コミュ障TS転生少女の千夜物語   作:テチス

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三次たま様より、ディアナさんの支援絵頂きました!

【挿絵表示】


吼えるディアナさんであります!
きっとヨルンちゃんに対する敵の悪行にお怒りなのでしょう!

さあ物語も最終幕に向かっていきますよ!


動き出す慈善

 光なき影の世界。宇宙を思わせる亜空間に揺蕩う巨城の一室に慈善は立っていた。

 

 光源なき重苦しい幽幽たる部屋だ。

 彼の周囲に浮かぶ数十の「窓」の様な画面だけが闇の中で幻妖に輝いている。

 窓の中には南都アルマージュの光景が映し出されていた。何気ない路地裏から、個人宅のリビング。果てには領主館内部の映像まであった。

 

 これが慈善による監視魔法だ。

 闇の魔力を羽虫に変えて、各地を飛び回らせることで情報を収集する魔法。極小の闇は誰にも気づかれることなく情報を慈善に送り続ける。

 

 画面の一つ、領主館の映像では怒りを露にする領主が映っていた。

 壊れるほど何度も執務机を叩く領主は顔を茹蛸のように真っ赤に染めて、怒鳴り声と共に吐き出す唾を部下に浴びせ続けている。

 ディアナによる戦時の権限移行に憤慨しているのだろう。勝手に街を封鎖するとは何事かと大激怒。

 

 街の流通とは交易そのもの。ましてや10万オーバーの人口を抱えた南都で籠城戦など想定外だし、突発的過ぎる。このままでは数日と持たず南都は干上がってしまうだろう。

 それを領主は懸念しているのだ。彼の怒りっぷりを見る限り、穏便に済まそうという雰囲気はうかがえない。

 この調子では、ディアナの行動が条約に則って認められたものと言えども王国聖教間に大きな亀裂を齎すことになるだろう。

 

 だが、慈善はそんな事はどうでもよかった。

 

 彼の周囲に浮かぶ映像の大半は、アルマージュ大聖堂に注目していた。

 絶対に何一つ見逃さないという彼の決意の元、数十の監視カメラ――のような魔法――によって聖堂の隅々まで目がいきわたる。

 

 が、その映像はある時を境に消失していった。テレビの電源が落とされるように、画面は次々と連鎖して黒一色に変化する。そして、それっきり動かなくなってしまった。

 うんともすんとも動かなくなった画面を閉じると、慈善は大きく天を仰いで物悲し気に呟いた。

 

「ラクシュミと平太さん……そうか。死んだのか」

 

 慈善は南都に放っていた監視魔法が途切れたことで全てを察した。

 最後に見た映像はラクシュミと平太がサナティオの攻撃に晒される直前まで。結末を見たわけではないが絶望的な状況であることを魔法は教えてくれた。この監視魔法だってサナティオの技の余波で壊れたのだ。

 

 天使サナティオを敵にして平太が生き残る事は不可能だ。

 それは慈善であっても変わらない。なにせ人間と神では、決して超えられぬ壁がそこにあるのだから。

 

「気になるね。もう少しだけでも、見えないか……っ!?」

 

 慈善は何とか生き残ったカメラで監視の継続を目論むが、なぜか影響がないはずの遠隔地のカメラまで自壊が連鎖する。

 画面が次々と割れていき、そして、影響は術者である慈善の元まで届いた。

 

 彼は自分の手首に大きな罅が入っている事に気が付いた。そして、あろうことかその罅は、瞬く間に心臓目掛けて駆け上ってくる。

 

「っ! 魔力を伝導して来たのかな!? さすが神の技だ!」

 

 慈善は慌てて己の右手を斬り落とした。

 床に落ちると腕は砕け散り、淡い光となって消えていく。

 

「まずいね……不味いとしか言えないね、もう」

 

 神は相手の魂に裁断を下す。故に神が付けた傷に治癒魔法は効果を発揮しない。

 魂というその者の全てを形成する根幹から、部位が削り取られるのだ。分かりやすく言うと、"最初から存在しない"ものは治しようがない。

 

 仮に移植という手段を取ったところで、慈善の魂に「腕」という情報が欠けている以上、他の腕を繋げたところで腐り落ちるだけだろう。

 つまり、もう普通の治癒魔法で慈善の右腕を復活させることは不可能という訳だ。

 

