村での悲しい事件から3日が経った。
いま俺は洞窟に引き籠っている。
こんなに長い時間誰とも会話しなかったのは初めてで人恋しい気もするが、それ以上に逮捕されるのがイヤだった。
なんでこんな事した!と村を襲った事を責められるのが怖かったから、洞窟の一番奥に隠れていた。
幸いだったのは
走れと言えば全力で走るし、お腹空いたと言えば野生動物を狩ってきてくれる。器用に火も起こす。物理で。
彼らに助けられながら俺はこの3日間を生きてきた。
野生動物の肉だけじゃ飽きると言ったら、どこからかパンと野菜を持ってきてくれたからそれで食いつなぐ。他にも丈夫な衣類、靴も彼らが持ってきてくれた。外にいる獣も追い払ってくれているようだ。
やっぱり彼らがいなければ俺は3日も生きていけなかっただろう。
ところで、この衣類は森で亡くなった人の遺品だろうか? それにしては状態がいい気がする。新鮮なパンはどこから持って来た……?
意外とこの森は色々なものが落ちてるのかな?
「……深く考えてはいけない。森には色々落ちている」
萌え袖と裸足はイヤだったからすごく助かった。
ズボンとワイシャツは数少ない礼服だからしっかり保存しておいてとお願いして夜人へ預けた。いつ使うか知らんけど……。
というわけで今俺は美少女ちゃん村娘スタイル。ごわごわした服が安っぽい作りです。
「夜人……名前安直だと思う? ヤト」
フルフルと首を振り俺を肯定してくれたのは一番最初に生み出した奴。
今ではなんとなく愛着がわいてしまったから俺の付き人扱いしてる。名前もこいつだけ【ヤト】と付けた。夜人の読み方を変えただけと言ってはいけない。
さて力持ちで耐久力もある夜人だが、意外に弱点が多かった。
まず日の光が大の苦手。
ここが洞窟だからいいが、外で直射日光を浴びると黒い粒子をまき散らしながら一瞬で蒸発していく。もって10秒といった所。
数人の夜人は尊い犠牲だった……なむー。その夜には復活して元気にしてたけど。
あ、あと日光以外に聖なるパワーも苦手だと思う。これは村での戦闘を考えて想像だ。
そして日中という時間帯も苦手らしい。
たとえ洞窟の暗闇の中に居ても、夜の間に比べると格段に力が落ちて動きも鈍くなる。
昼間では精々、普通の大人くらいの力しか出ないようだ。十分と言えば十分だけど、夜の性能を知っている俺からすれば物足りない。
次に俺の真意を理解してくれない問題。
なんで村で戦闘に入ったのか問いかけたけどヤトは「え、なんで?」と首をかしげるばかりだった。
いやいや荒事は駄目でしょと言っても「またまたー」って感じ。俺は本音を分かってるぞと肩をポンポン叩いてくる。たまに頭を撫でてくる。
あんだてめぇ、戦闘種族かぁ……?
4つ目の弱点は、近接戦闘しかできないということ。
夜人は黒いモヤモヤでできてるから物理攻撃は一切を無効化するし、力もかなり強い。そのくせ触りたい物には触れられるのが不思議だが……まあそういう生態なのだろう。
そんな物理無効と触れたモノを消滅させる【闇送り】と名付けた技は強力だ。
だけど逆に言えばそれしかできない。
村で出会った兵士と聖女がしっかり準備してきて、弓矢なんかをピカピカさせてきたら、たぶんすぐ全滅する。それが日中なら言わずもがな。
夜人は強いが決して無敵の存在ではない。それがこの3日間で至った俺の結論だ。
「ただし夜になるとすっごい増える模様」
この世界に来て3日。
既に洞窟は夜人でパンパンです。100体を超えたあたりからもう数えてない。
くしゃみが止まらない夜。増え続ける夜人。
俺は今のところ安眠できておりません。
さてどうしたものか……。
とりあえず俺の直近目標は生活が安定して、かつ安眠できること。
いやほんとにねキツイのよ。寝ている時もくしゃみで目が覚めるの。それからまた寝ようにも、十分経たない内にクシャミが出るせいでうまく寝付けない。
一回ストレス溜まりまくって、生まれたばかりの夜人をペチンと叩いたが効果なし。なんか首傾げられた。俺は日中にふて寝した。
この夜人生産クシャミ現象も一種の魔法だと思うから、魔法書かなんかで勉強すれば制御もできるようになるだろうか?
