「じゃあ正座」
村に帰ってきて数日。
色々な事があったが、落ち着いてきてやっと時間を作れた。ヤトと佳宵を正座させて反省させる。
「潰された銀鉤」
「?」
一体誰がパニック映画を上映しろと言った? お前ら、あの後の皆の悲痛な顔見た?
獣の足と地面の隙間から血が噴き出すというガチスプラッターだったぞ。今日日、映画でも規制されるレベルだったぞ。
「おかしいよね?」
和気藹々と会話した
村に帰ってきてから暫く、聖女さんが俺を離してくれなくなった。
トイレ行くにも、風呂入るにも、全部聖女さんの監視付き。彼女の仕事中は大人しく横に座って見守った。つまり、おはようからおやすみまで、俺は常に聖女さんと一緒ということ。
ちょっと一人にさせて欲しいと、それとなく言ってみても、悲しい顔されれば無理強いできない。
…………そりゃそうだよ!
俺は教団に攫われて、仲間の銀鉤が逃走中に惨殺されたんだよ。聖女さんだって病んで過保護になるよ!
「ねえ、おかしいと思わない? なんで銀鉤殺したの?」
数日して、やっと数分だけ別行動の許可が下りたから説教開始。だがこんなの「私怒ってます」アピールしているというのにヤト達は全く理解してくれない。
互いに顔を見合わせて「どうしようどうしよう」と困惑気味だ。だいぶ待って、やっと彼等が喋った。
『全部、主の希望通り』
「……そう」
これはあれか。俺が子供向けの怖い話を求めたら、玄人が「この程度」という感覚でガチホラー映画をお勧めしてきた感覚か。
文化の違いと言ってしまえばそこまでだ。
夜人とは神の眷属であり、本物の神話生物だから狂った死生観を持っていてもおかしくない。彼らにとって殺人とは午後のティータイムの様なものなのだろう。
「はぁ……分かった。私が悪かった」
大きなため息を一つ。
何度も言うが、俺は聖女さんを騙したいわけじゃない。あんなに苦しめたかった訳じゃない。
……全てを打ち明けなきゃいけない。これ以上、悲しそうにする聖女さんの顔を見たくない。怒られる覚悟を決めて聖女さんを部屋に招き入れる。
「私はもう聖女さんの辛い顔を見たくないから、本当の事を言う。今回の事件は全部、私の所為」
村が襲われたのも、神殿ができたのも、あの人形を作ったのも。全部全部、俺の責任だ。夜人を御しきれなかった俺が悪い。
だから聖女さんはそんなに気に病まないでほしい。
そう言ったら、なぜか無言で聖女さんに抱きしめられた。俺を撫でる手が震えている。顔は涙で潤んでいる。
「……聖女さん?」
「いいんだよ。いいの、ヨルちゃんはそんな事気にしなくていいの」
ううむ……これ多分伝わってないな。
俺が言った内容が、聖女さんの中で「全部自分の責任だ」と自己犠牲溢れる少女観に変換されている気がする。これはよくない。
抱きしめてくれた聖女さんをぐいっと押し戻して説明。
「勘違いしないで欲しい。分かりやすく言うと、村を襲ったのは私」
大鳥を嗾けたのは俺だし、村人を襲ったのも俺。俺を浚ったのも俺。というかアレ人形。
あの神殿は俺の家。勤勉はその辺から拾ったおっさんで、教団はホントは無関係。一連全部、俺が仕組んだやらせで死者も居ない。
「銀鉤だって、ここに居る」
証拠として死んだはずの銀鉤を呼び出した。
人形を失って意気消沈してるし、なんだか体までボロボロになってる気がするが……気のせいか。
銀鉤に屈んでもらって、森で拾っておいた青いリボンを着けてあげる。ちょっと気持ちが戻ったようだ。
「ほら銀鉤も喜んでる」
振り返れば聖女さんが絶望してた。……なぁあんでぇ?
あれか。見た目が犬耳少女じゃなくて夜人形態になってるから、これが銀鉤だって分かってないな?
