コミュ障TS転生少女の千夜物語   作:テチス

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閑話 村での一幕、契約の対価

 この世界の人間が備えるという魔法用の内臓【造魔器官】。

 水月――いわゆる鳩尾(みぞおち)――部分にあって、そこから人は魔力を作り出す。その後、喉に魔力を集めて詠唱することで魔法を発動。

 魔法発動は簡単に言えば、たったこの二工程で行われる。

 

 無論、上級者になれば水月から発した魔力を丹田で精練、凝縮、昇華させた上で使ったり、全身を循環させる事で体内で魔法発動とかもできる。

 かつてリュエールが使ったような、造魔器官の活動を高めて爆発的に魔力を練り上げる技法は一流の戦闘者になるなら必須の技能らしい。

 

 まあ俺には関係の無いことだけどね。

 

「ぬ、うぅうぬ」

 

 なにせ俺の造魔器官は驚くほど貧弱ですから。

 

「ぐぐぐ……!」

 

 ぎゅっと握りこぶしを作って力んでみる。

 少女然としたやわらかいお腹がちょっと引き締まった気がした。以上、効果終わり。魔力なんて無かった!

 

「ヨルンやっぱり下手だなー」

「うるさい。天才には凡人の気持ちが分からない」

「でもこれ出来て普通の基本技能らしいから、ヨルンは凡人じゃなくて……いて」

「私は凡人。間違いない」

 

 落ちこぼれと言おうとしたであろうリュエールの額をデコピンで叩いておく。子供でもその先はゆるされん。

 

「……むずかしい」

 

 今日は村の広場で魔力操作の練習中。聖女さんは仕事中なので、代わりに兵士さんが遠巻きに見守ってくれている。

 そんな中で何度やっても成功しない俺。こっち見てニコニコの兵士さん。なに笑ろてんねん。

 

「だからお腹の下から力を押し出す感じだって」

「違うわよ! 引っ張り上げる感じよ!」

「あの! 僕はお腹の中で魔力を燃やす感じで!」

「あ、あわわわ……」

 

 最初はリュエールと一対一で練習していたのだが、見かねた他の子も寄ってきた。そして人によってアドバイスがまるで違う。

 参考にならんぞお前ら! って、こら、お互いに喧嘩するな!

 

「……ありがとう」

 

 でも、俺は彼等の気持ちが嬉しかった。

 ただでさえ避けられている俺を。あの事件から更に村人に疎まれている俺を。それでも彼等は受け入れてくれている。

 

 夜人に聞いた事が有る。子供の中には、俺に関わるなと親から注意を受けている子も居るそうだ。リュエールもその一人。

 だけど、彼等は彼等の意志でそれを拒絶した。知った事かと言わんばかりに俺と一緒に遊んでくれる。

 

 それは兵士さん達のおかげでもあった。

 今も、子供を連れ帰ろうとしている親御さんを広場の入口で押しとどめている人がいる。なだめすかし、言いくるめ、怒りの矛先を逸らして誤魔化している。

 

 もしも、これで俺が子供たちに避けられるようになっていたら……。きっと夜の神はまた人間嫌いに戻ってしまったかもしれない。

 そう考えれば、襲撃中に魅せたリュエールの命を賭けた意思表示や、子供たちの無邪気さは世界を救った……のかもしれない。なんて。

 

 まあいいや。

 とりあえず魔法だ魔法。うぬぬと力んでみる、効果なし。

 

 あぁ! 魔法が遠い!

 俺も「ック、闇の力が……!」とか「邪気眼が疼くぜ」とかちょっと憧れるんだが? 俺の場合、ガチでそうなりそうなのが怖くも楽しみなんだが?

 

「はぁ……むずかしい」

 

「じゃ、じゃあ俺が手伝ってや、痛て」

「駄目だよ」

 

 成功しない俺を見かねた男の子その1が手を伸ばしてきたが、リュエールに叩き落された。

 

 魔法を使う第一歩。魔力を感じ取る練習をしてくれようとしたのだろう。それは俺も聖女さんによくして貰う――されるとも言う――が、涙が出るほどつらい。

 だから止めてくれたリュエールに輝いた目を贈る。

 

「リュエール……!」

「駄目だよ。僕がするから」

 

「リュエール……」

 

 ぶち殺すぞテメェ。

 

「や、やだ! あれやだ!」

「でもヨルンまだ魔法使えないだろ。早く使えるようにならなきゃ、危ないし」

 

「嫌! ぜったいやらない!」

「あ、どこ行くんだよ! ヨルン!」

 

 衆人環視の中であんな顔晒せるか!

