コミュ障TS転生少女の千夜物語   作:テチス

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お母さん

 

 南都アルマージュは、魔結晶の採掘を手がける小さな集落から始まった。

 技術の発展と共に魔結晶の需要は高まり続け、小さかった集落は村となり、街になる。

 採掘用の坑道は深く長く伸びていき、限界に達して崩落。だが坑道が迷宮に変化した後も人々の流入は止まらず、雑多な大都市を構築していった。

 

 数度の都市構造改革を挟みつつも当時の面影は残る。

 大通りから数本道を外れれば、そこは入り組んだ路地であった。大規模なスラムは先日の『スラム蜂起』の対処と、聖女さんによる改革で消失したが、柄の悪い輩まで消えたわけじゃない。

 

 フェレ君が居そうな方へ。

 今日こそ見つけるんだと意気揚々と進んでいた俺は、手を引かれて立ち止まった。

 

 振り返れば、手入れの行き届いた司祭服を着る赤髪ショートカットの女性。

 アルマージュ大聖堂内で何度か見たことある顔――マーシャという名前――が俺の手を掴んでいた。

 

「ダメよ、そっちは危ないからダメ。戻って来なさい」

「……」

 

 彼女は俺を引き戻すと言った。

 なるほど。この先は荒くれ者が集まる場所らしい。

 

 じゃあどうするか。東側は昨日行ったから西側にしようか。

 ここ数日フェレ君捜索、兼、探検気分で南都を歩き回っていたが、一向に街全体を回り切れた気がしない。

 

 今日はどこに行こうかな。

 異世界の街を自由に歩き回れる事にウキウキ気分で進む。

 

「こら、まっすぐ前を向く。そんなキョロキョロしてたら人にぶつかって危ないでしょ」

「……」

 

 大通りに戻った俺は、出店されている屋台を見て回ることにした。

 

 市井の食べ物をみれば、魔法技術とはかくも偉大な物だと実感できる。

 串焼きや果物が屋台で売っているのは良いとして、内陸部にも関わらず鮮魚まで売っている。果てにはアイスが当然の様にあるのだから、科学と異なる技術も侮れない。

 

 考察がてら眺めていたら、店主から優し気に「買うかい?」と聞かれた。

 羨まし気に見ていると思われたのだろうが、生憎とお金をあまり持っていない――この前のケーキ衝動買いで、お小遣い制になった――ので首を振ってお断り。

 そしたら、何故か売り物のアイスを貰えた。

 

 いいの? いいらしい。

 様子を伺えば、どうやら店主達はスラムの子など不遇そうな子供へ優先的にあげてるらしい。

 彼等も人間だ。天使降臨という奇跡の中で、善行を積んでアピールしたいのだろう。

 

 市場を歩き回るだけで次々と食べ物が贈られてくる。……ちょっと待って。俺はそんなに不幸に見える?

 

 目か。俺の目つきが悪いのか。

 ええい、これは生まれつきだ!

 

 むすっと怒りを籠らせながら両手の食べ物を交互に口に運ぶ。隣の神官から叱責が飛んだ。

 

「ねえ、さっきから屋台の料理を貰い過ぎじゃない? 夕飯を食べれるお腹は残しておきなさいよ。あと食べ方が意地汚いわ」

「……」

 

 あーもう。

 

「ほら口の周りが汚れてるわよ。ハンカチ持って無いの? 仕方ないわね、こっち来なさい。拭いてあげる」

「……」

 

 あーもう、あーもう。

 この人さっきから、うるさい。

 

 俺の取る行動に余すことなく文句ばかり言ってくる。

 なんとなくそれが嫌で、抵抗したいと思うけど正論だから言い返せない。

 

 ……いや、言い返さなくていいんだけどさ。

 子供(オレ)を心配しての注意だろうし、傍から見れば大人たるマーシャが正しいのは分かってる。でも不服。仕方なしに「私、不満です」と表情に意志を乗せて見上げる。

 

「なに?」

「べつに」

 

「なら前を見なさい。っほら! また地面に躓いた! あーもう、見た目と違って、全然落ち着きない子だわ!」

「……」

 

 でもやっぱり、やかましい。

 

 転びそうになったのを助けてくれたのは嬉しいけど、お前の所為じゃん? お前が真横でグチグチ言ったら俺だって気にするんじゃん?

