楽しんで行って頂けると嬉しいです。
烈海王の散りざまは、それはもう壮絶で、見事で、立派だった。
史上初の武器解禁試合。宮本武蔵との決戦は、彼の死を以て決着と相成った。
次に活かせる――。
己の間際でさえ貪欲に笑みを浮かべ、この世を去った稀代の拳法家。
本来あるはずのない『次』が、気付けば彼の目の前に広がっていた。
「……これは……一体……。」
烈海王に押し寄せる、津波のような疑問符。
第一に、死んだはずの自分に意識があること。
第二に、武蔵に切られた傷どころか、ピクルに食われたはずの足があること。
第三に、現代日本では(もちろん中国でも)ない街並み。
第四に、動物の耳の生えた住人達――等々。
顎に手をやり考え込んでしまった烈に、不意に横から声がかかる。
「おいあんた、見ない格好だが他所から来たのか?教えてやるがこの国じゃ買い物もせずに店の前で突っ立ってるのは迷惑っていうんだぜ?」
どうやら烈がいたのは青果店の前だったようで、店の主人と思しき男が迷惑そうな顔をしていた。
「これは失敬。……ところで主人、この国の名前と今が何年なのかを教えてくれないか?」
「買い物もせずに質問か?……まあいい、今は――」
青果店の主人との会話を終えた後、烈は心を落ち着けるために路地裏へと入った。
「国名も年号も……そして通貨も……いずれも私の知る歴史とは異なっている……。」
質問の礼にと果物を買おうとした烈だったが、日本と中国どちらの貨幣も使えなかった。
以上の状況から烈が出した仮説は二つ。一つはここが死後の世界である可能性。二つ目は全く違う世界に来てしまった可能性。
我ながら突拍子もない。などと思惑にふける烈の前に、三人の男が現れた。
「おいオッサン、珍しい格好だな。痛い目見たくなかったら身ぐるみ脱いでいきな。」
視線の先にいたのは、一目でそうとわかるチンピラだった。拳法着姿の烈が余程珍しいのか、値踏みするような視線を向けている。
「怪我をしたくなければ立ち去れ。……向かってくるなら容赦はしない。」
一瞥しただけでわかる、自身と彼らの戦力差。烈は同情を込めてそう言った。
「なんだとテメェ!!」
目の前にいる相手の戦力を瞬時に見抜く才能。それは時に喧嘩の強さ以上に必要となる、不良にとって大事な才能だ。
そして彼らに、不良の才能はなかった。
三人組の一人がナイフを取り出し襲い掛かり、それに釣られるように残り二人も烈に攻撃を仕掛ける。
烈は一つため息をつくと、一瞬のうちに彼らを叩き伏せた。
(死後の世界というには、感触があまりにも
顔を歪め地面に転がる彼らをよそに、烈は胸中で一つの結論へと辿り着こうとしていた。
「ちょっとあんたらそこ退いて!邪魔!」
そんな路地裏に声が響く。
烈が振り向いた先にいたのは、セミロングの金髪を揺らす小柄な少女。彼女はのたうち回る三人には目もくれず、間を綺麗に通り抜けていく。
少女を見送った後、追いかけてきたかのようなタイミングで再び路地の入口に声が響いた。
「あなた、何をやっているの!?これ以上の狼藉は見過ごせないわ!」
声の主は、腰まで届く銀髪にどこか気品のある雰囲気のある少女だった。そんな彼女は烈たちの状況を見て声を上げた。
「あなた、おかしな格好をしてるわね。主犯格ってことかしら?仲間割れか知らないけど、私から盗ったものを返して。あれは大切なものなの。」
「……?彼らは私の金品を狙い攻撃してきた。私はただ反撃しただけだが?。」
烈に敵意の視線を向ける少女に対し、ありのままを話した烈。
二人の視線が交わること約10秒。やや回復したチンピラの一人が、烈に対し向き直る。
「その人の言うことは本当だ、……俺たちが悪かった、この通りだ!もう勘弁してくれ!」