 俺の表情は早々変わらないが、完全に無表情という訳でもない。悶えるように、何かを堪える赤らめた顔なんて子供たちに見せれるか!

 

「わっ」

 

 という訳で走って逃げたのだが……やっぱ駄目ですねこの体。数歩で躓きましたわ。

 だけど俺の体は地面に激突することなく、正面から誰かに受け止められた。躓く瞬間まで、そこに誰も居なかったはずなのに。

 

 何だと思って顔を上げる。仮面男が居た。

 

「気を付けてくださいね、怪我したらディアナ司祭を心配させてしまいますよ」

「あ、シオン」

 

 フード付きの黒いロングコート。そして牙しか描かれていない不気味な仮面を付けた細身の男、アルシナシオン・アタッシュマン。

 突然現れたその怪しげな風貌に子供たちが後ずさっていく。

 シオンはその中でリュエールへと目を向けた。

 

「貴方もヨルンに無理やり練習させないで、男なら『俺が守る』ぐらい吼えた方が良いかもしれませんよ」

「……でも」

「敵が強大ですか? 好敵手が心配ですか? 関係ない。自分が後悔しないよう、心は強く、愛に従って生きるのです。それがこの世の理想なのですから」

 

 シオン好きだよね、そういう気障な台詞。愛に生きるってなんや。愛の戦士?

 リュエールも分かってないだろうなぁと思ったら……なんだよこっち見て。なんで納得したような顔してるん?

 

「うん。僕頑張るから、強くなるから。今度は見てるだけじゃない、ヨルンを守れるくらい強くなるから……!」

 

 ……あぁ?

 

 あ。

 ふーん。へー。はーん……そう。

 

「やめて。そういうのはいらない」

 

 

 

 

 

 

 

 礼拝堂の机上で厚くなった紙束を整える。本当は説法用の机なのだが、最近は書類業務とヨルちゃんの勉強机としか使ってない。

 それが私と村人との軋轢を示しているようで辛く、寂しくもある。でもそれも仕方ない事だと思う。

 

 彼等には彼等の生活が有り、守るべきものが有る。でもそれが私の方針と相容れない以上、私も譲ることはできない。

 

 司教位に就く前の"実績作り"でこの村に赴任した事を考えると、先日の行動はだいぶ減点対象になるだろう。

 職務に忠実なのはいいが、信徒に嫌われる聖職者なんて駄目だ。しかし、ではどうすれば良かったのかと振り返っても答えはでない。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 悩んでいたら机の上にお茶が置かれた。夜人さんが入れてくれたらしい。手を振って何てことないとアピールしてくれた。

 

 慣れれば彼等もさほど怖い存在じゃない。しっかりした知能が有るし、優しさもある。ヨルちゃんが従える彼等なら、良き隣人足りえるのではないかとさえ思えてしまう。

 

「なんて……闇を肯定すること言ったら一発で異端審問されそうですが」

 

 少なくとも南都に行ったら吹聴しない方がいいでしょう。

 

 あそこは司教をトップに、多くの司祭や助祭が常駐する聖教の一大拠点だ。派閥争いもあるそうだし、隙を見せれば喰いつかれる。

 ムッシュさんでも政争には手を焼いたと言っていた。正義を語っても相手は理解してくれないから結局、力で黙らせたが優雅じゃ無かったらしい。

 

「今から憂鬱ですが……うん。頑張るか」

 

 ぎゅっと握りこぶしを作って気合を入れる。

 

「……あ」

 

 だがそれも、ある事を思い出して一気に霧散した。

 

 今日は『純潔』との約束を果たす日だった。

 ヨルちゃん救出の際に交わした契約の対価、私の体を差し出すという約束だ。一気に気分が落ちていく。

 

「【純潔】に、私の純潔を差し出すのか……あはは」

 

