コミュ障TS転生少女の千夜物語   作:テチス

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ちょっとお休み頂いたら、書けなくなったです。
プロローグ書くのに数か月かかってごめんね。

次話? これから書くのです(´・_・`)


3章
プロローグ


 

 買い物帰りの老婦人。帯刀した戦士に年若い書生。雑多な人影が視界を埋め尽くす。

 

 ここは老若男女で溢れる南都アルマージュ、その中でも一際大きなメインストリートだ。

 街の中心部を突き抜ける様に作られた道は石畳で均されて、車道は馬車同士が優にすれ違えるほど広い。しかし歩道は年々増大する都市人口に対応しきれず手狭となっていた。

 

 アルマージュの人口は十数万人を超えて、なおも増加中。初めてここを訪れる者はまず人間の多さに驚愕するという。

 地球とこの世界は環境が違うから一概には比べられないが、それでも中世時代の地球より人口がかなり多いのではないだろうか。人口密度など下手すれば現代都市並みだろう。

 

 俺たちも今、例にもれず都会の洗礼に見舞われていた。

 

「わ……わっ……」

 

 やばい。この世界の都会なめてた。人が多すぎる。

 この体になって初めて体験する人混みに、運動神経の鈍い体が対応できていない。歩道を進もうにも人の流れに乗り切れず、周囲とぶつかりそうになる。

 

(うえぇ……混みあってるから仕方ないけど、まともに歩けないんだが?)

 

 ここは東京か。はたまた大阪か。それにしたって酷過ぎる。道路の限界キャパシティを超えて、歩道がまるで満員電車一歩手前の様相だ。

 通りの両手に立つ外国然とした煉瓦造りの建物を見て楽しむ余裕も無い。というか人が邪魔で見えない。

 

 かつて俺が南都を訪れた時――無論、聖女さんには秘密だが――は、こんなでは無かった。時間帯が夜だったとは言え、通りを歩く人間はまばらで静かすぎる程だったのを覚えている。

 

 それがどうなってんだ。

 昼と夜が変わるだけでこんな違うん? 困るぅ~。

 

「ヨルちゃん大丈夫?」

 

「うぐぐ、歩きづらい」

「そうだよね……もうちょっと我慢してね、ここを抜ければ空いた道に出るから」

 

 安全のためにと手を繋いだ聖女さんが心配そうに聞いてくれたが、不満が口をついて出た。だって身長の低い俺では人の壁が邪魔でマジ何も見えん。

 スムーズに歩こうにも先を読むことすら出来ず、ただ人の波に身を任せるしかない。けどそれは危険な事で、人混みに生じるうねりで呑み込まれそうになる。

 

 などと考えていたらまただ。

 人の壁がぐにゃりと歪んで、前から歩いてきた人間が俺に向かって突っ込んでくる。

 

 やめろ、俺が小さいからって見えてねぇのかテメェ。いやデカいんだよこの世界の人間が! こっち来んじゃねぇ!

 

「ヨルちゃん、ほら危ない!」

「わっ」

 

 ぶつかる寸前。掛け声と共に体が引き寄せられた。

 どうやら聖女さんが身を挺して守ってくれたらしい。彼女の手の中で衝撃を感じる。

 

「すいませ――痛っ」

 

 聖女さんが謝罪と小さな悲鳴を上げた。

 一方、ぶつかった相手はまるで気にしていない様子。ちらりと目線を寄越すと、何事も無かったようにそのまま足早に去って行く。

 

「いたた……」

「大丈夫?」

 

 苦痛に顔を歪める聖女さんを撫でながら、見えなくなる相手の後姿を睨み詰める。

 

 人の波があったとはいえ野郎、こっちに突っ込んできやがった。しかも接触しても無視とは……一言くらい謝れや。

 それにあいつ鎧を着てやがった。全身鎧の様なごつい物じゃないけど、関節を守るピンポイントは鉄だった。そりゃ痛いよ。なんで混みあう道路で鎧を纏うのか。

 これじゃあ日本でも出没するという噂の「ぶつかってくるおじさん」の方がよっぽどマナー良い。

 

 鎧着て、人にぶつかっても謝罪無しとか……この世界終わってんな。

 

「ぶつかった人、鎧着てた。あれが探索者(シーカー)? それとも当たり屋?」

 

「ううん、スリだよ。ヨルちゃんも気を付けてね」

 

「スリ?」

「あ、でも本業は探索者なのかな」

 

 などと思ってたら聖女さんが苦笑いしながら教えてくれた。

 なるほど。強めにぶつかってくる人は当たり屋じゃなくて、スリ屋さんだったらしい。

 

「……スリ」

 

 思い出すのは、この通りを歩き始めてから聖女さんが大きく人とぶつかった回数だ。それが全部スリだったとするならば狙われたのは実に――

 

「3回かな。私が祭服を着てるから、狙われやすいってのもあるんだろうけどね」

「おぉー……?」

 

 いや、いくらなんでも多くね? 

