コミュ障TS転生少女の千夜物語   作:テチス

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諸事情で遅れております
短いです。すみません


新たな実験体

 

 ヤトさんに導かれるままに飛び込んだ影の世界は、とても不気味な所だった。

 ヨルちゃんと一緒に見た夜空とは異なり、呑み込まれそうな深い黒。そこに赤黒い線が幾重にも走り胎動している。

 こっちが見ているはずなのに、逆に誰かに覗きこまれているような錯覚。不安を覚えて隊長さんの手をぎゅっと握る。

 

 現実の世界と影の世界は縮尺が違うのだろう。

 ほんの僅かな移動で現実世界に戻ると、既に集会場からずいぶん遠くまで来ていた。

 

「あ、ありがとうございましたヤトさん」

 

 純潔と勤勉という幹部二人に挟まれて、あのまま戦っていたら恐らく無事では済まなかっただろう。

 しかし彼は何て事はないと手を振って、再び影の世界へと沈み込んでいった。

 

 彼を見送りながら考える。今回の襲撃の目的は何だろうか。

 勤勉の目的は私と隊長さんを殺す事で、村への襲撃は予想外みたいな反応だった。しかも【純潔】と敵対していたように感じた。

 

 教団も一枚岩では無いという事だろうか?

 

 まあ、いい。それよりもまずはヨルちゃんの安全を確かめたい。

 純潔の時もそうだったが、彼女が標的となっている事だって十分考えられる。むしろその可能性の方が高いとさえ言えた。

 

 幸い、礼拝所には闇を祓う結界がある。

 各所の教会に敷かれる結界は、聖都エリサモルで高位聖職者によって作られた最高峰の結界であることが多い。

 例に漏れず、礼拝所の結界も十分な精度と強度を備えた一流の破邪結界。

 

 だからこそ、安心してヨルちゃんを一人残してきたのだが……礼拝所に辿り着いた私は絶句した。

 

「なに、これ……」

 

 ついさっきまで正常だった結界が淀んでいた。

 一流と謳われる結界が見る影も無く、汚らわしい何かに置き換わっている。まるで純水と汚泥が混じり合ったような空気。

 澄んでいる筈なのに神経を削るような不安感を覚える。光と闇が入り混じった悍ましい結界。

 

「ヨルちゃん……!?」

「お、おい! ディアナさん気をつけろ!」

 

 こんなに結界が改変されていて、何も起きて無いはずがない。

 隊長さんに制止されるが構わない。扉を乱雑に開け放つ。

 

(荒らされてはいない! なら目的は!?)

 

 一階の祭壇部分は変わりなし。

 結界の出力として残しておいた聖具【ミトラス】を取り外し、すぐに二階へと上がる。

 

 ヨルちゃんの名前を呼びながら寝室に入るが……もぬけの殻。

 

 まさか隠れている訳ではあるまい。

 いや、そうであって欲しいと思いながらクローゼットを開けたり、ベッドの下を覗き込むが誰も居ない。いくら名前を呼んでも、返ってくる声は聞こえない。

 

「……そんな」

 

 一人ぼっちの部屋で、無意識に聖具を握り込む。

 

 油断していた。無尽蔵の魔力を生み出す聖具と、一流の結界が有れば大丈夫だと思っていた。

 

 だけど現実は相手の方が何枚も上手。

 全てが陽動だった。私が負けじと戦っていたことは、何の意味も無かった。その時間で礼拝所の結界を改変。ヨルちゃんは連れ去られた。

 

 足元が崩れ落ちていくようで頭が働かない。温もりだけが僅かに残ったベッドへと倒れ込みたいほどの無力感に苛まれる。

 

 彼女は一体どこへ連れていかれたのだろうか。

 焦りと不安で呼吸が早くなっていく。……だけど、私は一人じゃなった。

 

「ディアナさんこっちだ!」

 

 隊長が手を引いてくれた。

 連れ出された礼拝堂の外には兵団の皆も揃っている。

 

「状況はコイツ等が知っていた。走りながら説明するぞ!」

 

 そう言って示してくれた一縷の希望。ヨルちゃんはまだ村にいた。

 彼女は多くの村人と共に広場で敵に捕らわれている。その周りには多数の夜人が居るが、その殆どが敵の支配下の存在らしい。

 

 それを教えてくれたのは、兵士さん達だった。

 彼らは自分達だけでは勝てないと知っていたからこそ、下手な事はせず、ずっと情報を探ってくれていたらしい。

 隊長さんが力いっぱい背中を叩いて褒めていた。

 

