コミュ障TS転生少女の千夜物語   作:テチス

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争いとは無益なモノ

 

 

 静まり返った広場で聖女さんと向かい合う。

 彼女は辛そうな目で俺を見るばかりで、どうやら会話の時間は終わりらしい。今は互いに睨み合う段階だ。

 

 さて、どうしよう。

 …………どうしよう!

 

 俺は聖女さんと戦いたくない。だって危ない。

 

 夜人は手加減できるの? 闇送り――物質の消し飛ばしとか、どうやって手加減するの? 無理じゃん?

 けど、ヨルンちゃん人形は回収しないと大変なことになる未来しか見えない。しかも、今はリュエールの野郎の手の中にある。回収できない。

 

 ……あーもう。考える事が一杯で分かんなくなってきた。

 上手い具合に切り抜けるには、結局どうすればいいんだ?

 

 睨み合っている時間で状況を整理する。

 

 俺の今の立場は、村を襲撃して「ヨルン」を回収に来た闇の組織の女幹部。……という設定。

 「ヨルン」は闇の力を与えられただけの無垢な女の子。与えられた理由は不明。出身地は……あー、どこだろ不明。その辺。

 

 うん……。

 思い付きで行動し続けた弊害だね。設定あやふや。

 

 そういえば俺は出身地とか、家族構成とか、一人で森に居た事情を聞かれてない。誰も俺の事情は気にならなかったのかな?

 精神年齢はともかく、見た目はまだ少女。怪しさ満点なのだが……。

 

 まあ、その辺をファジーに誤魔化していたおかげで、こんな謎設定を作れているんだ。とりあえず前向きに考える。

 

(今更、異世界出身ですとか言えるわけ無いし、闇の組織出身ですの方が戸籍無いのも誤魔化せるよね。うーん? この設定、意外と便利?)

 

 図らずもヨルンちゃん身無し子の理由や、闇の力を持ってるバックグラウンドができてしまった。夜人も、ヨルンちゃんの奴なら危険じゃないよとアピールできた。

 

 塞翁が馬。まさかこれは幸運……と思ったけど、気のせいだった。事態が複雑化しただけや。

 

(てか教団の襲撃ショボいし。これじゃあ、騒動の原因ほぼ俺じゃないですか)

 

 シオンが得た情報は間違っていなかった。襲撃はあった。

 間違っていなかったのだが……。襲撃規模が俺の想像よりしょぼすぎる。もっと大々的に来るのかと慌てて参戦したのに、結果は俺が掻き乱しただけ。

 

 どっちかと言うと襲撃犯は俺。

 

(これ誰の所為? シオンの所為? うん。シオンの責任だよね)

 

 脳内の銀鉤が全力で頷いて賛同してくれた。……ごめん。冗談。

 

 シオンは正しい情報くれたんだから悪くない。この騒動の原因が俺とは言いたくないけど、たぶん俺の責任もちょっとはあったかな。ちょっとは。

 

 でも責任の多くはクソ鳥のせいだ。アイツ等が騒ぎ立てたのが悪い。

 もっと言えば、クソ鳥が産まれたのは日蝕のせいで、さらに言えば日蝕はヤト達のせいになる。つまり発端は……。

 

 こら、銀鉤。目を逸らすな。

 こら、シオンが全部悪いとか言うな。アイツは今も頑張ってんだぞ。

 

 気配を探れば、集会場では二つの気配が激しくぶつかっている。これがたぶんシオンだろう。

 

 彼は聖女さんと入れ替わるようにいつの間にか集会場で戦っていた。

 どういう経過でそうなったのか知らないけど、まあシオン良い奴だからな。助けに入って聖女さんを逃がしたとかだろう。

 あっちも心配だけど、夜人の護衛付けてるし多分大丈夫。

 

(うん。まずは自分の事から解決していこう。注意散漫になってきた)

 

 現実逃避みたいに逸れていく思考に歯止めをかけて、目の前の事に向き合う。

 

 結局の所やることは変わらない。

 戦闘はイヤだが、ヨルンちゃん人形さえ回収すればそれで終わりだ。

 

 そんで、明日にでも本当の姿に戻って「闇の組織から脱走して来たよ」とか言いながら村に帰ればいいだろ。

 色々質問されたら、覚えてないで押し通せばいいだろ。

 

