あまりにも素晴らしい挿絵を次々に頂いてしまいました。
これは私に続きを書けという事ですね。
書きましょう! 書きました!
垢を得たお茶っぱ様より
ヨルン
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表紙風味!
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えのき茸様より
ヨルン
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初めて村に来たヨルン
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リボンヨルン
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リボンもらえた勢とヤト
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「ふぅん。ここが、南都アルマージュ……聖女の治める地」
喧騒の満ちる街を、馬車の中から眺める年若い女がいた。
丁寧に編み込まれた金髪は太陽のように輝き、生命溢れる活気をみせている。
傷一つない手、穢れを知らぬ顔。生まれてから今まで、苦労をした事なんてありませんと言わんばかりの態度で座席にもたれ掛る彼女は、名をラクシュミ・フォン・プライデアといった。
彼女は聖女だった。
無論、ディアナとは異なる、役職としての聖女だ。
「ふん! なんですの、これくらい! 天使様の祝福があって、強権を振りかざせるなら、私にだって出来ますわ!」
齢14歳。
勝ち気で負けず嫌い。
「……できますわよね?」
でもちょっと怖がり。
己の積み上げてきたものを一瞬で飛び越えていく
常に勝者であれ。
正しく胸を張って堂々と。無用に媚びず、顧みず、立場と能力を自覚して相応しい態度を取れ。
貴族とは平民に
溢れんばかりの才能を持ち、貴族として生まれたラクシュミは、そう教えられて育てられた。
「聖女」の役職に就いたのは去年のことだった。
成人すらしていないラクシュミでは、まだ若すぎると反対する枢機卿も居たが、彼女の才能がもぎ取った。
教育係として付いたガリレオ枢機卿をして天才と評する傑物。成長しきれば歴史に名を遺す聖女に成れるだろうとラクシュミは言われている。ただし、今は生意気なガキとも影で言われている。
「ふ、ふん! 見てなさい、私はやってやりますわ! 天使様にも、優秀な聖女として認めてもらうんですわ!」
ラクシュミは馬車の中で一人、手を握って気合を入れる。
ぽっと出の聖女に負けるつもりはない。その座は私のモノだ。私が勝ち取った場所なのだ。
……いや、椅子をちょこっと分けてあげる分には、いいかもしれない。
うん、そうだ。2人で仲良く椅子を共有するなら許してやろう。だってディアナはサナティオ様に認められた聖女だものね。
「……ち、違いますの! これは敗北主義じゃありませんわ! 違うんですのー!」
なんか知らないけど湧いてくる邪念を、ぶんぶんと顔を振って追い払う。
こういう時は"友人"に貰った「こーらぐみ」なるお菓子を食べて落ち着くのだ。
ラクシュミは花柄のポシェットから、小さなお菓子を取り出した。
見た目は茶色い楕円形をしている。
円の片方は先細くなっていて、お菓子の真ん中からそちら側の色がちょっと薄くなっている。拘りポイントだと友人は言っていたが、ラクシュミには訳が分からない。でも美味しいから「こーらぐみ」は好きだった。
柔らかいから簡単に噛む事もできるが、舐めても楽しい。
飴玉とは違う触感。口の中で押し潰せば、形を変える。風味も今まで味わった事がないもので、珍しい物好きな貴族としては興味をひかれた。
「こーらぐみ」の製作者は、ラクシュミが聖女に就いてから突然やって来た"友人"だ。