 しかし彼は動揺することなく、目を閉じて小さく己の【神】へと祈りをささげた。

 その程度、我が神の前では無力と変わりない。

 慈善が目を開くと、腕は初めから何も起きていなかったかのように元通りに戻っていた。

 

「……平太さん」

 

 慈善は己の腕よりも、死んだであろう同胞に思いをはせる。

 だが感傷に耽る時間は有りはしない。【慈善】は状況が差し迫っている事を知る。

 

 ジュウゴという神の器は敵の手に渡り、()()()()()である日ノ本会の平太と聖女ラクシュミが天使に討たれた。代用品はもう作れない。「サン」の居場所だって慈善には分からない。

 

 人間の力では神に抗えない以上――つまり『神の器』が手に入らない以上、教団はサナティオによって刃を首元に突き付けられたも同然の状況に陥った。

 

「僕は平太さんを一般的な日本人だと思っていたんだけどね。意外というかな……ああ、貴方は本心を隠すのが上手な人だった」

 

 慈善と平太は馬が合わなかった。平太には神への崇拝が足りなかったからだ。

 

 ――神の為に。

 平和な日本からこの異世界にやってきて、慈善が犯した悪事は数知れず。

 

 ある時は一家纏めて生贄にした事があった。またある時は、神の再臨を目論み街一つ潰したことがあった。

 もう50年以上も昔の話だ。前代の黒燐教団が隆盛を誇っていた時代。慈善は当時、一教団員として神に多くの供物を捧げてきた。

 だが、それは決して私利私欲のためじゃない。【夜の神】は自分を選んでくれた神様であり、その神の為に人柱を献じていたのだ。

 

 ――この世界の全ては神の為に。

 慈善の意思は結局そこに帰結した。

 

 そんな人の命を容易く奪う慈善の異常性を平太に咎められて、慈善と平太は物別れに終わってしまった。当時ハルトはまだ居なかった。

 

「なんだ。平太さんも、やる事やってたんだね。言ってくれれば……僕は……喜んで貴方に協力したのに……」

 

 平太は事なかれ主義の背信者。

 そう思っていたのに、裏ではしっかり神への忠誠を持っていた。神の為に「器」を作製していた。それに慈善は気付くことはできなかったのだ。

 

 今更気付いても、もう遅い。

 慈善は数少ない同郷の友を失った。神のための器も失った。

 

「【謙虚】からの情報がもう少し早ければ……もう一日でも早く、ヨルンの製作者が分かっていれば……あぁぁあ」

 

 追い込まれ始めた状勢に、慈善は悔しさのあまり顔をかきむしった。

 指と顔の両方に巻かれた包帯――と言うよりも、慈善の全身が包帯まみれなのだが――が滑って、上手く指が引っ掛からないから、慈善は何度も何度も顔を掻き毟る。それがまた異様な光景となっていた。

 

「……切り替えよう。これは神が僕に課した試練だ。過去は乗り越えるためにある。乗り越えてこそ神は満たされる」

 

 慈善は突如、声を落ち着かせると両手を垂れ下げた。そして今後の対策を考える。

 

 

 慈善がヨルンの存在を知ったのは【勤勉】が死亡した後のことだった。

 

 教団の評議員が一司祭に破れるという異常事態に、慈善は閉口して慄いた。しかしその後の対応は早かった。各国の主要都市にまんべんなく飛ばしてた情報収集用の監視魔法を集結させて、事態の把握に務めたのだ。

 

 監視魔法は繊細な魔法なので、大規模な魔法や魔力が周囲に発生すると制御が利かなくなる難点が有ったものの利便性は高かった。

 そして村や街で情報収集に努めること暫く。ヨルンという神の器と、『サン』というもう一つの器が存在することを知ったのだった。

 

 そこから数か月。

 慈善はこれまで動かなかったわけではない――動けなかったのだ。

 

 

 

 彼は己の足元に描かれた、体育館程の大きさにもなる巨大な魔法陣の細微を見て回る。

 

「うん……まだ不完全だけど、もうこれで"行く"しかないね」

 