夜の化身と言っても夜は眠いのだ。だからなんとか俺に平穏を……夜睡眠という安穏をください……!
まあ昼夜逆転でもいいんだけどさー、クシャミが止まらないのはヤダよ。せっかく美少女なのに、なんか格好つかないじゃん。
「ああ……あと、こっちも。これ……無口」
コミュ障の呪いを解くことが第二目標だろう。
夜人に鏡を持ってきてもらったけど、やっぱだめだわこの子。怖い目してる。
「既に3人埋めました」みたいな目してる。ちょっと怒らせたら、貴方は足から切り刻みますとか言いだしそう。
一切他人を信用しないような顔してるから村入れてもらえないんだよぉ。
それに加えて、村人とのファーストコンタクトを振り返ってみたけど、どうもあの時の口調は固かったのではないかと思ってしまう。
だってあの時の自分のセリフを思い返しても、評定だの欺瞞だの偽りだの……使った事ねぇよ! そんな言葉!
この3日間で独り言を呟いたり、ヤトに話しかけた事もあったけどもそこまで堅苦しい言葉じゃ無かった。
だから村での戦闘時とこの3日で何か条件の違いがあるんだろうけど……いくつか仮定がある。
凍った人格は常時発動だからきっと無関係で、どちらかと言えば【夜の化身】の影響が大きいだろう。
夜が司るものは死とか破滅とか、キャラメイクの時に考えたからだろう……生者を前にして口調が厳しくなってた可能性が思い浮かんだ。
そしてもう一つ、加えて夜の時間帯だったから体も興奮しちゃったのだろうか?
……言い方が変態っぽいな。よくない、訂正。
ハイテンションで口調が中二っぽくなったと言おう。どちらも仮説でしかなく想像の範疇を出ないが。
とにかくこのコミュニケーション障害を何とかしないと、色々とやり難そうだ。
「うぼぁー」
こんな声出してみても、可愛いよりも怖いが先に来る。
儀式かな? 邪神でも呼んでるのかな?
あーもう、どんな体だよ少女ボディー……。
俺という精神が肉体のスペックにまるで追いついていない。口調や能力を制御できないのはそのせいでもありそう。
「ぐすん」
膝を抱えて落ち込んでいたらなんか夜人がワラワラ寄ってきた。
あいつら基本的に見た目怖いから、用が無い時はあんまり近づかないでと言ってあるけど、たまにこうやって俺の様子を見に来るのだ。忠犬かよ。
ちょっと俺も優しくしたくなるだろ。
てか彼らに見捨てられたら俺は死ぬから優しくしなきゃなんだけどさ……。ホラー苦手の俺からすればマジで怖い。
虫とおんなじで一匹ならまだ耐えられても集まってくるともうダメ。
そう思っていたら、集まってきた夜人にヤトが「散れ散れ」と手で追い払ってくれた。
「おー……さすが」
こらヤト、さりげなく俺の頭を撫でるな。
俺は男であるぞ。
そこまで褒めてないし認めてない。調子に乗るな。
いいから俺のご飯と水、服その他もろもろ拾ってこーい。
……よし、行ったな。
静かになった洞窟の最奥で一人考える。
現在時刻は夜。この世界に来て3回目の夜だ。
初日は村での戦闘とふて寝、二日目は夜人の性能確認に使った。そして今日が3日目。
日中は夜人の護衛が使えず怖くて洞窟から出れないし、そろそろ動き出した方がいいだろう。
初日の戦闘は俺の中でもう終わった事になっているが、現実問題としてそんな気楽な考えは出来ない。
現実世界で例えよう。
街で見た事も無いバケモノを引き連れた少女が兵士――警官あるいは自衛隊を襲撃した。負傷者多数、武器破損山ほど。
「いや……もうアウト確実」
当日中に夜のワイドショーを席捲すること間違いなし。小学校は臨時休校になって警邏は爆増。警察は犯人を逃すまいと躍起になっていることだろう。
「うぼぁー」
俺は門番と聖女にばっちり顔を見られている。戦闘中は薄暗かったのと、夜人が注目を浴びていたからそれ程注目されていなかったと信じたいが……。
顔写真か似顔絵か知らないが少なくとも主犯である俺はお尋ね者間違い無しだろう。
困った……。凄く困った気がする。
それに対して俺の取れる対応は何だろう……?