最初は金の無心に現れた怪しい人物と警戒したもの。しかも、金の用途は研究開発費だと言うのだから怪しさ爆発だった。
聖女として悪人を見過ごすことはできない。そいつの尻尾を掴むためにも、敢えて資金援助の話に乗ったのだが……作られたモノは「こーらぐみ」。
その日、ラクシュミは掛け替えのない友人を得たのだった。
「ゅ……ぃ……」
「……あら? 何かしら?」
ラクシュミがゆっくりと菓子を堪能していたら、走行中の馬車の窓が外からカリカリと小さく引っ掻かれた。
ただの飛び石か、それとも襲撃か。
ラクシュミは目を細めると窓を向いた。迎撃魔法を準備して、いつ何が有ってもいいように覚悟を決める。さあ来いと息を呑んで窓を開く。白い小動物が勢いよく飛び込んできた。
「きゅぃ!」
「あら、可愛らしいお顔」
フェレットだった。それは、まごう事なき、野良フェレットだった。
泥とホコリに塗れて薄汚れた姿。
獣臭い異臭を感じるようでラクシュミはおもわず口を覆う。しかし、よくみれば愛嬌がある顔だ。
小さく揺れる髭、ぴすぴすと動く鼻。そしてラクシュミを見て小首をかしげる動作。知性を宿す瞳は彼女の心を貫いた。思わず魔法でフェレットの姿を綺麗にしてあげる。
「ほら、これで綺麗になりましたわ」
「きゅ!」
そしたらなんと彼はお腹の毛皮を毛繕いすると、小さなロザリオを取り出して、ラクシュミに差し出してきた。
「まあ! 私にくれるんですの!? なんですか、なんですか?」
ラクシュミ感動。
フェレット流のお礼のつもりだろうか。
ちょっと薄汚れて黒ずんでいる。汚らしいと言ってもいい。だが、差し出されたモノを彼女はおもわず受け取った。
「……ぁら?」
そしたら、途端に綺麗に見えてくる。
太陽を模した橙色の球体は、おそらくエリシア聖教のロザリオの一種だろう。しかし有ってはならない闇を現す黒い紋様が、マーブル状にロザリオの球体に染み込んでいた。
ラクシュミは己の知識と照らし合わせて、このロザリオが戒律を破っている忌物と確信する。
エリシア聖教にとって球体とは太陽だ。そして橙色は生命の輝きを意味している。ならば、それを冒すような黒い文様は、闇による侵略を表す。
「これは」
今すぐに破壊すべきだ。
人の目に映すだけで、邪心を呼び起こすロザリオなんて有ってはならない。頭ではそう理解しているのに、心が惹き込まれる。放たれる邪気すら愛おしい。
「あぁ、これは……良いものですわ」
ラクシュミがロザリオを撫でると闇が噴き出した。
聖女として払うべき汚濁をラクシュミは喜んで受け入れる。手から腕へ。首を伝って、口に辿り着いた時、闇は呼吸と共にラクシュミの中へ潜り込んでいった。
「ふふ、ふ」
心地よい。
世界が変わって見える。
聖女として長い間憂いていた事案が全て些事に見えてきた。
例えば、各国の優劣。
侵略戦争を良しとする帝国に対して、周辺国家は聖教国へ助けを求めていた。当然、人類の指導者として聖教国は帝国を止めなければならないのだが、政治がそれを許さない。
例えば、貧富の差。
同じ国でも裕福な者と貧する者は存在する。片や余った食べ物を廃棄して、片や明日の食べ物を得るために家族を売りに出す。
理想だけでは立ちいかない現実に、ラクシュミはずっと悩んできた。
聖女としてどうすればいいのか。自分に一体何ができるのか。苦悩して、頭を抱えて、それでも解決しなくて。一生かけて答えを追い求める事になると思ってた。
だが、それがどういう事か。難問の解決案が次々と浮かんでくるではないか。今、ラクシュミの頭は冴えていた。
戦争とは、各国で争うから悪いのだ。世界に多様な国家があるから悪いのだ。
エリシア聖教国という統一国家の名の下で、全ての人類が統制されていれば問題は起きない筈なのだ。
貧富の差の問題にも解決の糸口が見える。
貧しき者が生まれてしまうのは、卑怯な富裕者の責任だ。