 ここは影の世界に浮かぶ白亜の居城「月宮殿」。

 その中心の部屋にて、慈善は作戦の決行を決断する。

 

 彼は神の器が聖教の手に落ちたと知った時から、最悪を想定していた。

 最悪――それは邪神復活の予兆を知って太陽神の眷属が降臨することだ。

 

 下級や中級の天使はどうとでもなる。しかし上級に踏み込み神に分類される天使となると話が違う。

 何度も言うが神と人では勝ち目がない。そいつらが出て来た時点で、黒燐教団の活路は消えるのだ。

 

 この巨大な魔法陣は、そんな最悪を想定して慈善が用意したモノだった。

 

「……来たかい【純潔】。お願いしていたものは準備できたかな?」

「ええ、ええ。これが今の私にできる最高傑作ですよ。見てください、この造形美。不均等なアシンメトリー。おぉお、精神を掻き乱しますねぇ」

 

 惚れ惚れする様に己の自信作を持って現れたのは、教団一の変態にして、実力ある研究者【純潔】だった。

 

 鋭い牙だけが嗤う様に描かれた仮面をかぶり、全身を黒いロングコートとフードで包んだその姿。指先まで手袋で覆う、絶対に肌を晒さないぞという妄執染みたスタイルが特徴のこの男……何度みても怪しい風貌だった。

 

 ――などと思う慈善のスタイルだって、全身余すところなく包帯で覆った上に、解れや穴だらけになったボロボロのスーツを着るという、負けず劣らずの姿なのだが。

 

「輝く凧形二十四面体(トラペゾヘドロン)。これならば闇の魔力……中でも神気に近い混沌の属性を受け止めて増幅するのに、十分な役割を果たしてくれることでしょう」

 

 純潔が絶対に目を離さない様にと見つめ続けるその物体。それは歪んだ凧形の面が多数つながった多面体だった。

 

 ヘドロのような粘着性を持つ魔力を垂れ流しながら、鈍く輝くその姿は見る者の精神を摩耗させていく。少しでも暴走を抑えるためだろう、紐状に伸びた魔法陣が鎖のように幾重にも巻きついている。

 

 それでも多面体は見る者の心を掻き乱す。

 慈善は思わず目を逸らしそうになったが、純潔によって制止された。

 

「おっと注意点が三つ。まず、この物体から一瞬たりとも目を離さない事です。観測者が居なくなった瞬間から、凧形二十四面体(トラペゾヘドロン)は変化を始めます」

 

「変化、かい?」

 

「もしも溶けだしたなら液体は即座に消滅させるように。生物化したなら隔離、無理なら太陽光に晒して下さいね。気化した場合は……凄惨に死んで華を咲かせましょう」

 

「それが何に変化するか分からないのかい?」

 

「さてさて。私には分かりかねますねぇ。そも混沌とは何が起こるか分からないから、カオスと呼ぶのではないですか?」

「それもそうか。じゃあ、次の注意点は?」

 

「二点目は無防備な状態で触らないこと。もしも触ったなら、すぐにその箇所よりも近位の位置で斬り落とすように。まあ貴方がドロドロのスライムの気持ちを知りたいと言うなら、私は止めませんけどね?」

「……次」

 

「最後は、一つ目の注意と矛盾するのですが、見つめない事です。貴方も感じたと思いますが、この物体には人間の精神を壊す作用が有ります。あまり見つめすぎると今度は目を離せなくなりますよ?」

 

「いいね。素晴らしいよ純潔。最高だ」

 

 慈善は受け取った輝く凧形二十四面体(トラペゾヘドロン)の造形に吸い込まれるように、心ここにあらずと返答する。

 その声色と反応を見た純潔は、慈善から距離を取ると嫌そうに口にした。

 

「……死ぬなら、私のいない所で死んでくださいね? 凧形二十四面体に魅せられたら、たぶん貴方の死体からナニカが出てきますから」

「嗚呼、そぅだねぇ……っと、ああ。済まない。もう大丈夫だよ」

 

 脳内を犯していた奇妙な感覚を振り払うように慈善は何度も自分の側頭部を叩く。そしたら耳の部分から黒いヘドロが垂れて包帯を溶かしていった。

 

