村に入ろうとしたら、敵扱いされた……。
いやいや門番さん厳しすぎやしない?
こんなあどけない少女がやってきたら村にホイホイ入れちゃうでしょ普通。
家に招いちゃってゲヘへ可愛いのうとか言っちゃって、お酒を出しちゃって。歓待しちゃってよ。
目の前で始まった戦闘をぼけーっと眺めながら思いにふける。
門番の叫びに呼応して村の奥から出てきたのは、統一された防具を身につける10人程の兵士。
対峙するのは子供が黒いクレヨンで塗りたくって作ったような人型の何か。
いやー見るからにバケモンだわアイツ。モヤモヤした黒い体を上手に使って兵士の武器を往なして意にも介してない。
腕を振るえば人が吹き飛び、攻撃されても体に突き刺さった剣の鉄部分が消滅している。
そしてまた人が空を飛ぶ。
余裕過ぎて甚振るように遊んでる様にすら見える。
たぶんアイツ、俺が生み出したっぽい。
門番と話していて日が暮れた瞬間からなんだか体がむずむずして来たのだ。なんというか、くしゃみが出る時のような感じ。
思わず胸元を押さえて我慢しようとしたけど無理だった。
そんで、くしゅんと体を震わせたらいつの間にか背後にいた。
いやもうびっくりした。無口少女になってなかったら、飛び跳ねて叫びあげてた。
今ではそんな闇――仮称――と兵士が無事に乱闘騒ぎしてます。なんでや。
生まれてから一度も見た事ない命のやり取りに俺は動けなかった。
剣の鋭さや槍の長さなんか知りとうねかった。一般人の俺にどないせーっちゅんじゃー。
悲しくて眉が下がった気がした。表情変わんないから気がしただけ……。
ところで、また胸がむずむずしてきたんだけど?
いい? くしゃみしていい?
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「バケモノに触られるな! こいつ武器を溶かすぞ! 距離を取れ、回避を優先しろ!」
闇の人型を囲む部下に向かって激を飛ばす。
ここは深淵の森に一番近い開拓村であり、あふれ出す魔物に備えて実戦慣れした兵士が常駐していた。
難敵と言われる深淵の森の魔物であっても問題なく処理できる能力を持っていた。はずだった。
(門番の叫び声に何事かと思えば……! なんだコイツは!!)
たしかに俺も部下達も一流の兵士という自負があった。森の魔物や他国の精鋭にだって劣らない。
それでもこのバケモノ相手では力不足と言わざるを得ない。
「オオオォォォおおお!!」
槍で囲まれていた闇が腕を振るだけで包囲に穴が開く。
部下の一人が半分消滅して使えなくなった槍を投げ捨てて、腰から剣を抜くがダメだろう。及び腰だ。
バケモノの咆哮は歴戦の魂まで震わせる。あれ程頼もしかった腰の剣が玩具の剣と同じに見えてくる。
「な、なんだよコイツ! こんな魔物見た事ないぞ! 獣種でも亜人種でもないのか!?」
「隊長!! どうすれば!? 精霊種なんて俺等じゃ手に負えませんよ!? そもそも、こいつが精霊か知らないですけどね! 隊長しってますか!?」
知るか! そんなこと俺が聞きたい! そもそも俺たちの仮想敵は森の魔獣種であり、こんな未知のバケモノは専門外だ!
叫び出したい弱音を呑み込んで、隊列を崩すなと指示を出す。
「包囲に留意しろ! 突出するなよ、動きをよく見て合わせていけ! 喜べよ相手は人型だ。腕はたったの二本しかないぞ!」
一度崩れたらもう立ち直れない。
次の行動に対処するために、全員が固唾をのんで動きを待つ。
しかしそんな俺たちの対応を嘲笑うかのように闇は動かなかった。
バケモノは俺たちの存在を無視して主人である少女に向き直っている。指示を仰いだのだろうか。
俺たちから目を離す余裕。敵扱いもされていない。
その様子から舐められているなと感じ思わず唇をかんだ。
「……」
少女は自分の胸を押さえてわずかに視線を下げていた。
一切答えないが、こちらを見る目はずっと冷たいままだ。それが答えなのだ。闇は一回大きく頷いた。
「来るぞ……総員防御用意ッ!!」
バケモノが僅かに重心を下げると、瞬く間にトップスピードで駆け出した。ドウッと音と共に土埃が舞い上がる。
――疾いが対応できないほどじゃない!
剣が振るわれ、槍が突き出される。だがそんな事は化物に関係なかった。
バケモノは全てを呑み込むように腕を広げると、体中に武器を受け入れながら俺へと真っすぐ突っ込こんできた。部下が妨害に入るが一瞥すらしない。
どうやら指揮という概念を理解してやがるようだ。そしてこいつ等の隊長が俺だという事も……!
