コミュ障TS転生少女の千夜物語   作:テチス

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前回のあらすじ!

???「お母さんのお母さん、つまりおば」
???「お婆ちゃん襲来」
???「おばあちゃんと孫の初邂逅」

ヘレシィ「(#^ω^)ピキピキ」



不穏

 

 これ、ホントに何なんだろうなぁ。

 

 ディアナは手の上で指輪とロザリオを転がしていると奇妙な心地を覚えた。

 指輪の中へと引きずり込まれていく感覚。深い、深い闇の底で全身に泥が絡みついてくるような、得も言われぬ心地よさに身を任せたくなる。

 幻覚だ。かつて【黒き森】で死へと誘われた時のような、闇のモノが魅せる錯覚。取り込まれれば二度と正気の世界へ戻ってこれなくなる。

 

 ディアナは首を振って幻覚を払うと、何重にも魔法陣を敷いた陣の中心へと二つを置いた。防壁を拵えた上に天使謹製の結界が張られた特製の安置所はリィンと甲高い音を鳴らして二つを閉じ込める。

 

「サナティオ様、これなんですけど」

「二つもあるのか……」

 

 一つはヨルンが村に現れた時に贈られた石製の指輪。もう一つは【勤勉】に利用された、汚染された聖具ミトラス。どちらも人の精神を狂わそうと禍々しい魔力を放っている。

 石製の指輪を手に取ったサナティオは、複雑そうな表情を浮かべた。

 

「たしかにな。これだけ闇の魔力を放っておきながら、指輪から相手を殺そうとする意志は感じない」

「ヨルちゃんがお礼にくれたものだから、当然です」

「だが、人智を超え過ぎている。本当にこれはヨルン作の品か? まるで暗翳(あんえい)が……それも【夜の神】に近しい者が作ったレベルの厄品だ。常人の手に渡れば、すぐ廃人になるぞ」

 

 サナティオの手の上には石製の指輪があった。……石製の指輪のはずだった。

 だが突如、指輪の石座部分に「瞳」が開くとギョロリと周囲を見回した。全身から節足動物のような足を生やすと、サナティオの手の上を這いまわって飛び降りた。

 

 宝石のような目玉、ムカデの様な足。

 奇妙な生物と化した指輪は、天使の手の上が気に食わなかった様子でキィキィと文句を言っている。

 

「な、なんですか、その生き物。サナティオ様……サナティオ様?」

 

 ディアナは初めて見る光景に眩暈を覚えた。助けを求める様にサナティオを呼ぶが……返事がない。

 見ればサナティオは指輪を手に取った姿勢のまま凍り付いていた。虫のような指輪に肌を走り回られたことがショックだったようで、小さく震えている。

 

「さ、さわ、触られた……! 気持ち悪い虫に触られたぁ!」

 

 サナティオは六枚の羽を逆立てて悲鳴を上げた。鳥肌が全身に沸き立ち、おもわず地面を這う「指輪」に向けて何度も足を振り下ろす。

 

「こいつ! こいつがッ!」

 

 虫と人。身長差100倍近い理不尽が指輪を襲う。

 どう足掻いても指輪に勝ち目はない。数度踏みつけられた後、指輪は小さな金切り音のような悲鳴をあげた。

 

「サナティオ様! サナティオ様! 落ち着いてください、指輪が壊れちゃいますよぉ!」

「いい死ね! 死ねばいい! 私は虫が嫌いなんだ!」

 

 ドスンドスンと雑な踏みつけが建物を揺るがして、数秒もしない内に指輪は石から砂へと変わっていった。

 それでもサナティオは満足できず、何度も靴裏で地面に擦り付けて消し去ろうとする。天使と言うより鬼の形相。

 

「あぁ……」

 

 折角ヨルちゃんがくれた指輪が壊れてしまった。ディアナは見るも無残な姿に変わった指輪を悲し気に見つめた。

 隣の天使は、ようやく人心地付いたようで、荒い息を整えてディアナへと向き直る。

 

「……ごほん。さて、今日はディアナから相談があるのだったな。たしか闇に連なる道具が一つあるから、見て欲しいだったか?」

「二つありました」

「ふむ。これは、エリシア様が造ったミトラスか……だが闇に侵食されている。主が一番好んだ聖具を、犯人はよくここまで穢せたものだ」

 

 天使が話を聞いてくれない。

 ちょっと文句を言いたくなったが、サナティオに睨まれて口をつぐむ。

 まあ、サナティオが良いというなら、良いのだろう。下手に言い返せば怒られそうだった。

 