「うーん、ちょっと入られたかな? 人間に寄生してくるなんて可愛いアイテムじゃないか」

「そうでしょう、そうでしょう。私もこれいいなぁって思ってたところなんです」

 

 純潔は恍惚とした表情――無論、仮面で見えないから慈善の想像だが――を浮かべて、身悶える様に自分を抱きしめた。

 

「あぁ、でも、今ではこれ以上に素晴らしいものを知ってしまったから、感動が薄いですね……残念、いや、喜ばしい事ですか」

 

「これ以上?」

 

「おぉ貴方! 聞ぃきたいですか!?」

「え、ぁ、いや」

 

 あ、これ深く踏み込んじゃダメな奴だった。

 慈善は最近の純潔が変態染みてきていたことをすっかり失念していた。

 

 純潔が両手を広げて言い放つ。

 

「――愛ですよ! 人類を包みこむ普遍的な慈愛! あぁ慈愛、【慈善】と似た響きですねぇ、素晴らしい。貴方も私の愛で包み込んで差し上げたい!」

 

「ごめんね。気持ち悪いんだ」

 

 一歩純潔が前進。慈善が五歩下がる。

 

 もうコイツ嫌だ。

 慈善はどうしようもなく気持ち悪い純潔から逃げるように後ずさった。その時、臀部を守ることも忘れない。

 

 そんなやり取りをしていると、つい多面体から目を離しかけたが慌てて視線を戻す。

 危ない。もうちょっとで純潔に殺される所だった。慈善は疲れるように息を吐いた。

 

「それで約束の対価だったね。たしか君が欲したのは、情報だったかな?」

 

「……えぇ。私は一刻も早くヨルンが欲しい。神の器を手に入れたい。そのために行動しているのに、貴方は何も教えてくれない。嫌ですねぇ、私はこんなにも協力してるのに」

 

「ははは、それは悪かったね。どうしても情報を漏らすわけにはいかなかったんだ。君には悪いと思ってるよ」

 

 純潔は心底悲し気に項垂れた。

 もとより演技的な人物だ。慈善は、純潔が顔を隠すような所作を取った事にも疑問を抱くことなく、彼の忠誠心に満足を得る。

 

「いいよ。じゃあ、色々教えていこうか」

 

 慈善は手に持った凧形二十四面体(トラペゾヘドロン)から目を離すことなく、魔法陣の中心に純潔を招いた。

 

「解」

 

 そして中心に置かれた物体を隠し、守るために張られていた結界を解除する。

 純潔は突如目の前に出現した物体を見て息をのんだ。

 

「これは……皮、ですか? それも、人間のものですね」

 

 魔法陣の中心には、人一人から丸々剥いだような人間の生皮が置かれていた。

 

 まるでセミの抜け殻だ。

 背中側から切り裂かれ、綺麗に中身が取り除かれたような青年の生皮がそこにあった。

 

「そうだよ。誰のだと思う?」

 

「……」

「ふふ、正解」

 

 慈善は純潔が自分の事を見ているのを察して笑みを深めてみせた。

 そして顔の包帯をズラすと、純潔にだけ自分の秘密を露にしてやる。

 

「僕の体は神の造形品だ。奉るに値する聖遺物を、自分で使うなんて畏れ多いと思わないかい? もっとも、僕はまだ死ぬ訳にいかないから、皮だけ保存させてもらったけどね」

 

 包帯の隙間から除く慈善の素肌は、濃いピンク色だった。つまり剥き出しの筋線維だ。

 唇は無く、晒された歯茎と歯列が並ぶ。鼻は大事そうに皮と一緒に削がれているから窪んで見えた。瞼すらなく、ギョロリと動く眼球は剥き出しだ。

 

「それで情報が欲しいんだったね。いいだろう。君にボクの勝利の糸口を教えよう」

 

 慈善は人間からかけ離れた己の顔に包帯を巻きなおすと、再び語り出した。

 

「追い詰められたならやり直そう。僕等が有利となれるその時へ。何度だって繰り返そう」

 

 幾何学的に描かれたこの巨大な魔法陣は、『過去に戻る』ためのもの。

 

 神の器が聖教に奪取された? 最高位天使が降臨して敵対した?

