コミュ障TS転生少女の千夜物語   作:テチス

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みんなで想定外

 気分が悪くなって吐きそうになる。

 うん分かる。そういう時もあるよね。

 

 外の空気を吸いたくなって窓を開ける。

 分かるわかる。新鮮な空気を吸えば、ちょっとはスッキリするかと思うよね。分かるよ。

 

 窓を開けたら、天使さんがこんにちは。コレがワカラナイ。

 

 

『!!』

 

 俺を見つけた天使は、止まる気など無いと言わんばかりの猛スピードで飛んで来た。悲鳴を上げる暇もない。羽搏き一閃、転瞬の合間で目前に現れて、そのまま頭から俺のお腹に突っ込んだ。

 

「――ぐぇ」

 

 天使の体格は俺より更に一回り小さく、幼い子供と言えるほど。しかしその速度×質量は侮れず、体当たりによる莫大なエネルギーがお腹から背中に突き抜ける。

 襲い掛かってきた天使と一緒に床を転がり、壁に衝突。

 

「っあ、う」

 

 出た? ゲロ出た?

 腹痛で苦しんでる人のお腹にタックルするとか、お前に慈悲は無いのか。そんなにヨルちゃんの吐瀉物を見たいのか。

 世界が何度も回転したせいで、くるくると目が回る。ようやく止まって……部屋の惨状に気が付いた。

 

 ひぇ! 床一面、真っ赤やん!? 

 なにこれ血!? ゲロどころか内臓まで全部出た!?

 

「痛い……痛……? いたくない」

 

 すわ天使の捨て身タックルにより、下半身と上半身がよろしくバイバイしちゃったかと身構えたが、なんも痛くない。ぺたぺたと体を触って確かめるけど異常なし。

 それどころか、何か柔らかい物が後頭部に当たってる。

 

「おいおい、んだよこの無礼極まりねぇ羽虫は。どこの手のもんだテメェ」

「……佳宵?」

 

 どうやら俺は胡坐をかいて座る佳宵の股の間で抱き留められていたようだ。壁にぶつかった気がしたんだが気のせいだった?

 しかしなるほど、柔らかかったのは佳宵の胸らしい。聖女さんより無いな。

 

 佳宵の姿はヨルンちゃん人形と合体していた時のものじゃなく、彼女本来の着物姿。だけど怒っているのか、最近は見せてくれていた素顔を狐面で隠してしまっている。

 

「初魄、主の付き人はお前だろ。護衛なんだろ? だったらしっかりしろよ! なあ、おい!!」

「申し開きの余地もない。襲撃への対応が遅れた事を謝罪する、主よ」

 

「いや、いや……うん」

 

 いつの間にか佇んでいたヤトも、夜人の姿から甲冑姿に変わっている。短時間しか持たない変化だが、まあ、それはいい。天使から守ってくれたのはありがたい。

 

 けどね。床一面、真っ赤なのはどうしてかな。

 ヤトの剣で床に縫い付けられている天使はなんだろな。どうしてノコギリみたいに剣をギコギコ動かしてるの?

 

『……ぎ!? っ!?』

 

 ひぇ!? 天使がこっち見た!

 体中から血を吹き出しながら、目を見開いて睨んできた!? 怖いし、グロイいんだけど!

 

「気分が悪い」

 

 現代日本人にグロ耐性など存在しない!

 幸い、クールすぎる"ヨルちゃんぼでぃ"のおかげで吐くなんて醜態は晒していない。でも直視できないから目を伏せる。

 なんか、佳宵とヤトの雰囲気が一段と冷たくなった気がした。

 

「おい、さっさと殺せ。見るのも不快だと主はご立腹だ」

「心得た」

 

 ……?

 

「歯牙にもかけぬ下等生物が、その玉肌に触れた。我等が主の気分を害した愚行、命で償おうとあいも無し」

「おうよ。主に触っていいのは私ぐらいだよ、なー。……うん? 聖女とかいうアイツも百歩譲ればいいのか?」

 

 違う。「気分が悪い」の意味が絶望的に違う。

 

 別に俺は体当たり喰らった事には怒ってないんだが? 怪我も無いし、天使達の反応だって仕方ないから気にしないんだが? 

