コミュ障TS転生少女の千夜物語   作:テチス

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(・A・三・A・)書き溜めないのー!


二人の襲撃者

 

 私が集会場に着いたのは会議が始まる30分前だった。

 今日はヨルちゃんが寝てしまったから早く着いた。いろいろ有って時間ギリギリか、少し遅刻してしまう事が多い私としては上出来だ。

 

 きっとまだ誰も来ていないだろうと思うと、心なしか一番に来た事が誇らしくなってくる。これをネタに隊長や村長さんを弄れないかなぁとワクワクしがら扉を開ける。

 

「よお、今日も遅かったなディアナさん」

 

 室内では機動力を優先した軽鎧に身を包んだ男性――レイト隊長が小さく手を挙げていた。

 

「……遅くないですよ。よしんば遅かったとしても、最後じゃないです」

 

 この人、暇人なんじゃ無かろうか?

 なんで30分以上も前から当然の様に待機してるんだろう?

 

「あれ? 今日の参加者は、たしか三人でしたよね?」

 

 なぜか予定よりも多い椅子を指摘する。

 

「ああこれか? 急な来客があってな。あの人も、そろそろ戻ってくると思うが」

「え、お客さんに会議に出てもらうんですか……?」

 

 村外に出せない情報が行き交うこの会議で、それは難しいのではないだろうか。

 そもそも村への来客など珍しい。一体誰が来たんだという疑問に応えるように後ろから知った声が掛った。

 

「可能なら出席させてもらえると嬉しいぞ。なにせ、今日来たのは吾輩であるからな」

 

 そう言いながら現れたのムッシュ司教だった。私の前まで来るとコツンと白いステッキを突いて、帽子を取ると挨拶する。

 いつ見ても貴族然として優雅な所作だ。こちらも慌てて返すが、田舎臭く見えるのは勘弁してほしい。

 

 ムッシュ・マンカインドさん。私の直属の上司であり、南都を任された司教さんだ。

 常に自信満々で胸を張って歩いている彼だったが、今日はなんだか力無げに見えた。心なしか彼のカイゼル髭までがしおれている。

 

「ムッシュ司教、今日はえ、っと……援軍ですか?」

 

 黒燐教団の復活もあり、私達は森の捜索を行いたいと南都に申請していた。

 彼が来たのはその理由だろうと思ったのだが……どうも違うらしい。ムッシュ司教はうつむいて首を左右に振った。

 

「援軍は近いうちに到着するだろう。だが吾輩は引退しようと思っていてな……今日は君への引継ぎに来たのだよ」

「……え、引退ですか!?」

 

 思わずレイトさんと顔を見合わせる。

 

 半年後、私は司教に昇進する事が内定していた。

 その際に私はムッシュ司教を引き継いで南都で司教位に就く予定だった。

 

 だから私に引継ぎに来たと言うのはまだ理解できるが、それは半年以上先の話だったはず。もちろん彼が引退するなんて話は欠片も無い。むしろ逆で、ムッシュ司教は栄転すると聞いている。

 

「た、たしかムッシュ司教の次の赴任先は王都では? しかも大司教へ推薦される話だってあったはずで……」

「ああ、そんな提案もあったね。同期の奴には、次は王国の首座司教だなとか、枢機卿昇進の話まで上がるんじゃないと、からかわれたものだ」

 

 だがね――。

 そう諦観を見せながら笑う男の顔は、私の知っている彼の表情では無かった。

 

「吾輩では無理なのだよ。所詮、吾輩は正義に憧れただけの中年男でしかなかった。夢は叶わないから夢と言うのだよ。この年にして、ようやくそれが身に染みて分かったよ」

 

 ムッシュ司教はいつも可笑しな身なりで、微笑み溢れる余裕を崩さずに正義を執行して来た。

 変人を思わせる見た目と言動までおかしな奇人だが、その実力だけは折り紙つきだ。それこそ首都に次ぐ最重要都市「南都アルマージュ」の守護を任される程に。

 

 悪しきを挫き、弱きを助ける彼の信念に私だって多少影響されていた……かもしれない。その服装だけは今でも理解できないが。

 とにかく、そんな愉快ながら正しき道を堂々歩いていた彼が、暫く見ない内に心折れていた。

 

「何が、有ったんですか?」

「色々あったよ。……まあ落ち着き給え。それも含めて今日、全てを君に引き継ぎに来たのだ」

 

 そう言って彼の口から語られた内容は私の不安を裏付けるものだった。

 