 

 いいだろう。ならば、それよりも先に黒燐教団が手に入れる。過去のイナル村に辿りつき、聖女と出会う前にヨルンを連れ去るのだ。最高天使が降臨しない様に幼い時のディアナを抹殺するのだ。

 慈善はそんな壮大な計画を楽し気に語る。

 

「ッ不可能だ!! 時間遡行は太陽神でも成し得ない、神を超えた未踏の領域です! それを貴方は――!」

 

 説明を聞き終えるまえに純潔が叫んだ。

 だが、すぐに慈善が否定する。

 

「いいや、できるとも! 僕の力は【夜の神】の力。混沌を舐めるなよ純潔。そこにあってどこにもない、存在しつつ存在しない。それが夜の神のカオスなんだ」

 

 慈善は己の体に含まれる魔力の全てを凧形二十四面体(トラペゾヘドロン)へと注ぐ。

 

「時間が前にだけ進むなんて錯覚だ。世界がずっとずっと昔から存在したとは限らない。全ては混沌から始まった」

 

 それでも足りない。

 今からおよそ半年過去に跳ぶには、魔力が足りない。

 だけど、そんな事は分かっていた。その為の凧形二十四面体(トラペゾヘドロン)、そのための【純潔】だ。

 

 慈善は多面体から目を離すことなく語り続ける。隣で純潔の悲鳴のような呻きが漏れ出した。

 

「ぐっ!?」

「だから済まないね純潔。僕は君の献身を忘れない」

 

 片目を多面体に向けたまま、もう片方の眼球を動かして純潔の方を見る。

 そこでは()()()()()()()によって、背後から「ヨルンの夜人」ごと貫かれた純潔が立っていた。

 

「「その暗翳が君の護衛だろう? 知っていたさ、君は僕に隠し事をしていたね。君の影からはずっと神の力を感じていたよ」」

 

 2人の慈善が重なる様に言葉を放った。

 

 純潔と夜人の魔力を全て奪い去り、慈善は己のモノとする。これで慈善はまた一歩、神へと近づいた。

 

「これ、は!? なぜ慈善が2人も……!?」

「冥途の土産に混沌の一端を教えよう。凧形二十四面体がそうであるように、混沌は観測の如何にで結果を変える」

 

 純潔がもう一人の慈善に目をやる。するともう一人の慈善は空間へと解けるように消えていった。

 だが、奪われた魔力は戻らない。純潔は堪らず地面へと倒れ込んだ。

 

「君が見ている光景は真実か? ならば君の見えない所に真実は存在すると言えるのか? それは誰にも分らない」

 

 過去に戻るのは【夜の神】にだけ赦された奇跡の御業だ。神の肉体と魂、そして魔力を持つ者でなくては完遂できない。

 仮に神の肉体と力の一部を持つ慈善であっても、模倣が成功したところで彼の魂が無事では済まないのだ。

 過去の世界に辿り付いた瞬間、慈善は全身を闇に侵食されて魂ごと消滅することになる。

 

 だから、彼は己の代わりに時間魔法を使ってくれる依代を準備した。

 

 神の体――「慈善の生皮」を用意した。

 神の力――「夜人の魔力」もまた用意できた。

 そして奇跡の陣と、媒介かつエネルギー増幅器である凧形二十四面体(トラペゾヘドロン)を準備した。

 

 慈善が魔法を使うのではなく、これらを依代に魔法を発動してもらう。そうすれば時間移動という禁忌に触れた代償は、依代が全て引き受ける。

 

 これにて慈善が過去を改変する準備は整った。

 

「さあ行くぞ! 過ぎ去りし分水嶺よ! ヨルンとディアナが出会う、その刻へ――ッ!?」

 

 ――が、魔法を起動する直前、慈善に衝撃波が襲い掛かった。

 慈善は横からの衝撃に堪らず吹き飛ばされる。床を何度も転がって、ようやく止まった。

 

 なんだ。これは思っていたような魔法効果じゃない。

 まさか失敗かと慈善は慌てる。そして気付いた。

 

 いいや、まだ陣は何も効果を発揮していない!

