コミュ障TS転生少女の千夜物語   作:テチス

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動き出す前哨戦

 

 漆黒の闇に染まった(あかり)なき神殿で俺は宣言する。

 

「……そろそろ、動き出す」

 

 ここは神殿第2層。

 夜人の居住区に設置された巨大な大広間だ。

 俺の眼前には、神殿に待機する500の夜人がそろい踏み。その数と異様に圧巻される。

 

 ヤト達と会話した後、俺は再び神殿に戻ってきていた。

 これからする事は俺の決意表明だ。

 

「この世界は危険極まりない。何時なにが起こっても不思議じゃないからこそ、安全を確保する必要が有る」

 

 このまま聖女さんとのんびり村で生活するのはとても魅力的だ。

 

 だが手をこまねいていたら、状況が最悪な所まで追い込まれていました、なんてこともありうるだろう。

 

 聖教の態度が分からない。

 闇の立場が不明瞭で、先ほどの日食による影響も大きい。

 

 分からないことだらけの中、俺は安全を得るためには勝ち取るしかないと思ってる。

 

 結局、さっきの対談は情報の確認程度で終わり、今後の事はぜんぜん相談できなかった。

 いくら会話できると言っても制限時間が短すぎて結局、意思疎通が上手くいかない。やっぱり不便だ。

 

「とりあえず、お願いの改定をする」

 

 まずは、夜人に命令(おねがい)をしておく。

 仮面男との戦闘では、俺の命令が交錯して夜人が機能不全に陥ってしまったからその修正。

 

 最優先事項は『俺と聖女さんの命および身体的、精神的問わない自由の確保』。

 

 気を付けなければいけないのは、コイツ等意外と倫理観ガバガバな所があることだ。

 すぐ武力に訴えようとするし、さっきの日食すら悪いと思ってない。

 

 変化したヤト達の言動を見て理解したが、夜人達は隠れるとか、策を弄するとか知らない。

 来る者は拒まず全て殺すというスタンスだ。……いや、こわいわ。

 

 ちなみにそんな会敵即必殺たる夜人の中で異端なのが子犬の銀鉤(ぎんこう)だった。

 彼は器用だから補助技とか、小技とかが好きで直接戦闘は嫌いらしい。

 でもそのせいで、みんなに腹黒とか、陰湿とか呼ばれると銀鉤が嘆いてた。

 

 まあそれはともかく、つまり……なんだ。

 

 基本的に夜人は「秩序」という言葉を知らない。

 もしかしたら俺が歩くだけで夜人の采配により、護衛という名目の大量虐殺が起きないとは限らない。

 

 だから加えて命ずる。

 

「次点の優勢事項は『人命の保全』とする。なお最優先事項と競合しない限り、これは保持される。つまり私達の安全が保証されるならば、相手を殺す必要はない」

 

 夜人は決して馬鹿ではない。

 恐らく俺の言いたい事は伝わっているだろう。

 

 ここに集まった500人の夜人は周囲の同僚と確かめるように頷き合った。

 

「この危険か否かの判断は護衛たる夜人の判断に一任される。ただし私が転倒しそうになったとか、ちょっとすれ違いざまに人と肩がぶつかった程度なら護衛の必要は無い。当然、報復も不要」

 

 これぐらい念を押しておけば、夜人も暴走しないだろう。

 他にも村人達の護衛継続、人間にはできる限り危害を加えないという事を確認する。

 

 そんな前提条件を設けたら本題に入る。

 

「……それでは、これからの行動指針について。まずこの神殿」

 

 深淵の森の最奥、黒き森に囲まれた三層作りの大神殿。

 

 これをもっと強固に。

 より頑強で、より堅牢な要塞にする必要が有る。

 

「ここは住居であり、要塞でもある場所とする。最低目標はこの施設だけで完結したもの。自給自足が行えて籠城戦すら可能とする、持続的かつ循環可能な……ん、なにか?」

 

 一人の夜人が挙手した。

 頭に青いリボンを巻いた夜人――この神殿の管理者たる銀鉤(ぎんこう)だ。

 変化後は小さな子犬姿だったはずだが、今は時間切れでちょっと小柄な夜人の姿に戻っている。

 

 彼は数か所、どこかを指さして俺の許しを求めていた。

 

「??」

「……??」

 

 互いに首をかしげる。

 

「……許可する」

「!」

 

 よく分かんないけど、要塞化に必要ならやってしまえ!

