コミュ障TS転生少女の千夜物語   作:テチス

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襲撃の裏側

 村の襲撃から少し前。

 宇宙を思わせる淀んだ黒き海。重力の存在しない空間で、建っていた土台ごと抉り抜かれたような白亜の巨城が浮かんでいた。

 周辺国家の王城にすら匹敵する大きさと絢爛さ。黒燐教団の本拠地――【月宮殿】だ。

 

 防衛戦を意識した複雑な内部構造の廊下を抜け、数多の致死トラップを乗り越えた先。月宮殿の最奥にその部屋は存在した。

 巨大な水晶の玉座が置かれた謁見の間。今は空席の座を半円状に囲むように幾人かの姿があった。

 

「それでは、緊急会議を始めようか」

 

 玉座に向かって跪いていた男は立ち上がると話し出す。

 

 全身を包帯でくまなく覆った細身の男。まるでミイラと見間違うほど、口も目も、指先の一切すら包帯で覆い隠されている。

 その上からボロボロになった黒いスーツを着ているのだから、なんとも不安を掻き立てる格好をしている。

 この男こそ黒燐教団の評議員が一人にして、その纏め役たる【慈善】だった。

 

「結集したのは……5人か。3時間以上遅延してこれとは、相変わらずキミたちは協調という言葉を知らないな」

「そうは言いますがね、みんな日蝕に夢中なのでしょう。私だって、いますぐ帰って研究を続けたいほどですよ」

 

 時間を確認するように懐中時計を取り出した仮面の男――【純潔】の名を戴くシオンが文句を言う。

 日食が気になるのは本当だ。だが研究は現在、二の次になっている。彼は興味無さそうなそぶりをしながら、密かに周囲を見まわした。

 

「私も忙しい中来た。感謝して」

 

 自作したという黒塗りの防毒マスクを装着した人間がつまらなそうに言う。

 

 サイズの合っていない巨大なマントを羽織る姿は、黒いてるてる坊主を思わせる。

 シオンの主たるヨルンに近い身長、防毒マスクによりくぐもっても分かる僅かに高い声。マスクの下は恐らく少女であろうことが想像できる。

 幹部の一人【感謝】の少女が防護手袋をプラプラさせながら続ける。

 

「日蝕によりオラクル連邦、永久凍土の『腐蝕呪液』の氷が溶けだしたぞ。太陽神の封印が緩んでる。いまが採取のチャンスだ」

 

 かつて第二使徒の「銀鉤」が生み出した呪毒が封じられた永久凍土。たとえ封印されていても、近づく生物は悉く死に至るという猛悪極まりない凍った毒の沼だ。

 その毒が欲しいという【感謝】の言葉に注意する老人がいた。

 

「神話の毒か。お主でも扱いきれるか?」

 

「いや、まだ難しい……死ぬかもだ」

 

 老人は鼻から下を覆う長いあごひげが特徴の仙人を思わせる男だった。目元は深々と被った帽子で見えないようにされている。名を【忍耐】。

 

「なら止めとけ止めとけ。それにあそこは聖教の監視が厳しい。まあ、もう誰かさんのせいで黒燐教団の復活が知られてるから、バレてもどうでもいいけどな」

 

 もう一人、感謝の暴挙を止めながら、シオンを煽るのは若い筋骨隆々の男だった。

 彼だけこの集団の中で唯一顔を隠していない。

 潰れたような鼻と分厚い唇。太い眉毛に刈り上げられた頭髪といい、見るからに力自慢の男という事を思わせる容姿をしていた。名を【勤勉】。

 

「うるさいですよ。……それで慈善。緊急会議とは? 私は研究で忙しいのでね、手早くお願いします」

 

「研究で忙しいという割には楽しんでいるようだね。知ってるよ、南都で"遊んだ"ようじゃないか」

「そりゃそうですよ。私、舐められるのキライなので」

 

 突然、核心を突くミイラ男の言葉にシオンは表情一つ変えることなく――といっても仮面だから分からないが――淡々と事実を認める。

 

 南都で暴動が有ったのは僅か3日前だ。

 普通の連絡手段では知り得ない情報のはず、しかしミイラ男は全て知っていると言わんばかりに述べる。

 

「【黒い靄】なる存在を用いたそうじゃないか。女の協力者もいたのかい? キミの研究成果が気になるね。色々教えて欲しいのだけれど」

 