 ちょっと歩くだけで3回も犯罪に遭うとか。しかも聖職者相手に盗み働くって……やっぱりこの世界終わってんな。

 

「うん、日蝕から増えたらしいよ。周囲から避難民の流入が止まらないし、市中では終末論みたいな噂が流れ始めてる。聖教会に対する風当たりも強まって治安が急激に悪化しているね」

 

「……そう」

 

 悲報。この世界を終わらせた原因は俺だったらしい。

 

 なんでも、計算上あり得ない周期で訪れた日蝕が人心を惑わしたとか。

 それに加えてスラムの蜂起と黒燐教団の再誕宣言だ。ある村では怪鳥の襲撃があったし、深淵の森に至っては【黒き森】が顕現した。

 

 その上、民心を慰撫してきたムッシュ司教は突如辞任を表明し、国民を守るための王国軍は他国と係争中。悪いニュースばかりで良い事が何もない。

 

 荒廃する人心、乱れる治安。

 

「……」

 

 ふむ、つまり殆ど俺が悪いと?

 

「……ご、ごめんね?」

 

「あ、謝らないで。ヨルちゃんの所為じゃない! 悪いのは全部、日蝕を起こしたり、村を襲った人達なんだから!」

 

「ごめんねっ!」

「だからヨルちゃんは悪くないってば!?」

 

 優しい聖女さんの笑み。俺を撫でてくれる手が暖かい。けど申し訳ない。だってそれ全部、俺が犯人ですから。

 

 ……うん。汚名返上。

 これから秩序の回復を頑張って行かなきゃだ。影に潜むヤトと一緒に頷き合う。

 

 

 

 俺たちが今、村を出て南都を訪れているのには理由がある。

 なんと聖女さんがこの都市の司教へ叙任される事が決まったからだ!

 

 なんでも聖女さんは今まで村の司祭位にあったが、南都の司教であるムッシュさんが引退するとの事でそれを引き継ぐことになった。

 司教というのがどれだけ偉いのか俺には分からないが、出世という事は間違いない。拍手してお祝いしたら聖女さんも照れて喜んでくれた。

 

 という事があったのが数週間前。

 だが同時に俺はその事で聖女さんから選択肢を示された。聖女さんは出世のため村を出なくちゃならなくなったが、居候である俺はどうするかという事を聞かれたのだ。

 

 聖女さんが提示した案は三つ。

 

 一つは、このまま村に残って、村の駐屯団であるレイトさん達の庇護下に入る事。

 二つは、南都の司教になる聖女さんに着いて南都に居を移す事。

 三つは、みんなに護衛されながら「聖都」に移動して、信頼できる人に事情を話して保護されること。

 

 聖女さんが寂しそうな顔をしながら一番安全だと言ったのは三つ目の提案だが……あり得ない。いや俺、聖都とか行きたくないし。

 一つ目の選択肢も兵士さん達には悪いが、正直、無い。

 だって今更、聖女さんから離れて暮らすとかあり得ない。

 

(……いや、情けない。彼女には迷惑ばかりかけてるなぁ)

 

 聖女さんに依存してしまっていることを自覚する。大の男が自分より年若い女性に頼りきりというのは情けない。だけど、もう駄目なんだ。

 彼女の近くに居るだけで心の内が暖かくなって離れられなくなる。もっと、もっとと甘えても彼女は喜んで受け止める。

 愛情に飢えていたつもりはない。でも、これを知ったら無しではいられない。

 

 ……きっとこれは【夜の神】の所為に違いない。うん。そうに違いない。俺の所為じゃない。なんて思ってたら、神様からの抗議が来た。

 

 ―― ……。

 

 言葉は無かった。ただ不服そうな感情だけ送られてくる。

 

(じゃあ、離れたいの?)

 

 ―― っ!?