富豪とは、賤しくも自分のためだけに金銭を貯め込んだ存在をいう。それは良くない。金銭は人類共通の課題である「幸福」のために投げうつべきである。
国家の武力のもと金銭や食料は管理され、人民に等しく与えられることで世界は真なる平等へと繋がっていくだろう。
「――ああ、こんな簡単な事だったのですね」
今のラクシュミは光の権威を絶対的に盲信していた。世界の不文律がどうでもいい事に思えて、あり得ないはずの逆転の発想が出てきてしまう。
聖教が世界を管理することで、人は幸福になれる。ああ、なんと素晴らしい閃きか。
「それに気付かせてくれたフェレットちゃんには、なにかお礼をしないとですわね」
うーん、と可愛らしく首をかしげる聖女ラクシュミ。
「ああ、そうですわ! こんな可愛らしいフェレットちゃんですもの、私が飼って差し上げますわ!」
「きゅ!?」
野生でいるよりも人間の管理下に置かれれば安心だろう。
毎日餌をあげるし、水桶だって変えてあげる。布団に良い藁を用意して、トイレも私が掃除しよう。それぐらいの責任は持つつもりだ。
ラクシュミは捕獲するために白いフェレットを押さえつけたが、フェレットは嫌がって大暴れ。
「ほらほら、暴れないでくださいな。痛っ……あなた噛みましたわね!」
「きゅいきゅいっ!」
「なんですの、このフェレット。随分と暴れん坊ちゃんですわね!」
「きゅ-い!」
突然、手の中で暴れ出したフェレットに向けて、ふつふつと怒りが湧きあがる。
私はこんなにも愛しているのに、フェレットは分かってくれないのか。そう思うと無意識にフェレットを握り込む力が強まった。ラクシュミの指がフェレットの首に掛って、腹部と頸部を同時に圧迫する。
「っきゅ……ぅ!」
「少し反省してくださいな!」
呼吸を止められ苦しむフェレット。
二分ほど掛けて、少しずつ動かなくなっていく様子を見てラクシュミは溜飲を下げる。抵抗が無くなったところで解放してあげれると、フェレットは何度も咳込む様に悶え苦しんだ。
すこし長く締め過ぎたようだ。こんなことで、これ程の怒りを見せる自分は今までなかった。でも不思議には思わない。暴れるこの子が悪いのだ。
「反省は大事ですわ。次やったら、もっと怒りますわよ?」
「きゅきゅきゅ!? きゅー!」
「ふふ、ごめんなさいね、冗談ですわ」
ラクシュミは魔法で特製の檻を作り出すと、フェレットをそこに押し込んだ。混乱する様に走り回るフェレットの様子が、ちょっと可哀想だったから、フェレットとしてはかなり広い檻にしてあげる。
そして他の人に野生動物を拾った事を気付かれないように、黒い布を掛けて姿を隠した。
これから向かう先はアルマージュ大聖堂。
天使の御前で野生動物を晒したら、見苦しいだろう。それくらいの配慮は出来てきた。
「さーて、フェレットちゃん。名前を付けてあげますわ。うーん……ポチ! ポチですの!」
「きゅー!?」
「あらあら、嫌なのかしら。でも駄目ですわ! 貴方は今日からポチですの!」
ペットとしてよくあるポピュラーな名前。
ラクシュミは自分のネーミングセンスに満足して何度も頷いた。そして喜ぶ。南都で良いペットを拾ったと。
馬車は、そうこうしている内に聖堂の門をくぐり、敷地の中へと入って行った。
▼
さて。不思議な世界を抜けて、迷宮に戻った俺だが……どうしようか。
迷宮に戻ってきても皆は居ないまま。
このまま放って帰る訳にはいかないから探すしかないのだが、一体どこを探せばいいのやら。
「んー。よし」
こういう時は頼りになる人がいる。そう、銀鉤だ!
ヤトのように馬鹿じゃないし、佳宵のように不機嫌そうじゃない。簡単なお願いでも気軽に頼みやすい便利な犬。それが銀鉤だ!
俺は影に向かって銀鉤に語り掛ける。そしたら背後から返事が返ってきた。
「ヨル呼んだ?」
「あ、銀鉤」
振り返れば、迷宮の壁に重厚な扉が浮かび上がっていた。中から犬耳少女姿の銀鉤が現れる。
ちょっと待って。なんで迷宮の壁に扉ができる?