 長い思考の果てに、結論。

 聖女さんにもう一度「人形返してよ」と問いかける。一瞬で拒否された。

 

「冗談を。貴方こそ、教団を裏切ってここで暮らしませんか? 安全を保障します。どうして、そこまで従順に従うのですか」

 

「……教団」

 

 教団……? ああ、そうか。聖女さんからすれば、同じ襲撃者たる俺は【黒燐教団】の仲間か。

 

 設定だけだった「闇の組織(笑)」が黒燐教団と同一視されてしまった。

 ……ま、いっか。じゃあ俺は教団出身という事で。

 

「冗談。私の居場所はどこにも存在しない。お前は何も知らないからそう言える」

 

 演じるは悪役。手本は南都で見せてくれたシオン迫真の騙り。

 とは言え俺が演技を頑張る必要は無い。【夜の神】に言葉を任せておけば、自動的に中二臭い台詞回しになるのだ。

 よく素面で言えるよね。恥ずかしくないのかな。

 

 ―― ……。

 

(ご、ごめんウソ。神様たすけて)

 

 久しぶりに夜の神の気配を感じた。なんかブチギレそうな雰囲気だったから慌てて謝る。ついでに、よいしょする。

 

 貴方が居てくれるから俺は生きていけるんです! いよ、最高神! 

 あと、できればこの演技を手伝って欲しいなって!

 

 ……機嫌直った? 

 直ったみたい。呆れてるような気配するけど、たぶん直った。

 

 協力してくれるのか、口が勝手に動き出す。

 しかし夜の神も何か思う所が有ったのか、村人への嫌味がちょっと込められている言葉。

 

「ソレは村人に拒絶されていた。見逃してくれるなら、勝手に持って行けと差し出した。なのに、なぜお前は引き渡さない?」

 

「……人間は弱いですから。そういう気持ちを抱く事も有るでしょう。全ての人に愛されるなんて不可能ですから、彼女を嫌う人だっているでしょう」

 

 でも、と聖女さんは続ける。

 

「私は拒絶していない。彼女にどんな背景があろうと、何を引き寄せようと、私が好きだから彼女と一緒に居たいんだ」

 

 彼女は目を逸らすことなく、真っすぐな瞳で見つめてきた。

 その内容と合わさって言われてる方の"俺たち"がドキドキする。

 

「……好、き?」

 

「私だけじゃない、兵士さんだってそう。リュエール君だってそう。好きな人を助けたいと思う事がそんなに不思議ですか?」

 

 彼女は堂々と胸を張る。

 命を懸けてでも彼女が好きだから守るのだと、その真情を吐露する。

 

 ま、真面目な顔でそんな熱烈アピールしないで欲しい……。

 いや、そういう意味で言ってるんじゃないという事は分かる。ラブではない、ライクね。知ってる。知ってるよ。

 

 でも恥ずかしい事は恥ずかしいのだ。

 だって、その、言われてる俺が本人だし……。

 

 嬉しくて、ちょっと照れて目線が下げる。ニヤついてしまわないように手を握り込んで爪を立てる。痛い。

 

「……」

 

 夜の神はなんか知らないけど、また気配消えた。たぶん照れて逃げたな。俺も逃げたい。

 

 これ以上、羞恥プレイしたくないから会話終了。

 

「聞くに堪えない。話は終わり。これから、あの人形を奪還する。邪魔する者は……」

 

 交渉ではヨルンちゃん人形を取り返せないのが分かったから、片手を大きく広げて夜人に合図。

 

 演出でも絶対に「殺せ」とは言い切らない。

 言った途端、マジで動きだしそうな奴等ばっかりで危険すぎる。

 

 銀鉤を通して夜人全体へ通達。兵士さんは絶対殺しちゃだめ、怪我もダメと。

 

 銀鉤は分かってると言わんばかりに頷いた。

 そして全体に通達された事を確認したら、手を振り下ろす。戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

「来たぞ……! 全力でヨルンを護れ!」

 

 夜人と兵士さんが動き始めたのはほぼ同時。兵士の総数50に対して、夜人300位。

 

 飛んでくる矢がうざったいから、手始めに屋根の上に配置されている兵士の無力化だ。夜人達が次々と跳ね上がり射手へと襲い掛かる。

 

 だけど突然、兵士の体が淡く輝きだした。

 兵士を捕まえようと触れた夜人の手が崩れていく。それは一気に全身へと広がり、数体の夜人が砕け散った。

 

「cardinal【Sacristy Deployment】」

 

 何事かと思えば、聖女さんが聖具を握り込みながら呪文を唱えていた。

 彼女の胸元から放たれる白い光が周囲を照らす。淡く暖かい光。

 

 破邪の効果? 夜人が触るだけで、体の崩壊を招くほど強力な聖属性だ。

 

(えぇ……あの聖具、そんな強かったの……?)

