コミュ障TS転生少女の千夜物語   作:テチス

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裏切り者

 

 三つの瞳が描かれた黒燐教団を示す【三ツ目印】。その紋章が刻まれた扉の中、教団神殿の奥深くにヨルちゃんは居た。

 

 覗き見するつもりは無かった。だけど扉を開けた瞬間、目に飛び込んできた。

 積み重なった自分のクローン達に許しを乞う苦しげな声。今にも消えてしまいそうな儚い彼女の後ろ姿。

 ヨルちゃんの全てを知り、そんな光景を見てしまえば我慢などできるはずがない。私はおもわず部屋に駆け込んで彼女を抱きしめた。

 

「ヨルちゃん……!!」

「っ、聖女さん!? なん、で? ……まさか見て!?」

 

 抱きしめた腕の中でヨルちゃんが驚きで声を震わせた。泣いていたのか顔も僅かに赤くなっている。

 

「ち、ちがう。違うの。これは……!」

 

 混乱しているのだろう。

 ヨルちゃんは抱きしめられたまま手をワタワタと彷徨わせた。視線が左右へ動く。積み重なる犠牲者を見て、私へと戻る。

 

「違う! これは私じゃない! 私は悪くない!」

 

 ヨルちゃんが悲嘆の声を上げた。

 

「こんな事になるなんて思ってなかった。こんなの知らなかった……! 信じて、聖女さん! 私の所為じゃない! ぜんぶ……全部あいつ等が悪いのに……っ!」

 

 彼女は泣きそうな声で釈明する。

 自分の所為じゃない。この部屋にある遺体は全部ただの人形だ。こんなの偽物だと、ヨルちゃんは声を震わせる。

 今にも慟哭してしまいそうな痛みを堪えた表情だ。

 

 彼女が教団から逃げた事が切っ掛けで大量のクローンが産まれ、そして殺されていった。

 ヨルちゃんはその事で私に責められると思ったのだろう。あるいは複製されてしまった自分を気持ち悪がられると不安だったのかもしれない。

 

 そんな筈ない。私は決して彼女を否定しない。

 彼女を繋ぎ留めるためにも力いっぱい抱きしめる。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。だからそんなに謝らないでヨルちゃん、貴方は悪くない。誰も貴方を責めないよ」

 

 彼女だって辛いんだ。

 自分の所為で幾つもの命が散らされた。そんな重責、幼い子供に耐えられるわけがない。心が壊れるくらいの悲劇に「こんなのは人形だ」と現実逃避だってしたくなる。

 

 だけど彼女も本当は知っている。

 クローン達は決して心無い人形じゃない。大切な一つの生命だったはず。だからヨルちゃんは苦しそうな声で許しを乞うたのだ。

 

(けど、そんな事を言ってもどうしようもない。命は戻らないし、教団を糾弾しても彼女は救われない。今ヨルちゃんに必要なのは赦される事なんだ)

 

 抱きしめたまま背中を軽く叩いて安心させる。

 大丈夫だ。貴方は悪くないと。落ち着くまで何度だって言って聞かせる。

 

「聖女、さん……」

 

 ゆっくりと私の背中にヨルちゃんの手が回されて、彼女の体から緊張が抜けて行く。

 彼女の自己弁護は少しずつ謝罪へと変わっていった。その声は後悔と懺悔に満ちていた。

 

「ごめんな、さい。ごめんなさい。私の所為で……私がダメだったから、村が襲われて……村人も怖がらせて!」

 

「違うよ。村の事は違う! ヨルちゃんはしっかり皆を守ろうとしてくれた。そのおかげで誰も命を落とさなかった。だから落ち着いて!」

 

「っ、違う。違う……。聖女さんは分かってない。悪いのは全部、私で……!」

 

 村の襲撃からクローンの製造まで、彼女は全て自分が悪いと謝罪を繰り返す。それは異常な光景だ。

 

 一体どこに彼女の責があると言うのか? なんで彼女が謝るのか。

 だが、どれだけ貴方は悪くないと宥めてもヨルちゃんは聞く耳を持たなかった。私の言葉でも彼女は首を振って受け入れない。

 安心させようと優しくすればする程、彼女はその資格がないと悲し気に俯いてしまう。

 