 

 わざわざ変身してもらって説明を受けても、魔法知識の無い俺じゃ判断できない可能性が高い。

 それなら口出しせず専門家に任せるのだ。

 

 了承された銀鉤は嬉しそうにぴょんぴょんしていた。頭のリボンが大きく揺れる。

 ただし村に迷惑をかけない事、この施設の存在は可能な限り隠蔽することを約束してもらう。

 

「では次。防衛拠点があれば安全は十分? そんな事はない」

 

 戦いとは守っていれば勝てるものではない。

 戦争とは相手が折れなければ終わらない。

 

 ……攻撃手段も必要だ。

 使わないに越したことはないが、用意していると、いないでは取れる手段には雲泥の差が出る。

 いざという時に備えがありませんなんて訳にはいかない。不要な今だからこそ準備して意味がある。

 

 そう言ったら、今度は赤夜人の佳宵(かしょう)が手を挙げた。

 

「なに?」

「? ……??」

 

 そして再び始まる意味不明なジェスチャーゲーム。

 身振り手振り、何かを主張する赤夜人。

 

 さっぱり理解できない。

 が――

 

「……許可する!」

「!」

 

 必要ならやってしまえ! 佳宵!

 ただし無用な攻撃は勘弁な!

 

 佳宵は俺の支持を得られたのが嬉しいのか、ヤトに向かって一本指を振った。

 

 それに対抗心を燃やしたヤトが騒ぎ出す。

 俺にも俺にもと、何か仕事をせがんでいるようだ。

 

 いや、もう別に仕事無いけど……。

 

 しかしふと思い出す。

 彼らがイヤイヤながら変化を見せてくれたのは、俺が付き人を変えると言ったからだ。

 ……ならヤトの仕事は決まってる。

 

「護衛やってて。ヤトはずっと私の横でいい」

「!!」

 

 ヤトは感極まったように片膝をついて礼を正した。

 

 その瞬間、静まり返った会場が沸いた。

 おおーと拍手を送る者や歓声を送る者で溢れ、ビリビリと会場の空気が震える。

 

(そ、そんな大仕事なの……?)

 

 思ったよりも凄い反応に困惑する。

 

 しかし中には凄いブーイングをヤトに飛ばす者もいた。というか佳宵だった。

 ピョンピョン跳ねて俺にやらせてと自己アピールが凄い奴もいる。というか銀鉤だった。

 

 ……なんやお前ら。

 二人にはもう仕事任せたでしょ。

 

「賽は投げられている。村の一画が消滅する程の大規模戦闘、村の注目は集まった」

 

 思い出すのは仮面男の力。

 いくら危ないこの世界でも、村の広場を溶かす程の凄まじい戦闘痕は有り触れた物ではないだろう……と思った所で疑問が生じる。

 

(いや、まてよ……でも確か、ヤトが言ってた。あの仮面男はそこらにいた、『ただの歴史好きな変態』だったって……)

 

 つまりあの時は、そこらを歩いてたおっさんを俺の迎えに連れて来ただけ。

 なのに結果は村の半壊だ。

 

 ……どうやら、この世界ではあの規模の戦いが普通らしい。

 

(ひぇ!? やっぱりもっと防衛力が必要じゃん!?)

 

 ただのおっさんでアレなのだ。

 もし相手が軍隊だったら一体どうなってしまうのか。

 この森諸共、全部吹き飛ばされるかもしれない!

