コミュ障TS転生少女の千夜物語   作:テチス

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おいでよ深淵の森2

 

 

 鏡写しのように同じ姿で眠るあの子たちの亡骸が三つ。

 服一つ纏わせてもらえず晒された裸体と、力なく垂れ下がった腕は彼女の立場を私達に見せつける。

 

 なんだアレは。

 どうして同じ見た目の人間が何人もいるのだ。

 もしかして、あの中の誰かがヨルちゃん本人なのか。

 

「ディアナさん落ち着け……! 気を確かに持つんだ!」

 

 つい飛び出しそうになった私を隊長さんが押しとどめた。

 慌てて持ち上げかけた腰を落とす。

 

「っ……ごめんなさい。でも、あれ! ヨルちゃんが、さ……3人、死んで」

「分かっている。だからこそ冷静になれ!」

 

「そんな冷静にって貴方は――! っ、いえ……ごめんなさい」

 

 大声を出しかけてしまった自分の愚かさに気づき謝罪する。

 

 隊長さんだって私と変わらない。

 いつでも戦えるようにと逆手に持った抜身の刀が怒りで震えていた。それでも彼は感情に支配される事なく堪えている。

 

 周りを見れば他の皆だって耐えている。ここで私が動けば全てをぶち壊す。

 

 動き出そうとする体を意思で押さえつけて、隊長さんの覚悟に倣う。

 ヨルちゃんが既に殺されているという最悪は考えない。

 

(まだだ……まだ、そうと決まってない。さ、三人居るんだ……まだ分からない)

 

 大きく深呼吸を繰り返して冷静に立ち返る。

 

 今はあの三人だ。

 少しでも情報を得るため、ヨルちゃんの面影を浮かべる彼等の会話に耳を澄ます。

 

「さあ着いたぞ。主の命令通り廃棄せよ」

 

 やつれた女性が事も無げに言うが、誰も動かない。

 犬耳少女は辛そうにイヤイヤと首を振り、狐面の女性は怒り口調で話題を逸らす。

 

「そ、そもそもだ。何で私達がコレを捨てなきゃなんだよ! いいじゃねぇか、私達じゃなくって他の奴でよ!」

「罰だからな。恨むらくは私達が"これ"に愛着を持ってしまった事。主はそれが気に食わなかった……そういう事だ」

 

「ぐ、ぅう……じゃ、じゃあ! なんで捨てるんだ!? 理由を言えよ!」

 

 狐面の女性は納得できないと言うように語気を強めて食って掛かった。

 やつれた女性が辛そうに顔を歪める。

 

「惜しむべくは、これが主の要求する水準に満たなかった事。使えないレプリカは不要と見做された……故に、これは破棄される」

「ああ、そうかよ! じゃあテメェは納得済みって訳か? いつもいつも、格好つけやがってよ!」

 

「そんな事は関係ない。全ては主の命令だ」

 

 ――主の命令。

 彼女は口でそう言いながらも、本意で無いのは明らかだった。寂しそうな顔で遺体を抱えている。

 狐面の女性もそれが分かったらしい。文句を言いながらも、少しずつ静かになってしまう。

 

 ……ふざけた話だ。

 勝手に生み出して、望む通りで無かったから処分する。

 実験体同士の慣れ合いを好まず、あろうことか仲良くした人に罰として破棄させる。

 

 "主"とやらへの憎悪が募る。

 

 どんな顔をしているのか、声は、性格は? 

 

 ……想像したくもない。

 どうせ見るに堪えない醜悪なモノに違いないのだから。

 

「銀鉤。あとはお前だけだ。早く廃棄しろ」

「ぅううう!」

 

 初めて呼ばれた名前。

 

 状況的に犬耳が生えた少女の名前だろうか?

 時間が経っても彼女だけが遺体を捨てられず、ぎゅっと抱きしめていた。

 促されるが大きく首を振って拒絶。

 

「ずっと見てるしか無くて、やっと触れ合えたんだよ。なのに! これから一杯あそべると思ったのに……!」

「分かっている。私達だって同じだ。だから最期にしっかり抱きしめて別れを告げろ」

 

 瞳を潤ませて嘆く銀鉤を優しく撫でる大人の女性。

 

 その光景を見て、やっぱり彼女達には心があるんだと確信する。

 人並みに備えられた良心と死生観は、彼等が蒙昧な人形でない証左となる。

 

 だけど、果たしてそれは救いなのか?