 笑い事じゃない。

 でも笑ってしまう。

 

「笑わないとやってられないですよ、もう……」

 

 諦めて席を立つ。せめてお風呂に入って待つとしよう。

 

 

 

 純潔が迎えに来たのは、それから数時間してからだった。

 

 案内されるがままに村の片隅へ連れていかれる。人気のない物陰。

 まさか、路地裏でヤルとか言わないだろうなと戦々恐々していたら、彼は恐ろしい事を言った。

 

「路地裏でも出来ますよ。ここがいいですか?」

「ふ、ふざけないで!」

 

 感謝はしている。

 ヨルちゃんを救出できたのは彼が居てくれたからだ。それは分かってるから、私もこうやって体を差し出す事を認めてる。でも彼の趣味だけは理解できない。

 

 光を穢し犯すことを理想として、この世の真理だと嘯く彼の精神は狂ってる。だから路地裏で致そうとするのだろう。

 

「だからやりませんって……。私も不潔な所でやって、ディアナ司祭に感染症を起こさせても嫌ですからね。大丈夫だとは思いますが、念のため」

「別のナニカが感染しそうですね。貴方から」

 

「大丈夫ですよ。直接接触はリスクが有りますので、私はゴム手袋しますので」

「ゴム……? へーそうですか。それはありがとうございます」

 

 私だって大人の女性だ。最低限の性知識は持っている。彼の言わんとしている事は何となく伝わった。

 

『いいディアナ! 知らない人とヤル時はゴムを付けるのよ! ディアナは初心だから分かんないだろうけど、する時はゴム! 分かった!?』

 

 かつての友人の言葉が思い起こされる。

 なんだか分からないが、そういう物らしい。

 

「それで、何時の間に村の地下にこんな物作ったんですか貴方」

「聖教に気付かれずに潜むのは得意なんです、私」

 

 物陰にやって来た理由はここが入り口だったらしい。

 人目に付かないところの地面を掃うと鉄の扉が現れた。そこを開ければ長い階段。

 

 完全に教団の拠点になってる……。

 どうしようか。引継ぎの報告書にこれ書いた方が良いのだろうか。いや、書かなきゃダメだろう。

 

「ディアナ司祭が村を引き払った段階でここは廃棄処分とするので、書かなくていいんじゃないですか?」

「……それを信用すると思ってます?」

「ははは」

「生きてて楽しそうですね貴方」

 

 左右の壁に魔法のカンテラが下げられた仄かに明るい地下階段。暫く下れば再度の鉄扉が見えてきた。

 作りたてだからか想像よりも軽やかに開く扉の先は、さながら研究所の様相を呈している。

 

「なんですか……これ」

「ほうディアナ司祭も興味が有りますか? ならば説明いたしましょう! ここは私が様々なルートから情報を得て作り上げた研究所なのです! 常識では計り知れない設備ですよ!」

 

 そして大量の物品が彼から説明される。

 ガラス製のビーカーや様々な薬品、各種注射針。その針の太さにはゲージという規格が有ってだの、遠心分離機の概念は素晴らしいだの。

 かつて使った奥の手、【ウイルス】という概念もとある人物との取引で得た情報だとか。

 

 見た事も聞いたこともないような品々が目の前に出される。

 

「薬品漬け……」

 

 毒々しい色合いの薬を出されて、ふと友人の言葉が思い起こされる。

 

『いい!? 薬は駄目よ! あのバカ、快楽を3000倍にする薬だとか怪しいモン買いやがって! ディアナは騙されて盛られそうだからね! クスリだめ絶対! 分かったわね!?』

 

 ありがとう。

 貴方がくれた、いつ役に立つのか分からなかった知識が役に立ちそうです。

 

「薬はイヤです」

「そう、ですか……? でも使ってみると、意外と良いものですよ?」

 

「イヤです」

 

 純潔に言ってみれば、彼は残念そうに片付け始めた。

 よかった……やっぱり何かする気だったのか。

 

「では、簡単な事からやっていきましょうか。こちらへどうぞ」

 

 研究所然とした部屋を抜けて別の場所へ。

 次の場所は、いくつかのベッドがある部屋だった。診療台だろうか? 簡易的な寝台が置かれている。

 