 むしろ俺が気分を害した――グロい光景見て、気持ち悪くなった原因はヤトにある。

 

 殺すとか、そんな事は止めて……なんて思っても、間に合わない。俺が「あっ」と声に出した時点で天使の首が飛んだ。

 

「……あぁ」

 

 無意識下の反射というのは、必要な機能だったらしい。"ヨルちゃんぼでぃ"は無感動すぎるから、なにするにしてもワンテンポ遅れてしまう。

 天使の首が落ちる瞬間、少しビクッとしただけで俺の反応は終わった。どうしよこれ。

 

 更に困ったことに、転がっている首に対して気色悪さは覚えても、それだけで終わってしまう。罪悪感少ししかないのは、元々の俺であればあり得ない反応。

 

 なんだろう、これ。

 この体になった事に起因するのか、それとも【夜の神】を宿している事が原因なのか? そういえば、この世界に来た瞬間も狼狽とか殆どしなかった気がする。

 でも、天使が死んだ事に申し訳なく思っても、それだけで終わっちゃうのは……うーん。守ってくれたヤト達を激怒するのもなんか違う気がするし、うーん。……まあ後で叱責するけど。

 

 遣る瀬無さを感じて佳宵の体にもたれ掛る。

 

『……! …!』

 

 窓の外では残された天使が騒いでいた。しかしそれもヤトに一睨みされたら、涙目になって空高く逃げて行った。……いや、ちょっと待て。 

 

「逃がしちゃ、駄目じゃない?」

 

 そもそも天使が来たのは何のため? 

 聖女さんの就任式に参加するため……という可能性が高いだろう。あんな神々しく登場したのだ。何のために呼んだのか分からないが、きっと重要な用事だったはず。

 

 例えるなら、辞令交付される職員(聖女さん)への祝辞に社長秘書(天使)が来る予定だったが、約束をぶっちされたというのに近いだろうか。

 それってつまり、社長から「お前なんかに期待してねぇよ」という事を示唆されたという事で……え、ヤバない? 同僚から見た聖女さんの立場ヤバない?

 天使に逃げないで、参加してもらわなきゃ駄目じゃない?

 

「誰か、就任式の様子分かる? 聖女さん達が何言っているか聞こえる?」

 

 天使を殺したという意味を2人は理解しているのだろうか? ヤトは首をかしげて、そして無理だと振った。佳宵は機嫌が良さそうに胡坐の上に俺を置いて満足してる。

 駄目だコイツ等! 知能を欠片も持ってねェ!

 

「銀鉤」

 

 一声掛ければ「ズズズっ」といった感じで俺の影から這い出てくる黒い人型。銀鉤は近くで落ちていたフェレ君を拾い上げて、雑に握りしめると俺に向き直った。

 フェレ君が嫌そうに大暴れしてるんだが……まあ、そんな事より

 

「いま中央塔で行われてる、聖女さんの叙任式の様子を教えてほしい」

 

 ただし、銀鉤まで"変化"するとまた日蝕起きるから、そのままの姿で教えて。そういうと銀鉤はおもむろに頷いた。

 フェレ君を握った方の手に魔力が蠢き、反対の手をヤトの背中に合わせる。魔法に巻き込まれたフェレ君が苦しそうに大きく口を開けた。……とりあえず離してあげなよ。

 

「承った。ではこのまま私が主へ伝達しよう」

 

 銀鉤から何かを感じ取ったヤトが言う。

 どうやら夜人形態では喋れないから、銀鉤はヤトをスピーカー代わりに通訳してもらうつもりらしい。というかお前は大聖堂の結界内でも大丈夫なの? 消滅しない? あ、そうなの。俺はこんなに体調不良なのに……。

 

 ヤトが一回咳払い。重々しく就任式で行われている会話内容を伝え始めた。

 

『召喚されたのに誰もいらっしゃらないだと? これは前代未聞だ』

『天使様が……あぁ、どうやら大変な事になったらしい』

『今すぐ枢機卿に相談を。いや、教皇猊下に指示を仰ぐしかない』

 

 ヤトの口から次々発される言葉。それを聞いて唖然とする。

 

『この意味が分かりますかエクリプス司教。一体どうなさるおつもりですか?』

『……落ち着いてください皆さん。何か理由があるはずです。まず少し冷静になって――』

 

