コミュ障TS転生少女の千夜物語   作:テチス

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おいでよ深淵の森

 

 

 生命を拒む様に鬱蒼と生い茂る【深淵の森】――――それは、50年前に黒燐教団が本拠地とした場所だ。

 口に出すのも憚れるような実験と儀式によって汚染され尽くした森は、長い年月を経た今でも黒き魔力で溢れている。

 魔力は吹き溜まりとなってより固まり、魔種の発生へと繋がる。

 

 魔種とは魔力から生まれた化物の総称であり、その多くは自分と異なる有機生命体――いわゆる人間やそれ以外の動植物――と敵対関係にある。

 魔種も決して知能が低いばかりでは無いのだが、対話や和解が為された例は無く、人間とは怨敵のように殺し合う関係だ。

 

 どこかの偉い学者は、それを魔種を産む魔力に原因があるのではないかと唱えていた。

 「夜の神」を主とする闇の魔力から発生する魔種は生まれた時から忠実な神の下僕であり、人間の敵対者なのである……という説だ。

 

 対比として「太陽神」を主とする聖なる魔力――聖なのか魔なのか分からないが、そういう名称なので仕方ない――から生まれる聖獣が居る事もその説の信憑性を高めている。

 

 それはともかく。ここは、そんな魔種で溢れる禁忌の地。

 ヨルン奪還のため森深くまで踏み入ったディアナ達の元にもその洗礼は訪れる。

 

「右方向から準1級『根を張る異形蜘蛛(アラーニェ)』接近!」

 

「反対方向より3級危険種『蒔かれた鬼軍(デーモン・スパルトイズ)』! 同じく接近!」

 

 斥候に出ていた兵士たちが小声で叫びながら戻ってきた。

 

 準1級と危険種。魔種の強さや脅威度を別けた分類であり、どちらも上位レベルの存在だ。

 行軍していた兵士たちに緊張が走る。

 それに活を入れながらレイトは周囲に指示を飛ばし、防御態勢に移行した。

 

「迎撃用意。騒音は立てるなよ、今回の任務は隠密優先だ」

 

「うぅむ……アラーニェとスパルトイズであるか。もし南都に出れば大騒動であるな」

 

 右から来るという『根を張る異形蜘蛛(アラーニェ)』は文字通り蜘蛛型の魔種だ。吐き出す蜘蛛の糸は、糸と言うには太く、頑丈すぎるため大木の根という表現が最適でそのような名前となった。

 

 対して左から来る『蒔かれた鬼群(デーモン・スパルトイズ)』とは群れで生活する鬼――角の生えた人型の生物の総称――である。

 個体としてはさほど強くないが、鬼の歯を地面に蒔くと、その土地の栄養を吸って急速に同種が発生するという増殖特性を持っている。

 その個体もまた増殖可能なので、際限なく増える。土地の栄養全てを枯らす事も有り【危険種】として認知されていた。

 

 そんな強大な二つの魔種に囲まれた。

 ムッシュ司教がうんざりとした表情で武器を構えるがレイトは押しとどめた。加勢は不要という意思表示。

 

「来たぞ。……ダメか、バレてるな。臭い消しが効いてない」

 

 また不良品か、とレイトが悪態を吐きながら剣を抜く。

 しかしその顔に気負いはない。

 

 最近は教団の幹部ばかり相手していたが、この程度の敵ならば慣れたモノ。

 

 戦闘が始まる。

 

 

 

 

 目の前で行われる"狩り"を見ながら考える。

 

 かつて世界最難関と言われた「深淵の森」大突破。

 それは王国と帝国を繋ぐ林道が整備された今でも大きく変わらない。ここは通る荷馬車の半数が生きて帰れない地獄への一本道だ。

 

 商業路としては不適合で、生活道路にも不要。

 王国-帝国間を繋ぐ連絡道路として使えなくもないが、費用対効果が悪すぎる。

 