 それでも文句は言わない。むしろ、お礼言っちゃう。俺は大人だから。

 

「……りがと」

 

 ―― ……。

 

 ごめん言えなかったわ。

 俺は大人だけど【夜の神】が子供だったわ。

 

 神様は偉そうに指図されるのがイヤらしく、さっきから不機嫌さを隠さない。

 なんなら聖女さんと親し気な(マーシャ)が嫌いらしい。

 俺にやっちゃえやっちゃえと思念を飛ばしてくる。一体何をどうしろと。

 

「はぁ」

 

 そんな俺の様子がマーシャの気に障った様子。疲れたように溜息を吐かれた。

 

(うん……俺も溜息出そう。今日は早目に帰ろうかな)

 

 

 

 南都に来てから長らく囚われていた俺でしたが、自由時間が出来ました。

 この前の置手紙事件で聖女さんに多大な心配を掛けてしまったが、何故か彼女が俺を部屋に閉じ込めていた事を反省したらしい。存分に怒られた後、いっぱい謝られた。

 そして俺は日中に限り、自由に出歩ける権利を得たのだ。

 

「それで、次はどこに行きたいの?」

 

 得たのだが……ただし、付き人が必要。

 最初の日は聖女さん。次の日はムッシュさん。そんで今日、初対面のマーシャが俺の御守を担当している。

 

 聖女さんの時はよかった。

 【夜の神】も大好きな聖女さんと一緒と知ってニッコニコの上機嫌。公園なんか行っちゃって、一緒に遊具に乗っちゃって。一日中遊び尽くした。

 

 ムッシュさんの時も悪くなかった。

 彼は、その素っ頓狂な見た目とは裏腹に知性主義らしく、博物館とか図書館に案内してもらった。図書館では神話を読んで【夜の神】を再認識。楽しかった。

 肝心の当人は自分の過去を見られるたびに恥ずかしがってたけども。

 

 そして今日。

 マーシャは……何だろう。

 

 彼女はどこかに案内してくれるとか無いし、遊んでもくれない。

 何をしてくれるのと言うと……文句言う係? うえぇ、やだ。チェンジを要求したい。

 

「なによ。なんでアンタまで溜息つくのよ」

「べつに」

 

 聖女さんの話ではマーシャは信頼できる人間らしい。

 口が悪かったり、態度がキツイ場面もあるけど根は優しく良い子。

 大切な人同士、どうか仲良くして欲しいと言われている。でも自己紹介の時から続く気まずさよ。

 

 ……良くない。これは良くないですよ。

 

 社会人たるもの、社交辞令は大切だ。

 俺も長年会社勤めをして来た人間。イヤな輩の一人や二人相手をして来たし、取引先の人間と思えばなんのその。マーシャとだって仲良くできらぁ。

 

「……」

「……」

 

「……」

「……」

 

 ごめん。やっぱキツイかも。

 

 なんか最近、俺の精神が退行してきた気がする。

 好き嫌いが激しくなったようで感情制御が不十分だ。内心がもろに態度に出てしまう。

 今だって仲良くしなきゃとは思いながらも、マーシャを見ると自然に目線が外れていく。

 

 あれか。【夜の神】と同調が進んできた的な?

 それとも聖女さんに甘やかされ過ぎて幼児化してきた的な? 環境が人を育てると言うが、その逆も然りって感じで。

 

 理由はなんでもいいけど、ともかくこの雰囲気がキツイっす……。

 でもそれは相手も同じだったよう。マーシャは大きく頭を掻くと、おずおずと話を切り出した。

 

「ねえ、アンタにとってディアナってどういう人なの?」

「……?」

 

「いや首傾げないでさ。馴れ初めという訳じゃないけど、アンタとディアナの出会いとか聞きたいなって。ほら、ディアナの奴、あんまり過去の事話さないじゃない? アンタの事情は聞いたけど、それ以外はね……」

 

「……ん」

 