「……残念ですが、私の研究は私だけのモノですね。仮に提供するならば、その相手は私の導き手ただ一人。貴方は所詮、数居る同僚の一人にすぎないのですよ?」

 

 ――だからその戯言を撤回しなければ私はお前を許さない。

 口に出さずとも棘を含んだ口調のシオンに触発されて、場に緊張感が張り詰める。 

 

「お前はいつもそうだな。研究研究と……少しは教団の為に行動したらどうだ!?」

「まあ、落ち着きなよ勤勉。それはいつもの事だよ。彼の気まぐれで貰えるお零れに期待しようじゃないか」

 

 シオンは思わず勤勉の言葉を鼻で笑ってしまった。

 

 教団のために。誰かのために。そんな理念で動いている人間が、果たしてこの教団にいるのか?

 黒燐教団とはいわば極まった個人主義者の集まりだ。肥大しきったプライドを持つ者や、圧倒的な実力に裏付けられた自負に浮かれる愚者、正道を嫌う異端者の集合体。

 

 所詮は互いに利用し合う関係でしかなく、真の仲間足りえない。お前らの信仰心すら疑わしい。

 ……シオンはかつてそう思っていた。周りを疑うばかりで一切信用していなかった。しかし、今のシオンは愛を知っている!

 彼は大仰に手を差し出すと、慈愛を口説く。

 

「それでは、貴方が私の【愛】を受け入れてくれるのならば、良いでしょう。私も全てを差し出します。慈愛! 私と共に、この世界に白き純愛を広めようではないですか!」

 

「それはちょっと遠慮するよ。最近、キミが気持ち悪いんだ」

 

 シオンは普通に凹んだ。

 なんで誰も理解してくれないんだろうなぁと悲しみに暮れる。

 

「話を戻して……僕は思う訳だ。一歩目から黒燐教団の失敗が目立っている」

 

 最初はシオンの捕縛から始まる。

 そこから黒燐教団が表舞台に姿を現すことになったが、世界には教団への恐怖が広まるのではなく汚名が広がった。

 先日シオンが起こした南都の暴動も結局は嫌がらせでしかなかった。50年振りに表社会に姿を見せたのに、教団の力が示せていない。

 

「気に食わないね。ちょっと報復しておこうか。目標はこの切っ掛けとなった、王国最南端イナル村。襲撃は立候補が居ないなら【勤勉】にお願いしたい」

 

「俺か? まあいいが……ならば適当に殺してくるとするか」

 

 そうして、この襲撃が決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 誰かに揺さぶられて目が覚めた。

 目を開けると、そこに広がるのはデカい闇……ヤトがいた。

 

「ん……? どうして、ここに?」

 

 むくりと体を起こして考える。たしか甘味草を食べた後、ベッドで膝を抱えていたら寝てしまった気がする。

 ならば当然、ここは礼拝堂の寝室なのだが、なぜヤトがいる?

 

「……消えないの?」

 

 確か夜人は礼拝堂が苦手だったはず。結界が有ってまず入れないし、ここで生まれても消えてしまう。

 もしかして、またヤトが進化したのだろうかと思ったら、その後ろからもゾロゾロと夜人がやって来た。

 

「多い、多い……」

 

 ヤト、佳宵、銀鉤のスリートップを筆頭に、部屋が満杯になる程やってくる。

 床が抜けるんじゃないかと冷や汗が出たが、どうやら質量はあるようで無いらしい。

 

 代表してヤトが俺に何かを訴えるが……分らんて。

 

「変化しないの?」

 

 ……しないらしい。

 

 ヤトは腕を組んで悩んだ末、ダメだと拒否した。

 代わりに後ろの夜人から紙とペンを受け取ると何かを書き出した。

 

 『襲う、瞬間、ざくざく』

 

 彼が書いて見せたのは、この世界の文字だった。

 俺は聖女さんから教わっているから何とか読めるが……ヤトの字、汚ったねぇなぁ。しかも単語しか書いてない。

 

「……意味がわからない。誰かを襲うと、宝がザクザク?」

 

 なんだろう……夜人は遠征に行きたいのか? 倒すとお金が手にボスを倒す的な?