 

「ッなんだ!?」

 

 そして爆音が慈善の耳をつんざいた。

 衝撃波という異常を皮切りに、月宮殿の各所で爆発が連続し始めたのだ。止まらない。動力室から始まった城を揺るがす炸裂は、ドンドンとこちらへ近づいてくる。

 

 そしてついに、この部屋にも業炎が辿り着いた。

 天井が爆砕で崩落。隙間から炎が吹き込んで、部屋中に熱風が立ち込める。真紅の煌めきが慈善と純潔を照らし出した。

 

「思うがままに過去を変える? ……許されない。そんな事は、誰にも許されないんですよ」

 

 

 

 純潔はうつ伏せに倒れたまま、怨嗟の声を上げた。

 震える手で何かのスイッチを慈善に見せつける様に持ち上げた。

 

「純潔!? お前……まさか、まさか!」

 

 純潔の体は人間のものではない。

 彼を構成するのは、汚泥と魔力で作りあげた人造品。つまり純潔は保有魔力が一定量を下回ると、死に至ることになっていた。そんな弱点、自分自身の製作者である純潔は知っていた。

 

「原初の祈りは幾星霜の時を超え、あの日に成された。愛が世界を包み込んだ。しかし、それをお前は否定するという」

 

 故に、慈善にしてやられた自分にはもう後が無い。そんなこと純潔が一番知っていた。

 けれどここで素直に死んでやるほど純潔は甘くない。事前に仕込んでいた爆薬を起爆して、月宮殿ごと慈善の野望を圧し潰す。そのために立ち上がる。

 

「純潔! お前ぇえ!!」

 

「私の間違いを正してくれた、美しき光景を。世界の理が書き換わった、輝けるあの時を――お前は全部ぶち壊そうとしているのだ! 二人の愛を裂く暴挙、それは誰にも許されない!」

 

 魔力を失ってボロボロと朽ちていく手足を懸命に動かして純潔は駆けだした。

 

「――何よりも私が許さない!!」

 

 数秒と持たぬ命なれども、止まざれば数瞬は生き永らえる。

 これにて愛なき世なりせれば、まして口惜しや。

 

「おぉおおおオオ!!!」

 

 柄に無く雄たけびを上げる。

 慈善に手が届く――その寸前で、慈善は決断した。

 

「爆発で魔法陣が傷ついていたとして、もう構うものか! このまま跳ぶぞ! さぁ僕を過去へ連れていけ! 神よぉおお!!」

 

 慈善の願いに応じて神の依代が力を発揮する。輝く凧形二十四面体(トラペゾヘドロン)が雷鳴を放ちながら、時空を歪め出す。

 だが爆発によって魔法陣の一部が欠けていた。九分九厘失敗すると分かっている無謀な挑戦。それでも慈善は神へ勝利を捧げる為に、時を超える。

 

「――っ、届かな、かった」

 

 次元を超越した慈善の体を通り抜けて、純潔は地面に倒れ伏した。

 そのまま慈善はこの次元から消失。誰も居なくなった部屋、もはや純潔にやれることは何もなくなった。

 

「あぁ、ヨルン、ディアナ。私は、私は……」

 

 崩壊の止まらぬ城の内部で純潔は天井を見上げるように寝転がった。

 そして何かを掴む様に見えぬ空へ向かって手を伸ばす。

 

「私は、愛を……知れたでしょうか――」

 

 魔法陣が放つ閃光に、崩れ落ちる天井が蓋をする。

 純潔の体も、凧形二十四面体(トラペゾヘドロン)も巻き込んで、ありとあらゆる物を押し潰す。

 

 

 動力室が消滅し、動く者も居なくなった月宮殿は制御を失って失墜を始めた。

 

 まず影の世界を維持できなくなり、城は表の世界へ帰還する。そこは慈善がヨルンとディアナの監視を強めるために設定していた座標――南都アルマージュの直上だ。

 

 そして数多の瓦礫を落としながら城は急速に高度を下げていく。爆発は終わらない。純潔の最後の抵抗は愛なき教団を煉獄の炎で焼き尽くす。

 

 南都の中心へと向かって、天から城が降り注いだ。

 




南都領主「なに、ディアナ大司教が街を封鎖した!? 厳戒態勢? 屋内避難ぃ!? ふざけるな、何も起きてないだろ! 解除だ解除!」

月宮殿「やあ(´▽`)」 ゴゴゴゴ…

南都領主「ふえぇええ?( ゚д゚)ポカーン」

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