「とりあえず、私は手を洗ってくる。……理由は無い。突然手を洗いたくなった」

「あ、はい」

 

「ミトラスはそうだな、結界の上に置いといてくれ。そこなら安全だ。ディアナは床に落ちてる砂の掃除を頼む……すまなかったな」

「はいはい、良いですよ」

 

 きまりが悪そうに小さく謝罪するサナティオの姿は、悪戯した後のヨルンに似ていた。

 

 なんだか神様の威厳が日に日に落ちていく気がするけど、ディアナにはそれが悪い事とは思えなかった。

 超常的な神様じゃない。サナティオは人間と同じように笑い、怒り、生きている。ヨルンのような背反者と言われかねない者にも理解を示し、救おうとしてくれる。

 無駄な威厳なんかよりも、彼女が持つやさしさがディアナには嬉しかった。ただし指輪は壊すけど。

 

「そう言えば、サナティオ様はいつまで下界に居られるんですか? 帰らなくて大丈夫ですか?」

「む? いや、天界に異常は無いしな。仮に何かあっても残った2人で対処できるだろう。それに帰ると……その、なんだ。初魄が寂しがるだろう?」

 

「初魄さん? 誰ですか?」

「な、なんでもない! 気にするな!」

 

 焦るようなサナティオの声と聞きたがるディアナの声。

 和気藹々とする二人の前へ、扉を開けて息を切らした一人の職員が飛び込んだ。慌てたように言う。

 

「神の御前にて失礼いたします! エクリプス大司教に報告がございます! 本日急遽、本国より聖女ラクシュミが訪問されると、エクリプス枢機卿より先駆けがありましたが……す、枢機卿はそのまま南都の視察に入られるとの事です!」

 

「枢機卿猊下が?」

 

「む、同じ名前だが、知り合いか?」

「ええ……はい。母ですが……」

 

 ディアナは言葉を濁して、嫌そうに顔を歪めた。

 

 すでに南都に来ているという、ヘレシィ・エスカ・エクリプス枢機卿。

 数年来の付き合いとなるディアナの義母だが、2人の仲は決して良いとは言えなかった。ディアナが孤児院から引き取られた際にも一悶着あったし、それからもいざこざが絶えない関係だ。

 

 当時のディアナは決してエクリプス家に引き取られることを望んではいなかった。そもそも王国の辺鄙な街で暮らすディアナを引き取りたいというのが怪しかったのだ。

 孤児院なんて王国中にいくらでもあるし、孤児も捨てるほどいる。その中からお貴族様が養子を取るなんて聞いたことがない。しかも理由が「聖魔法の適性が高そうだから」。なんだそれは、聖魔法なんか当時使った事もない。

 

 怪しさ満点の話。

 養子にかこつけてどんな扱いされるか分かったものではない。玩具扱いならばいい方。残虐な儀式の生贄に使われるのかと、優し気なエクリプス枢機卿の顔に恐怖を感じたものだ。

 

 ディアナの懐疑に当時の孤児院の院長――現枢機卿であるホルテル――も同意した。

 なんとか真意を探ろうと交渉を重ねて、撤回できないか手を回したりもしてくれた。牽制で他の子を推薦してみた事もあったが、しかしヘレシィは頑として譲らず、権力を傘にディアナとの養子縁組を進めていった。

 

 まるでディアナだけを狙い撃つような行動に「なぜ私のなのか。どんな目的があるのか」という疑問は残り、今もディアナは義母を信頼出来ずにいる。

 

 そんな怪しい人物が、聖女ラクシュミの付き添いとしてやってきた?

 ディアナは湧きあがる何となく嫌な予感を覚える。

 

「……歓迎の準備をしなくてはですね。聖女ラクシュミの出迎えを」

 

 だが仕事は仕事。

 職員から受け取ったサナティオ宛ての親書に怪しい点は見つからなかった。正規の訪問ならば、拒否する事は難しいとディアナは渋々ながら動きだす。

 

「私は何かするか?」

「どうやら、可能ならサナティオ様への謁見もしたいとの事です。大丈夫ですか?」

「いいぞ。じゃあ準備するか」

 

 急ぎ準備する為に全員が部屋を出る。

 誰も居なくなった部屋には、黒い文様が付いた【ミトラス】だけが残された。

 

「きゅ」

 

 だが天井の隙間に小さな白い影が一つ。

 それは誰にも気づかれることなく天井から飛び降りると、ゆっくりとミトラスへ向けて動き始めた。

 

 

 

 

 

 

「霧降山の大奇跡?」

 