「君たちから仕掛けてこない限り私は何もしない。仲間を連れてさっさと去るがいい。」
烈の言葉を聞いたチンピラは、残り二人を引っ張って路地の奥へと消えていった。
二人残された路地裏で、少女はバツが悪そうな顔をしていた。
「えっとその……私、勘違いしちゃったみたいで……ごめんなさい!」
「かまわん。あの場を見れば無理もないだろう。ところで先ほど何か盗まれたと言っていたが……。」
「えっと、それは――。」
烈の質問に少女は答えた。
どうやら少女は徽章を盗まれ、逃走犯を追いかけてこの路地へとやってきたらしい。そこで烈が三人を痛めつけていると勘違いし、声をかけたという事だった。
「……ふむ、それなら私も手伝おう。おそらく犯人の姿を見ている、力になれるはずだ。」
「ただでさえお詫びしなきゃいけない立場なのに、これ以上迷惑はかけられないわ!」
協力を申し出る烈と、固辞する少女。二人の話が平行線を辿り始めたところで、突如少女の横に掌サイズの猫があらわた。
「悪意は全く感じない、悪い人じゃないみたいだし素直に手伝ってもらったほうがいいと思うよ?手がかりを持ってる人ならなおさらね。」
そう言って少女のそばに浮いている猫。喋る上に浮く猫という突拍子もない出来事に烈は面食らっている。
「彼はパック。もしかして精霊を見るのは初めて?」
「ん……まあそんなところだ。」
精霊どころか今目に映るほとんどが初めて見るものだ。などと一々説明するのも野暮だと思い烈は返事を濁した。
「二人の意見は分かったけど、やっぱりこれは虫が良すぎると思うの。だから……」
「私はかまわん。」
「で、でも私は今一文無しで、お礼どころかお詫びも出来ていないし……」
「私は一向にかまわんッッ」
「~~~~~ッ」
結局、烈に押し切られるように二人での捜索が始まった。
捜索をする道すがら、彼らは軽い自己紹介をした。
少女はエミリアと名乗った。最初ほかの名を言おうとしていたようだったが、烈は深く追求せずにその名で呼ぶことにした。
「エミリアさん、改めて宜しく頼む。私は烈。烈――永周だ。拳法家をやっている。」
対して烈も自分の名をどう名乗るか一瞬迷った。結局海王を名乗ることをしなかった彼には、もしかしたら武蔵に叩き切られたことで一から出直そうという意思があったのかもしれない。
「なるほど、どうりで……。」
「どうりで、とは?」
「いえ、三対一で勝つっていうのはあまり起こらないことなのよ。だから納得がいったと思って。」
そんな二人のやり取りをパックは嬉しそうに見守っている。
「さて、二人の自己紹介も済んだことだし張り切って犯人探しだ!」
パックにそう促され、聞き込みを始めた二人。だが、これがなかなか見つからない。
『眠い、もう限界』と言ってパックが消えたころには、日もかなり落ちてきてしまっていた
「そいつは多分フェルトだ。あいつに盗られたんなら盗品蔵に行ってみると良い。持ち込んでるはずだ。」
この時間では尚更薄暗い貧民街。ここでようやく有力な手掛かりを見つけた。
「謝謝。生憎手持ちはないが、これをやろう。少しは金に換えられるはずだ。」
「いいのかい!?すまねぇな兄ちゃん。」
ぼろ布を纏った男の証言で目的地は決まった。せめてもの礼にと烈が拳法着を脱いで渡すと男は嬉しそうに去っていく。
「それにしても凄い筋肉……。拳法家は伊達じゃないわね……。」
「筋肉が必ずしも武術に必要なわけではないがな。例えば君くらいの体躯で大男を投げ飛ばす者も実在する。」
そんな会話をしながら、タンクトップ姿になった烈を筆頭に二人は盗品蔵までたどり着いた。
「思った以上に大きい……小屋ではなく蔵といった意味が分かるわね。」
「穏便に済ますのであれば買い戻すのが一番だが……。生憎二人とも金がない。交渉が必要になるだろう。」
