「お疲れ様でした~!」
「お疲れ~!」
「気を付けて帰るんだよ」
舞花と悠希を見送った自分はスマホをスクロールして予定表を開くと、次に向かう場所を目指す。
この後に控えているのはほのかと柚葉、それから最後に千紗。
けど、その前に一件Lスタジオで打ち合わせがあるのと、今向かう場所では新たにメンバーを使って貰えないか売りに出さなければいけない。
直ぐにタクシーを使って移動しながら、りおさんへ定時報告も忘れない。
「お客さん、こんな昼間なのに凄い疲れた顔してるね。飛び込み営業ってやつかい?」
「えぇ、まぁ」
「そんなの適当にやってノルマをこなしておけば良いんだって。じゃないと、無理して倒れたら元も子も無い。アンタはまだ若いんだから」
「そうなんですけどね。あの子達の為にも頑張らないとって思っちゃって」
「あぁ、物販じゃなくて人の売り込みだったか。なに、アイドルとか?」
「いえ、自分は声優の売り込みです。まだ新人の子達ばかりなんですけど」
「声優ってアニメの? 俺もアニメは好きでね。この間のアニメも面白かったよ、なんて言ったっけ、パントドンって実在しないスポーツのアニメ」
「『あしバシッ!』ですね。え、実在しないんですか?」
「調べてみな。あれはバタフライフィッシュの別名しか検索しても出て来ないから」
……あ、本当だ。バタフライフィッシュ、アロワナ目パントドン科パントドン属に属する魚が出て来るな。
「最近の若い声優さんの名前、全然分からなくなっちまったな。そう言う子達を扱ってるのかい?」
「はい。と言うか、そのアニメの主役の子達がウチに所属している子達なんですよ」
「お、俺はついてるな! じゃぁもしかしてこの間乗った子達もアンタん所かな? 左右目の色が違う変わった口調の子と、赤い瞳でダボダボのパーカーを着た子なんだけど」
「その子達も、私の所属している事務所の声優ですね」
多分利恵と志穂のことだろう。
「成程な。着いたよ。兄ちゃん、仕事頑張ってな!」
「はい、ありがとうございます!」
良い運転手さんに会えたな。それに、こうして知らない人から「見たよ」「面白かった」って言われると嬉しくなるし、まだまだ頑張れるって思えるな。
さて、それじゃぁこの後も仕事をこなしていきますか!
§
「お疲れ様でした」
「お疲れ。気を付けて帰るんだよ」
「ありがとうございます。マネージャーも、もう上がりですか?」
「事務所に戻って報告書まとめたら上がりかな」
「大変ですね。それじゃ、お先に失礼します」
千紗を見送って、自分も事務所へと戻る。ここから事務所はそんなに遠くない。
今日は風も気持ち良いし、天気が良くて月も綺麗だ。
仕事は大変だけど、やりがいはある。この仕事、行き成り決まったけれども、意外と自分に合ってるかもしれない。
「マネージャー?」
そんなことを考えていると、誰かが声を掛けて来る。影は二つ。
こっちは街灯下、向こうは影になっているから、向こうは気付けても本来こっちは気付けない。
けれども、声優は声の仕事だ。たとえ姿が見えなくても、誰が声を掛けて来たかは分かる。
そして誰が声を掛けてきたか分かれば、自ずと二人目も想像が付く。
「お疲れ、利恵、鳴」
「お疲れ、マネージャー」
「お疲れ様です、マネージャー」
「二人とも何処かからの帰り?」
「レッスンの帰り。マネージャーは? って、聞くまでも無いか」
「仕事の帰り。それで今から事務所に戻る所」
「マネージャー、あんまり無理しないでね?」
「え? 今日タクシーの運転手さんにも言われたけど、そんなに疲れた顔してる?」
「ふむ……疲れたと言うより、憑かれた顔をしているな……」
「余裕が無さそうと言うか、無理してる様に見えます」
「そんな積もり無かったんだけど、気を付けるよ。それじゃぁ、もう行くね」
そう言って利恵達と別れた。
無言で自分の背を見詰める、利恵の視線にも気付かずに。
§
「今日もお疲れ様」
「ふひ~、疲れましたよ~」
「りおさん、気が抜け過ぎですよ」
「仕方ないわね。桐香が抜けたレッスンコーチの穴も、私達が埋めなくてはならない訳だから、貴方達への負担は大きくなってしまっているもの」
「すみません、もっと自分がしっかりしていれば……」
「でも、マネージャーが来たから桐香さんは自分の為に動ける様になった訳だし、私に時間が出来たからレッスンコーチも真咲さんと分担出来るようになったんだから」
「りおさん……」
「あら、珍しくまともな事言うのね、りお。今晩は雪かしら?」
「酷くないですかっ!?」
確かにそうだな。自分が出来ることなんてそんなに多くは無いけど、自分が居ることで助かってることもあるんだな。
「さて、今日はもう帰りましょうか」
「お疲れ様ディース!」
「お疲れ様です」
事務所を出て、それぞれの帰路に付く。
さっき利恵と鳴の二人と話をした道を通っていると、交差点に差し掛かる。点滅し始めて、本当はダメだが、慌てて渡る。
すると、向こうも同じことを考えたのか、誰かが電話しながら駆けて来た。
自分よりも年上の人は、そのまま横を通り抜ける。けれども徐々に聞こえる言葉に、足が遅くなって行く。
「利恵……あぁ、いや、エリス。あの子が良いな。うん……あの子には地獄を見せよう……」
振り返った時には赤信号、車の往来がその男の人と自分を隔てる壁になる。
利恵に地獄を見せる、男は確かにそう言った。
けれども、何をどうすれば良い? 取り敢えず、利恵にこの事を伝えて……いや、ダメだ、利恵を不安にさせるような事は言えない。
とは言えこのまま放置しておくわけにも……。
悩んでも仕方が無い。携帯を取り出して、りおさんへと連絡を入れる。
『もしも~し。なに、何か報告忘れ?』
「りおさん、実は今……」
りおさんにさっきの話をする。話を聞くとりおさんは短く「う~ん……」と唸ると、暫く無言になった後に「掛け直す」と言って一方的に電話を切った。
それから暫く待っていると着信が入る。けれども掛かってきたのはりおさんではなく社長からだった。
『もしもし、マネージャー? りおから話は聞いたわ。だから、私も貴方から聞きたいのだけれども……』
「はい……」
そうして自分はりおさんにした話を社長にもした。
根拠も何も無いし、どうする事も出来ない現状だ。だから、不審者情報として注意喚起するしか出来ない、との事だった。
後はこの事は他言無用とも念を押された。
「利恵……」
確かに不安だけれどもどうすることも出来ない。
今日は眠れそうにないな……。