 小さな手足を一生懸命動かして、悪路を進む俺は聞きなれない言葉を聞き返した。

 

「霧降山ってなに?」

「神話の地名だな。かつて存在したという、魔力溢れる霊山『霧降山』。名前の由来は豊富な魔力が霧のように降り注いで見えるから、だったかな」

 

「奇跡は?」

「死者蘇生だな。空間中の魔力が一定水準を超えると不思議な事が起こるらしい。願いが叶うとも言われている。迷宮でもそういうホットスポットが存在していて、神話になぞらえて【霧降山】と呼ばれるんだ」

 

「……そう」

「おい。答えてやったんだから、もう少し興味持てよ」

 

 親切に教えてくれた探索者には目もくれず、じっと前を見る。

 俺たちが今向かっているのは霧降山だという。地下坑道の中に山があるとな? 不思議だ。

 

 日の光差し込まぬここは迷宮「南都龍穴坑」。

 視界を覆う闇は探索者たちの魔法によって払われているが、進むだけでも一苦労。

 

 大人一人よりも巨大な岩が数多く転がり、湧き水が隙間を流れていく。

 本当に元坑道かよ。自然洞窟と言われた方が納得できる悪路だ。

 岩から落ちぬように四肢をついてゆっくり足を伸ばすが、会話に注意を逸らされた。

 

「あっ」

 

 ぬめりを帯びた岩肌で手が滑った。

 全身を襲う浮遊感。しかし、落下はヘレシィの手で優しく受け止められた。

 

「おっと、大丈夫ですか?」

 

「あ、ありがと」

「いえいえ。気を付けてくださいね、まだ先は長いですよ」

 

 ゆっくりと地面に降ろされると頭を撫でられた。

 

 聖女さんの母親と言うだけあって、どこかディアナさんと似た気配を放つ彼女は好きだ。

 頭を撫でられるたびにぽわぽわしてきて心地よく感じる。

 

「ちょっと大丈夫!?」

 

 俺の落下を悟ったマーシャが走り寄ってきた。

 服をあちこち捲られて出血が無いか確認された。

 

「まったく、何やってるの!」

 

 でも怪我がないと分かると怒られた。理不尽なり。

 

「ねえ、やっぱり帰った方がいいんじゃないですか? まだ入ったばかりだってのに、ヨルンは何度も怪我しそうになってるし、ディアナにだって連絡の1つくらい――」

 

 マーシャの怒りは留まるところを知らない。

 彼女の怒りは次に、迷宮へ侵入する決断を下したヘレシィへ向かう。遥か雲の上の人物でも果敢に指摘してるのは、不敬にならないか不安なのだが。

 しかしヘレシィは怒ることなく、宥める様にマーシャの頭に手を伸ばしてゆっくりと撫でつけた。

 

「大丈夫ですよ。私がいるもの。心配する必要は無いですよ」

「それは……そうかも、ですけど」

「良い子ですね。それじゃあまた、先頭で警戒をよろしくお願いしますね。守るべき探索者さん達も大勢いますから」

 

 撫でるのは彼女の癖なのか?

 普通、マーシャ位の年齢にはしないものだろうに。しかし上手だ。マーシャの怒りは徐々に静まり、何度か首をかしげて考えると、言われるままに列の先頭へと戻って行った。

 年の功なのか、怒れるマーシャを上手く往なしたヘレシィは「うふふ」と笑って見送る。

 

「あの子は素直で良い子ですね」

「そう?」

 

 反感の塊みたいじゃない?

 

 

 

「……こっちだな」

 

 隊を先導するのはハルトだ。

 彼は手製の地図と地形を見合わせて、目的地へと俺たちを誘導してくれていた。それに着いて行くのが俺とヘレシィ、そして大勢の探索者達。

 最初は「霧降山へ行け」とハルトを煽るだけだった探索者も、ヘレシィ枢機卿が手伝うと聞いたら目の色を変えて協力を申し出た。

 

 世界に5人しか存在しない枢機卿は間違いなく世界最高戦力の一角だ。武力だけ地位を昇り詰める事は出来ないが、武力が無ければ昇り詰める事もまた不可能。

 

 加えて、聖教会から与えられる【聖具】が、彼等を最強たらしめる。

 一番有名なのはホルテル枢機卿が持つと言われる「聖具ミトラス」らしい。なんでも無限の魔力と、闇への強力な耐性を所有者へ付与するとか。

 魔法は打ち放題、防御は絶対。所有者の魔法技術次第では、さながら人間戦略兵器と化す。

 