案その1。
村に謝罪に行って弁明する事。
奇跡が起これば俺は無罪放免、でも十中八九檻の中。
見た所、文明は中世から近代には入っていない感じだった。魔女裁判とか打ち首獄門とか野蛮なこと普通にしてそう。
もしかして火炙り? ……ひえ、俺は絶対謝らない!
案その2。
このまま洞窟に引き籠る事。
あんまり現実的ではない気がする。相手だって犯人捜ししてるだろうし、歩いて数時間の距離にある洞窟じゃあ見つかるのも時間の問題だろう。
それにこの先長い人生ずっと洞窟の中というのはちょっと……やだ。3日でもう寂しい。
案その3。
大量の夜人を動員して村を支配。事件を無かった事に……アホか。考えるまでも無く却下。
案その4。
遠い町で全てやりなおす。これが一番まともな案かもしれん。
ただし俺がクソ雑魚少女なのに日中は夜人の護衛が付けられず、夜には夜でバケモノ製造機となることは考えないモノとする。
「……八方ふさがり。どっちみちこの体質じゃ町で暮らせなっ…くしゅん」
ポンと新しい夜人生誕。
はいはい、向こうに行っててね。あっち、人の多い所。
そして向こう側では多数の夜人に歓迎される新人の図が展開された。
なんか和むけど見た目まっ黒お化けなんすよ、あれ。
「やっぱり、能力制御が急務……」
俺はこの世界の事も魔法の事も何一つ知らない。
どんな選択を取るにしても、最低限のことを知る必要があるだろう。情報を持たずして作戦は立てられない。
岩に腰かけたままトントンと膝を叩いて思案。
……やるしかない。
「ヤト、いる?」
声を掛ければ物陰からゆっくりと一人の夜人が姿を見せた。
「いま夜人は何人いる?」
ヤトが指を一本立て、手のひらを広げて、また一に戻す。151人ということか。
「……そろそろ、ここも収容人数ギリギリ。洞窟が手狭になってきたし、拡張が必要」
ここは自然洞窟だ。
入り口から最奥まで湾曲しながら100m程度の長さがあり、途中には綺麗な湧き水もあったりする。だけど通路は狭く入り組んでおり、大人が2人並ぶとやっと通れる程度の細さしかないから大人数は収容できない。
「この先どんなことが起こるか分からない。作戦が上手くいくかもしれない、失敗するかもしれない。けど、セーフティーゾーンはどちらにせよ必要。わかる?」
分かるらしい。ヤトは重々しく頷いている。
ほんとに知能は悪くないんだよな……ただ会話できないからスッゴイ不便というだけで。
ヤトの考えを聞ければもっと助かるのだけど、それは駄目だった。なんと言葉は理解してるくせに日本語を知らないようだ。発話は口が無いからできない。
「部隊を二つに分ける。まず、洞窟を拡張する班」
これに51人。
崩落が怖いから絶対に無理しないように言い含めて、通路の拡張と深部の採掘を命ずる。昼間は無理でも夜ならそのハイパワーを用いて何とか出来るだろう。
採掘班長の任命はヤトに任せる。ぶっちゃけ俺はヤト以外の見分けがつかん……。好きな奴選んで班長にしてくれい。
「そして第二班、夜人100人。そして私」
一度会話を止めて一呼吸。決断を下す。
「……私達は村へ行く」
リーダーはお前だぞヤト。しっかり俺を守ってくれよ。
あ、ちがう! 略奪じゃないから!
違うから興奮するなって! 止めろファイティングポーズをとるなって!