(連れ去られてまだ一日も経ってないのに……! 彼女はもう、こんなに苦しんでる)

 

 ヨルちゃんがこんなにも自分を責める原因は、なんとなく分かっている。

 

 教団がそう()()()()()のだ。

 

 彼女はこの一室に多くの遺体と共に押し込められていた。遺体を見せつけることで彼女を傷つけて、その心を折ったのだろう。

 クローンの犠牲が出たのはお前の責任だと。村が襲われたのはお前が逃げたからだと。教団に都合のいいように洗脳した。

 その所為で彼女は苦しんでいる。

 

「私だけじゃない。みんな貴方が悪くない事を知ってるよ。ね、そうですよね?」

 

 どうにか彼女の心を軽くしたいけど私の言葉だけじゃ届かない。ならばと隊長とムッシュさんに話を振る。

 

「ああ。昨夜出た怪我人は重症者でも骨折程度だ。そんなもんディアナさんなら数分で治せる。それに、村を守るのは俺達の仕事だ。ならば責任は全て俺にある」

 

「痛みを避けて、辛さから逃げて何が悪い。子供の役割は守られることである。故に一人で抱え込むな、吾輩達をもっと頼るが良い。大人とはそのために在るのだから」

 

 繰り返される私達の言葉を受けて、ようやくヨルちゃんは顔を上げた。

 少しは私たちの気持ちを感じ取ってくれただろうか?

 

「……う、ん」

 

 いいや駄目だ。

 まだ、彼女は気後れしている。気まずさと罪悪感が邪魔をして、ヨルちゃんは心を閉じかけてしまっている。

 

 だから私は彼女の頬っぺたを抓まんで、ぐにぃっと引き上げた。

 

「――えい」

「あぅ、っ」

 

 思い出すのは始めの頃のヨルちゃんだ。

 泣きそうになりながら出口を探す彼女は迷い小路の中にいた。助けて欲しいと言えず、辛そうに俯いた。

 

 当時の姿が今の彼女と重なった。今もまた、あの時のように闇は彼女を呑み込もうとしている――そんな事は許さない。

 

『悲しい時は泣きましょう。嫌な時は怒りましょう。それでもまた笑える時はやって来る』

 

 かつてそうしたように、彼女に伝えた聖句を(そら)んじる。

 

 私は昨日から笑えていただろうか?

 泣かないように心を固く塞いで耐えていた。それでも漏れ出る感情は大きくて、恐らく笑顔は無かったろう。けれど永い夜は明けてきた。

 

 ならば彼女もまた笑えるように。

 この想いよどうかこの子に伝わってくださいと、優しく頬を撫ぜる。

 

「貴方の重荷は一人で担ぐには重すぎる。だから私にも手伝わせて欲しい。そうすれば、こうやって二人で笑える日がきっと来る」

 

 貴方がくれた時間は輝いていた。隣にいる事がいつの間にか当たり前になっていた。家族だと言ってくれた貴方のためなら、私は頑張れる。

 

「大丈夫、どんなに辛くても二人一緒なら支え合えるから。転んでうずくまっても、私は必ず立ち上がる。だから貴方に頼って欲しいんだ」

 

 塞ぎ込んだ心を溶かすことは難しい。悪意の鎖で雁字搦めに縛られたヨルちゃんを救うには、私じゃ力不足かもしれない。

 だけど、この気持ちは嘘じゃない。想いを込めて言葉を尽くす。それは辛うじてヨルちゃんに届いたようだ。

 

「二人、一緒……。なら、聖女さんにも笑っていて欲しい」

 

 ゆっくりとヨルちゃんの手が伸びた。私の頬に向かって、口角を持ち上げるように。そして互いの手が触れ合って交差する。

 

「……私、笑えてなかったかな?」

「だいぶ」

「そっか。じゃあ、やっと私も笑えたね」

 