「だって、拠点だもん」
「拠点?」
「そう。ヨルが命令したんでしょ? ボク達に新しい拠点作れって。それがここ」
はぁん。なるほどね。
……え? お前ら迷宮の中に拠点作ったの? いつから?
まさかとは思うけど、じゃあ迷宮の"異変期"って……。
「たぶん僕等の影響かな。迷宮を拡張したり、龍脈を弄り回したからね。もしかしてダメだった?」
「……いや」
いいですけども……。
でもそうなら、そうと教えてくれれば簡単に【霧降山】に行けたんじゃ?
ああ、いや。教えるタイミングも無かったか。探索者に合流してから、探索開始までかなり早かったからね。
霧降山も普段は存在しないらしいし、銀鉤のおかげで出現したとも言える。俺が怒る事は出来ないだろう。
それはそうと。ところで、その新しい犬耳少女ボディはどうしたの?
現れた銀鉤の姿はいつもの夜人姿ではなく、変化後の子犬姿でもなかった。
ヨルンちゃん人形を使った時のものに似ているが、俺の顔とはまた違う、銀髪に少し垂れた目の少女がそこに居る。やっぱり年齢は10歳前後の幼女に見える。
「これ? これは新しい人形。だってヨルの人形使うと怒るでしょ」
「怒るよ」
「だから、別の素材を用意したの。素材の見た目は適当だよ。ヨルと会話が出来ればそれでいいからね」
「ふーん」
聞けばヤトと佳宵用の人形も今この拠点で製造中らしく、その他夜人用のモノも準備中。大量生産のために頑張っているという。
褒めて褒めてと目で訴えられたので、撫でてあげよう。
ほれほれ、ここがええんか? こっちか? ……見つけたぞ! 首の下だな!
「くぅん、くぅ、きゅーん」
「犬」
「むっ。ボク犬じゃないよ。狼」
「どこからどう見ても犬」
「くぅん……」
お前わざとだろ。鳴き声なんて狙ってるだろ。この野郎! かわいいな!
なでくりなでくりと銀鉤で遊ぶ。
彼は気持ちよさそうに目を細めていた。
「あ、そう言えば、ヤトと佳宵用の人形なんだけど。ボクと同じ構造でいい?」
「同じ構造?」
「うーん、と。顔とか声とか全部同一で作っていいかな」
「……ん?」
それってつまり、先日のヨルンちゃん人形事件と似たようなこと起こすって訳?
ちゃうねん、俺はヨルンちゃんが大量生産されたから廃棄しろと言った訳じゃない。いや、それも関係あるんだけど。同じ顔の人間を量産したかのも嫌だったのよ!
人間ってね、おんなじ顔に囲まれるとビビる生態をしてるんですよ。銀鉤知ってた? お願い。やめてください。
「りょーかい。じゃあ、そこの変更とマーシャ達の捜索だね。ちょっと待ってて」
そう言って扉の中に戻っていく銀鉤。
まずは製造中の人形の見た目を変えるそうだ。優先順位的に、それを先にしないと間に合わなくなるとかで、それが終わり次第、マーシャ達を探すと言ってくれた。
とりあえず一安心。これで事態は収束に向かうだろう。
「……んー」
待っててという事なので、扉のまえでウロチョロして時間を潰す。……ハイ、暇になってきました。
人間、余裕ができると無駄なことを考えてしまうものだ。
まだかな、まだかなと、通路を行ったり来たりしている内に扉の中が気になってきた。森の洞窟を変な神殿に改造する夜人の感性だ。この迷宮も神殿風味にされたのだろうか?
「んー」
どうせ待ってるだけならレリーフを見てた方が楽しいかもしれない。
夜人達って無駄に器用だからね。森の神殿に刻まれたレリーフもかなり力が入っていたし、この拠点の出来も気になってきた。
南都に来て、神話を勉強した今の俺ならきっと楽しめるはず。そう思って扉をこっそり開ける。
「……うへぇ」
そこはSFチックな研究所だった。
濃緑のライトに照らされた円柱の水槽がずらっと並び、中には肉の塊らしき何かが浮かんでいる。ゴポリと空気の泡が断続的に吹き上がる音だけが研究室を支配する異様な世界。
勢いよく扉を閉じる。
見てはいけない物を見てしまった……!