『これが落ち着いていられますか。本国から異端審問官を……いや、対異教特務機関を召喚するべきだ。今すぐ宗教裁判を開くんだ』

 

 終わり無き言葉の羅列。全てが騒乱を表しているから、もういいと銀鉤に手を向けて差し止めた。

 

「……」

 

 パズルを解き明かす様に推察を組み立てる。銀鉤の手で拾われた就任式の状況は、一大事件が起きている事を示唆するもの。

 

 天使は就任式で呼ばれる筈だったが来なかった。……俺たちが殺したから。残りは逃げたから来れなかった。

 しかし式に出ている人間たちはそんな理由は分からない。目につく事、考え付く理由を上げるなら、就任する司教である聖女さんが天使の御眼鏡に適わなかった事。だから来なかった。

 故に枢機卿への報告だとか、異端審問だ裁判だと、謂れなき理由で聖女さんが責められている。

 

「……非常にまずい。これは、全力でまずい」

 

 天使を殺してしまった時の比でない。全身から冷や汗が一気に噴き出て、心臓の拍動が早まっていく。そんな早く動けたのかってくらい猛烈なビートを刻む、我がハート。何だヨルちゃんボディも生きてるじゃん。

 

 なんて冗談いってる場合じゃない!!

 

「今すぐ動く! のんびりしてる余裕はない……っ!!」

 

 佳宵の上から飛びのいて対策を講じる。

 

 ヤトを見る、無能。

 佳宵を見る、無能。

 

 銀鉤を見る――有能。

 

「……来て!」

 

 銀鉤の手を取って、一気に窓から飛び降りる。着地なんか知らん! 銀鉤が慌てているが、合体しろと言えばすぐに動いてくれた。

 

 彼の夜人たる体がほつれる様に広がり、俺の体を包み込んでいく。手足が伸びてあっという間に大人形態の体へと移り行く。

 そして着地。はい銀鉤百点!

 大きい服は無いから銀鉤が魔力で練り上げてくれた。何故かまた女性向け黒スーツだけど……まあ良し。

 

「――ん?」

 

 その瞬間、さっきまで居た部屋が爆発した。

 

 ……何か分からんが、どうせまたヤト達の癇癪だろう?

 あいつら、この前は銀鉤に嫉妬してあんな事件――犬耳少女惨殺事件――を起こしたらしいし。仕方ない奴等だ。

 

「遊んでないで、ヤト達は早く天使を就任式に連れてくるように」

 

 聞こえているか分からないが、逃げた天使を追いかけて連れ戻す様にお願い。

 怯えに満ちていた天使を思うと申し訳なく思うが、聖女さんのためだ。なんとか説得して彼等に役割を果たして貰いたい。

 

 俺の方は早く、聖女さんの弁解に行かなきゃだ……!

 

 

 

 

 

 

 突如襲ってきた熱波により崩壊した部屋の中。濛々と立ち込める黒煙は、視界の全てを遮った。しかし視力など歴戦の強者たるヤトと佳宵に取って有れば便利な感覚の一つでしかない。

 一切の動揺を見せることなく、ヤトは懐かしい気配を放つ存在に対して馬鹿にしたような声をかける。

 

「これが天使流の歓迎か? まさか攻撃とは言うまいな。これでは魔物一匹屠れんぞ」

 

 天使を二匹逃がした時から来るだろうとは思っていた。しかし、問題無いと判断していた。むしろ主の望みを叶える駒にできるとほくそ笑む。

 

 ヤト達の主がそうであるように、彼等の主もまた力を使い果たしている。もはや、あの忌まわしき無限の加護を与える事すら叶わない。

 であるならば――

 

「昇った日は刻下に落ち往く道すがら。今こそ彼女が黒き太陽(サン)と成り代わろう」

 

 中央塔へと走り向かうヨルンを守る様に敵前で立ちはだかる。

 黒煙が風に流されると共に現れた。三対六翼の羽で体を包む女性騎士――太陽神の使徒にして守護者【第一蒼天】サナティオ・アウローラ。

 

「ふんっ、天使たちが騒ぐから来てみれば……終末の時まで死んでいればいいものを。むざむざと私に殺されに舞い戻ったか! 初魄っ!!」

 