 ならば何のために巨費を投じて整備したのかと言うと、監視道路として使うことで黒燐教団の復活を防ぐためだったらしい。

 が……全く意味がなかった。

 

 結局誰にも気づかれずに教団は復活を遂げていたのだから。

 

「ふぅむ、やはり噂に違わぬ実力であるな。安心して見ていられる」

 

 兵士と魔種の闘いを見ながらムッシュ司教が惚れ惚れする様に言った。

 

 私達の目の前で行われている戦闘は順調に推移している。

 

 巨大な蜘蛛が糸を吐くが、それを軽やかに避ける兵士さん。

 短期決戦だと言わんばかりに数人が突撃。大型弩砲を思わせる蜘蛛の足を掻い潜って剣を突き立てた。

 

 反対方向では鬼が剛腕を振るっている。

 その拳に合わせて兵士が剣を構えると、相手の力によって鬼の腕が縦に切り開かれていく。痛みにより鬼が絶叫――する前に喉が裂かれて微かな息が漏れ出るのみ。

 

「兵士さん達の噂……ですか?」

「うむ。ディアナ君は聞いたことないかね? 王国最精鋭を誇る兵士たちの話」

 

「ごめんなさい、私は半年前まで他国の聖学校にいたので、あまりそう言うのは詳しくなくって」

 

「ああ、そうであったな。では知らぬも無理ないか……よし聞かせよう! いよぉ、レイト駐屯兵団の最強伝説!」

 

 飄々とした掛け声と共に宣言されたタイトル。

 ちょっと気になる表題だったが、声が届いたらしいレイトさんが鬼のような目で睨みつけてきた。

 

「救出作戦の真っ最中でも余裕ですね。では気になるので私も拝聴してよろしいですか、ムッシュ司教?」

 

 鬼の返り血で染まった剣を揺らしながら言うレイトさん。

 ムッシュ司教が竦み上がった。

 

「い……いや、止めておくとしようかな。本人の前でする話では無かったであるな、うん」

「ならそんな馬鹿らしい話、陰でもしないで頂きたい。ほら行きますよ」

 

 あっという間に蜘蛛と鬼を退治したレイトさん達は再び歩みを進める。

 隊長から目線を逸らされた事でムッシュ司教が再起動を果たした。こそっと近づいて来て私に耳打ち。

 

「いやはや、レイト隊長はとても怖い人であるな。見たかねあの剣、真っ赤であったな!」

「ムッシュ司教は時と場面を考えてくださいね」

 

 常に気を張り詰めていろとは言わないが、今は決して雑談できる場面ではない。

 

 この森に巣くう魔種以外にも脅威は多い。

 これから向かう黒燐教団の拠点は危険だろうし、兵士達が監視する様に囲んだ仮面の男――――純潔だって決して信用出来ない男だ。

 

(ヨルちゃんの救出を手伝ってくれると言ったけど……本当かな)

 

 何も不審な事はしていないでしょうねと視線を送る。

 

「あ、あ、あ! なんで死体を放置するんですか、蜘蛛の目は取らないのですか? 鬼の歯も持っていきましょうよ! 勿体ないですよ!」

 

「うわ」

 

 振り返って見た仮面の男は、それはもう不審さしかなかった。

 

 蜘蛛の目玉から採れる水晶体は良い触媒になるとか、鬼の歯を分解する事で促進成長剤を作れるとか、そんな嘆きが聞こえてくる。

 兵士たちに「いいから歩け」と促されても、純潔は後ろ髪を引かれるように魔種の死体を見つめ続ける。

 

「うわぁ……」

 

 そして死体に向かってフラフラと引き寄せられて行った。 

 死体を抱き寄せると頬ずりしてる。気持ち悪い。

 

 諦めて貰えるように言葉をかける。

 

「ほら、早く行きますよ。魔種は魔力体ですし、あと10分もすれば霧散して消えますよ」

 

「だから早く処置するんじゃないですか! 固定化の魔法をかけて保管すればいいじゃないですか! ああもう、これだから素人は……」

 

「……そうですか」

 

 なんで私が怒られているんだろう?