やべぇよ……人形の製造方法ヤベェよ……!
「ヨルンちゃんは――」
「だれ!?」
息を整えて居たら後ろから声を掛けられ、俺はいけない場面を見られた子供のように悲鳴を上げた。
高鳴りそうで高鳴らない俺の心臓。それでも俺の目線は小さく彷徨った。
「ヨルンちゃんはそこで何をしているのかしら?」
後ろに居たのはヘレシィだった。
彼女は問いかけつつ、俺の焦りに目ざとく気付くと指摘する。
「あら、なにかしらその扉。部屋の先には何があるのかしら?」
「っダメ! 見ちゃダメ!」
「え~、そんなこと言われると気になっちゃう。ね? 少しだけ」
「……だめ!」
仮面の様な笑顔を貼り付けて、抱き上げた黒い子犬を撫でつつ近寄ってくるヘレシィ。
触れ合う距離にまで近づいて気が付いた。
あれ? ヘレシィ、20歳ぐらい老けた? あと、その子犬はなんです?
「そんな事はどうでもいいわ」
ヘレシィは俺の「会話逸らし戦法」を一刀両断。そして俺の核心を突く、凄いことを言い始めた。
「ねえ、もしかしてだけど、ヨルンちゃんの生まれって『日ノ本』かい?」
……え?
ひの、もと……?
もしかして日ノ本!? 正解だよ!?
何でヘレシィが知ってるのー!?
▼
遥か古代より連綿と続く最古の秘密結社【日ノ本会】。
今でこそ長きにわたる【慈善】の交渉によって黒燐教団の一部門として吸収されたが、彼等の秘密主義は変わらず、慈善を除く評議員にすら会の秘密は明かされない。
入会条件や接触方法も分からず、そもそも本当に存在するのか定かでなかった。
それでいて日ノ本会と合意を結べた慈善は、実は日ノ本会の一員なんじゃないかという噂もあったが、真偽は不明。
私に分かることは、彼等が所有する技術は常に世界最先端ということ。そして、そんな彼等と聖女ラクシュミの間に資金の流れがあることだ。
「あらあら……凄いわね。未知の世界だわぁ」
私が「等価交換の悪魔」から抜け出て最初にした事はヨルンを探す事だった。そして、それは容易く達せられる。ヨルンを見つけた時、彼女は怪しい扉の前でうろうろしながら何かに躊躇していた。
しかしそれは少しの間。彼女は意を決して、何かを確かめる様に扉をゆっくりと開いていった。
ヨルンが少しだけ開けた扉の隙間から、部屋の様子は見えていた。
林立する水槽に入れられた奇妙な肉の塊は、おそらく胎児。それも闇との親和性が極限まで高められた存在だ。あれが成長すれば、目の前で緊張しながら扉を閉めたヨルンと似たような子供になるだろう。
扉はヨルンが手を離すと、まるで彼女以外は迎え入れないと言うように消えていった。
今見た光景。加えて道中でヨルンのお腹を触った時に気付いた事象が、私の「予想」を確信に近づける。
ヨルンの下腹部には聖属性の紋章が刻まれている。それも中途半端なモノじゃない。枢機卿である私や、聖女クラスでなければ知り得ぬ最高峰の術式だ。闇たるヨルンに何故かそれが刻まれている。
「光と闇。二つの背反が混じり合い、生み出した作品……なるほどねぇ」
黒燐教団ですら持ちえぬ闇の結晶、描き込まれた光の極限。
私の知ってる中でそんな事が可能なのは、日ノ本会、そして会と繋がりがある聖女ラクシュミだけ。つまり……長らく謎だったヨルンの製作者とは、その両者に他ならない。
――やってくれたわね、聖女ラクシュミ。
日ノ本会との資金の繋がりを持つだけでなく、そこまで協力関係にあるとは思わなかった。
とぼけた思想で、生意気な少女を装って。その実、腹の内は真っ黒か。
いや、少なくとも背信者である私の言えた義理ではないか。
「ふ、ふふ……」