一歩で3m。2歩で10m。
あれほど有った距離がいつの間にか0となり――
「隊長さん伏せて! 【sparkle/生命の煌めき】!!」
「っ助かる!!」
後方から援護射撃。詠唱と共に飛来する光球が周囲を照らす。
辛うじて回避は間に合った。
横へと飛ぶように伏せる俺の上を光が走り抜けて、バケモノに衝突する。
「――ォォオ!」
魔法の光は奴の突進のエネルギーを全て奪い去り、逆方向に吹き飛ばす。
戦闘開始から初めてバケモノはよろめいた。だが、倒れない。
バケモノは魔法がぶつかった腹部から黒い粒子を零しながら、依然と詠唱者をにらみつけていた。
「まさか闇の眷属……? いや、違うのでしょうか」
待望の援軍は村の礼拝所で勤めるエリシア聖教の女性司祭だった。
▼
すごいね人類。
ゾンビでハザードなゲームに出てくる強敵クリーチャーさながらの筋力と生命力、俊敏性を持つ闇を相手に対等に渡り合っている。
最初は終わったね人類と思ったけど、金髪で白い祭服を着た聖女っぽい存在が介入してから一気に持ち直した。
なんか兵士の剣が光っている。ついでに体も光ってる。及び腰だった姿勢が前傾になって、バケモノとぶつかり合う。
聖女さんは後方でブツブツなんか唱えてる。
あれは何だろう? なんか聖なるエネルギーだろうか? 浄化されそうなパワーをびしびし感じる。
じゃあそれに祓われる俺と闇は悪役……うん、間違いねーわ。いきなり街を強襲した俺は間違いなく悪役。
違うんだよー…そんな考えなかったんだよー…。
俺はただ村に入れて欲しかっただけ。くしゃみしたら変なのが生まれてただけで……
これは互いの不幸なすれ違いでね、うん。
弁明したり、あの闇に向かって戦闘を止めるように指示できればいいのだが、俺だっていま一杯一杯なのだ。
もうね、さっきからクシャミしたくてしかたない!
いまにも胸から何か漏れ出しそう! くしゅんとしたら胸から絶対なにか出る! いや、エロい意味ではない。どうせ出てくるのはあの闇の化物だ。
それを頑張って耐えてる俺。誰か褒めて。
「っく……! まだ倒れないの!?」
聖女さんが苦し気に汗をかいている。兵士達も気合を込めるため咆哮を上げている。
俺も冷や汗出てきた。口を開いたらくしゃみ出る。やばーい……! 胸元をぎゅっと握りしめて耐える。
この中で闇だけが元気いっぱいだ。
包囲されても半回転して周囲を薙ぎ払う。その直後、飛び上がって上から急降下。ストンピングだー! おっと、兵士さん吹き飛ばされたー!
「救護班! アイツを下げろ! 踏みつぶされるぞぉお!」
倒れた兵士に向かって闇が追撃に掛かるが、そのまえに隊長の指示で周囲からカバーが入る。
兵士の連携がいいのだろう。
前から横から槍が突き出され、剣が振るわれ闇の足が止まる。
「オォオオ!!」
それも数秒の事。闇はこともなげに打ち払った。
負傷者はもう後方へ下げられている様子。
再び状況は膠着状態。
兵士たちは一定の距離を取って光る武器で闇を牽制している。
どうやら闇は光っている剣は嫌いらしい。
初対面時のように、モヤモヤの体で武器を飲み込むことはしなかった。
「兵士さんまた支援を入れますよ! 【Enchanting:wish sparkle/光り輝く強き意志】!」
あ、聖女さんが何か詠唱終わったらしい。
一陣の風が吹いて俺の前髪を揺らす。
兵士さんの剣の輝きがまた一段と強くなり、もう周囲は昼間のように明るかった。
「オォオオオ!!」
そこからは一方的な展開だった。
これまで攻め一辺倒だった闇が防御に回る。だがそれも既に意味をなさない。
剣が振るわれバケモノの腕が落ちる。
槍に突かれた場所がボロボロと崩壊を始めた。負けじと隻腕で殴りかかるが後ろからまた斬られた。
闇が苦し気に呻いているが……あれ? これまずくない?
だって俺にそのつもりは無くとも、傍から見れば俺は街を襲った不審者。
もし闇が打ち払われれば……よくて拘束? 悪ければそのまま俺も殺される?
「……ひぇ」
がんばれ! 超がんばれ闇!
聖女なんかに負けるなー!
聖女には勝てなかったよ…。
ズシンと重い音を立てて闇が崩れ落ちる。
全身からなんか不気味な粒子をまき散らして薄くなっていく。
おまえ……消え方まで悪役っぽいなー……。
「それではあなたが誰なのか、聞いてもいいでしょうか?」
疲労困憊の様子の聖女がゆっくりとこちらへ近づいてくる。
肩で息をしている兵士たちもジリジリと俺を囲むように動き始めた。すぐ手荒な事をしないのは、聖女が対応してるからか、警戒してるからか……。
「先ほどの黒い怪物はいったい? あなたの目的は……?」
「……」
そりゃもう宿ですよ、寝る事ですよ! 美味しいご飯もあれば最高ですね! とはいえ今更そんな事は言えない。
どうすればいいんだろう、何が悪かったんだろう。
目線が自然と下がる。
うーむ……ファーストコンタクト大失敗だ。おもに俺の責任で。
ちょっと悲しくなってくる。
思わずムズムズの我慢がきかなくなった。
「く、しゅん。……ぁ」
「あ」
はい、闇の追加入りまーす。