 日食のあった日、街で暴動が起きた。

 それを裏から扇動していた者の名前は黒燐教団の【純潔】――仮面のあいつだ。かつてヨルちゃんを狙って取り戻しにきた男。

 

 だが、敵は彼一人では無かった。

 何十という黒い化け物を引き連れた仮面女が仲間にいた。

 特徴は純潔に似た仮面をつけている長身で黒髪の女らしい。見た事も無い、黒尽くめの衣装に身を包み黒い靄を従える。

 

「一目でわかったよ。あれは恐ろしい程の実力者だ。身に纏う闇の気配は冷たく深い。きっと吾輩では1分と掛らず殺されてしまうだろう」

 

 私はその人物を聞いて、どうしてもヨルちゃんを思い浮かべてしまった。

 たしか彼女に初めて出会った時、黒いダボダボの服を着ていたはずだ。さらに黒髪で黒い靄を従えるという点も完全に一致している。

 

「偶然……? そうだといいんですが」

 

 消えない不安は私を追い立てる。

 紙とペンを渡してムッシュ司教の記憶を頼りにその姿を書き写してもらう。やはり予想に近い姿。

 

「似てるな……なんとなくだが、思い起こす」

「レイトさんもですか? ええ、まあ……そうですよね」

 

 仮面は【純潔】のものにそっくり。

 ズボンはヨルちゃんが着ていた「スーツ」という服に似ている。上着を羽織っているようだが、その下はワイシャツという奴か。

 身なりといい能力といい、ヨルちゃんとこの女性が無関係とはどうしても思えなかった。

 

「まさか親子か?」

「いえ……1から14かもしれません」

 

 私はいまだにヨルちゃんの全てを知っている訳では無い。

 ただ黒燐教団で生物実験用の被験体として生まれ、育てられてきたという事実のみしか知らない。

 扱いはとてもじゃないがまともなモノではない。しかし仲間がいたのか、育ててくれたのは誰なのか。そういう事は何もわからない。

 

 皆で似顔絵をのぞき込んで思い思いに予想を立てる中、驚くほど冷たい声が耳元で聞こえてきた。

 

「ほぉ、スーツとは珍しい。【慈善】のモノか?」

「――ッ!?」

 

 三人同時に飛びずさる。

 部屋に現れた"四人目"の男は、カラカラと嗤ってテーブルに置きっ放しだった似顔絵を奪い取った。

 

「何者ですか……と、聞けば教えてくれますか?」

「ふーむ、仮面は【純潔】。服は【慈善】。聞いた話では、能力は【忍耐】に似ているらしいが……まあいい」

 

 その男は筋骨隆々の大男だった。

 【純潔】のように顔を隠すことなく、堂々と姿を見せている。

 

 潰れたような鼻と分厚い唇。

 太い眉毛に刈り上げられた頭髪といい、見るからに力自慢の男という事を思わせる容姿をしている。服は全身を締め付けるようにベルトが沢山ついた拘束衣というもの。

 

「なんとなく想像できるが……お前、黒燐教団の人間か?」

「ムッシュ司教が街から出るから何かと思えば、イナル村に用があったのか」

 

 隊長が男の気を引くように次々問いかけるが、まるで会話にならない。彼は答える気が無いのかまるで見当違いの言葉を発する。

 その隙に私はムッシュ司教に近寄った。

 

「ムッシュ司教、これは最悪を想定して行動しましょう。戦いの準備は……ムッシュ司教?」

 

 明らかに普通の人間じゃない男の登場に、私の予感がついに現実となった事を認識する。いつ戦闘が始まってもおかしくない。

 

 だが敵の力は未知数。時間は夜。人数差も無いような物で、聖具は礼拝堂に置いてきた。

 

 かつて戦った【純潔】との戦闘とは比べ物にならない程こちらに不利な状況だ。しかし、その時と違い、こちらには私以外にも聖職者がいる。

 辛うじてある好材料を何とか生かそうと、縋るような気持ちでムッシュ司教に頼ったが――

 

「ひ、ひ……また黒燐、教団か! どうしてだ、どうしてお前らは吾輩をそんなに追い詰める!?」

「ムッシュ司教……」

 

 ――ダメだ。この人は、もう戦えない。

 足が震えている。指が言う事を聞いていない。目の焦点はブレていて呼吸すら忘れてしまったかのように止まっていた。

 

「しかしこの村は闇の気配が強いな。中でも森は最高だ。あの気配を浴びるだけで逝っちまいそうだ」

 