 

 話しかけなければ良かったという思いと、置いていきたい感情が湧き上がる。しかし"契約"を交わした以上、そうはいかない。

 

 私が純潔と結んだ契約。

 それは互いの神に誓って宣言する魔法だ。

 

 もしも破れば神罰が降り注ぐ……と言われているが、実際は普通の魔法の一種である。双方が己に縛りを課す事で契約の履行を強制するという便利で危険な魔法。

 

 契約内容だが、私が差し出すのは「己の体」となった。

 ただし生死に関わることはしない、精神を侵すような事はしない、3日以内に解放することを条件に差し込んだ。

 

 対して純潔が差し出すのは「己の知識」。

 教団の事も、ヨルちゃんの事も全て誠実に話す事になっている。

 隠し事はできる。しかし私の質問に対する答えは全て真実であることが約束された。

 

 これが対価の釣り合った契約なのかは分からないが、私のカラダ一つでここまでの譲歩を得られたのは僥倖と言っていいだろう。

 

 道中歩きながら少しずつ彼に質問を進める。

 

「じゃあ、貴方はヨルちゃんの生まれに関わってないのですか?」

 

「ええ。私の専攻は疾病学ですので、そういう生命創造は得意とはしませんね。あるいは降臨術でしょうか? そちらはもっと苦手分野です」

 

「なるほど……では、ヨルちゃんの事は知っていましたか? 教団で押し進められた計画であるとか……」

「いいえ。私は一切彼女に関与しなかった。そもそも私はその存在すら存じ上げず、製作者も知りません。教団での共同計画も有りませんね」

 

「……なるほど」

 

 打てば響くように返答が来る。

 彼の説明を聞くと黒燐教団は、想像していたよりも個人主義が強い組織のようだった。

 

 そもそも教団全体での至上命題というものは無い。

 所属する人間だって闇の研究者だったり、闇の理念に心酔した人も多いるが、あるいは単なる殺人快楽者もいたりする。

 更に言えば「夜の神」を崇拝していない者も居るらしい。

 

 教団員に共通しているのは全員が闇魔法に精通しているという事だけで、それ以外は目的も能力も千差万別だ。

 教団員の多くがスタンドプレイを好むため、互いに協力するという事は多くない。精々あっても幹部の下に庇護を求めた部下が集まって派閥を作る位だという。

 

 じゃあ共通目標も無いのになぜ教団が作られたかと言うと、元々は互助会的組織だったらしい。

 聖教や国に見つかって攻撃されたら互いに助け合おうねっていう、そんな目的の集まり。

 

 だから幹部である純潔であっても、他派閥の研究内容は知らないと言っていた。

 

 ここで一つ疑問が湧き上がる。

 

「ならあの時、ヨルちゃんを取り戻しに村を攻撃したのは何故ですか? 貴方は無関係だったのでは? もしかして製作者から協力を要請されたとかですか」

 

「……いいえ。あれは単なる勘違いでした。いや、お恥ずかしい」

 

 そう言って純潔が説明してくれたのは、呆れて何も言えなくなるような内容だった。

 

 なんでもその日、偶然ヤトさんに出会ってヨルちゃんの護衛を依頼されたのだそうだ。

 それをどう勘違いしたのか、私から守るという風に解釈して、ヨルちゃんを村から助け出そうと暴れたとか。

 

 護衛である。決して襲撃じゃないのだ。

 

 ふざけないで欲しい。

 少し遠くで話を聞いていた隊長も、全力で溜息をついていた。そして怒りを抑えるように愚痴をこぼす。

 

「じゃあ、あの戦闘はなんだったんだ お前の勘違いで……いや、死者が居ないから幸い……いや、いや」

 

 兵士達も怨みの籠った目で純潔を睨むが、彼は笑って謝罪するばかり。

 