 

 地獄で生まれた人間は、届かぬ希望に手を伸ばして殺されるのが幸せなのか。

 それとも、夢を知らぬ人形で在れば楽なのか。

 

 分からない。分からないけど……

 仲間を捨てさせられた彼女らの顔は不満で溢れていた。

 

 それもその筈。仲間を埋葬すらさせて貰えず、晒し首と一緒に打ち捨てるのだ。そんなの普通じゃない。

 

(あの子たちも辛いんだろうな。なんとか彼女たちも助け出したいけど……)

 

 もしここで姿を現して、助けに来たと言ってみたらどうだろう。

 彼女たちの協力を得られれば【死誘う黒き森】の突破も容易くなるだろう。ヨルンちゃん救出にもぐっと近づくはず。

 

 だけど、姿を見せて敵対してしまったら?

 その事を考えたら動くに動けない。

 

 ヨルンちゃんもそうだが、三番の力も非常に強力だった。ならきっと彼女等も恐ろしく強いはず。

 

 ここで姿を見せて、教団員を呼ばれてしまうパターンが最悪だ。ヨルンちゃんの救出がより困難となるし、そもそも敵対されたら私達はあの三人に勝てないだろう。

 

 隊長に救出の相談をしてみても予想通り、安定性を優先する方針らしい。

 

「彼女等も助けるのはリスキー過ぎないか? 俺たちの目標はヨルンだ。他まで抱える余裕は無い。……彼女等は次の機会でどうだ?」

 

「ですけど、いえ……そうですね」

 

 昨日も私達の小さな手はヨルちゃんを零れ落としている。

 それなのに欲張って限界以上を抱え込めば皆で転がり落ちることになる。

 

 理想と現実の狭間はとても残酷だ。

 どうするのがいいんだろうと考えても良い案は湧いてこない。

 

 そうこうしている内に彼等は少女の遺体を捨ててしまった。銀鉤ちゃんは今にも泣き出しそうな表情で見ている私まで辛くなる。

 

 去って行く彼等をゆっくり見送ろう。

 いつか必ず救い出すと心に誓う。

 

 

 

 

 三人の去った捨て場に少しずつ人の気配が集まっていく。

 打ち捨てられたヨルちゃんを見て、みんな辛そうに顔をしかめるばかりで誰も口を開かない。あの純潔ですら、無言で怒りを滲ませた。

 

「……行くぞ。ここまで来たんだ、成果無しで帰れるか」

 

 隊長が感情を押し殺した声で言う。

 

 成果――。

 その意味するところはヨルちゃんの救出か。

 それとも……報復か。

 

 私では遺体の見分けがつかない。

 この中にヨルンちゃんが混じっている可能性はゼロじゃない。

 

 なら、これから向かう先に、彼女は果たしているのだろうか……そんな不安が胸中を渦巻く。

 

 それでも違うと。

 きっと違う。どうか違って欲しいと思わずには居られない。

 

「はい……行きましょう」

 

 ヨルンちゃんそっくりの遺体には悔しいが、まだ手を出せない。

 丁重に埋葬したかったが私達の痕跡を残すわけにはいかないから、どうか安らかに眠れるようにと別れを告げて置いていく。

 

 それでも気になってもう一度、振り返った。

 つい声が出る。

 

「……もうちょっとだけ、待っててね。すぐ帰ってくるから」

 

 三人組はこの子たちを"使えないレプリカ"と言っていた。

 

 その言葉から推測するに、きっと作られた数は三人で留まらない。

 まだまだ似た子は一杯いるんだろう……そんな予感がした。

 

 これから助けに行くはずのヨルちゃんだが、果たして会えた時にその子が本当にヨルちゃんであると私は気付けるだろうか?

 昨日から続く異常事態と精神の摩耗が私を不安にさせる。

 

「大丈夫ですよ。貴方なら必ず気付けます」

 

 そんな動揺が伝わってしまったのか、純潔が肩を叩いて慰めてきた。

 

「……私に触らないで貰えますか?」

「おっとそうですね、ディアナ司祭の体に触れていいのはただ一人ですからね。ふふふ、分かっていますとも」

 

「はぁ……」

 

 分かってるなら触らないで欲しい。

 

 というか触っていい一人って誰ですか。もしや、その一人が自分だとでも言いたいのですか?