 

(それに、さっきの日食の件もある。これから絶対いろいろ起きるでしょ!)

 

 夜人達にもっと力を蓄える様に指示。

 銀鉤や佳宵にも全力で事に当たって貰う。

 

「世界情勢、エリシア聖教および各国の動き、周辺都市の反応……! 情報収集も急務。必要事項は多い!」

 

 聖女さんは優しいから何も言わないが、この太陽信仰の世界で(おれ)を匿うという意味は分かってるはずだ。

 下手すれば裏切りと取られて、彼女は聖教を追われるだろう。

 傷つく可能性だって高い。命を狙われることも考えられる。

 

 なのに、その上で彼女は黙って俺を受け入れてくれた。

 

 ……なら俺はやってやる。

 

「自分は護る。でも聖女さんも護る。ならば各自、"その時"に備えて行動すること……以上!」

「――ォオオ!!」

 

 既に俺たちの存在はバレているか、バレる寸前。

 だったらリスクを背負ってでも思い切って行動する。

 

 相手はこの危険な世界(ダークファンタジー)

 守りたいものを護れるだけの力と情報を得るために、さあ水面下の前哨戦を始めよう……!

 

 

 

 

 

 

 と、動き出す覚悟を決めた俺だったのだが……そのためには、大きな問題が存在した。

 この難題どうにかしない限り、俺は一切動くことができないのだ。

 

 俺を雁字搦めに捕らえて動きを封じるもの。

 

 それは――

 

「ぎゅー。ヨルちゃん、ぎゅー!」

「うぬぬ……!」

 

 ――それは聖女さんだった。

 

 聖女さんは日が暮れてから帰ってきた俺を捕まえて家に引きずり込んだ。

 どうも魔法の授業中にいきなり消えた事をかなり心配していたらしい。

 

 ましてやその後に突然起きた日食だ。

 聖女さんや兵士たちも不安を募らせ、わざわざ森まで捜索に出たらしい。

 

 そして、今。

 その反動か、彼女は俺を抱きしめたまま寝台で横になっていた。

 もう離さないと言わんばかりに抱え込まれて身動きが取れない状態だ。

 

 体格差でという理由もあるが、もう一つの理由で動けない。

 

「あ、当たってる……! 聖女さん、当たってる!」

「え? あ、ごめんね、痛かった? 外すね」

「ち、違う。それも当たってたけど、そっちじゃない……!」

 

 聖女さんは何を勘違いしたのか、胸元に下げているロザリオを枕元に投げ捨てた。

 ロザリオが悲しそうに明滅した。

 

 てか、あのロザリオ、昨日までと比べると凄く光が弱い。

 まるでなにか弱っているような印象があるが……?

 

「あ、これ? まあ、ちょっとね……うん! ヨルちゃんは体温あったかいし、柔らかいから抱き心地がいいね!」

「そ、そう」

「……魔力ながしていい?」

「ダメ!」

 

 俺は決してやましい想いを抱いていない。

 自分から触りに行ったことなど一度もない。

 

 いまだって出来るだけ聖女さんの一部を意識しないように背を向けている。

 なのに彼女から抱き着いてくるのだ。

 

(また当たってる……! なんだろ、当ててんのよって言いたいのかな!?)

 

 しかも相手はうら若き19歳の少女。

 【凍った人格】という表情固定機能がなかったら、俺は顔から首まで真っ赤になっていことだろう。

 こんな体勢でもし身じろぎして、もしアレにぶつかってみろ。気を失うかもしれない。

 

 意識をそらす為に聖女さんに問いかける。

 

「そういえば……近くの大きな街って、なんていう名前だっけ?」

「え? うーん、南都アルマージュの事ですか?」

「そう。そこ行ってみたい」

 

「……うん、いいですよ。じゃあ今度一緒に行ってみますか? ヨルちゃん、兵士さんに貰うお菓子好きだしね。あれ、南都で売ってるんですよ。私も買いだめしちゃうね!」

 