 大男は変わらず、こちらの存在を無視して振る舞っている。

 途中から森の方角を向くと自分を抱きしめて悶え始めた。……が、明らかに隙が無い。

 

 大男から立ち昇る濃い闇の波動。それを見るに、彼も教団幹部である可能性が高い事を私達は何となく察していた。

 

「……レイト隊長」

「分かっている。今すぐ村人の避難誘導が必要だ。ここで戦えばかなり死ぬぞ」

 

 仮面の女によってトラウマを植え付けられたムッシュ司教では、恐らく時間稼ぎも不可能だろう。

 ならばここは私と隊長で敵を引き付け、彼には遠ざかっていてもらった方がいい。

 

「ムッシュ司教、貴方は今すぐここを出て周囲に戦闘の事を知らせてください。避難の誘導をお願いします」

「ついでに兵団の奴等にはここに来るように知らせてくれると助かるな」

 

 大男に聞かれないように、ひっそりと指示するとムッシュ司教は勢いよく振り向いた。

 

「た、戦わなくていいのかね!? 任せておきたまえ、一般人の避難は最優先だものな!」

 

 彼は嬉しそうに何度も頷いた。その度にシルクハットと髭が揺れ動く。

 普段であれば、笑いたくなる光景なのだろうが、怒りとも失望とも言えない遣る瀬無い気持ちが沸き上がる。

 

 ムッシュ司教は戦闘から解放されたことを知ると、少しだけ自分を取り戻した。

 ずっと独り言を繰り返す敵に気づかれまいとひっそり出口に向う。しかし、僅か数歩で大男がストップをかけた。

 

「ちなみにだが」

 

 今までこちらを見もしなかった男が、初めてこちらに目を向ける。

 

「俺はこれから殺す相手と会話する趣味は無い。時間の無駄だからだ」

 

 急激に膨れ上がる闇の気配。

 強く大きく、まるで押し潰されるような威圧感を放ちながら男は動き出した。ゆっくりと確実にムッシュ司教に歩み寄る。

 

「ひぃ、ぇあ……!」

「時間は大切だ。無駄な事は嫌いだ。お前に助けを呼ばれると、皆殺しをしなきゃで面倒になるだろう? 3秒だ。お前は3秒で死ぬ」

 

 二歩三歩と近づきながら、ゆっくり数を数え始めた大男。

 ムッシュ司教は堪らず悲鳴を上げて出口に走り出すが、それよりも早く男が飛びかかった。

 

 ギィイン――と、重い金属音が響き渡る。

 

「む?」

「目の前で殺されそうだってのに、それを放っておく奴が居るか?」

 

 獲物と捕食者の間に割り込んだレイト隊長が男の腕を止めていた。

 剣と腕。普通に考えてまず勝ち目のないのは腕なのに、大男はつまらなそうに見つめる。

 

 一合、二合と剣戟が交わりその度に金属同士がぶつかった様な音が響いた。そして男が宣言した時間が過ぎ去る。

 

「……これで、お前は3秒時間を無駄にしたわけか?」

「ふむ。いい、いいぞ。ドンドン死が近づいている。お前らの悲鳴で狼煙を上げよう。我等教団を舐め腐っていた世界への宣告だ」

 

 会話にならない。大男は再びこちらを無視していた。どうやら、コイツもまた【純潔】同様に頭のおかしい輩らしい。

 時間を無駄にするのが嫌いだと言っていた割には、3秒で殺すという自分の宣言が覆っても意に介さない。

 それがまるで狂人の振る舞いのようで――

 

「いいや、違うとも。既に俺の予告は達成されたのだ」

 

 頭のおかしい奴を見る目で見ていたら、敵は私の方を向いた。そしてゆっくりとムッシュ司教が出て行ったであろう出口を指さす。

 

「――ッそんな、ありえません!?」

 

 そこにはいつの間にか腹部に大きな穴をあけたムッシュ司教が倒れていた。既に目に光は無く、胸は動いていない。明らかに死んでいる。

 彼が襲われたとき、レイトさんがしっかり庇ったはずだ。それから3秒。恐怖に駆られたムッシュ司教が逃げる時間としては十分すぎもの。

 

 なのに何故倒れている? どうやって攻撃した?