 涙で視界が霞む。きっと今の私は酷い顔だろう。無理やり作られた表情は泣き顔を崩したような、ぎこちない笑顔に違いない。

 そんな顔を見られるのは恥ずかしい。それでもヨルちゃんは満足げに頷いた。

 

「聖女さんには明るい笑顔が似合うから」

「私も、ヨルちゃんに悲しい顔はして欲しくないよ」

 

 くにくにと。

 互いに存在を確かめ合うように頬を引っ張り合う。指先から感じる体温が私を安心させる。痛みや羞恥すらも愛おしい。

 彼女が手の届く距離に戻ってきてくれた、そう思うだけで自然の笑顔に近づいていく。

 

 後ろから歓声が上がった。

 

「ああ、染み入る心。伝わる想い! これです。これが愛ですよ。分かりますか? 貴方にも分かりますか、ご両人!?」

 

「……スマンが死んでくれるか? お前のせいで感動がぶち壊れた」

 

 私の耳にはもう、変な声は届かない。

 

 

 

 

 

 

 聖女さん、まじ聖女さん。

 まさか連れ去られた俺(という設定)のために、こんな森の奥深くまで救いに来てくれるとは思わなかった。

 

 大量の人形を見られた時はもう終わりだと焦ってしまったけど、なんか丸く収まった。

 焦りで頭真っ白になってたから、脈絡なく言いたかった事を言ってしまった気がする。だけど聖女さんは優しく全部受け止めてくれた。

 

 でも、なんか全部分かってるって感じの雰囲気だったのはなんで? 

 事情も分からず大量のヨルちゃん人形見たりしたら混乱しない?

 

 そう思って聞いてみたら聖女さんは気まずそうに答えてくれた。

 

「その……ヨルちゃんの秘密も、その子たちの事も、銀鉤ちゃんに全部聞いちゃったから……ごめんね。きっと知られたくなかったよね」

 

 どうやら俺の事情は銀鉤によって開帳されていたらしい。

 

 大量のヨルちゃん人形が俺を模した物だという事。そもそも俺の少女ボディ自体が作られた物という事、夜の神を宿す器だという事も知ったらしい。マジかよ。

 

 それでも俺を受け入れてくれた聖女さん、マジ聖女さん。

 いや、あの包み込むような優しさを感じた身としては、もはや聖母さんでもいい気がする。

 

 あ、まさか俺が元男って事まで聞かされてないよねと不安だったけど、それは大丈夫だった。まあ銀鉤も俺が元人間という事は知らないという事か。

 それを知ったらさすがの聖女さんも気持ち悪がるよね。危ねぇ……と銀鉤をジッと見つめる。

 

「ん、ヨルどうしたの?」

 

 銀鉤は聖女さんに手を繋がれながら小首をかしげた。ちなみに聖女さんの反対の手は俺が繋いでいるから、聖女さんを挟んで三人横並びの状態だ。

 

「……いや、別に」

「そっかー。えへへ」

 

 銀鉤はさっきから上機嫌だ。

 聖女さんの手にぶら下がるように体重をかけたり、逆に大きく振ってみたり。落ち着きなく動いている。その様子を聖女さんは微笑まし気に見つめていた。

 

 和気藹々。そんな感じで神殿の通路を進む。

 隊長とムッシュさん、シオンの三人は静かに周囲を警戒しているけど……敵いないんだよねぇ。ここ実は教団施設じゃなくて、俺ん家だし。

 でも、それを教える訳にはいかないから好きにさせる。

 

 それよりも今は銀鉤の事だ。

 

(うーん……銀鉤が使ってるヨルちゃんボディは、どう処分しよう……)

 

 ここにあった人形は聖女さんとムッシュさんが浄化した上で全部火葬してくれた。

 閉鎖空間で火を焚くのは危なくねと思ったけど、魔法って凄いね。同時に空気も清浄にしながら高火力で一気に灰にしてしまった。

 

 人形とはいえ、人を燃やすのだから酷い光景だった。思わず悲痛な表情になるのも仕方ない。

 でも、いくら可哀想だからって隙を見てヨルちゃん人形を持ち出そうとした純潔は良くないと思います。みんなに蹴っ飛ばされてたけど、もっと反省してください。

 