 聖女さんの思ったよりいい反応に期待する。

 

「じゃあ、いつ行く? 明日……明後日?」

「うーん……再来週辺りでいいですか?」

「え、遠い……」

 

 それじゃあ、俺の目的が果たせない。

 南都に行きたいと言った理由は二つある。

 

 まずこの世界における都市圏の生活水準を知りたかったこと。

 可能ならこの世界固有の戦闘技術、戦略魔法を調べたい。これでおおよその技術レベルが予測できるだろう。

 

 次に村のことについて何か噂が広まってないか確かめる事。

 

 あの仮面の男との戦闘が起きて、何か情報が伝わってるかもしれない。

 それに日食の件もある。あれが事件になってないはずがない。

 

 交通機関が未発達なこの世界で何かが大規模に動くなら、絶対に兆候が見られる。それが起きて無いか知りたかったのだ。

 

 でも……。

 

「再来週……再来週かぁ。そんな先?」

「う……ごめんね。いまちょっと忙しくって……。書類業務の報告書とか、あ、いや。ヨルちゃんに言う事じゃないかな」

 

 どうやら、聖女さんは仕事をため込んでいたらしい。

 理由は……まあ俺だろう。

 

 朝から昼まで俺の勉強に付き合って、夕方からまた俺と一緒にゴロゴロしているのだ。

 仕事時間は半減しているだろう。

 

 それでは本来の業務が滞るはずだ。

 これ以上彼女に負担はかけられない。

 

「……たぶん、私一人でいけるよ?」

「ダメですよ!」

 

 聖女さんは思わずと言った風に声を荒らげた。

 

「いい? 貴方は狙われる可能性が高いんです。それなのに一人旅なんてさせられません」

「……うん。まあ狙われるよね」

 

 狙われるという危険な香りがする単語に身が引き締まる。

 

 ――俺の存在がバレれば聖教会に狙われる。

 だから聖女さんは俺にこの村に留まって欲しがっているのだろう。

 

 でも、それは分かっている事だ。

 正論中の正論に俺は言い返す。

 

 村以外の場所も見てみたい。

 お菓子屋さんに行ってみたい。

 見聞を広める旅に出る。

 

 そんな理由で負けじとごねてみる。

 

「うんうん。まあ、それはいいとして」

 

 聖女さんにすごい勢いで聞き流された。

 

「ここから南都までは徒歩で3日以上かかるんだよ。ヨルちゃんは一人で長い旅したことある?」

「ないけど……たぶん大丈夫。夜人もいる」

 

「だーめ。すごく危ないんだよ、野生の獣は出るし、道に迷うかもしれない。歩き始めて地平線しか見えなくなったら、不安で泣いちゃうかもね」

「……泣かないよ」

 

「でも、だーめ」

 

 なんとか理由を付けて、行っても良いか尋ねるがついに頷いてくれなかった。

 むしろ俺が行きたいとごねるたびに、彼女は少しずつ悲しそうな声になっていく。

 

「……ヨルちゃん」

 

 そして30分程説得を続けた頃だろうか。

 

 彼女はいよいよ『アレ』を話題に出した。

 不思議と互いが避ける様に口に出さなかったあれ。

 

「貴方も気付いたでしょ――昼間の日食」

 

 静かな声で問いただされて俺の体がビクリと震えた。

 まさか気付いていないとは言えない、でも詳しく話すことはできない。

 

「凄かったよね……私、日食見るの初めてだから、すごくびっくりした。あんな風になるんだね」

「わ、わ……私の所為じゃない……!」

「……大丈夫。分かってるよ、貴方は悪くない。でもきっと関係あるんだよね」

「ぇ!?」

 

 聖女さんの言葉に体の震えが強まった。

 まるで、お前関係者だろ誤魔化してんじゃねぇぞという言葉。

 

「貴方は詳しく教えてくれないけど……無理に聞き出すこともできないけど……。でも私だって馬鹿じゃない」

 

 聖女さんが静かな声で続ける。

 

「なんでかな……。私はあの日食を『宣言』だと思うんだ。世界に対する宣戦布告。これから動き出すぞって、覚悟しろって警告してるみたいで……」

 

 俺は壁を向いているのでその表情は見えない。

 だけど想像は出来た。

 

(ば、バレてらっしゃる? 全部お見通し、なんでぇ!?)