なんだか楽しくなってきた。
私の手によって秘密のベールが一枚一枚外されていく快感。世界を滅ぼす一手が打たれようとしている。そんな愉悦。
【慈善】は恐らく、この事実を知らない。
彼は夜の神の狂信者だ。知っていたならヨルンを逃がすはずがないし、光陣営に奪われるなんてヘマはすまい。
仕方がない。私の方から教えてあげるとしよう。
「――【謙虚】から慈善へ。報告よ」
死んだ【勤勉】は優秀な男だった。日ノ本会所属を隠したて、聖女ラクシュミと協力して神の器を作り上げた。なるほど優秀だ。けれど勝つのは教団だ。
この世界に光は要らない。全てを闇で包むため、私はヨルンを奉ろう。
「ねえ、ヨルンちゃんの生まれは『日ノ本会』?」
慈善への報告が終わった後、念のため本人に確認してみることにした。
正直に教えてくれるとは思ってない。だけどヨルンの反応を見れば如実に分かる。
「ち、ちが……ちがうよ?」
正解だった。
「あらあら、本当?」
「本当」
彼女はオロオロと目線を彷徨わせると、所在なさげに自分の前髪を弄り出した。髪によって隠れている片目を露にするが、手を離すと直ぐに流れるような髪が覆い戻す。
この子、嘘が下手過ぎないだろうか? だけどそんな所も可愛らしい。
「そうなのね。ところで、話が変わるんだけど、ちょっと事情が変わっちゃったから聞いてくれる?」
「話が変わる! ……ん! どうしたの?」
「フェレットを探す為に来たと思うんだけど、ごめんね、急いでヨルンちゃんをある場所に送らせてくれないかしら? 大丈夫……きっと貴方も喜ぶわ」
「……ある場所?」
もう私に魔力は殆ど残ってない。等価交換の悪魔によって消費した近辺の空間魔力も、まだ回復しきっていない。
年老いた体は予想以上に難儀だ。ちょっと歩くだけで息が上がるし、魔力操作も下手になっている。それでも一回ぐらいできるはず。
「ええ。ちょっと目をつぶっててね、酔っちゃうわよ」
「どこ行くの? 今日中に聖女さんのところ帰れる?」
「心配いらないわ。貴方の安全は保証するし、全ては杞憂よ。それとも私が信じられない?」
「んー……信じる」
「うふふ、ありがとうヨルンちゃん」
発動するのは標的式の転移魔法――目的地が設定されているのではなく、予め設定した標的の近くへ送ってくれる魔法だ。それをヨルンに向けて放つ。
条件は『一番近くに居る黒燐教団評議員』。
普段は暗殺に使われやすい標的式魔法から逃れるため、十分な対策を施している彼等だが、今は慈善からの連絡で妨害を解除しているはず。ヨルンを受け取ってくれるだろう。
一番近くにいるとすれば、王都で革命を計画している【忍耐】か。それともオラクル連邦で戦争を扇動している【感謝】か。少なくとも、月宮殿で作業中の慈善と純潔はないだろう。
誰でもいい。ヨルンちゃんの保護を頼みます。
「それじゃあ、ヨルンちゃん、またね? ああ……マーシャとハルトは私が相手するわ。心配しないでね」
「ん……ん?」
バシュンと。軽快な音と共にヨルンが消える。
ギリギリ間に合った。
しかしほッと息を吐く暇もなく、その直後、横から力強い攻撃が飛んで来た。鼻先を掠める拳を避けて向き直る。
「あらあらマーシャさん。どうしたのかしら、そんなに息を切らして」
「ヘレシィ……やってくれたわね! アンタまさか教団員か!」
そこには片腕を無くしたマーシャが、怒り心頭で立っていた。
~ 1番近くの評議員 ~
ヨルン「……ん?」
フェレ君「きゅ?」
感動の再会 in 檻の中! (*‘ω‘ *)
そして大聖堂にアクロバティック帰宅!