RE:ゼロから始める中国拳法   作:単三抜き電池

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ようやくエルザの名前が出てきます。地味に長かった


第三話 決着

「レツ・カイオウ……素敵な名前ね。私はエルザ・グランヒルテ。『腸狩り』なんて呼ばれているわ。」

 

エルザは歓喜していた。

 

助けを求めるどころか加勢を叱りつけたその気高さに。

自分の剣技に肉体のみで渡り合うその鍛錬に。

刃を避けるために五体を羽にして見せたその発想の飛躍に。

 

人間は脆い。それを誰よりも知っているからこそ、エルザは目の前の奇跡のような男に感動すら覚えた。

 

エルザは再び烈の名を反復する。そのたびにエルザの胸に得体のしれない感情が溢れ、細胞は沸き立ち鼓動が早くなっていく。

 

「ただの人間がここまで練り上げられるものなのね。」

 

「……まるで自分が人間ではないような言い方だな。」

 

「ええ、だって私、吸血鬼だもの――。」

 

エルザは逸る気持ちを抑え言葉を発したつもりだったが、待ちきれない身体は言い終える前に烈に切りかかっていた。

 

「なんと、あの女吸血鬼じゃったか。どうりであれだけの打撃を受けて立ち上がれるはずじゃ。」

 

二人の戦いを見ているロム爺はゴクリと唾をのむ。

 

「でもレツだって負けてねー、あんな化け物相手に互角に戦ってるぜ。」

 

「いや互角ではない。よく見ろ、レツの奴慣れてきておる。」

 

フェルトは改めて二人を注視する。

ロム爺の言う通り、今まで躱すことが多かった烈の動きがエルザの手首を抑える動作へと変化してきていた。

 

「スゲー!まともに剣を振らせてねーぞ!?」

 

「攻撃の出鼻を正確に抑えていなしておる、一体どれほどの修練を積んだのじゃあの男……。」

 

戦いに見入るロム爺とフェルトに対し、エミリアの表情は暗く目を伏せていた。

 

「リア、さっきのことを気にしてるのかい?」

 

「……私、邪魔でしかなかったのかな。」

 

「そんなことないよ、リアの判断は正しい。ただ彼には命よりも大事にするものがあっただけだよ。あの手の人間は稀にいる、気にし過ぎることは無いさ。……それよりリア、今のうちに避難したほうがいいんじゃないかい?」

 

「それは出来ないわ、彼の誇りを傷つけた私にはこの戦いを見届ける義務があるもの。それに万が一の場合には私がエルザを仕留めなきゃいけない。ここで見逃すわけにはいかないわ。」

 

やれやれといった表情でエミリアを見つめるパックをよそに、エミリアは再び真剣な目を烈達に向けた。

 

エルザの腹に烈の拳が入る。戦況は徐々に烈に傾いてきていた。

しかしエルザも吸血鬼ならではの回復力と強靭さで未だ倒れない。

技で優位に立つ烈と、体力で追いすがるエルザ。ほんの一瞬、息切れにより僅かにキレの落ちた蹴りを掻い潜ったエルザは、左手でククリナイフを横なぎに振りぬいた。

 

「破ッッ!!」

 

烈は再び羽になった。消力で完全に受け流した烈の回転の終わり際、エルザは右手で二本目のククリナイフを振り上げていた。

 

「女の武器は一つではないのよ。」

 

烈にククリナイフが振り下ろされる。消力の終わり際を狙われ回避は間に合わないと悟った烈は、地面を踏みしめ己の拳を刃に向けて放った。

 

「止!!?」

 

ぶつかった剣と拳。刃が拳の半分ほどまで食い込みながらも、エルザはその腕を切ることが出来なかった。

 

――『鉄拳』『密度』『凄』『硬』『鍛』『怖』『好』

 

握る剣の感触に、エルザの心に次々とそんな言葉が浮かんでくる。

 

「掴んだぞエルザ・グランヒルテッッ!!」

 

烈が叫ぶ。かつて離してしまった武蔵の剣。今度は決して離さないよう左拳に万力の力を込めたまま、戦いを終わりにする攻撃を放った。

 

――ああ、掴まってしまったわ

 

腸に対する未練。そして心の奥の僅かな安堵と幸福感に包まれながら、エルザの意識は暗転した。

 