 

 触れただけで夜人を殺すって効果ヤバすぎない?

 

 だけど死んだ夜人はすぐに再召喚された。

 俺は能力制御ができず、くしゃみが召喚の合図になってたけど今は銀鉤が制御してくれる。

 

 手を振れば、そっちの方に夜人がズラっと出現して、指を鳴らせばこれまた周囲の影から湧き出てくる。

 

 自由自在に扱える力がちょっと楽しい。

 銀鉤便利だわマジで。脳内でも嬉しそうに褒めてとアピールしてるのが可愛い……くはないけど、便利。

 

 対して佳宵。

 なんか広場の隅っこで多数の夜人に纏わりつかれて、鬱陶しそうにしてる。退けと言うように振り払っても、圧倒的数で押しつぶされていた。

 

 あいつ、別に今回は悪い事してない。

 動き出そうかなぁって所で周囲に邪魔されてた。たぶん信用の問題?

 

 ヤトまで参加して佳宵相手にワチャワチャしてるし……。

 お前ら自由か。銀鉤(いぬ)を見習え、銀鉤を。

 

「いい加減この矢が邪魔。まずは防御」

 

 まあ遊び組は放置して兵士に対処する。

 

 兵士たちは聖具の守りにより万全。夜人を気にせず次々に射掛けてくる。

 夜人達は軽々避けているが、俺は避けられないので対応を銀鉤にパス。

 

 矢を避けたり、撃ち落としたり。

 なんとか人形の元に向かおうとするが、弾幕が激しく近づけない。

 

 銀鉤も一々避けるのが面倒になったらしい。手を振って闇の帳を周囲に敷いた。黒いモヤが壁みたいになって聳えたつ。

 矢は壁に当たると軽い音を立てながら消滅していった。

 

 兵士が吼える。

 

「斉射も効果確認できず! 簡易聖矢では突破できません!」

「なら、剣に持ち変え! ディアナさんの加護を信じて往くぞ!」

 

 聖女さんの加護は得物にも伝達するらしい。矢と比べると更に強い光で剣が輝いている。

 

 兵士は剣を抜くと一気呵成に走り向かってきた。屋根の上にいた射手たちも弓を仕舞って、飛びおりて続く。

 

「……聖具ミトラス。アイツが作った神造魔具。相変わらず面倒くさい」

 

 なんか夜の神が愚痴っぽく教えてくれた。

 あと銀鉤がバツって感じでアピールしてくる。どうやら、この防御は矢を防げても剣は駄目らしい。

 

 ならばこちらも接近戦。夜人達を前方へ押し上げる。

 

「迎え撃って」

 

 兵士さんと夜人の群れが激突する。

 

 俺たちは不利過ぎた。

 夜人は無手であり、さらに相手に触れれば浄化される。

 加護持ちの兵士に触れてから完全浄化まで僅か3秒もない。

 

 まあ、それだけあれば夜人にとって十分か。

 崩壊しながらの格闘戦でも、ケガさせずに押しとどめる程度は可能らしい。

 

 兵士さんは無傷ながら津波のように押し寄せる夜人相手にたたらを踏んでいる。

 

 突撃する度に死んでいく夜人達。そしてまた召喚されて突撃、死んでいく。

 人、これをゾンビアタックと呼ぶ。

 

「何だこの物量は……! ふざけやがって、無尽蔵だってか!?」

 

 隊長さんが何か言ってるが、ふざけるなは俺も言いたい。

 

 聖女さんの加護ヤバくない? なんで神話生物相手に特攻効果もってるのー?