 

 きっと彼女はご立腹だ。

 その証拠に、逃がさんと言わんばかりに俺の体に回した腕がキツく締められた。震えているのは怒りからだろう。

 

 思わず謝罪する。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 でも悪いのはヤト達なんです。

 喋れって言っただけで、あんな事になると想像して無かったんです。

 

 責任逃れしながら、想像してプルプル震える。

 聖女さんが優しく慰めてくれた。

 

「そんなに怯えないで、大丈夫。なにが来ても絶対私達が守るから」

「……うん」

 

 もはや南都に遠出したいとか言える雰囲気じゃなくなっていた。

 互いに何も言う事は無く、このまま二人でゆっくりした時間を過ごす。

 

 

 

 そして、しばらく経った頃。

 いつしか後ろから聖女さんの寝息が聞こえてきた。

 

 ……いつも朝早くから働いている聖女さんだ。疲れているのだろう。

 軽く揺さぶって聖女さんが起きないか確認。

 

「……ごめんね。それでも私は行ってくる」

 

 エリシア聖教の人たちも皆、聖女さんの様な人なら嬉しい。

 闇を一括りに滅するモノと考えるのではなく、俺という個人を見て考えてくれる、そんな本当の正義なら嬉しい。

 

 それならずっとこの村で聖女さんとのんびり暮らす未来も在り得たかもしれない。

 でも俺はそんな優しい世界は信じてない。

 

 かならず正義を騙る者はいるはずだ。

 闇と見るやどんな手段を用いても殲滅を図る、そんな過剰な潔癖主義者。

 それに見つかれば、一体どんなことが起きるのか……。

 

 あんなに引き留めくれた聖女さんを裏切るのは、すごく心苦しい。でも必要な事なのだ。

 

 静かに布団を抜けて、礼拝堂を出る。

 外ではヤトが出迎えてくれた。

 

「――行くよ」

 

 礼拝堂は振り返らない。そのまま建物の物陰に歩を進める。

 

 聖女さんの予備パジャマのままだと汚すと悪いので、服を受け取って着替える。

 

 と、思ったのだが……。

 ヤトが手渡して来たのは、昼間に神殿のクローゼットで見かけた黒いゴシックドレスだった。煌びやかで華々しくて、煽情的な服という名のナニカ。

 

「……これドレスなんだけど」

 

 ふざけんなと突き返す。

 

「スーツっぽい服あったよね。あれに代えて」

 

 いまの季節、夜はまだ冷える。

 この世界に来た時に着ていたようなワイシャツとスーツでは寒いだろうが、幸い俺が見た時は神殿のクローゼットに三つ揃えの一式が用意されていた。

 

 しょんぼり、という感じでヤトは代わりにそれ取ってきた。

 

「……これでよし」

 

 パンと、スーツのジャケットを羽織って着替え完了。ネクタイは無いラフな格好だ。

 

 ちんちくりんな子供にスーツ姿は微妙に似合わないが……まあ仕方ない。

 村服とかより遥かに材質がいいし、ちょっと冷たい落ち着いた魔力(?)を放ってる服で悪くない。

 

 初めて見るが、これが『魔法服』という奴だろう。

 服の内生地に魔法陣を描くことで、色々な能力を宿した高級服。

 俺は聖女さんから常識を勉強したから詳しいのだ。

 

