおかげ」
幸い、シオンの襲撃で怪我人こそ出たものの死者はゼロだった。
黒燐教団の復活を聞いて急行して来た騎士修道会がシオンを聖都に移送して行ったから、襲撃犯も既にいない。
激戦を終えて大きな被害がなく、日常を取り戻せたのはまるで神の奇跡だと村人は噂しているが、あながち間違っていないんだろうなぁと重吾は思っていた。
(なあ夜の化身……いや【夜の神】。お前が何かしたんだろう?)
村の広場が直ったのはなんでだ。夢で言っていた「森で兵士が死んだ」とは一体何だったのだ。
重吾には訳が分からない事ばかりだが、ぜんぶ寂しがり屋の神様が関わっていると確信していた。
返事はない。
あの時の夢で会ったっきり、再び黙り込んでしまった夜の神に重吾は仕方が無い奴だと笑みを零す。
「うん? どうしたの? 黒髪ちゃん」
「んーん……なんでもない」
ディアナの手をつかんで重吾は自分の頭に乗せた。さあ撫でろという無言のアピールにディアナは笑いながら黒髪を梳いて応える。
動作を通して感じる絆や親愛を一身に受けながら、重吾は気持ちよくて目を細めた。
(感じるかな。これが人の暖かさだ。……なあ夜の神、俺は約束を守れたかな?)
この世界に来てもう半月。
重吾は新しい生活に馴染み始めていた。
村はいい所だ。
夜人は面白い人たちだ。
兵士さん達は気さくで、隊長はしかめっ面が怖い厳格な男だ。
そして聖女さんは優しくて暖かくて――大好きだ。
空を見上げる。
あの戦いの後から続く、澄み渡る晴天が綺麗な大空。
「いい心地ですね。じゃあ、今日はこのままお昼寝しましょうか!」
「うん。このまま……一緒に」
まるで祝福するように肌を撫ぜる風が周囲を包み込む。
太陽は今日も明るく二人を照らしていた。
- end -
▼
黒い部屋。円卓が置かれている。
一つの空席を残して、6人の男女が腰かけている。
老人、青年そして少女など老若男女様々な人たちだった。
「なあ、【純潔】の奴が捕まったんだって?」
「え、そうなの?」
「ああ、先週な。評議会の一員として情けない……と言いたいが、まあ仕方あるまい。相手はエクリプス司祭だ」
ざわと、どよめきが沸いた。
それはエクリプスが戦ったという事と、黒燐教団の存在が表に出てしまった事への動揺。
誰も純潔の安否を憂いていなかった。
「ほぉ……未来の枢機卿か。それならば【忍耐】や【勤勉】も危ないかもしれんな」
「あぁ? ふざけないで貰いたいもんだ。教皇が相手だろうと、俺が負けるものか。これは純潔が弱かったから――」
その時、部屋の扉が静かに開かれた。
「誰が弱かった、ですか?」
カツカツと踵を鳴らして入室する一つの影。
特徴的な仮面とロングコート。【純潔】と名乗るアルシナシオンだ。
「おや? お前さん、騎士団によって移送されていた筈では……? それにもう処刑時刻のはず」
「なに逃げる程度、大したことはないものですよ。それより本日は大切なお話を持ってまいりました」
「へえ……話と来たか。なんだ期待できそうだな。黒燐教団の存在を明るみに出した事への謝罪か? それともエクリプス司祭の力についてか? はたまたお前の新しい研究結果――」
全員の注目が集まる中、シオンは相手の言葉を遮って――
「愛です」
――そう断言した。
部屋中の人たちが静まり返る。
あい……。何だろうか、何かの隠語か、はたまたキーワード?
「愛! それは世界を包む優しさ! 私達は間違っていた! 歴史の解明、闇の研究おおいに結構! ですが、そこには確固たる愛が必要だったのです!」
シオンは大げさな喜劇役者のように大仰に全身を動かして、ようやく気付けた真理を語る。
周囲の同僚がポカンと呆けた。
「貴方ならわかるでしょう【感謝】。日ごろから全てに感謝している貴方なら理解できるはずだ。この世は愛によって支えられている!」
「え? ごめん……ちょっと……え?」
「ならば今日から意識すればよい! 生きとし生けるもの全てに贈る、
なんという悲劇! 私達は全て間違っていた!
そう叫ぶシオンを除く6人の評議員の心が一つになった。
――――お前、頭おかしいんじゃねぇの……?
これにて拙作は完結となります。
キャラメイクの秘密とか、太陽神と夜の神の秘密とか、神話とか教団とか聖教会とか、いろんな伏線をまき散らしたままな部分は有りますがまあいいでしょう。自由に妄想できる範囲という事でいきましょう。
恐らく、黒髪ちゃんと聖女さんはこのままのんびりとくらして行くことになります。
重吾が反省を生かし夜人をしっかり活用しはじめたら、普通の人間では抵抗不能なので山も谷も(あんまり)無く穏やかな生活を過ごせることでしょう。
あ、完結と言いましたが、第二部書けそうなら書くかもです。昔から書くの好きなので。
でもストーリー全然考えてないのでしばらくはお休み。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
多くの誤字報告、ご感想大変感謝です! ではまた!