 他にもどんな魔法でも打ち消す聖具だったり、超広範囲を火の海に沈める聖具とかあるらしい。想像するだけでも胸が膨らむアイテムだ。

 

 俺は見た事ないけど、どんなカッコいい奴なんだろう。見て見たい。

 ヘレシィの持ってる聖具、見せてくれないかな? チラチラと視線を送るが、うーむ、分からない。

 

「俺、枢機卿様のこと生で見るの初めてかも」

「願いが叶う場所か。噂でしか聞いた事ねぇよな……行ってみてぇな」

 

 俺が頑張って歩みを進める中、探索者達は浮かれながら周囲を警戒していた。

 注意は散漫、緊張感の欠片もない。だが新人時代を切り抜けて、歴戦へと踏み込んだ彼等にとって、迷宮の浅層は庭と変わらないらしい。

 

「……後ろから【静かなる暗殺者(サイレント・キラー)】がきてるな」

「OK、殺した」

 

 音もなく忍び寄る蝙蝠のような魔物、だったのだろうか?

 残念ながら、俺の動体視力では影しか追う事ができなかった。

 これが夜なら気配探知とか、感覚向上で俺も使える子に成れるんだが……。昼間の今は生憎お荷物でしかない。

 

「ヨルンちゃん、ここの段差は深いわ。気を付けてね」

「ん……あっ」

 

 ヘレシィが注意しろって言ってる傍から、溝に落ちた。

 転ぶのは支えてくれたから回避できたが、地下水に足首まで濡らされる。

 

「……うぅ」

 

 冷たい。いや、むしろ痛い。

 これ水温何度だよぉ……。

 

「泣かないの。ほら乾かしてあげるわ」

「……ありがと」

 

 ヘレシィが指をひょいっと振れば、それだけで魔法が発動。俺の全身を暖かい風が包み込んだ。

 まるで巻き戻しのように濡れた足が乾いていく。

 

 おぉ……。

 これ、お風呂あがりに聖女さんが使ってくれる魔法に似ている。

 俺も真似て指をひょいっとしてみる。……知ってた。発動する訳ないね。

 

「あらあら、真似っ子かしら。でもそうじゃないわ、魔力はお腹から、こう流して……こう」

「っ!」

 

 ヘレシィにお腹を触られて、聖女さんとするような魔力練習をされると思い、つい身構える。

 しかしあの擽ったい感覚は訪れなかった。むしろヘレシィの手伝いにより、俺の指へとわずかに魔法の風が纏う。

 

 ……くすぐったくない!

 他人に魔力操作を補助されて、くすぐったくないなんて奇跡か!?

 

「ヘレシィ……!」

「うふふ、おめでとう。属性魔法は初めてかしら? 慣れれば簡単よ。ほらもう一度」

 

 再度お腹に手を添えて魔法の手伝いを受ける。

 

 そしたら――分かる。

 自分の中に渦巻く魔力が分かる!

 

「おぉ! ヘレシィっ!!」

「あらあら、抱き着いたら危ないわ……あら? これは」

 

 初めて魔法使えた!

 それは思ったよりも嬉しい事だった。

 今まで夜人製造魔法(?)しか使った事なかったから、はじめて異世界っぽさを味わった!

 

「……ん?」

「あらあら」

 

 つい感極まってヘレシィに抱き着いたら、なんかお腹の服を捲られた。そして、すぐにぺっと戻される。

 なに? なにしたの?

 

「え? そうねぇ……うーん、貴方は魔力が一杯だなぁと思ってね」

「そう?」

 

「それで魔力操作も難しくなってたのかしらね。魔力を制限すれば、もう少し魔法も使いやすくなるだろうけど……やってみる?」

 

 腕輪みたいな輪っかを魔法で作り上げたヘレシィが、にこにこ笑顔で聞いてくる。

 

 魔力を制限って大丈夫なの? それは、なんか怖いんだけど。

 ただでさえ体が雑魚い俺が、魔力まで制限したら死んじゃわない?

 

「心配いらないわ、ほら手を出して」

 

 大丈夫なら……してみたい。男はみんな魔法に憧れるもんなんだ。

 ヘレシィが作り出した黒い腕輪を受け取ろうとして――

 

「すまん! ちょっと来てくれるか!? 大変だ!」

 

 ――ハルトが大声で皆を呼んだ。

 なんじゃい、なんじゃいと。俺も慌てて近寄っていく。

 

「あらら、ざんねん」

 

 腕輪を揺らしながら、ヘレシィは小さく何かを呟いた。

 ポイと腕輪を投げ捨てると、魔力が霧散して跡形もなく消えていった。

 


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