 

 あ、違うらしい。佳宵がヤトを叩き始めた。

 「伝わってねぇじゃねぇか馬鹿野郎!」って感じで殴ってる。

 

「やっぱり二人は使えない。もう、時間がない」

「あ……銀鉤」

 

 掴み合いのケンカを始めたヤト達を横目に、銀鉤がポンっと小さくなった。

 小走りで近寄ってくると足元で語り出す。

 

「襲撃、来るよ。情報貰った」

「……襲撃?」

 

 そう言って語り出した内容は驚くべきものだった。

 

 なんとシオンが黒燐教団の集会に参加して、情報を貰って来たという。

 それを夜人が横流しして貰ったそうだが……いや、何やってんねん、あのおっさん。というか教団滅んだ設定どこ行った?

 

「しゅ、襲撃……!?」

 

 だけどそんな疑問は全部吹き飛んだ。

 奴等の目標はこの村の人間だという。しかも襲撃は直ぐにくるという!

 

「まずい……聖女さん、どこいった……」

 

 気配を辿れば集会場に居るのがわかる。聖女さんと隊長さんだろう、見知った気配が2つある。あと、聖女さんほどではないにしろ綺麗なものが1つ。これは誰だ?

 とりあえず、まだ大丈夫そうだ。

 

「どうしよう……どうすればいい?」

 

 足元でころころしてた銀鉤を抱き上げる。

 

「うーん、まずボクと合体するでしょ? それでヨルの安全確保するよ」

「合体」

 

「あとは適当」

「……てきとう、かぁ」

 

 銀鉤が大したことない風に言うせいで、湧きあがっていた焦りが消えたんですが……。

 

 ヤトに聞いてみても「え、作戦? ……え、俺が考えるの!?」と驚かれる。

 佳宵に聞いてみたら、親指立てて、ゆっくり自分の首を切るようにアピール。たぶん言いたい事は「皆殺し」。

 

「……まず、聖女さんと合流しようか」

 

 銀鉤の変化が時間切れになる前に融合して大人verヨルンちゃんに変身しておく。

 

 別に少女姿でもよくないかと聞いたのだが、俺の運動神経の無さはもうみんな知っているっぽい。

 その姿のまま戦うのは危ないからダメとか、なら神殿に連れて帰るとか、銀鉤にめっちゃ説得された。なんなら、この前あげると約束した「褒美」まで持ち出されて説得された。

 

 そこまで言うなら仕方ないと融合を認めたら、ヤト達が銀鉤をすごい蹴飛ばしてたけど、なんだろうか。それでも嬉しそうな銀鉤も一体なんなのか。

 

「まあ、こんなもんか」

 

 大人verの装いは南都に行った時と同一。仮面とスーツ姿のヨルンちゃんです。

 

 ―― ふわー!

 脳内で気持ちよさそうにゴロゴロしている銀鉤もいます。

 ヤトが「我 即 合体!」と書かれた紙を掲げてアピールしていますが無視します。

 

 

 集まった夜人達を引き連れて礼拝堂を後にする。

 

 その瞬間、空がざわめいた。

 ぎゃあぎゃあと不気味な人面鳥たちが、俺達の周囲を旋回している。

 

 ―― この鳥、最近は森でよく見るよ。なんか、興奮してるみたい。

 

 これから俺はやってくるという黒燐教団の相手で忙しくなると言うのに……人面鳥を見てると気持ち悪くて気分が滅入る。

 

 邪魔だという意味を込めて小さく手で払ったら、奴等村に向かって急降下を始めた。

 

「は?」

 

 鳥が近くの家に突っ込んでいく。

 木片を撒き散らしながら、何かを咥えて再浮上。……というか、あれ人だ。人が人面鳥に啄ばまれて上空に浮かんでいく。

 

 そのまま落とされた。地上まで100m死の落下。

 慌ててヤトに指示を出して、衝撃を与えないように助けさせる。

 

「……え?」

 

 鳥は大量に居る。上空に数十羽は滞空しているし、俺の周りで旋回しているだけでも、20羽は居るだろう。

 

 え、なに。なんで突然人を襲った? まさか、これが教団の襲撃か? この鳥は教団が好む使い魔って言ってたし、そういうこと?