 私は瞬き一つせず敵を見ていた。おかしな動きは無かった。でも事実ムッシュ司教は殺されている。まるで見抜けなかった敵の技に焦りが生じる。

 

 しかも嫌な事は重なるらしい。

 集会場の外から家を壊す様な重低音と、多数の人間の悲鳴が聞こえてきた。静かだった村に騒乱が訪れる。

 

「どうした!? なんの音だ!」

 

 大男から目を離せないレイトさんが、切羽詰まった声で聴いてくるが……私だって取り込み中なのだ。

 

 村の様子が気になる。扉を開けて今すぐ確認したい。だが今この瞬間、コイツから一秒でも目を離せば死ぬことになる。

 

 無詠唱により発動させた術式を両手に展開しながら息をのむ。たった一つの動作をするだけで、冷や汗が流れ出る。

 三人が三人とも動けず、静かに睨み合う中、刻刻と時間だけが過ぎていく。

 

 そして数分。静寂を破る様に、誰かが慌てて集会場の扉を開いた。

 

「しゅ、襲撃です! 鳥の大群が――うぁわあ!!」

 

 背後から一瞬聞こえた声は兵団の誰かのものだったはず。

 しかし、ほぼ同時に何か巨大な物が羽ばたく音と、鎧が軋む音が混じり込み声を掻き消した。そして急速に遠ざかる悲鳴と羽の音。

 

「……喰われたか」

 

 隊長は悔しそうに剣を握り込む力を強めた。

 

 一瞬で終わった背後の出来事は見れなかったが、兵士さんの報告と物音から村の状況は推察された。

 いま村では大量の「啄ばみ大鳥」が襲撃を掛けて来たのだろう。そしてそれを知らせに来てくれた兵士さんが、扉を開けると同時に鳥に啄ばまれて連れ去られた。

 

 なにが「皆殺しは面倒」だ。

 もとより大男は、そのつもりだったのだ……と思ったが、これは大男も想定外らしい。

 

「おいおい攻撃対象はコイツだけじゃなかったか? なのに村へ総攻撃? ……はぁ。仕方ない、ならば皆殺しにしてやるとも。なにせ俺は【勤勉】なものでな」

 

 そう言って教団幹部の一人、【勤勉】は面倒そうにため息をついた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 駆ける。奔る。速く、もっと疾く。

 追い立てられた草食獣のように、捕食者から逃げるためムッシュは走る。

 

 先ほどの集会場では死ぬかと思った。

 突然現れた大男に「あと3秒で殺す」と宣言されて、ムッシュはつい【幻影】を残して集会場から逃げてしまった。

 

(いや、いや、これで作戦通りだよディアナ君。だって私は村人の避難を担当するのだからね!)

 

 ムッシュは言い訳するように御託を並べる。

 自分よりも一回りも年若い少女に殺し合いを任せて、逃げだした事に罪悪感が湧かない訳がない。

 だが仕方ない。これは戦略上、正しい事なのだ。相手の力は未知数だが、おそらく教団幹部。たった3人で相手できる敵じゃない。

 

 誰かが兵団に応援を呼びに行かなければいけないのは確定事項だ。

 ならば時間稼ぎで集会場に残る人選が必要だ。前衛は武装したレイトで決定で、だが後衛はムッシュかディアナの二択となる。

 

(ディアナ君は明日から司教……つまり私の後釜だ。これは試練、そう試練なのだよ。多くの人間を導くことができる力を持っているかを確かめる、私からの愛の鞭である!)

 

 死の気配に染まった局面を乗り越えてこそ、人は成長できる。

 私は駄目だった。だけど、きっと君ならできるさ。なにせ君はエクリプス家に迎え入れられた、才能あふれる次期枢機卿なのだから。

 

 ムッシュ司教は脳内で巡る言い訳に、フッと噴き出した。

 

(凄いぞ、私のコレまでを全否定する行動を他でもない吾輩が取っている。ここまで情けない姿はない。これほど醜悪な詭弁は聞いたことがない……)

 

 自嘲する己がいて、みすぼらしく生に縋り付く自分がいる。

 どちらも正しく自分の本音だ。けど「立ち止まれ」と命ずるムッシュはどこにも居ない。それがどうしようもなく彼に諦めを感じさせる。

 

 正義を騙っていた自分は仮面女に殺された。

 ムッシュが本当に欲しかったものは世界の平和じゃない。誰かに認められることだった。

 

 民衆の賞賛に酔いしれ、感謝を浴びる事で膨れ上がった正義という皮を被る自尊心。それがムッシュの本心だ。

 だが、そんなもの本当の"死"の前では脆く崩れ去った。

 

(そうだ……私は、もはや聖職者を辞めた身だ。なら戦う必要は無いだろう? 逃げたって誰も責めないさ。そうだろう?)