「正直に『盗まれたものがあるから中を探して見つけたら返して』って言うんじゃだめかしら。」
「得策とは言えないな。……では私が先に入ろう、少女が行くよりも私のような男のほうが何かと都合がいいはずだ。」
「……分かった。レツに任せるわ。」
エミリアは少し迷った様子だったが、結局は烈に頼むことにした。
そして烈が扉に手を触れた瞬間。
「……ッッ。エミリアさん。君はここに居るんだ。」
烈の直感が警告した。この先にある巨大な危険に。
困惑するエミリアをよそに、僅かだけ開けた扉から体を滑り込ませる烈。
直後鼻を衝く血の臭い。そして死の臭い。
暗闇でも目が利く烈が見たのは、片腕をもがれ、首を大きく切り裂かれた巨体の姿だった。
烈がその無残な姿を目視した刹那――。
「ハィィィィィィッッ!!」
烈が背後に感じた僅かな殺気。その方向へ回避と同時に回し蹴りを放つ。僅かに蹴りが触れる感触と同時に、烈の左胸にも小さな切り傷が出来た。
「あそこから躱されるだなんて思わなかったわ。おまけに蹴りまで合わせられるなんて……血を流すなんて本当に久しぶりだわ。」
暗闇から気配を現したのは、背が高く黒い外套を着た妖艶な女性。烈の蹴りが当たったのだろう、薄ら笑いを浮かべるその右頬に傷が出来ている。
「ククリ刀か……。」
「えぇ、これであなたのお腹を裂くの。素敵なあなたの中身が早く見たいわ。」
構えたまま動かない烈と、烈の前でククリナイフを舐めて見せる女。
内心、烈の心は踊っていた。
(この女、強いな……。)
対峙しただけでわかる、強者の気配。
命のやり取りの場で、強者の刃を相手にする。と来ればやることは一つ、消力を試すこと。
武蔵に通じなかった彼の消力。命と引き換えに得た経験を生かす時がついに来たのだ。
「レツ?すごい声が聞こえたんだけど――」
烈の期待は破られた。エミリアが蔵の中に入ってきてしまったのだ。
「入ってはいけないッ!」
烈が叫ぶ。ほぼ同時に女と烈がエミリアへ向かって駆け出した。扉に近かった女のほうが一瞬早く、エミリアに向かって武器を振り下ろす。
蔵の中に、肉を切り裂く音が響いた――。
「ガッ……!ヒュッ……!」
「レツ!?あなたどうして!?」
エミリアが死を予感した直後。突き飛ばされた彼女が見たものは、自分を庇う様に立つ烈の姿だった。
彼の喉はパックリと割れ、おそらく動脈が切れているのであろう、絶え間なく鮮血が噴き出している。
「まぁ残念、あなたは最後に取っておきたかったのだけれど。」
女はククリナイフから血を滴らせ、不満そうにそう言った。
そして改めてエミリアに刃を向けようとしたその瞬間、強烈な蹴りが飛んできた。
「本当に素敵ね、あなたに免じてその子を逃がしてあげたいところだけれど、そうもいかないの。ごめんなさいね。」
(呼吸ができない……だがまだ動けるッ)
烈の狙いは反撃し逆転すること。他人を庇って致命傷を受けようが、それを言い訳に敗北を受け入れるような真似は決してしない。それが烈海王なのである。
「……ッ!」
拳と蹴りの連撃を、女に向けて放つ。しかしやはりキレは落ちており、悉く躱されてしまう。酸素欠乏症で視界が白んでいく中
「あなたを先に殺してしまうのはとても残念なことだわ。」
女の声とともに、烈の腹部に熱が走った。
烈はついに床へと倒れてしまう。
「あなたの腸は後で丁寧に取り出してあげるわね。……あら?今日はとても良い日だわ、精霊のお腹も開けるだなんて――。」
途切れ行く意識の中、烈は三人分の声を聴いた。
烈海王があの程度で後れを取るとは思わないけどエルザが強かったという事で……。
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