 ヤトに聞けば、紙に「闇、仲間、わくわく」と書かれた。

 

「?」

 

 ―― ……バカしかいない。

 

 なんか銀鉤の嘆きが聞こえたが、つまりこういう事らしい。

 人面鳥の野郎は集まった夜人という闇の集結を見て、人間vs闇の抗争だと思った。んで俺たち側に立ったつもりで、『敵である村』を攻撃していると?

 

 たしかに、鳥は俺らに敵対的な雰囲気はなかった。どっちかと言うと「姉さん、俺達もヤルぞおらぁ!」って感じだ。

 

 ……ばーっかじゃねぇの?

 

「ヤト、村人を集める。鳥に餌を与えるな……!」

 

 慌ててこちらも参戦。

 引き連れていた夜人だけでは、とてもじゃないが数が足りない。神殿の待機部隊も招集して村全体に散らばせる。

 

 鳥の数が多い。すこし強引な手段でもいいから、時間を優先するように指示。こんな馬鹿げた理由で怪我人だしていられるかい!

 なに勝手に仲間意識持ってんだクソ鳥! お前らも敵だわい!

 

「集合場所は広場。あそこなら収容できる」

 

 この村の人口は1000人に届かない程度。

 多いのか少ないのか基準がわからないが、元よりここは危険な世界だ。人は寄り集まって安全を確保しているから、この世界の村として考えると人口は少ない方らしい。

 

 その人数を置けるのが村の広場だ。

 あそこは野球場なみに広いから、少しぎゅうぎゅうになるだろうが村人を全員集められるだろう。

 

「気配が入り乱れすぎてる……」

 

 村中から悲鳴とモノが壊れる音が響く。広場に向かいながら聖女さんを探すが、ぜんぜん見つからない。 

 鳥が舞い踊り、人が夜人によって強制移動されている。いくら気配が読めても、それが入り乱れるから並の処理能力しかない俺の頭では混乱してしまう。

 

 聖女さんはどこだろうか。

 彼女もきっと俺を探してくれている筈で……。

 

「あ」

 

 ダメじゃん。俺、いま大人姿じゃん。

 これじゃあいくら探しても、聖女さんはヨルンちゃんを見つけられなくない? 俺、行方不明扱いされない?

 ヤバイ予感。どうしたもんかと考えていたら、ヤトに肩を叩かれた。

 

「なに? ……いや、ほんと、なに」

 

 どうだと言わんばかりに、ヤトが『子供』を差し出してきた。

 小さな背丈、透き通った白い肌、サラサラの黒髪を持つすごく可愛い子――というか、これ俺だわ。

 

「『南都、誤魔化し、完成』……あぁ」

 

 そういえば聖女さんのベッドから抜け出すために、誤魔化しの手段を作ってくれって言っていたっけ。

 俺じゃないヨルンを受け取って、まじまじと見つめる。

 

「そっくり……」

 

 静かに目を閉じて動かないヨルンちゃん人形(?)。きちんとパジャマ姿だし、これをベッドに置けば寝ているだけにしか見えないだろう。

 

 なんか触り心地は普通の感触だし、人肌程度に温かい。呼吸に合わせて小さな胸も上下している。瞼を開いてみれば眼球も精巧に作られている。気になって服を捲くってみれば……。

 

「うん」

 

 ちょっと傍から見た絵面がヤバかったのですぐやめた。とりあえず、全部作られてた。

 ただし目覚めることはないというから、謎技術だな……。

 

「で、これをどうしろと?」

 

 まさか、この事件の最中に聖女さんに渡して「はい、お探しのヨルンちゃんですよ、どーぞ」なんて通用すると思ってる? それとも礼拝所に寝かせたままにしとくの?

 この騒ぎで目覚めないなら、それはそれでヤバいでしょ。

 

 ……おい、盲点だった、みたいに目を逸らすな。おい。

 

「ほらみたまえ……予想通り過ぎて、笑ってしまうよ」

 

 その時、広場の外から声が掛かった。

 

 振り返ればあの人だ。

 南都で見かけた聖職者。THE 紳士さん風の伊達男。

 

 どうやら話し込み過ぎたらしい。既に広場には多くの村人が集められており、それを守るために夜人が囲んでいる。

 

 みんなが俺たちの事を見ていた。

 

 さて……この人形、どうしよう。

 

 




 広場に集めた人々の前で突然、
 幼女の服をまくって覗き込む仮面女!

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