 

 はい。もっと怒られました。

 やっぱお前の所為じゃん?

 

 ……という事で、俺は今日から都会の住民となるのだ。

 前の世界でも田舎暮らしだった俺が初の都会進出である。今日からシティ派ヨルちゃんと呼んでほしい。

 

 そしてこの犯罪(スリ)で溢れた南都の倫理を導くのは聖女さんの役目となる。

 

 彼女ならば乱れた民心もすぐに掴んでくれるだろう。荒れた治安だって戻る筈。

 だけどある程度の時間は掛るだろうし、ましてや治安の悪化はこの街だけでなく世界中で起きている。簡単な事ではない。

 

 本を正せば、発端は馬鹿達(ヤト)が日蝕を起こしたことであり、俺の失態。それを彼女に背負わせるのは不条理だ。任せきりは間違ってる。

 今ではこんな(なり)になった俺だが、大人としての威厳は残ってる。自分のミスは自分で拭いたい。

 

 治世は綺麗ごとばかりじゃ進まない。彼女が表なら、俺は裏。聖女さんに出来ない部分だって夜人なら手が届く。

 期待を籠めて影に目をやると、佳宵と銀鉤が分かってると言わんばかりに親指を立ててくれた。

 

(うん。そうだ。胸を張って聖女さんと生きるためにも、やるべきことはやらなくちゃ!)

 

 都会(アルマージュ)に移り住むことになった事ばかりに浮かれていられない。

 

 俺たちの目標は一杯だ。

 安全を確保しなきゃだし、やらかしてしまった事の後始末もしなきゃだ。復活したという黒燐教団の動向だって気になる。

 

 よーし。よしっ!

 

 一つずつ、皆でがんばるぞー!

 

 

 

 

 

 

 混みあう通りを抜けて、人通りの少ない道に出る。

 

 随分歩きやすくなった事でようやく人心地ついたのだろう。隣を歩くヨルちゃんがほうっと息を吐いた。私もここまでは無事来れたことで少しだけ気を緩める。

 

(黒燐教団の襲撃もなかったし、レイトさん達に感謝です。あちらも大丈夫だったでしょうか……?)

 

 村から南都に来るに当たり懸念は多かった。なにせヨルちゃんは教団が作り出した神の依代。教団が再び奪還に動くだろう事は確信できた。

 

 そのため村から都市への移動という無防備になりやすい時間が一番危険。兵士さんたちには移動ルートの選定や偽装工作など多くの協力を貰った。

 それが功を制したのか、あるいは【勤勉】という幹部を打倒した事で教団の動きが鈍ったのか、これまで大きな妨害は見られなかった。

 

 人の多い南都で昼間から襲撃される事は考えにくいし、ひとまずは大丈夫だろう。

 

「お~、おっきい」

 

 人通りが減って、ようやく周囲を楽しむ余裕が出てきた。

 ヨルちゃんが煉瓦造りの壁に近づいて大きく見上げた。ぴょんとジャンプしてみたり、手を伸ばしてみたりと感心しきりだ。

 

 村には無い、大きな人工物に彼女は興味津々の様子。

 楽し気に辺りを見回してふんふんと鼻を鳴らす。右の建物を見て、左を見て、そして狭まった空を見て。最後に自分の影を見つめてヨルちゃんがゆっくり顔を上げた。

 

 影を見たのは恐らくヤトさん達と何かやり取りしたのだろう。前を向いてグっと握りこぶしを作ったヨルちゃんの顔はやる気で満ちていた。

 

「ふふ、ヨルちゃん楽しそうだね」

「うん?」

 

 彼女には黒燐教団からの襲撃リスクや、戦闘となる可能性について知らせていない。そしてそれは正解だった。おかげでヨルちゃんはこうやって初めて見る世界を楽しんでくれている。

 

「前から南都に来たがってたものね。あ、兵士さんたちに貰ったお菓子もここで買ったんだっけ?」

「ん……! 聖女さん、あれ!」

 

 お洒落な外観を持つお店が通行人の隙間から覗く。客の目を引くように鮮やかに染色された暖簾が風に揺れていた。

 お店の存在に気付けば美味しそうな菓子の匂いが香ってくる気がして、ヨルちゃんもピクリと体を震わせて反応。そちらへと足が引かれていく。

 

「こらこら。まずは聖堂で着任の挨拶して、それから部屋の整理して……あー駄目かな、これは」

 