 誠意が感じられないが、純潔はだからヨルンをどうこうするという意思が無いと言う。

 むしろ彼女こそ黒燐教団の教祖に相応しいと鼻息荒く興奮していた。

 

「教祖……ヨルちゃんですか。その製作者ではなく?」

 

「なぜ製作者が出てくるのか疑問です。そうですよ、私は他でもない彼女こそが我等を導くに相応しい人物だと思っています」

 

 私のイメージでは黒燐教団の教祖とは絶対的な「悪」だ。誰よりも闇の知識が深い者。

 ヨルちゃんがその椅子に座るイメージは一切湧かない。

 

「解釈の不一致ですね。いいえ私も以前まではそうでした、より暗澹たる深淵に至った者にこそ教祖の椅子は相応しい。夜の神の理念たる、光の破滅に邁進する事が我等の使命だと信じておりましたから」

 

 純潔の目標は光の破滅だったらしい。

 闇を知り、のめり込んでいった彼は何時しか夜の神の敬虔な信徒となり、光の破滅を目指すようになったという。

 

「ディィスカァンファトゥ。実に不快な信念である。しかしその言い方、今は違うというのかね?」

 

「無論。私はヤト様の叡智により身の程を知った。人類の考える『夜の神』など、歪んだ偶像の一部に過ぎなかった。神が真に求めたるは破滅ではない――愛だったのだ!」

 

 興奮する様に宣言する純潔。

 ……なんだろう? 一体どういう解釈で、そういう結論になるのか分からない。

 

 光の破滅が、どうなれば愛に取って代わられるのか。

 そもそも純潔の言う「愛」が私の知ってるものと同じものなのか? さっき聞いた話では、とてもそうは思えない。

 

 人間を苦しめるのが愛だとか、死が救いだとか、そういう意味の「愛」じゃないのかな?

 そう尋ねると純潔は怒りだした。

 

「失礼な事を言わないでください! 私の愛は先ほど説明したでしょう、あれが私の全てですよ!」

 

 そっか……あれが純潔の全てなんだ。

 その説明が慄くほど気持ち悪かったんですけど。

 

 私は距離を置きたいのを何とか堪えて視界の隅に仮面男を追いやる。

 

 ヨルちゃんの事に関わっていないと知り、昔ほどの憎悪は無くなった。ただ代わりに果てしない気持ち悪さが芽生えた。

 どっちが良いかは分からないけど、まあ、我慢しよう。

 

 ヨルちゃんを救うのに協力するならば、この嫌悪はまだ何とか我慢できるレベル……だろうか。

 上手くいけば、明日にはこの男に体を許すことになると思うと気分が重くなるが。

 

 ムッシュ司教がついでとばかりに問いかけた。

 

「では南都での暴動の目的はなんであるか? 愛を求めるのに、なぜあのような蛮行を誘発させた? 吾輩は南都の司教として……あ、いや、引き継いだから、今はディアナ君が司教になるがね」

 

 突然、振られた言葉に慌てて弁明する。

 

「いえ、引継ぎは襲撃騒動でまだ未了ですし、私も了承した覚えはありませんが!」

「はっはっは! 半年早くなるだけだ。今回の越権行為も吾輩が引き受けるし、ディアナ君は安心して司教位に付けばよい」

 

 ムッシュ司教はキザッたらしくウインクしてアピール。

 いや、その半年が大事なんですが……しかし、ムッシュ司教の意志も固い様で引く様子を見せない。

 

 話が進まないのでそれは保留として、全て終わってから考える事で同意。

 とりあえず純潔の話を聞く。

 

「南都の暴動……あぁ! そんな事も有りましたねぇ。色々あって忘れていましたよ。すみません」

「何てことないように言うであるな。暴動など所詮、些事であったか?」

 

「そう言う訳ではないですが。ふーむ、説明が難しいし、できませんね。とりあえずアレも"救い"の一種とだけ」

「暴動が救いであるか……やはり黒燐教団の考える理念は吾輩の想像を飛び越える」

 