 聖女さんの過去――。

 そう言われれば、あんまり知らないかもしれない。

 彼女の生まれは孤児だったみたいな事はちょびっと聞いたけど、それだけだ。

 

 生まれも育ちも全然知らない。

 マーシャと友人だとは聞いても、どこで出会ったとかは聞いてない。

 

「私にとっての……聖女さん」

 

 マーシャと聖女さんの出会いも気になるが、聞かれたのは俺が先。ならこっちの事を先に話した方がいいだろう。

 そう思って俺と聖女さんの関係を考えていたら、【夜の神】が割り込んできた。脳内に小さい声が響く。

 

 ―― お母さん。

 

「え?」

 

 ―― ……ディアナお母さん。

 

 え? なに、なんで二回言ったの?

 もしかしてそれ俺がマーシャに言わなきゃなの?

 

 超恥ずかしいんだけど!!?

 

 

 

 

 

 

「………………おかあさん」

「え?」

 

 私の問い掛けからたっぷり数分の間を置いて、ヨルンは絞り出すように返事をした。

 友人とか、恩人とかチープな返答を予想していた私は、予想外な内容に呆気にとられる。

 見ればヨルンの頬がほのかに赤くなっていた。

 

「へぇ……お母さん。へぇ~! そう。そうなんだ~。『お母さん』! へぇ~~!!」

「……っ!」

 

 私がにやにやとした笑みを隠せずにいたら睨まれた。

 それでもディアナに関する嘘は吐きたくなかったようで、羞恥心に耐えながらも「お母さん」呼びを訂正しないのがいじらしい。

 

 なんだかヨルンの事が急に可愛く見えてきた。

 

 最初は無表情で愛想のない子供に思えて、感情があるのかすら懐疑的だった。

 

 ヨルンの生まれは悲劇的だし、境遇も同情する。

 けれどディアナが己の命を賭けてまで守る必要があるのか? これ程に入れ込む理由になるのか? 私にはそれがずっと疑問だった。

 

 この世界は残酷だ。

 勝者に利用され、打ち捨てられる敗者なんか数え切れない。

 

 彼等を救うのが聖職者の役目と言うけれど、それは重荷を代わりに背負ってあげる事じゃない。そんな事をすればあっという間に私達が圧し潰される。

 故に私達がすべきは導くこと。困難に立ち竦み、歩けなくなった子らに正しき道を示して未来を照らすこと。

 必要ならば手を貸そう。一人で立てないなら肩を貸そう。けれど抱え込む事だけはしない。それぞれが、それぞれの足で立って往け。

 

 ところが、ディアナのヨルンに対する入れ込みようは異常だ。

 助ける必要があるのは分かるが、一緒に暮らして、世話まで焼くのはどうなんだ。それも自分の手からヨルンが離れていく事を酷く恐れている節がある。

 彼女の態度は聖職者としての役割から一線を超えている。

 

 だけど……なるほど。なるほど。

 家族と言うなら納得してしまう。

 

「いやー負けた! まさか先にディアナが子持ちになるとはねー! 予想外だったわ! あははっ!」

「子持ち……」

 

「ははは! ……はぁ。なんか満足したわ。じゃあ、行くわよ」

「どこに?」

 

「逃げたフェレット探してるんでしょ? それなら人手が必要だわ」

 

 

 

 

 

 

 なんかマーシャが上機嫌になりました。

 俺の返答を聞いて一通り笑ったら、吹っ切れたような表情を浮かべて色々話をしてくれた。

 

 マーシャは3年前に聖学校で聖女さんと出会ったらしい。

 座学でも実技でも、圧倒的実力を発揮していた聖女さんにライバル意識を燃やして、関りに行ったのが始まりとか。

 そしたら「エクリプス家」の息女でビビったとか。聖女さんも家名の所為でまともに友達を作れてなかったとか。授業の思い出や、学校規則を破った武勇伝を面白おかしく語ってくれた。

 

 俺の方からはそんなに話せない――ボロが出ると悪いから話したくない――ので、マーシャの過去話に興味深げに相槌を打ち続ける。

 その内、夜の神もマーシャに慣れてきたようで、敵対心が少しずつ薄れていく。

 