 私にはこの御方が必要なんだってなんですか。どうかお一人くださいとは何事ですか。

 それ人形だって知ってるでしょ、何に使うの。貴方ロリコンですか。怖いですよ。

 

 ……まあそんなこんなで、ヨルちゃん人形は残すところヤト達三人が使っている三体に限られたのだが。

 

 もう一度銀鉤の姿を確認。

 彼は聖女さんと楽し気に話している。というか一方的に聖女さんが話している事が多い。村に帰ったら何かしたい事は無いかとか、ヨルちゃんと一緒に世界を見せたいとか。

 

(うーん……あの様子みる限り、連れて帰らない選択肢は無いよね。なんて事してくれてるん銀鉤?)

 

 設定上、俺の立場は教団の被害者だ。

 俺と見た目が似ている銀鉤の立場も同じと思われてるだろう。それなのに置いていくという提案なんか俺からできる訳ない。

 でもあの素体はヨルちゃん人形で、うーん。

 

 バレたらまずい、けど……でも……うーん。うーん。

 

 …………聖女さんが楽しそうだから、まあいっか!

 銀鉤には絶対に人形の素体を表に出すなと念を押しておこう。

 

 これで後は、ヤトと佳宵が使ってる人形だけど、アイツ等まで合流したら辻褄合わせがもう面倒だ。二人には絶対、あの姿のまま合流しないように夜人経由で伝えて貰う。もういっそ「今すぐ処分して」と命令。

 

 

 

 そしてしばらく歩き、神殿を何事も無く――自宅なのだから当たり前だけど――抜ける。

 

 外では日が傾いていた。空は綺麗な夕焼け色に染まっている。

 もうすぐ夜が来るだろう時間帯だ。

 急いで帰らなきゃと皆が足を速めようと動き出す。その時、木々の間から男の声が聞こえた。

 

「逢魔が時は昼と夜の中間点。光闇の力は拮抗し、やがて夜に立ち代る」

 

「……昨日ぶりですね。ここで会う事は少し想像してました。つまり貴方がここの主という訳ですか、勤勉」

 

 声と共に森から現れたのは一人の人間。

 漆黒の拘束衣を纏った大男に向かって、聖女さんは苦い顔で【勤勉】と呼んだ。

 

 彼はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。だが、彼は聖女さんの言葉など聞こえていないかのように独り言を続けた。

 

「裏切り者の処分。それが俺に命じられた、たった一つの仕事ならば逃がす訳にはいかない。そうだろう?」

「はぁ。貴方は相変わらず人の話を聞かない人ですね。……裏切り者?」

 

 隊長が剣を構える。ムッシュさんがステッキを回し始めた。純潔は興味深そうに笑っている。いつでも戦闘が始まっておかしくない状況。

 俺は突然の見知らぬ人登場にオロオロ。

 

「主の御言葉(みことば)を伝えよう」

 

 勤勉が重々しく言葉を紡ぐ。

 

佞奸(ねいかん)な貴様の甘言だ。裏があるのは知っていたが……度を越した犬は殺処分だ』

 

 二人の会話――会話なのかな?――を聞いていた銀鉤の肩がビクリと震えた。聖女さんの手を握る力が強くなり、彼女の背に隠れてしまう。

 

 彼の視線を辿ると、【勤勉】の後ろに誰かが居る事に気が付いた。

 西日を避けるように森の木陰に身を潜めた二人の夜人。怒りを身に宿した者たちだ。彼等の殺意は本物で、思わず俺まで背筋が凍る。

 

(え、え……あれ? なんで、え。まさか……?)

 

 あれヤトと佳宵じゃん。

 佳宵の方は首の赤いリボンを付けてるからすぐわかる。あれ佳宵。二人は銀鉤から目線を外さない。

 

 ……なんか初めて見るレベルで二人がブチ切れてるんですけど!

 殺気バリバリでこっち――というか銀鉤限定で睨んでるんですけど!?

 

 

 




ヨルンちゃん「え……ヤト達裏切り?」

ヤト&佳宵「あの犬、裏切りやがった!」

犬「ガクブル……!」

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