 理解できない私たち。

 純潔は寂しそうに言葉を漏らす。

 

「私達の愛はまだまだ世界に理解してもらえない。世界革命故、致し方なし。だからこそ一歩ずつですね、夜の神よ」

 

 空を仰ぎ見て、もの悲しそうに耽る仮面の男。

 

 なんでこの男は格好つけているのだろうか。

 内乱罪は普通に最低な行為なのだが……。

 

(いいや、集中しましょう。こんな男の事は考えるだけ無駄でしょう)

 

 必要な情報を収集したし、無駄に話す必要は無い。

 彼との話を打ち切って私達は無言で歩く。

 

 彼がチラチラとこちらを見てきた。

 

「もうお話は終わりですか? 私はもっと話したいですねぇ、仲良くしましょうよ」

 

 無視する。

 

「雰囲気が固いですねぇ。緊張していますか、それはよくない。人間過ぎたるは猶及ばざるが如しと言います。緊張をほぐすなら楽しい事を考えると良いですよ」

 

 それでも彼は矢継ぎ早に話しかけてくる。

 

 何だろう、この人。

 本当に私達と仲良くしたいのだろうか? 私はしたくない。

 

「例えばヨルンを救出した後の事を考えると、どうですか? 楽しくなってきませんか?」

「それは、まあ。嬉しいですけど」

 

 つい救出と聞いて想像する。

 

 助けに来たらヨルちゃんは喜んでくれるだろうか? それとも、迷惑をかけたと申し訳なく思うだろうか。あの子の事だから謝罪してしまうかもしれない。

 

 それでも、きっと私は抱きしめてしまうだろう。

 気にするなと。貴方は悪くないと。人目を憚らず全力で抱擁してしまう気がする。もしかすると二人で泣いてしまうかもしれない。

 昨日できなかった分まで彼女をしっかり包み込んであげたい。ここに生きているんだと、彼女のぬくもりを感じたい。

 

 そんな未来を想像すると荒んでいた心が少しだけ癒される。

 だがその直後、純潔が全てをぶち壊した。

 

「私も楽しみですね! 全てが終われば、きっと素晴らしい『愛』が育まれる。ふふ……貴方には期待していますよ、ディアナ司祭」

 

「……それはどうも」

 

 ねっとりとへばり付くような声。

 心の底からの愉悦と歓喜を滲ませて、純潔は舐めるような視線を私に寄越した。

 

「おっと私も報酬があるのでした。貴方の体が楽しみですねぇ」

 

「愛と私のカラダ、ですか。まあ……そんなとこだろうと思っていましたよ」

 

 彼と色々な話をした事で、ようやく私は彼の"愛"を理解した。

 

 愛とは彼の隠語だったのだ。

 なにせ光の破滅を求めていた人間だ。言葉通りの愛を主張する筈が無い。

 

 弱みに付け込み、私の体を対価に要求した事といい、彼は「光」を犯し穢すことに楽しみを見出したのだろう。それを愛と表現する事で人の尊厳を踏みにじり倫理すら汚染する。

 

 それこそ彼の愛。なんと不愉快な男だろうか。

 

「その体、隅々まで調べ尽くしてあげましょう。貴方も知らなかった秘密も明かしてあげますよ、ふふ」

 

 三日で時間は足りるでしょうか、など。

 弱い所を見つけたら鍛えてあげましょう、などと。

 

 その言葉の意味を私はいまいち理解できなかったが、盗み聞きしていた兵士が目を見開いて純潔を凝視した。そして別の兵士とヒソヒソ話をする。

 

 なんだか兵士達の純潔を見る目が、敵を見る目から汚物を見るものに進化している。

 

 ……知りたくない。

 純潔の言葉は碌な意味じゃなかったのだろう。私は知りたくない。

 

 

 

 

 

 

「止まれ、ここから先は教団の領域だ」

 