 でも慌てず騒がず夜人の再召喚を延々繰り返す。とりあえず、戦線は膠着させた。

 

「別に敵を倒す必要は無い。アイツの影から奇襲。奪ってきて」

 

 夜人には影同士を渡る能力がある。

 ヨルン人形の影から手を出して、引っ張り込むように指示。だが、それは読まれていた。

 

「そうですよね! ここから来ますよね!」

 

 夜人の奇襲は聖女さんの手により防がれた。影から出た手を掴んで、聖気を流し込んでいる。そのまま指示が飛ぶ。

 

「ムッシュ司教! 全ての影を消してください!」

「イエース。相手は闇の権化。夜こそ相手の本領である。なれば、来たれ明かりよ、照らせ世界を!」

 

 彼の声と共にいくつもの灯火が空に上がり輝きだす。野球のナイターゲーム並みに広場が明るくなった。いやそれ以上か。

 

 どこを見ても眩い光にあてられて目がくらむ。闇に慣れていた眼が潰された。

 なのに兵士達は一切動きが阻害されていない。たぶんそれも加護の効果。つまり卑怯。

 

「くっ……ヤ、いや。初魄もマズい? あー」

 

 名前が呼べないから指示が出しにくい!

 

 なんか後手後手だ。

 どうにか流れを取り戻さなければ――と思ってる内に相手がまた動いた。

 

 兵士が割れるように動き、聖女さんと俺の間に空白の直線が作られた。

 

「そうだ! 上手いではないか、ディアナ司祭! では合図は分かったね? いくぞ!」

「は、はい! ……え、本当にあの掛け声で?」

 

 聖職者二人が並んで魔法を唱える。

 魔力が混じり合って、一つになって……うん、たぶん合体魔法的な? 見る限り、なんかヤバそう。

 

「いくぞ! エクセレントェエエント!」

「え、えくせれんと!」

 

 なんか情けない掛け声で光の奔流が放たれた。

 それは何人もの夜人を貫き、俺も呑み込んでいった。

 

 ……もうやだ!

 

 

 

 

 

 

 闇の主たる女性――――「三番」が魔法の直撃を受けて広場が静まり返る。着弾地点では濛々と煙が上がっていた。

 

 黒い濁流のように雪崩れ込んでいた夜人達は動きを止めて、女性の居た場所を注視する。鳥たちも信じられないといった様子で黙り込む。

 

 今放った技は儀式魔法の一種。

 一人では到底、描写不可能な程に複雑化された魔法陣を複数人で構築することで発動する大魔法だ。

 本来はもっと大人数で時間を掛けて行うのだが、たった二人で強行したものだから疲労が強い。ムッシュ司教に至っては地面に崩れ落ちていた。

 

 これで勝てていなかったら、どうしよう。

 魔力は聖具ミトラスから供給されるから万全だ。しかし魔法行使には多大な集中を伴うため、何時までも戦い続ける事は出来ない。

 ディアナは肩で息をしながら固唾を呑む。

 

「はぁ、はぁ……っ! うそ」

 

 ゆっくりと煙が晴れていく。その光景を見てディアナは頭が真っ白になった。

 

 ここまで全て上手くいっていた。

 兵士たちの陽動から始まり、突撃に扮した時間稼ぎ。影からの奇襲だって防いだ。そして本命である大魔法も直撃させた。

 

 なのに、相手は倒れていない。

 纏っていたスーツはボロボロと焼け落ち、下着が所々見えている。純白のブラウスと熊さんパンツ。しかし、そんな僅かな成果も一瞬のうちに修復されていく。

 

 まるで「今なにかした?」と言わんばかりに不思議そうな顔で三番がこちらを見下ろす。

 

「死ぬかと思った」

 

 まるで感じさせない感情。恐らく本心ではない。

 

 それを証明するように、三番の言葉と同時に空に上がっていた光球が弾け飛んだ。

 

 瞬時に村が闇に包まれ注意が空に逸れる。

 それが悪かったのだろう。ディアナは突如、目の前に現れた三番に抑え込まれた。

 

「あぐっ! 止め……!」

「動かないで」

 

 両手首をつかまれ、吐息も感じそうなほどの至近距離。三番の方が背が高く見下ろされる姿勢だ。

 

 近くで見れば見る程ヨルンに似ている。

 しかし、そんな事を考える余裕はディアナには無かった。

 

