「これは……」
佐為は息を飲んだ。
並べられた棋譜は、佐為がヒカルに乗り移って直ぐ、塔矢アキラとの指導碁の棋譜だった。
「ん。完成!」
「……」
ヒカルは満足げにニカッと笑う。
「他にはどんな棋譜を覚えているのですか?」
指導碁など棋譜が残るはずなく驚きを隠せない。
少し声を震わせて佐為が問う。
「他? うーん、それじゃアレかな」
ヒカルは並べた石を碁笥に戻し、別の棋譜を並べ始める。
並べたのは、ヒカルの院生時代。プロ試験直前に声を掛けられて打った門脇との対局だった。
「これ、いつ見てもスカッとするんだよな。オレもこんな風に打ちたいぜ」
「他は?」
上機嫌だったヒカルは少しは浸りたいのも叶わず直ぐに次を急かされ口を曲げる。
「他ぁ?」
文句を言いながらも再度碁盤の石を片付け並べ始める。
佐為がネットで打った塔矢行洋との対局だった。
「……」
佐為は前世のヒカルと共に居た時間を思い出し少し目が潤む。
(ヒカルはじいちゃん家にある棋譜だと言っていた。前世のヒカルが遺していたのだろうか?)
碁盤をジッと見つめる佐為。
「そうだ! オレが何となく分かるって言った意味、見せてやるよ」
少し涙ぐんだ佐為の顔を見てヒカルは提案する。
「! 見せてください!!」
佐為はヒカルの言葉で、碁盤からヒカルに視線を移す。
思わず立ち上がって両手を机に付き、ヒカルの顔の目の前まで迫ろうとするほど前のめりになる。
「わ、分かったから座れよ」
ヒカルはいきなり迫ってきた顔に仰け反る。
佐為が座るとヒカルも座り直し、改めて碁盤の石を片付ける。
10局ほどだろうか。
前世のヒカルが佐為と打ち始めた中1頃から院生になる頃までをかいつまんだかのような碁だった。
佐為はとても懐かしい気持ちになっていた。
「な? この黒石と白石の人、ずっと同じ人だと思うんだけど。黒石の人がだんだん強くなって行くんだ。それで何となく打つ場所が分かるんだよ」
ヒカルは満面の笑みで語る。
今のヒカルには記憶がなくても前世の遺物が思い出させるのだろうか。
佐為はヒカルを温かい目で見ていた。
(小さな対局まで覚えていると言うことは、魂では打ちたがってるのだろうか?)
佐為が考え事をしているとヒカルが顔を覗き込んできた。
「どうした? この棋譜、もっと見たいのか?」
「……ヒカルはこの棋譜の意味を知りたいですか?」
ヒカルは予期せぬ質問にびっくりする。
「……打ったヤツの意味なんて分かるのか?」
「分かりますとも。ヒカルが知りたいなら解説しましょう」
「ホント? 教えて!」
佐為は笑顔でヒカルに答える。ヒカルは疑心暗鬼だった顔が嘘のように満面の笑みに変わった。
ヒカルはさっそく解説してもらおうとするが時計は15時を指している。
ぐぅ〜
ヒカルのお腹が鳴った。
「そういや、ご飯まだだったな。じゃあ、また来週な!」
「えぇ!」
屈託のないヒカルの笑顔に佐為もまた満足する日曜日だった。
また来週日曜日の同じ時間に約束をしてその日は別れた。