 何度か魔種の襲撃を受けながら進むこと数時間。

 以前ヨルンちゃんから聞いていた道のりを辿り、途中で林道から逸れる。

 

 そして私達はついに【捨て場】にたどり着いた。

 

「うっ……」

「これは酷いな……真新しい死体ばかりだ」

 

 切り拓かれた森の一画。地面に深く掘られた穴は、まるでゴミ箱のようになっていた。

 

 そこに捨てられている物は死体ばかり。

 老若男女問わず、信じられないと言わんばかりに目が見開かれた生首の山。

 

 そのおぞましさは、死が身近にある兵士さんですら口を押えて衝撃を受ける程。私もムッシュ司教も直視できず、死臭を避けるように距離を取った。

 

 平気そうなのは隊長さんと純潔だけだ。

 

「……首から下はどこだ? なぜ首しか無いんだ」

「さて、人間の体は有用ですからね。使ってしまったのか……それともこれは、晒し首なのか」

 

 穴を覗き込むように屈んだ二人が思い思いに口にする。

 

「いくつかの頭部に拷問痕が有ります。目がくり抜かれていたり、舌が二股に裂かれていたり。歯も抜かれています。怨みを買いましたかね」

 

「これが教団の報復方法という事か?」

 

「はい、いいえ。これは神話で行われたという方法に肖ったポピュラーな拷問です。かつて夜の神の不興を買った生物が一族郎党されたという拷問……だいぶ簡易的なようですが、それでしょう」

 

 生臭い血臭にも慣れてきた。

 なんとか二人の隣に近寄って、私も穴を覗き見る。

 

「……うぅ、何人いるんですか」

「数百は下るまい。どこからこの人数を集めて来たんだかな」

 

 悲痛の表情で終わりを告げた者たちの頭部。

 彼等もまた犠牲者なのだろう。しっかりと供養するためにも、目を逸らす事は出来ない。

 

「どうか、安らかな眠りにつかれますよう」

 

 兵士たちが黙祷する中、私とムッシュ司教で弔いの聖句を贈る。

 しかし捨て場には闇の魔力が強く渦巻いており、上手く葬送を行えない。

 

 何度か失敗しつつ、浄化を繰り返していると純潔が不穏な事を言い出した。

 

「……違和感があります。これは本当に人間ですか?」

 

 捨て場から幾つか頭部を取り出して解剖を進める純潔。

 あろうことか死者を愚弄して更なる辱めを与えるという、神をも畏れぬ所業に皆が固まった。

 

「脳全体が委縮していますね。歯牙も真新しい。まるで生まれたての子供のような、使った形跡が殆どない歯です」

「……なら人間以外の何に見えるんだ? 見た目が似てるが、まさかこれが昨日みた人面鳥の首か?」

 

 隊長が在り得ないことを吐き捨てるように言った。

 

 その可能性は低い。

 あの鳥も魔種であり、殺したら短時間で霧散するし、そもそも教団が味方を拷問して殺す意味がわからない。

 純潔も自分の直感の正体が分からない様で腕を組んで首を傾げた。

 

「魔力は混ざり過ぎて読み取れませんか。しかし……うぅむ」

 

 私達よりも余程、闇の領域に詳しい男の違和感だ。

 純潔の意見をすぐ切り捨てる訳にはいかない。

 

 だが状況はまた動く。

 

 捨て場の周囲を警戒していた斥候達が、慌てて戻ってきた。

 息を切らせながら全員に警告を飛ばす。

 

「はぁ……はぁ……! 遠方より足音です! 推定二足歩行、数は3!」

 

 緊張が走る。

 何度も言うがここは教団の領域であり、捨て場なのだ。

 

 隊長が瞬時に判断。命令が飛んだ。

 

「散開! 半数は全力で後退。残り半分は程々に距離をとって木々の後ろで隠れて待機! 出来るだけ情報を拾うが、察知されたら戦闘に入る。いけ!」

 

 どれだけ上手に息を潜めても、さすがに50人が隠れれば気付かれる可能性が高い。

 しかし情報は欲しい。敵に気付かれる事は避けたい。そんな思いから出た命令だ。

 

 慌ただしく皆が動くなか私も急いで下がる。

 

 でも、これまで潜伏なんてした事ない。

 慌てて視線をさ迷わせていたら純潔が指先から脳髄液を滴らせて、手招きしていた。

 

「お手伝いしましょう。一緒にどうぞ」

 

 い……行きたくない。あんな人非人と二人きりなんて絶対イヤです!