「なに、が!?」

 

 一瞬で距離を詰められた事が理解できない。

 

 これまでの影を介した瞬間移動とは一線を画すもの。

 まるで空間自体が入れ替わった様な。あるいは移動の基点と終点だけが残り、過程が全て無くなった様な違和感。

 

 いや、そんな事を考えてる場合じゃない。

 抑え込まれて手が使えないなら、蹴ればいい。そう思ったのだが体が動かない。

 

 手足がしびれ、まるで力が出なくなる。

 眩暈が生じて無意識のうちに地面に崩れ落ちてしまう。

 

 ディアナだけでない。ムッシュ司教も、兵士も村人も。みんな斃れ伏して、死んでいるかのように動かなくなっていた。

 

(まずい! これ、まさか……あの時!?)

 

 思い出すのは純潔の時の戦い。

 あの時に感じた寒気や眩暈と、今の状態は非常に似ていた。体の奥底から湧き出るような不調。熱に浮かされるように思考が霞む。

 

「だめ……ここで、意識を持っていかれたら……」

 

 幸い死に瀕するような感覚はない。しかし朦朧とする意識。唇を血が出るほど噛み締め、痛みでつなぎとめる。

 

 その状態でも、なんとか抵抗手段を探るが無情な声が響いた。

 

「無駄な抵抗。既にコレは貰ってる。あいつの加護さえなければこっちのもの」

 

 三番が事も無げに見せるのは、さっきまで自分が首に下げていた【ミトラス】だった。

 ディアナはまさかと思って胸元を見るが、当然そこには何も無い。

 

 恐らく先ほど抑え込まれた一瞬で奪われたのだろう。あれが有ったからこそ、なんとか抵抗できていたのに。

 

「ついに、これを取り戻せる。やっと一息つける。ほんとうに……長かった」

 

 彼女は嬉しそうな声でヨルンを抱え上げた。

 なんともゆっくりした動作だが、それを止める事が出来る者は誰も居ない。

 

 そして自分がした事を確認するように、じっくりと周囲を見回す。

 倒れ伏した兵士と村人を見て、そしてディアナを見つめる。だが何故か悲しそうに目線を逸らした。前髪を弄っている。

 

 大事そうに抱えるヨルン。

 彼女の癖に似た、その仕草。

 

 ディアナは焦りと不安、恐怖がごちゃ混ぜになった頭で茫然とその様子を見つめる。

 

 しかし、それも僅かな時間。彼女は夜人達を引き連れて歩きだした。

 ディアナは動かない体に鞭打って、なんとか手を伸ばす。

 

「お願い、やめて……!」

 

 どうすれば止まってくれるのか。

 なんとか説得できないか。

 

 ディアナはヨルンと出会った日の事を思い出す。

 冷徹に見えて、しかし優しさを隠し持っていた少女。闇を悪じゃないと教えてくれた、子供らしい彼女。それがいま失われようとしている。

 

「お願い。待って……話を……」

 

 この人だって、本当は悪い人じゃない。

 

 だって兵士の誰も傷つけることなく戦いを終わらせた。今だって皆を殺すチャンスなのに、その素振りも見せない。

 まるでヨルンがディアナ達と出会う事なく成長した姿を見せられているような錯覚すら感じる。

 

 そして連れ去られれば、ヨルンは三番のように再教育されるのか。それとも処分されるのか。

 

 想像したくもない未来。

 ディアナは涙をにじませて懇願する。

 

 敗者としての恥も外聞も放り投げ、声を振るわせて願う。どうかヨルンを連れて行かないでくださいと。

 

「……」

 

 その声が届いた三番は歩みを止めて振り返った。

 

「……ごめん」

 

 叱られた子供のような声。

 

 辛うじて聞こえた謝罪を残してその日、事件は終わりを告げた。

 たった一人。ヨルンという小さな犠牲の爪痕だけを残して。

 

 





ヨルン  → 聖女さん泣かせちゃって気分最悪
ディアナ → ヨルンちゃん守れなくて気分最悪
勤勉 → ひっそりと負けてる
純潔 → 光と闇の愛を切り裂かれて失意。でもヨルン作製者の手がかり見つけたのはちょっと嬉しい。

争いは誰も得しない! (。д゜)

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