知らない男が4人程、利恵の周りに居る。怯えた利恵の腕を掴み、無理矢理何処かへ連れて行こうとしている。
泣き叫ぶ利恵、必死になって自分に手を伸ばして来る。
その手がもう少しで届きそうなのに、利恵に手が触れそうになった瞬間、空を切ってしまう。
スマホのアラームで目を覚ますと、時刻は7時。夕べのことが有ったから、変な夢を見てしまったな……。
……はは、酷い顔だ。これはみんな心配する訳だよ。そう、目の下のクマを鏡で見ながら、乾いた笑みを漏らしていた。
あの後社長は全員に『不審者情報』を全員に知らせた。自分が「利恵に地獄を見せる」と聞いた場所を中心として知らされている。
この知らせで皆警戒はしてくれるだろうけど、いざ何かあった場合どうしようも無い……。
今はまほろの収録現場なのに、ついついメール画面や予定を確認する回数が増えてしまう。
「……成程ね」
「え、何、まほろ?」
「ネットで不審者情報見ても、周辺で出たって情報は無い。それにも関わらず皆に不審者情報が真咲さんから出回った。実害が出て無いから警察には言ってないけど、警戒はさせたい。と言うことはつまり、実害が出そうな情報を誰かが聞いた」
「じ、実害が出そうな情報って……?」
「例えば、脅迫状を送り付けられたとか、計画を聞いた、とか? でも、脅迫状なら威力業務妨害で警察事案だし、そもそも不審者情報じゃない。後を付けたり、声を掛けたらその時点で警察だけど、名前が挙がった程度ならまほろ達も声優だし珍しくない。但し、まほろ達の名前と不穏な単語がセットになった場合を除いて」
「………」
「Windで物騒だって話しか出て無いから、他のチームの子が何か聞いたのかとも思ったけど……どうやらマネージャーが聞いちゃったみたいだね」
「ははは、何の話かな?」
まるで犯人を追い詰めるかの様な推理。
この子はミステリーTUBEの時から思ってたけど、本当に声優より警察や探偵が向いてるんじゃないだろうか……。
「多分マネージャーとまでは特定してなくても、その前までは鳴も同じ考えだと思うよ? 利恵の仕事場に近いし」
「なっ!?」
言われてみれば、あの場所は確かに利恵のバイト先に近い。となると、利恵の接客に不満を持ったお客さんがそんな事を考えて……。
と、今はそれよりも目の前のことだ。まほろ相手に別のことを考えながらだとボロが出る……。
「そうか、そう言えば利恵のバイト先に近かったね。利恵には再度、後で伝えておくよ」
「……ふーん。利恵に対して何か物騒なことを聞いたんだね」
「……いや、バイト先付近で不審者情報出たら、普通再度伝えるでしょう」
「そうだね。でも、普通そこで平静は装わないよ。平静を装うってことは、まほろに何かを勘付かれたくないってことでしょ?」
ぐぅの音も出ない……。とは言えどうしたものか。一応社長から緘口令が敷かれてるしな……。
と言っても、このまま誤魔化し切れるとも思えないけど……。
「実は……」
§
「『利恵……あぁ、いや、エリス。あの子が良いな。うん……あの子には地獄を見せよう……』ね……」
「間違いなく利恵のことを話してるし、エリスとも言ってるから、利恵のバイト先の客さんじゃないかと思ってね……」
「その可能性も否定は出来ないけど、よりによって利恵のバイト先付近か……。この地獄がどっちの意味でも聞こえる……」
「どっちの意味でもって?」
「例えばこの『地獄』って言葉を『魔界』に置き換えて考えてみて?」
「『利恵……あぁ、いや、エリス。あの子が良いな。うん……あの子には魔界を見せよう……』。うわ、しっくり来る……」
「何かのイベントにスタッフとして抜擢された様にも聞こえるでしょ?」
「確かに……」
「警戒するに超したことは無いけど、余り根を詰めすぎるのも良くないよ。それじゃぁ、まほろ戻るから」
「あぁ、うん、ありがとう」
自分の体験した状況で、あぁ言う考え方も出来るって凄いな……。
素直に尊敬する……。
§
お昼になって時間も取れたし、久々に利恵のバイト先へ足を運ぶ。
「愚かで哀しくも――マ、マネージャー!?」
「あ、利恵、お疲れ様」
顔を見合わせるなり驚きに目をぱちくりとさせる利恵。
「我が盟友よ……なぜ、ここに……?」
「お昼食べに来た」
「………」
「利恵?」
「……愚かで哀しくも儚さを持つ人の子よ。悪魔たちの園へ、ようこそ。こちらの結界へ」
そう言って案内された席は窓際の席。余り人が座っていない所に案内されたのは、他の人に会話を聞かれたくないからか。
だけど、それはそれで丁度良いな。
「では、必要な術式を選んだら、そちらのベルを鳴らすがいい。悪魔たちはそのベルの音には、すぐに反応する。くれぐれも、揺れる狭間を超えぬように注意し、存分に悪魔との宴を楽しんでくれたまえ。悪魔としては、こちら側へ来るのは、いつでも大歓迎だがね」
「うん、ありがとう」
「くっくっくっ。ごゆっくり」
「あ、ところで利恵。ここで利恵に『地獄を見せる』って言ったらどう言う意味なの? ちょっと小耳に挟んだんだけど」
「え? 何、突然……。えっと、此処で我輩に『地獄を見せる』と言うのは、多分アレの事だと思う」
「あれ?」
利恵が指をさす方へ視線を向けると、そこにはここのスタッフの何人かが映ったポスターが貼られていた。
ちょっと距離が遠いから、何のイベントなのかまでは読めないけど……。
「今月限定の期間限定イベントで『週替わりで好きな悪魔に会える日が増える』って言うイベントをやってるの。言ってしまえば、ただシフトが増えるだけだから、ある意味地獄を見るってことだと思う。そして丁度来週が、我輩が『地獄を見る』週になるのだ」
「成程ね」
「丁度収録に重ならない様にしてるし、レッスン終わってからのシフトだから特に連絡はしてなかったけど……もしかして、誰かに何か言われた?」
「ううん、別に。安心したらお腹空いちゃった~」
「……? ごゆっくりな」
ちょっと訝しんでたけど、利恵は直ぐに別の卓へ行って注文を受けていた。
なんと言うか、アニメの様な勘違いをしたものだな……恥ずかしい……。
と言うか、最初から利恵に聞いておけば良かった。
これで安心して今晩も眠れるな。
§
それからは特に何も問題無いまま4,5日程経とうとしていたある日の夜。
いつも通りに仕事を終えて帰宅していると、例の交差点へと差し掛かる。
そんな側で、見慣れた少女が壁に凭れ掛かって地面に崩れ落ちている。
「……利恵!」
息が荒いし、顔も真っ青だ。おでこに手を当ててみれば酷い高熱だった。
きっと無理をしていたのだろう、そんな彼女の状態に気付けないなんて、マネージャー失格だ。
利恵を背負うと直ぐに近くの病院へと急ぐのだった。