 そんな風に固まっていたらレイトさんが手を引いてくれた。

 

「俺と来い。息は止めるなよ、静かにゆっくり続けろ。姿勢は楽な状態でいい」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 退避の際にできた足跡は兵士さんが魔法で綺麗に消していく。

 

 一瞬で人気が無くなった捨て場。

 私達が草木の陰で息を潜める中、少しずつ足音と話し声が聞こえてきた。

 

「――」

「だ――! お前――ろ!」

 

 木々の隙間から響く少し低めの女声。

 まるで周囲を気にしていないようで足音は乱雑、声量も大きい。なんだか怒り気味に興奮しているようだった。

 

 どんな人が来たのだろうか?

 湧きあがる好奇心に負けて視線をふらふらさせていたら、レイトさんが近くの草むらを指さした。そこから見ろと言う事らしい。

 

 覗けば辛うじて見えた三人組の姿。

 

「あー、ふざけんなよー……! いくら主の命令だからって酷ぇよ。なあ、テメェもそう思うだろ!?」

 

「黙れ。私達は逆らう事は出来ないし、しようとも思わない。それとも貴様には叛意があるのか?」

「はぁ!? ある訳ねぇだろ! ぶっ殺すぞ!」

 

「ならば私も同意すればよかったか? うむ酷い命令だー」

「あ゛ぁ!? テメェ、主の命令に不満持ってんじゃねぇ。ぶっ殺すぞ!」

 

 それは、ヨルちゃんにそっくりの顔をした別人だった。

 

 獣のように唸り声をあげて威嚇する狐面の女性。その隣には、処置無しという風に首を振るやつれた女性。

 

 そしてもう一人。

 何故か獣の耳が頭についている少女の三人組だ。

 

「やだよ……ボク、捨てたくない。この子と一緒に居たいよ……まだ何も出来てないのに、いやだよ!」

「うるせぇ犬野郎! いいから捨てるんだよ。主の命令だぞ」

 

 捨てる捨てない、処分するしない。

 "ナニカ"を腕に抱えて言い争う彼女等を見て、私は悲鳴が喉まで出かかった。

 

「――っ!?」

 

 一番幼い少女の犬耳が何かを探す様にピクリと動き、慌てて口元を抑える。

 

 ……なんとか大丈夫だったようだ。

 犬耳の少女は不思議そうにしたが、スグに抱きかかえて居た"それ"に注意を戻した。

 

 だけど、私も"それ"を見てしまってから心臓が張り裂きそうなほど痛い。

 

(最悪だ。もう、頭がおかしくなりそう。なんなの……なにやってるの黒燐教団!)

 

 三人組の顔はヨルちゃんに似通っていて姉妹を思わせる。きっと彼女等もヨルちゃんと同じ存在。

 

 それは良い。

 いや良くないが、しかし、ある程度想像できていた事。

 三番のような存在が他にもいる事は最初から分かってたし、覚悟もして来た。

 

 だが……彼女ら各々が大事そうにかき抱いた人型が私の精神を苛める。

 

 生気を感じさせない三つのそれは、どこからどう見ても死体――――ヨルちゃんの死体だった。

 

 

 

 





裏での一幕

ヨルン「人形捨ててきて」
三人組「やだやだやだ!」

ヨルン「だめ、ケジメつけるのにちゃんと皆で捨ててきて」
三人組「やだやだやだ!!」

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