 

 もう戯言に反応する気力は無い。好きに言わせておけと放置する。

 そうして捨て場を抜けて進む。ほどなく黒き森の外縁にたどり着いた。

 

 

 

 ――()(いざな)う黒き森。

 見る者の精神を狂わせ、死こそ安寧たる救いに思わせる魔の森だ。感化された者は自ら森の栄養になりに行く。

 一度飲まれた精神は魂まで狂気に侵食され、飲まず食わずで痩せ細っていく体を歓喜の表情で迎え入れることになる。

 それが森に立ち入った生物の最期。

 

 知識として分かっていても、私は無意識に足が出るのを止められなかった。

 

「……ぁ」

 

 黒い森が私達を歓迎していた。

 風にざわめく枝葉の音はとても愉し気で、聞いている内に心地よい気分になってきた。

 

 ゆっくりと好奇心が鎌首をもたげて少しだけ森の中に入ってみたくなる。

 

「これも意外と良いものなのでしょうか? 中に入ればもっと……」

 

 周囲の全てが意識の外となる。

 

 風のざわめき、人の声。

 それらは静かに消えていき、世界の中で私と森だけが取り残されたような孤独感に包まれる。でも森を見ているとそれも安らいでいった。

 

 きっとあの森に入れば全てを忘れられる。

 愁事、苦悶、悲嘆。

 昨日今日でかき混ぜられて滅茶苦茶になった私の心は森に癒され静かになれる。現世の苦しみから解放されるそれはきっと救いだろう。

 

 もう一歩。

 手で招くように揺れる黒い枝が振られた。

 

 あの森ならきっと、私でも優しく受け入れてくれる。

 ヨルちゃんと共に終われたなら、なんと幸せな事だろう。

 

「っ……馬鹿らしい!」

 

 一歩踏み出してはたと気付く。そんな訳があるかと。

 

「どんなに苦しくたって辛くたって、死が救いの訳がないでしょう……っ!」

 

 人生が幸福だけで満ちているはずがない。

 長い人生、色々な苦労を経験して時には絶望するだろう。死にたくなって立ち止まる時だってあるはずだ。

 

 嫌な事は寝て起きれば晴れるかもしれない。しかし季節が一巡しても楽にならないかもしれない。

 

 どれだけ時間がかかるかはその人次第。

 

 だけど人は必ず歩き出す。

 辛い事を乗り越えて、ダメでも迂回して。いつかきっと前を向く。

 

 それなのに、無理やり死で終わらせる事は本当の救いじゃない。私はそう思っていたはずなのに……。

 

「……はぁ。それを勘違いさせてしまうから、これが魔の森と言われるのでしょうね」

 

 夢見心地だった頭を振り払って森を見る。

 あんなにも優しげだった森は、今ではとても不気味な姿をしていた。

 

 金切声のような木々の騒めき。それを聞いているだけで精神が侵食されるようで耳をふさいだ。

 

「危ない森ですね。皆さんは大丈夫ですか? って、あ!」

 

 兵士さんたちの様子を見る。

 そこには幽鬼のようにふらふらと森に近寄っていく大量の人たちがいた。

 

「隊長のしごきが辛い。死ねば楽になる……?」

「しばらく嫁と会えていない……浮気されてる気がする、辛い」

「幼女と結婚できないなら一緒に死ぬ。そういうのも有りかなって」

 

「無しに決まってるでしょう! 目を覚ましてください!」

 

 色々な嘆きを漏らしている兵士さん。

 近くにいた人の頭を叩いて気付けしながら、慌てて正気の人を探す。

 

「た、隊長さーん! ムッシュさん! 兵士さん止めるの手伝ってくださいー!」

 

 走り回って正気が残っていそうな二人を探す。

 見つけた。

 

「吾輩は十分頑張ったと思うのである。仮面女にはもう会いたくないのであーる。……ッハ、死ねばもう会わなくて済むのでは? な、なんという名案……」

 