銀鉤、ほら変身せい。変身。
なに? 人形が無いから変化できない? いやできるだろ、お前ら短時間なら変身できるじゃん。子犬形態じゃないぞ、犬耳形態だぞ。できるでしょ多分。ほらはよ。
銀鉤が渋々といった感じで頷いた。
そして現れたのは10歳前後の子供姿の銀鉤。だが、その姿はあの時の銀鉤とは変わっている。主に顔つきが男の子っぽくなってる。
「あれ、なんか違う……? なんで?」
「ヨルちゃん……銀鉤ちゃんは、もう……」
あ、そうだわ。
ヨルンちゃん人形と合体した銀鉤は俺の見た目ベースだから、何も無しでの変化の時とは少し違うのか。慌てて聖女さんに弁明。
「これは手違い。次……! 次はちゃんとできるから!」
「いいの、無理しないで。私はもう大丈夫だから、ヨルちゃんもそろそろ銀鉤ちゃんを眠らせてあげよう?」
ああああ! ダメだ!
聖女さんの俺を見る目が可哀そうな人(ガチ)を見る目になってる!? ああやめて! 抱きしめないで!
なんか、もう何言っても聖女さんに正しく伝わらないんですけど!? どうしてくれんだよ! ヤトぉお!
▼
「ヨルンは落ち着いたか?」
「……いいえ。まだ言う事が支離滅裂で……今日は銀鉤ちゃんの幻覚が視えていたようです。大切な友達の死を受け入れられていないのでしょう」
「当然であるな、吾輩もアレには堪えたよ。無残な姿だった。ヨルン程の子供なら心が砕かれても不思議無い」
騒ぎ疲れて寝てしまったヨルンを抱えたままディアナは、レイトとムッシュと共に今夜も相談する。
あの時を思い返す。
森で銀鉤が踏みつぶされた後、勤勉は突然悶え苦しみ始めた。どうやら銀鉤ちゃんが死の間際に何か魔法を発動していたらしい。
その結果、勤勉は打倒された。
だが踏み潰されてしまった銀鉤ちゃんの遺体は原型も分からなくなっていた。唯一遺された物は血に塗れた青い髪飾りだけ。
「……銀鉤ちゃんは『厄介な二人』と言っていました。勤勉を倒しても、まだ戦いは終わっていないのですね」
手から零れ落ちる雫が多すぎる。一つ落とすたびに心が壊れそうになる。だけど、ここで立ち止まる事なんかできるはずがない。
ディアナはもう泣くまいと覚悟を新たに前を向く。
彼女が彼女足る所以。鋼が打ち付けられて強くなる様に、ディアナの柔らかな心鉄は苦難に晒されても折れる事なく強くなる。
「ムッシュさん。それでは申し訳ないのですが……」
「ああ。分かっておるよ。吾輩の司教位は空いておる。ディアナ君の信じるまま、好きに使うが良い。ヨルンの為に振える全てを振うが良い」
もう村での生活は限界だろう。
いつまで待っても来ない援軍は何か大きな力の作用を感じる。村人も結局、ヨルンを受け入れきれず亀裂が残ってしまった。
このまま村に居て状況が好転する可能性は0だった。
「だが、いいのかね? 南都司教の権力は強大だが、枢機卿には数段劣る。中途半端な地位に就くことで余計に君のお義母様の目に留まるのではないか?」
「……それなら、頭でも下げて助力願いますよ」
"聖女さん"こと、ディアナ・フォンセ・エクリプス。
彼女に血の繋がった親族はいない。居るのは家族となったヨルンだけ。しかし孤児たるディアナを強引に引き取った、好きでもない『お義母様』は居た。
名をヘレシィ・エスカ・エクリプス。
由緒正しいエクリプス伯爵家の当主にして貴族。
アルマロス王国の枢機卿位を戴く、名実ともに王国聖教会のトップに君臨する人物だった。
はい。という訳で2章終了です。
色々ぶっちゃけたい制作秘話とか山ほどあるけど、不要過ぎるので全省略。
とりあえず、後半書きまくって燃え尽きたのと、次章の構成考えるのでちょっと更新はお休みです。ではまた!