「おぉ、素晴らしい服ですね。放つ禍々しい気配と言い……まさか、闇の眷属(夜人)様の手作りですか?」

 

 ふと後ろから声が掛かった。

 

「っと失礼。では参りましょうかジュウゴ様――いえ、ヨルン様」

「来たか仮面男。案内は仔細任せた……期待する」

 

 準備が終わったタイミングで、闇から生えてきたように仮面の男が現れた。

 

 この男は、前の戦いで聖女さんを傷つけた男だ。

 だが、その原因は勘違いとハッキリしていること、ヤト達も敵意は無かったと断言している事も有って、水に流すことにしたのだ。

 

 なにより、コイツは使える。

 

 この村の住民では無く、南都出身という有力な情報源であること。

 闇たる夜人を見ても恐れない胆力を持つこと。

 戦闘の時も最後は愛が大切だとか、人類の融和だとか叫んでたし、きっと悪い人じゃない。

 

 ……なお、見た目は考えないモノとする。

 

「改めまして自己紹介を。私はアルシナシオン・アタッシュマン。どうぞ、親愛を籠めてアルさん、もしくはシオンさんとお呼びください」

「……お前に親愛は感じない。冗談はその悪趣味な仮面だけにした方がいい」

 

 これから向かう先は南都アルマージュ。

 聖女さんに引き留められるのは何となく予想済みだったから、あらかじめ抜け出す準備は進めておいた。

 

 俺は色々な情報が欲しい。

 でも聖女さんに心配はかけたくない。

 

 だから、こうやって聖女さんが寝入った後に動き出すことにしたのだ。

 

 もちろん、戻る時間は聖女さんが目覚める前。

 徒歩三日以上の旅と言っていたが……【影渡り】で移動する夜人にそんなものは関係ない。

 

「お任せください。南都は私の庭のような物。ヨルン様には散歩のような心持で楽しめるよう――」

「っくしゅ」

 

 久しぶりのくしゃみだ。

 ポンと夜人誕生。

 

「む、謝罪する。お前の話を遮った」

「ッおお!? これが生命の誕生!? すばらしいぃ……さ、触っていいですね?」

 

 話の腰を折ったことに申し訳ないと思っていたら、シオンはなんか喜んでいた。

 体中を振るわせて、絡み着くような動きで夜人に手を這わせた。

 

「忌むべき暗翳……失礼、夜人様の体は気体ではないはず。だが手が通り抜ける。とてもなめらかな感触。うむむ素晴らしい。……す、少しだけ抱きしめても? だめ、だめですか?」

「――!?」

「そんな! いえいえ、そんな事はしませんとも! ほんのちょっと、ちょっとだけ千切ってみたいのです!」

 

「うわぁ……」

 

 纏わりつく男の存在に、夜人が嫌そうに助けを求めてきたが……がんばって!

 

 ところで、この夜人生誕くしゅみ現象は街に行っても収まらないだろう。

 魔力操作が出来れば制御できるのだろうが……朝の魔法勉強会を考えると、その時はまだ遠そうだ。

 

 可能な限り人前で生まないように我慢するつもりだが、絶対ではない。

 

「外見を隠す物を用意して。最悪、私は街で悪役と思われる可能性がある。でもそれが『ヨルン』であってはならない」

 

 初訪問時の村を思い出す。

 

 運悪く人前で夜人を生んでしまい、なし崩し的に戦闘に入ったあの出来事。

 あれが街で再現されたら面倒だ。

 情報収集は必要だがそのために犯罪者として手配されては本末転倒。

 

 ヨルンはこの村で睡眠中。

 街を訪れる俺は別人でなければならない。

 

「では、これを」

 

 シオンが、お揃いの仮面を差し出してきた。

 

「なにそれ」

 

「私の予備の仮面です」

 

「……なるほど」

 

 いや、その選択はおかしい。

 

 なんでそんな怪しい仮面を渡そうとする。

 俺は犯罪者になりに行くんじゃねぇんだよ。

 

 情報調べに行くだけなの。

 お前正気でやってる?