「王都での政戦が面倒すぎる……貴族共の顔色伺いはもうしたくない……」

 

 駄目だった。

 

「た、隊長さーん!? ムッシュさん!?」

 

 二人の頭も全力で叩いて再起動させる。

 

 

 

 

「うぅむ……これは凄まじいな。遠目に見るだけで、引き寄せられるようだ」

 

「森の誘因能力であるか。見たまえ、野生動物も死に誘われて死んでいる。さすがの私でも気を抜けば死にに行ってしまいそうであるな」

 

 森から距離を取って、隊長さんとムッシュさんが何か言っていた。

 それを息を切らせながら聞く。

 

「はぁ……はぁ……! こんなに、疲れた…のは久々です」

 

 じんじんと痛む手に息を吹きかける。

 

 なんだか周囲から「頭が痛いんだが、なんでだ?」とか聞こえた。

 「頭痛がする。まさか森の効果か!?」とか。……うるさいですよ。

 

 今思えば聖魔法で正気取り戻せばよかったけど、まあ、不用心な魔法行使は私達が発覚される恐れがあったから仕方ない。

 焦っていたわけじゃない。

 

「唯一、正気だったのは私と……あの人か」

 

「ふむふむ、根から吸い上げた栄養が幹で魔力に変換されているのでしょう。黒いのは闇の魔力の色? 効果は幻覚と多幸感の付与、あぁ素晴らしいぃ……参考になりますね!」

 

 黒い森の"内部"に入り込んで一人はしゃいでいる仮面男。純潔だ。

 

 あいつ私が一生懸命みんなを押し留めている時からあの調子だった。森の原理とか調べて悦に浸って叫んでる。

 もう、そのまま帰ってこないで欲しい。

 

「ふむ。よし、解析はこのくらいでいいですかね。では行きますよ、安全なルートはこっちですが、多人数は無理です。部隊を分けてください」

 

「……切り替え早いですね」

 

 なんでも大人数は森が"受け入れない"らしい。

 

 ここまで護衛してもらった兵士さんは殆どが黒き森の外で残り、行くのは私とムッシュ司教、隊長と純潔の4人となった。

 

 口々に希望を託す兵士さんに手を振られながら、純潔の先導で森に入り込む。

 本当に大丈夫かと戦々恐々だったがなんとかなったようだ。

 

 中に入ってもさっきまでの幸福感は無く、ただ不気味な森にしか感じない。

 

「おっとそこは駄目です。右に二歩、行き過ぎないように……はい行きすぎですよ、死にたいのですか?」

「こ、ここかね? 違いが全く分からないのである」

 

 純潔の指示が飛ぶ。

 

 助かるけど、優秀なのが凄い癪だ。

 これで純潔が気持ち悪くなくて、倫理観が正常で、節操無しじゃなければ……そう思わずにはいられなかった。

 

 そして、ついに私達一行は教団の拠点にたどり着く。

 

「ここに……黒燐教団が」

 

 石畳と聳えたつ塔が荘厳な神殿を思わせる外観。そして渦巻く邪悪な力。

 

 息をのむ私達。

 なんとかバレずに内部に入り込み、ヨルちゃんを救い出すのだ。

 

 ここからは更なる隠密行動が求められるだろう。

 そう意気込む私達。しかし突如、後ろから声が掛った。

 

「……待ってた、よ」

「ッ、誰だ!?」

 

 言葉と共に隊長が声の方向に飛びかかる。

 殆ど反射行動だ。誰何している余裕なんか有りはしない。今は一秒でも早く口を閉じさせること。

 

 だが――

 

「早くヨルを、助けてあげて……!」

 

 ――そこに居たのは、懸命に助けを求める銀鉤ちゃんだった。

 

 

 

 

 

 

「さて……この不気味な山をどうするか」

 

 ここは神殿第二層。

 急ごしらえで黒燐教団の紋章を刻んだ扉の奥、倉庫の一室にそれはあった。

 

 真っ裸で積み重なる俺の姿を模した肉の山。

 

 ……不気味過ぎんよ。

 これを放置しては帰れない。とりあえず三個、ヤト達に処分に行かせたけどまだまだ残っている。

 

 というかアイツ等きちんと処理した?