 光の三使徒と呼ばれる最強の一画。その筆頭が今、現世に再臨した。

 

「否。今の私は初魄ではない。ヤトと呼べ」

 

 

 

 

 

 

 【降臨の儀】――その発動が確認出来た時、ディアナは人知れずほっと息を吐いた。

 発動したという事は神々の坐す地へこちらの意志が届いたという事。少なくとも下級精霊の一人は来てくれるだろう。まずは最低限の問題はクリア。司教としての面目は保たれる。

 

 同様に、固唾をのんで見守っていた参席者たちも肩の力を抜いた。最近はただでさえ問題が多い南都で司教の交代に失敗したとなれば、混乱が更に長引いてしまう。

 誰もディアナの失敗を望んでいなかった。儀式の成功により一気に空気が軽くなる。

 

「ぁ」

 

 参席者の遠くで聖学校時代からの友人が小さく手を振ってくれていた事に気が付いた。

 至らぬ自分に色々と教えてくれた友人。そう言えばあの子の赴任先は南都だったなとディアナは嬉しくなって微笑み返す。

 最近はヨルンの事ばかり考えており、ついつい忘れがちだったのは申し訳ない。でも彼女がいれば百人力かもしれない。

 

「……」

 

 しかし、安穏した雰囲気が漂っていたのは魔法発動から数分の間だけだった。

 

「使徒様はまだか? そろそろか?」

「いや、おかしいですなぁ。こんなに遅れられる事もあるのですか?」

 

 聖堂の鐘は鳴り響いた。ディアナの意志はしっかり届き、その清さを認められて祝福の光も降り注いだ。しかし、使徒が来ない。

 人々の騒めきは徐々に拡大していく。これは歴史上見られなかった事。

 天界で何かあったのか。天使様が来れない理由でもあるのか。まさかこれも黒燐教団の仕業なのか?

 

「いやまさか。これ程の聖堂に攻撃を仕掛ける程、奴等も愚かではないでしょう」

 

 ふと呟いた原理派の聖職者。だが、彼の言葉は直ぐに現実のモノとなる。

 

「――っ!? なんだ! 爆発!?」

 

 聖堂に爆音が轟いた。地が揺れる程の衝撃。参席者の間でざわめきと動揺が広まっていく。

 突然の事に身を屈めて臨戦態勢に移行できたのは数えるばかり。逃げようとする者は慌てて立ち上がったが、連続する轟音に慄いて動きを止めた。

 

「そんな、なんで!?」

 

 聖堂騎士たちが武器を手に取り、慌ただしく動き始めたのを傍目にディアナはヨルンのいる方へ顔を向けた。体調不良だったからと一人にさせたのは間違いだった。

 

「もう我慢できん! いますぐ本国から異教特務機関を呼び寄せましょうぞ! 黒燐教団などという下賤な輩に鉄槌を!」

「邪教を崇めるどころか、天使様へも直接手を掛けるとは……! 目に物を見せましょうぞ!」

 

 熱心な聖職者の中には興奮して声を荒らげる者も出る始末。事態は独りでに動き始める。ディアナはなんとかそれを抑え混もうと声をかけるが効果は無い。

 

「お、落ち着いてください。今はどこも同じような状況。特務機関だって曖昧な理由では動けません、まずは冷静に理由を探して、襲われている人の避難を――」

 

 そうこうしてる内に聖堂の入り口が勢いよく開かれた。

 

「……っ!」

 

 外から差し込む強い逆光に視界が遮られる。しかし、微かに見えた顔にディアナは息をのんだ。

 忘れもしない。何度も辛苦を呑まされた教団の一員にして救うべき一人。ヨルンに深く関わっているであろう女性。

 

「サン……!」

 

 被験体番号3番。

 教団の罪の形が、再びディアナ前に立ちはだかった。

 

 




Q どうしてヨルンちゃんは、天使の死体見ても取り乱さないんです?
A 各々の反応
ヨルン「死体だ!!!! ひぇっ!!」
夜の神「……」

Q どうして元の世界に帰りたくないんです? 焦らないの?
ヨルン「仕事どうしよう!!? やばーい!」
夜の神「……」

Q 聖女さんが危ない!
ヨルン「ひぇえええ!!」
夜の神「ひぇえええ!!」


そ う い う こ と


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