「よし、配置に着け。武器は持ったな? その時まで察されるなよ」

 

 広場に着くと指示に従い周囲へと散っていく。

 

 状況は悪い。だけど最悪じゃない。

 逆転の目は残されている。

 

 まだだ。まだ、折れる訳にはいない。そう意気込んで気合を入れ直す。

 

「……で、あのバカは何やってるんだ?」

「あ、危ないですよ! リュエール君……!」

 

 が、物陰から広場の様子を伺えば、なぜかリュエール君が仮面の女と戦っていた。

 蹴り飛ばされても負けじと挑みかかる。だけどすぐに囚われて地面に押し倒された。

 

 怖くてすぐ参戦したかったが、まだ兵士さん等の準備が終わっていない。

 

 あっ、あっ、と小声で悲鳴を上げていたら、しかしムッシュさんが参戦した。

 

 ステッキに魔力を通して長物として優雅に振るう。見惚れるような戦闘技能。

 奇襲という事もあっただろうが、仮面女の手足を瞬く間に奪い去った。けど、すぐに再生される。

 

「あいつも人間じゃねぇな。純潔の同類か」

「ええ……。三人目の幹部でしょうか? 注意が必要です」

 

 兵士さんの配置も終わり。準備が完了した。

 しかも、ムッシュさんはそのまま挑発しながら敵の気を引いてくれる。

 

 ここだ。

 一気に距離を詰めて私達も参戦する。

 

 

 

 

 

 

「エークセレント!! ナイスアタックである、ディアナ司祭! レイト兵団長!」

 

 村人と闇が集う広場で陽気な声が響く。

 外連味あふれたムッシュさんの声にしかし、私は動けなかった。

 

「よ、ヨルちゃん……?」

 

 パキン――と、落ちた仮面から見える素顔は彼女にとても似ていた。

 

 打たれた場所が痛いのか、額を押さえているが……指の隙間から見えてくる。無感動に冷めた瞳。きつく結んだ口唇は対話を拒絶しているよう。

 

 その人はまさに、最初に会ったヨルちゃんをそのまま成長させたような女性だった。

 隊長さんも兵士さんも、誰もが追撃に動けずに茫然と立ち呆けた。

 

「さぁさぁ、戦いはこれからである! さあ……さ、あ……」

 

 気合が入っているのはムッシュさんだけ。しかし彼も周囲の雰囲気を察して少しずつ声量を落として行く。

 そして沈黙すると、リュエール君と隊長、そしてヨルちゃんの傍で静かに護衛に立った。

 

 人は予想外の事が起きると、何も言えなくなるらしい。

 

 私達はこの女性の存在を想定していた。

 ヨルちゃんが「15」ならば、きっとそれ以外も居るんだろう……あるいは、居たんだろうと思っていた。南都で似た人物が現れたとも聞いていた。

 

 だけどこんなのは信じたくなかった。

 ヨルちゃんの奪還に動く人物が、まさか同じような境遇であろう人物だなんて。

 

「話を、させてください」

「……そうだな」

 

 隊長さんの了承を得て、警戒しながら近づいていく。しかし驚かせないようにゆっくりと。

 彼女もこちらの意を汲んでくれたのか夜人達に手で合図。互いに戦闘を止めた。

 

 月明りと僅かな篝火が照らす中、少し離れて向かい合う。

 

「……」

 

 どちらも無言。

 

 見れば見る程ヨルちゃんそっくり。

 姉妹と言っても通じるどころか、成長したヨルちゃんと言っても信じられる程に瓜二つ。

 

 なんと言えばいいのだろうか。まさか、貴方は誰ですかと聞いても素直に教えてくれるとは思えない。

 そう悩んでいたら、先に女性が問いかけてきた。

 

「お前は、それの事をどこまで知っている?」

 

「……その言い方は」

 

 ヨルちゃんを指さしてモノ扱いするように「それ」と呼ぶ女性。

 私は思わず訂正したくなったが、すぐに口を閉じた。今はそういう事を論争したいのではない。少し悩んで答える。

 

「おおよその事は知っているつもりです。闇を操る力が与えられた事も、心を凍てつかせていたことも」

 

 納得するように頷く女性。

 ここまでは想定内なのだろう。ならばと、私は一つ情報を投げかける。相手の反応を見たかった。

 

「そして、彼女が【15】である事も知っています」

「ん? ……そう。それは重吾。間違いない。でも、その情報は重要?」

 

 心底不思議そうに首をかしげる女。

 重要に決まってる。お前らが作り上げたのだから。それとも、番号など気にならないほど生み出しては処分して来たとでもいうつもりなのだろうか?