 先ほどより通行人が少ないとは言え、どこに誰が隠れてるか分からない。決して離すことは無いように手を繋いだままヨルちゃんにくっ付いて歩く。

 

 走らないでねと手を少し強めに引いてもヨルちゃんの足は止まらない。ふらふらと甘い匂いに釣られて行く。

 

「おぉ、これは……!」

 

 店のショーケースに飾られていたのは、可愛らしく作られた幾つものお菓子たち。

 雪の様に白いケーキ。大きく膨らんだシュークリーム。やわらかそうなワッフルに、透き通る果実ゼリー。その中でも一際目を引くのは、触れば崩れそうな程、繊細に描かれた鳥の飴細工だろう。

 

 衝撃に弱いという点や、日持ちしない事で村じゃ見れないお菓子達にヨルちゃんの目が奪われた。

 

「ううーん。美味しそうだけど時間がないからまた後で買おうね。ほら行こう、ヨルちゃん。……ヨルちゃん?」

 

 どうやら私の声も届かないほどらしい。いつもの気だるげで暗く沈み込んでいる彼女の瞳が、今だけはキラキラと輝いている。

 私とじゃれ合ってくれる時でも、果たしてここまで喜色満面だっただろうか? そう思うと得も言われぬ感情が湧きあがる。

 

「ヨルちゃん? ヨルちゃーん、おーい。……むぅ」

 

 気付いて欲しくて手を引っ張るが無駄。ヨルちゃんは憧れの物を見つけた子供の様に、店の前に張り付いて動かない。

 それにまた、負けた気がしてムっとする。

 

(え……ムッとする? え、まさか嫉妬? いや、いや。無いでしょう。なんで私はお菓子に嫉妬してるんですか)

 

 なんだか思考が可笑(おか)しな世界に入りかけた気がした。……お菓子(かし)だけに? いやいやいや。頭を振って馬鹿な考えを追い払う。

 

「もう、そんなにお菓子が食べたいの? じゃあ一つだけだよ」

「!!」

 

 ヨルちゃんが嬉しそうに何度も頷いた。

 

「砂糖、はちみつ、魔法味。むむ、果実風味? そういうのもあるのか。悩ましい、悩まし……ん? だめ。一つだけ」

 

 メニューの前で腕を組んで唸るヨルちゃん。どれにするか心の中で葛藤しているのだろう。誰かと口論する様に小さくあーでもない、こーでもないと一人議論している。

 

 それを見て、仕方ないなぁという思いと、一人で街中には絶対出せないなという確信を抱く。

 

 ヨルちゃんはまだ子供なのだ。好きな物や興味を引く物に意識を奪われて当然。しかし、その所為で迷子になったり誘拐されやすい。

 

 彼女には夜人というこれ以上に無いほど強靭で信頼できる護衛達がいる。だけど彼等は闇に連なる存在であり日中は影に潜んでいなければ死んでしまう。

 また闇だからこそ、厳格な聖教徒に知られれば、それ自体が彼女を追い詰める材料になる可能性だって否定できない。

 

 彼女を狙う者がどこに潜んでいるか分からない今、危険な事はさせられない。させたくない。

 

 もう、私は失いたくないのだ。

 

 教団により生み出され利用され続けたあの子を想う。己の立場を嘆かず友人としてヨルちゃんの幸せを願った子。頭から獣の耳を生やした、美しくも儚い子。

 あの子の声が。笑顔が。最期が脳裏をよぎる。

 

「……もう、誰も失わない」

 

 南都ではレイト隊長や兵士さん達のような心強い味方は居ない。ムッシュ元司教のサポートだって限られる。生半可な覚悟ではこの先戦えない。だけど諦めない。

 

 買って貰った小さなお菓子一つという、ちっぽけな幸せを両手で抱えるヨルちゃん。その嬉しそうな顔を見れば、立ち止まるという諦観は消えていく。

 

 そうだ。

 私はまだまだ頑張れる。

 

 例え日蝕を起こす超越者が相手でも、子供を実験台にする人非人が相手でも。私は必ず打ち倒して見せるから。

 だからどうか、この子の明日が晴れますように――。

 

 





ディアナ「必ず打ち倒して見せるから……!」

ヨルン「ワッフル買った。ビター味は大人の威厳」 ←打ち倒される奴等
夜の神「だめ。甘さが足りないだめ」
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