「っと、もう着いたわね」

「ここ?」

 

 連れてこられた場所は南都アルマージュの中心街。

 天高く伸びる魔力採取塔の根本、一般人立ち入り禁止ギリギリのラインだった。

 

「そっちじゃないわ。こっちよ、こっち」

 

 鉄柵の外で、ぼんやりと塔を見上げて居たら横の建物が目的地だったらしい。

 重苦しい扉の先は休憩所の様な部屋になっていた。大勢の人達がガヤガヤと集まっている。

 

 男、男、男。

 集まる男たちが一様に似た武装姿なのを見て一言。

 

「……探索者」

「正解。あんまり目立つ行動はしないでね。コイツ等、脳無しも多いから」

 

 探索者(シーカー)――迷宮「南都龍穴坑」に沸く、魔種を狩る事を生業としている人間の総称だ。武具は大事だが、最悪、健康な身一つで自由に就くことができ、その上高給取りとあって貧困層にも人気の職業だ。

 

 ところが新人の一ヵ月死亡率は驚愕の20%。

 5人に1人が新人の内に死ぬという、ブラック企業も真っ青のシステムを持つ。

 

 迷宮は南都の生命線。駐留軍による魔種狩りも頻繁に行われており、おこぼれを狩る探索者は残党狩りとか死体漁りとも呼ばれる。が、それは彼等を怒らせる常套句。

 蔑称を振り払うように、彼等は実力の有る者に【二つ名】を付けるのが習わしだとか。すごい。カッコいい。が――

 

「……むさい」

「そう言わないの」

 

 マーシャは目立つなと言うが、扉を開けて入って来たのが少女2人という時点で目立っている。

 でも探索者は荒くれ者でありながらも法に則った善良な一市民。彼等はチラリと視線を寄越したが、すぐ興味を失ったように仲間同士の会話に戻っていく。

 中には、情欲に濡れた目をマーシャに送る不埒な輩もいるが、手は出さない。それ位であれば盛んな男なら普通とも言える。

 

 想像してたより怖い場所じゃない?

 それであればマーシャが連れてこないか。

 などと考えていたらマーシャが誰かを見つけると近寄って行った。

 

「居た。やっぱり、アンタまた訳分かん事してるわね」

「……訳分からなくない。これは大切な事なんだ、マーシャ」

 

 休憩所の片隅に机を置いて、受け付けの様な体制で男が座っている。

 彼の前には『冒険者仲間募集中 依頼も応相談 大歓迎』と汚い字で書かれていた。

 

 冒険者? 探索者じゃないの?

 そう思いつつ男の風貌を見れば……なんか見たことある。

 具体的に言えば、市場の香辛料を売っている店で見たような気がする。……ああ、思い出した。

 

「あれ、ヨルンもこいつ知ってるの? なにアンタ達知り合い?」

「いや俺は知らないが?」

 

 俺の反応を不思議がったマーシャが尋ねる。

 もちろん知ってるとも。あの印象を忘れる方が難しい。男を指さして一言。

 

「恋人にうんこ食べさせた人」

 

「……」

「……」

 

 うん、間違いない。

 この前、そんな会話を耳にした。

 

「……」

「……」

 

 なんだか部屋中のざわめきが消えた。そして男を見つめる周囲の目が勇者を見るような物に変わっていた。

 理由は分かってる。……うん、これはゴメンナサイ。

 

 

 

「そうか、白いフェレットの捜索か」

 

 料理下手の男の名はハルトといい、マーシャの彼氏さんだった。

 部屋中の空気を凍らせた俺の発言にめげることなく、神妙な顔つきで腕を組んでいる。そんな事をしても威厳は戻らないが、それは言わないでおくとしよう。ゴメン。

 

 冒険者ってなに? とか。

 依頼募集中ってなに?とか。

 

 聞きたいことは沢山あるけど、まずは――

 

「うんこ食べたの?」

「食べてない。私は食べてないわ」

 

 マーシャは周囲から送られる好奇の目に晒されつつ、ハルトを睨みつけた。

 

「でも、う――」

「食べてないって! 言ってるでしょッ!!」

 

 はい、マーシャさんは変なモノ食べてません!