 

 いや、ついつい悪い方向に考えてしまいそうになる思考を振り払う。

 

「貴方は【15】という事に違和感を覚えないんですか? それを当たり前と?」

「己の名前に違和感を持つ人間はいない。私はお前の言っている事が理解できない」

 

「そうですか……」

 

 ただの番号を名前と言い切ることに悲しみが湧く。

 この女性も被害者なのだろう。しかもヨルちゃん以上に感情が希薄、あるいは洗脳されているのかもしない。そう思うと、遣る瀬無さが沸き上がる。

 

 しかし今大事なのはヨルちゃんだ。優先順位を間違ってはいけない。

 

「貴方はヨルちゃん……その子を連れ去ってどうするつもりなのですか」

「……ふ」

 

 よく聞いてくれましたと言わんばかりに、女性が邪悪な表情を浮かべた。そして饒舌に語る。

 

「それは失敗作。臆病で、戦うのが嫌いな甘ったれ。なのに、あろうことか逃げ出した裏切り者。そんな不良品の末路は決まってる」

 

 女性はヨルちゃんを蔑んだ目で見下していた。

 

 まるで用意していたかのようにスラスラと罵倒を並べ立てる。失敗作だとか、不良品だとか。ヨルちゃんを人間でなく兵器としか見ていないことがよく分かる。

 

「私が回収しなければいけない。それが、そいつの為になる」

「……そうですか」

 

 強い言葉を受けて隊長や兵士さんたちは、睨むように女性を見つめていた。怒気すら感じる。

 

 私も失望を感じずにはいられなった。

 

 ヨルちゃんと同じ境遇の人なら、きっと彼女の味方で居てくれる。どこかでそう期待していた。けどそれは所詮、幻でしかなかった。

 私は遠慮を捨てて核心を問う。

 

「貴方ですか? この子を産みだしたのは」

「私ではない。だけど、作った奴は知っている」

 

「そうですか。では、貴方は何番ですか?」

「何番。……ぇ、何番?」

 

 こちらを誤魔化すように、なんだそれはと首をかしげる女性。

 つい、ふざけないでと声を荒らげてしまった。

 

 女性がビクッと驚いた様子で、ゆっくり答える。

 

「……さ、三番……が好き、か……?」

「三番ですか」

 

 さすがに自分の製造番号は言いにくいのか、ぼそぼそと喋っていた。

 上手く聞き取れなかったから、確認がてら私も言い直す。

 

 周囲から「おぉ」と、どよめきが上がった。

 かなり上位番号。つまり、ヨルちゃんのお姉さんという事になるのだろう。

 

 だけど周囲のざわつきを受けて、何故か女性は不安そうに訂正する。

 

「い、いや。五番……かも」

 

 どうして言い直すのだろう。

 

「どっちですか! なんで二つも番号があるんですか!?」

「さ、三番……! 私は三番だ」

 

 つい詰問するように聞くと、やはり三番らしい。

 

「そうですか……」

 

 やっぱり彼女も被害者だった。

 

 なんで、教団はこんな事をさせるのだ。

 実験体に実験体の管理をさせる。しかも、それをおかしいと思わない彼女に憐れみとも、同情とも言えない想いを抱く。

 

「ば……番号なんて、どうでもいい。私はそれの即時返還を求める。応じられない場合は実力行使も厭わない」

 

「もう実力行使しているではないですか」

「……」

 

 どうやら対話は終わりらしい。

 突然黙ってしまった女性を相手に、こちらも戦う覚悟を決める。

 

「……勝ちましょう」

「ああ。捕らえるぞ、それが最善だ」

 

 隊長さんと頷き合う。

 

 同情で刃を鈍らせるつもりは無い。

 大事なのはヨルちゃんだ。それは変わらない。だけど、この人だって本当の邪悪という訳では無い。

 

 きっと知らないのだ。

 常識も、他者からの愛情も知らず生きてきた。彼女は教団の言いなりになるしか生き方を知らない子供なのだ。

 

 ならば大人がするべきことは、彼女を倒して懲らしめる事じゃない。

 彼女に色んな事を教えて、見せて、世界を知ってもらう事だ。彼女に自分の意志を持って貰う事。それが私達のすべき役目。

 

 そのために、落ち着いて話をしよう。

 

 そのために、まずは勝たせて貰うところから。

 

 




 番号……番号ってなんだ?
 とりあえず好きな番号を答えてみた。怒られた。byヨルン


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