 子供のお使いじゃないんだから1から10まで説明しなかったけど、ちゃんとできてるか不安になる。

 あの人形を聖女さんに見られたら、面倒なことになるぞ……。

 

「やっぱり、火葬して埋めるのが一番?」

 

 存在ごと抹消するにはそれが良さそうだ。帰る前に命令するとしよう。

 

 あとは俺が準備することあったかな?

 これで、もう村に帰って大丈夫?

 

「……よし、そろそろ村に帰る準備する」

 

 俺が村に帰るにあたって、ヤトは村人を脅せとか、佳宵は洗脳しろとか、銀鉤は呪いを流行らせろとか言っていたけど……できる訳ないでしょ!

 

 結局、俺に出来る事は心を籠めて謝る事だけだ。

 村が半壊したのは俺にも責任が有るわけだし……。ごめんなさいと謝って何とか村に置いてもらうようにお願いする。

 

 俺にはそれしか方法が思いつかなかった。

 だから……。

 

「練習する」

 

 だいぶ前、村と初交渉する時にしたように練習しよう。

 

 頬を叩いて気合を入れる。

 今後の生活が懸かっているのにぶっつけ本番などしたくない上、この体は口下手だ。

 

 それに謝るという行為は簡単なようで難しい。

 とくに大人になればなるほど謝罪は難しくなっていく。プライドが邪魔をするし、これだけ謝ればいいでしょみたいな感情も湧いてくる。

 中には謝るのが恥ずかしい事と思う人もいる。

 

 俺はそこまで増長している自覚は無いけど昨日の事が事だ。いつもより誠心誠意、謝罪しなきゃいけない。

 

 そのために一人静かに成れるこの場で練習していこう。

 練習場面をヤト達に見られるのは流石に恥ずかしいから、今がちょうどいいだろう。

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 一人きりの部屋で静かに謝罪する。聞いているのは俺の人形だけ。

 

「ごめん、なさい」

 

 鳥を抑えられなくてごめんなさい。

 村人の家を守れなくてごめんなさい。

 

 変な嘘を吐きました。

 一杯みんなを怖がらせました。

 

「わたしの、せい……私が、馬鹿な事をしたから」

 

 上手く口が回らない。

 

 言いたい事はたくさんある。

 もう全てを晒して楽になりたいという思いもある。けど……それはできない。

 

 怒られるのは怖い。

 でも、嫌われるのがもっと怖い。

 

 言いたい事を飲み込んで謝罪を繰り返す。

 

(これじゃ誠意が足りないかな? 土下座必要……? 少女に土下座させる村人の構図も、ちょっと嫌だけど)

 

 頭を抱えて悩む。

 

 ああ……困る。

 ごめんなさいで許して貰えるだろうか? 

 村人から見れば、襲撃を招いた原因は俺だ。……無理な気がして来た。

 

「許して……違う、ごめんなさい……」

 

 自分から許しを乞うのは駄目だろう。

 でも謝罪を繰り返すだけでは村人に響かない。

 

 ……いや、よし。

 逆転の発想だ。

 

 彼等を被害者の立場から、英雄の立場に持ち上げるのはどうだ。

 俺は非常に可愛らしい容姿をしているから、人々の英雄願望を擽ってあげれば、意外となんとかなるんじゃないか……?

 

 目の前で涙を堪えながら、助けてと懇願する少女を想像。

 

 出来るだけ悲し気で、それでいて儚げに。

 護ってあげなきゃ散ってしまう花のようで。しかし可憐に小さく一言。

 

 ―――― だれか 助けて……。

 

 と。……ふむ。いいんじゃないかな?

 これを言われて堕ちなきゃ男じゃねぇ! きっと村人も奮起してくれる!

 

(いや、いや違うでしょ。なんで俺までヤト達みたいに騙す方向に考えてるんだ? だめだめ、やっぱり謝罪の方針で――)

 

 その時、勢いよく扉が開け放たれた。

 部屋に飛び込んできたのは村にいるはずの聖女さんだった。

 

「ぇ?」

 

 彼女は俺を全力で抱きしめて声を震わせる。

 

「ヨルちゃん……!!」

「ぇ?」

 

 ……え?

 

 





大量のクローンの前で謝罪を繰り返す少女。
辛そうに助けを求める少女。

なお内心。

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