 俺の方にも怒りが飛んできたから、この話はここまで。そんなに息荒らげないで。フェレ君捜索に話を戻すから。

 

 聖女さんの叙任式の日にフェレ君を見失って、そこそこ時間が経過した。

 相性の悪い夜人達に捜索をお願いするか悩んでいたが、少し前に諦めて捜索願を提出。しかし彼等の手を借りてもまだ見つからない。

 諦めるきっかけもなく、今なお未練がましく探し続けている状態だ。

 

「任せておけ。ペット探しなど、冒険者依頼の鉄板でしかないという事を示してやろう」

「……ん」

 

 ハルトは自信満々に言うが、どうなんだろう。

 マーシャ曰く「人手を増やそう」との事だが、それで見つかるか少し疑問。なにせ夜人を南都中に動員しても無理だったからね。

 

 神話生物でも捜索に難航してるんだよ? ただの人間じゃ無理じゃない? まあ、やらないよりはマシなんだろうけど……。

 

「半信半疑のようだな?」

「ん」

 

「ううむ、見せられるような実績が有ればいいんだが、生憎、これまで受けた依頼が無くてな。どうしたものか」

「……ん?」

「アンタ、まさかこれ初依頼なの? うっわ、来て損したわ」

 

 ダメじゃん。冒険者ダメじゃん。

 依頼すら貰えないとか、二流以下じゃん。それでいてハルトの自信はどこから出てきているんだ。

 

 もう諦めようかな……そう思っていたら外野からヤジが飛んだ。

 

「ハルト! 悠長なこと言ってんな! あそこ行けって、あそこ!」

「お前みたいな勇者なら行けるって! 辿り着けばどんな願いでも叶う場所!」

 

「……やかましい! んな場所に依頼主連れていけるか!」

 

 どんな願いでも叶う場所?

 なんと怪しいフレーズ。壷や水道水を高値で買わされそうな安心感がある。

 けれど常識で考えれば鼻で嗤う内容だろうとも、ここは異世界。神様が存在する宇宙だ。なにがあっても不思議でない。

 

 俺はヤジを飛ばした探索者へと目線を向けた。

 

「詳しく聞きたい」

 

「嬢ちゃんたちは叶えたい願いがあるらしいじゃねぇか! 連れて行ってやれー!」

「ハルト! 鬼畜ウンコ野郎の底力見せてやれー!」

「なんだその二つ名は! 冗談でもふざけるなッ!」

 

「詳しく聞きたい」

 

「おいおい、こっちは冗談じゃないぜ? ちょうど迷宮が異変期に入った。近いぜこれは……!」

「【等価交換の悪魔】の目撃情報もある。領主軍による捜索隊の結成まで噂されてるし、もう早い者勝ちだぜぃ?」

 

「やっかましい! テメェ等の甘言に乗って死んだ探索者を俺は山ほど見たからな!? ならテメェが行け! 死にに行け!」

「あほか! 行く訳ねぇだろ馬鹿野郎!」

 

「詳しく……くわしく……」

 

 誰も俺の質問に答えてくれない件について。

 何度尋ねてみても、彼等の罵詈雑言に掻き消されて俺の小声は届かない。

 

「詳しく聞きたいのに。……むぅ」

 

 なんだろう、寂しいやら辛いやら。

 拗ねたくなる気持ちを押し殺し、もう一度声を出そうとした時。まるで慰める様に、やさしく頭を撫でられた。

 

「……?」

「なら、私が彼等に同行しましょう。それならば良いでしょう?」

 

 だれ? 聖女さん? ……と思ったが違う。

 

 振り返れば緋色の衣装を身に着けた中年の女性が立っていた。

 聖女さんのように柔らかい雰囲気を纏っているが、更に落ち着いている。深い海の底のように静かで、ゆっくりした気配。周囲で驚嘆の声があがった。

 

「ヘ……ヘレシィ・エスカ・エクリプス枢機卿!?」

 

 俺の頭を笑顔で撫で続ける女性。

 その人こそ、聖女さんのお母さんだった。

 

 


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