 

 すでに南都の聖教支部に辞表は出してある。

 引継ぎが出来なかったのは残念だが、一般人である以上、自分が命を掛ける義務はない。これからすべきことは兵士に襲撃の話を伝えて、それから可能な限り早く――

 

「おいおい、これは何だろうね?」

 

 ――どうやら、外は外で危険らしい。

 

 深い闇の帳が下りた空から巨鳥『啄ばみ大鳥』が次々と村に舞い降りるのを、ムッシュは走りながら目撃した。

 

 暴風が吹き荒び、土埃が砂嵐のように舞い上がる。

 人間以上のサイズを持つ巨鳥を相手に、木造建ての家などひとたまりもない。鳥の鈎爪によって屋根がはがされ外壁が押し倒される。

 

 なんとか死神から逃げおおせたと思ったら次は鳥の群れか。ムッシュは立ち止まって、混乱する頭を押さえた。

 少し考えれば当然の事だ。あの大男は教団幹部。ならば使役する魔種の群れが同時に村を襲撃してもおかしくない。

 

「っと、思えば次は何かね!? もう吾輩は龍が出てきても驚かんよ!?」

 

 それから遅れて少し、村中に大量の「黒い人影」が出現した。

 先日、ムッシュが見た闇の人型――仮面女の隣に立っていて奴等だ――が村中を駆け回っている。これも恐らく教団の使役魔種だ。

 

 屋根を跳ね、塀を飛び越え動き回る動きは巨体を感じさせない軽やかさ。

 滑空する鳥と競うように、闇の人型は窓を叩き割りながら家の中に飛び込んでいく。あちこちから人間の悲鳴があがった。

 辛うじて逃げだした人間たちも、闇が追いかけて捕まえると影の中に沈めていく。

 右で左で、ムッシュ司教の周りで次々に人が消える。

 

「……あぁ」

 

 仲間割れだろうか? 人肉が魅力的なのか、闇の人型と大鳥は人間を奪い合っていた。

 子供めがけて上空から急降下した鳥が闇により弾き飛ばされる。だが、闇は決して子供を助けたのではない。その証拠に子供は無理やり影に沈められた。

 子供の肉を手に入れて嬉しいのか、闇は雄たけびを上げて次の獲物を探しに動き出した。

 

「あぁ……これが地獄という奴か」

 

 抵抗しても意味はない。人間と闇の能力差は歴然で、無理やり押さえつけられて影に押し込まれる。

 闇の人型に押し込められて沈んでいく人間の表情ときたら、それはもう酷いものだった。

 この世の終わりと恐れ慄き、家族の名を呼びながら断末魔を叫び消えていく。一瞬で殺されるならともかく、ゆっくり沈んでいくモノだから彼らが感じる恐怖は如何ほどか。

 

 ムッシュ司教は悟った。もはや生きては帰れない。この村は終わりだ。ディアナ司祭や村人は当然、自分もここで死ぬのだ。

 

 大男の登場からはじまり、大鳥の襲撃、そして闇の出現。

 すべてが教団に繋がっている。犯人はそれ以外に考えられない。

 

 ならば当然、"あの女"も現れるだろう。

 仮面をつけた長身の女。一睨みでムッシュの心をへし折ったあのバケモノが――。

 

「ほらみたまえ……予想通り過ぎて、笑ってしまうよ」

「……どこかで見た顔だ」

 

 再会は思ったよりも早かった。

 

 事態の変動にムッシュは生存者を探した。

 鳥の襲撃と闇の参戦は小さな村にとって一溜りもない。だがそれでも人口1000人近い村だ。まだ全員は殺されていまい。

 そう考えたムッシュは一人でも多くの人間を連れて逃げることにした。

 

 彼の役割は村人の避難誘導。ディアナ司祭を置いて逃げた手前、せめてそれ位の仕事はせねばなるまい。僅かだが責任感は残っている。

 

 だが、その最中に見つけてしまった。

 村中から集められた人間を監視するように、広場に立つ女の姿。あいつだ。

 

「……はは。それは何かの冗談かな。キミは王国でも滅ぼす気かね?」

 

 そして、逃がすまいと人々を囲む数百の闇の群れを彼は見てしまった。

 圧倒的戦力差と再び感じる死の予兆。ムッシュはどうしようもない空笑いを浮かべた。

 

 

 




村に黒燐教団が襲い掛かってきた!

幹部【勤勉】 参戦!
主人公(擬態) 負けじと参戦!

なおどっちも敵と思われる模様

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