 何てことはない場所。

 しかし、私はその部屋に入るなり息をのんだ。なにせヨルちゃんが居たのだから。

 

「な、なんで!? 純潔! どうしてここにヨルちゃんがいるのですか!?」

 

 診療台の上で、すやすやと眠るヨルちゃん。

 思わず声を荒らげると彼女は嫌そうに身じろいだ。

 

 教団施設で見たような、姿だけ一緒の別人かと思ったが違う。彼女はヨルちゃん本人だ。

 

「少しお願いしましてね、私がディアナ司祭の体を頂くところを彼女に見て貰おうかと」

「え……は、い?」

 

「貴方も私に体を差し出すのは不安でしょうから、知り合いが居てくれた方が良いでしょう? 私の気遣いですよ、ふふ」

 

 頭が真っ白になる。この人が一体なにを言ってるのか、理解できない。

 

 そういう行為は誰かに見せる物じゃない。ましてやヨルちゃんに見せられるはずがない。

 混乱して言葉に詰まるが、純潔は何でもないように話をつづける。

 

 なんでも村の広場で出会ったそうなのだが……

 

「この子の体が悪いですね。気を抜くと怪我しそうだったので連れてきました。そして私達の事情をお話しましたら、見ていてくれると」

「あ、貴方という人は……!」

 

 私と路地裏で致そうするどころか、彼はヨルちゃんにも手を出そうとしていた。あろうことか広場で(けが)しそうになったという。

 

「なんでですか! 貴方もヨルちゃんが大切だって言っていたじゃないですか!」

「大切だからこそ、怪我しかけた所を止めたでしょう? 何を言ってるんですか?」

 

「そこがおかしいんです! まず、人を穢そうとしないでください!」

「んんん?」

 

 何度も考えた事だが改めてコイツの倫理観の狂い方に怒りが湧きあがる。

 ヨルちゃんでなくても、子供相手に無理やりなんて許されることではない。可能なら今すぐこの男を捕縛してやりたい。

 

「ん……うぅ、ん?」

「ヨルちゃん! 行こう、駄目だよ知らない人に着いて来ちゃ!」

 

 互いに言い争う声がヨルちゃんを起こしてしまったようだ。それ幸いと手を引いて歩き出す。こんな場所に長居するべきじゃない。

 だけど、それは他ならなぬヨルちゃんに止められた。

 

「待って。シオンに約束したから」

「……約束?」

「ん。いつもお世話になってるお礼。なにかお返し出来ないかって言ったら、じゃあ体をくださいって」

「そん、な」

 

 キュッと心臓が締め付けられる気分になる。

 

 純潔の名を呼ぶヨルちゃんに彼を嫌悪する気配はない。

 彼女にとって純潔は教団から助けてくれた恩人の一人であり、その裏の顔を知らないのか。だから彼にも優しくしてしまうのか。

 

「ヨルちゃん、体を上げるって意味分かってる? なにされるか分かる?」

「よく分かんない……。でもちょっと痛いとは聞いている」

 

「大丈夫ですよ。私はとても上手いんです」

「貴方は黙ってて!」

 

 純潔をきつく睨みつける。

 

 これは脅しだろうか?

 その気になればヨルちゃんを無理やり穢すこともできるし、騙して致すこともできる。

 

 契約魔法で縛り付けられている私は、最初から逃げることはできない。だけど彼はそれに飽きたらずこんな手段を取ってきた。

 

 見たいのだ。苦痛に歪む私の顔が。 

 感じたいのだ。憎悪と敵意に満ちた私を征服する悦びを。

 

「さあさあ、準備はできていますよ。ディアナ司祭はまた今度。では、やりましょうかヨルン」

「ん、どうぞ」

 

 こいつはそういう男なのだ。

 手を引かれて連れて行かれそうになるヨルンちゃんを見て、私は苦悶の末、懇願する。

 

「……私だけにしましょう。ヨルちゃんが見ていても良いです。なにされてもいいです。だから彼女には手を出さないで」

 

 果たしてその願いは受け入れられる。

 

 この後、めちゃくちゃ採血された。

 

 




ディアナ「なんか思ってたのと違う」


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