 

「…………」

 

 ヤトを見つめる。

 彼は、いつの間にか準備していた仮面を背中に隠した。……お前もか。

 

「もしかして、それ街で流行ってる?」

 

 首を振る二人。

 じゃあ要らねぇよ。

 

 困った。

 すごく困った。

 

 よく考えれば、仮面男に案内頼んだけど、こいつもヤバイ見た目してた。

 

「なんだこれ」

 

 仮面野郎(シオン)と、闇の化け物(ヤト)と、ついでに無表情女一人。

 たまに生まれる夜人多数。

 

 完全に怪しい集団だ。

 

 これでは街に情報収集に行くどころではない。

 まるで襲撃に来た不審者じゃないか。

 

 頭を抱えた。

 

「……だれか居ない? この状況打破できる夜人」

「ボク、手伝う?」

 

 その時、俺の影から子犬が顔を覗かせた。

 よいしょ、よいしょと言った声が聞こえてきそうな緩慢な動きで這い出てくる。

 

「銀鉤?」

 

 それは青いリボンを付けた銀鉤だった。

 珍しい事に既に変化している。

 

「容姿を誤魔化す……できるよ」

「優秀。この愚者共に見せつけて」

 

 尻尾を振り振りとアピールする銀鉤がゆっくり呪文を紡いでいく。

 すると犬の体が足先からほどける様に分解されていき、俺の全身に纏わりついてきた。

 

 

「……へぇ」

 

 まず変わったのは身長だ。

 

 前世の――と言っていいか不明だが――男の時の身長に近いほど、俺は縦に伸びていた。

 手足もそれ相応にスラっとしたモデル体型。服のサイズまで自動で変えてくれる親切仕様。

 

 ヤトが鏡を出したから、顔も確認。

 ……悪くない。

 

 ヨルンの時は幼さを残すあどけない無表情少女だったが、今の姿はこの世界を見限った冷徹な女性と言った雰囲気の容姿だ。

 

 顔つきは、ヨルンをそのまま成長させたと言った感じだが……まあ身長がまるで違うから問題ないだろう。

 聖女さんに会っても「あ、あの人ヨルンちゃんにそっくりだなぁ」と思われる位だろう。

 

「……さすが銀鉤。褒美を用意する。楽しみにして」

 

 ―― うん!

 

 嬉しそうな銀鉤の声と共に、脳内で飛び跳ねる犬の姿が映し出された。

 

 

 この魔法はどうやら銀鉤と一体化するものらしい。

 

 姿の変化はそのオマケ。

 術者たる銀鉤の意志で見た目を調整できるのだそう。

 

 試しに腕だけ夜人仕様にしてみたり、瞳の白黒を反転させたりもしてみた。

 うーむ……バケモノチック。綺麗なだけに怖さが際立つ。

 

 なお、彼の【変化】の持続時間は一分だが、既に発動した魔法は変化解除後も維持される。

 街に行って帰ってくる位は余裕で維持可能だそうだ。

 

 なるほど、完璧じゃないか。

 

「しかも脳内で犬が飛び回る光景……。メルヘン」

 

 俺と一体化した事が嬉しい様子で、銀鉤はさっきから俺の脳内―― なんとなく意識の中に映像が浮かび上がっている感じ――で走り回ってた。

 

 これはこれで癒されるし、悪くないなぁ。

 

 なんて思っていたら……ダメだった。

 突然、脳内の犬がポンという軽い音と共に夜人の姿に戻ってしまった。

 どうやら変化の時間切れらしい。

 

「……癒されないな」

 

 こら、夜人の姿で飛び跳ねるのは止めなさい。

 違う。四つん這いで走るな。

 

 すごく目障り。

 

 




三次たま様より
現場猫風のネタ絵
【挿絵表示】

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