 

 

 

エルザが膝をつき前のめりに倒れた。

固唾をのんで見守っていたエミリアたちは、大きく息を吐くと烈のもとへ近づいてくる。

 

「レツ、お前スゲー強いんだな!カッコよかったぜホント。……さて、気絶してる間にこいつにトドメ指しちまおうぜ。」

 

「いや、彼女との決着はついた。これ以上危害を加えるのは許さん。」

 

ナイフを構えたフェルトを烈は止めた。

 

「わ、わかったよ。縛っとくくらいはいいだろ?」

 

烈の目に僅かに怒の色を感じたフェルトは、仕方ないといった様子でエルザの手足を縛りだした。

そんなフェルトを横目に烈はエミリアに向き直る。エミリアもおずおずと烈を見上げ、二人の視線が交錯した。

 

「エミリアさん、先ほどはすまなかった。」

「レツさん、さっきはごめんなさい。」

 

ほぼ同時に烈とエミリアが頭をさげた。驚いたように顔を上げた二人は思わず笑みがこぼれる。

 

「私が言うのはおかしな話だが、お互い様という事にしよう……。」

 

「そうね。謝るのはやめるわ、レツ。私たちを守ってくれて、戦ってくれてありがとう。」

 

「気にすることは無い。私がやりたいようにやっただけだ。」

 

「もう、またそうやってお礼を受けとらないつもりね?……とりあえず傷を見せて?治療するわ。」

 

烈の全身についた切り傷をエミリアが治療する。不思議なことにエミリアの手から青白い光が溢れ、見る見るうちに傷を塞いでいった。

 

「さて、問題はこっちね。」

 

身体の傷を癒したエミリアは、今度はククリナイフの食い込んだ拳を見た、人差し指のあたりに刃が通っており、おそらく手を開けば指が六本に増えているだろう。

 

「これは私が下手に手を出さないほうがいいわね……。レツ、この後私の屋敷に来てくれないかしら。ちゃんとした治療がしたいの。」

 

「そういう事なら世話になろう。なにぶん病院の場所が分からないのでな。」

 

烈の言葉を聞いたエミリアは、憲兵を呼んでくると言って蔵を出ていった。

先ほどまでエルザを縛るのを手伝っていたロム爺が、会話の終わりを見計らって声をかけた

 

「儂からも礼を言う。お前さんがいなかったらおそらくは皆殺しにされていたじゃろう。……ところで最後の攻撃は何だったんじゃ?」

 

「あ、それアタシも知りたい。こっちからだと拳と蹴りが両方空振ったようにしか見えなかったんだよ。」

 

興味津々といった様子で寄ってきたフェルトも含めた二人に、やや面映ゆくはあったが烈は自身の技の解説をすることにした。

 

「エルザの強靭さは二人も見たとおりだ。普通の打撃で彼女を気絶させるのは非常に難しい。そこで……」

 

烈は右手の甲を顎の下に乗せて続ける。

 

「皮一枚の打撃……まともに当てるのではなく、ぎりぎりに顎を掠らせる。この一閃が肉眼では捉えられぬほど微かに、しかし超高速で脳を震えさせる。」

 

クリーンヒットを数度与えながら倒れないエルザに対する手段として、烈が思い出したのはかつて範馬刃牙がピクルにやってのけた神業。そして烈の才能は神業を再現するに十分だった。

 

「右拳で一つ。右足刀で一つ。二度の加速によって意識外から脳を揺らし、彼女の意識を刈り取ったのです。」

 

「なんと凄まじい技術じゃ、一体どれほどの鍛錬を……。」

 

「言ってることは分かったけど、皮一枚で気絶するなんて変な感じ。」

 

感嘆の声を上げるロム爺の横で、フェルトは納得がいかない顔で自分の顎を手の甲で擦っている。

 

そんな彼らのもとに、ものの五分もせずエミリアが青年を連れて帰ってきた。

 

背が高く、燃え上がるような赤髪に凛々しい佇まい。ラインハルトと名乗った彼は、縛られたエルザを見て驚きの表情を浮かべた。

 

「これは『腸狩り』……!?エミリア様が倒されたのですか?」

 

「いいえ、彼女を倒したのは……。」

 

エミリアは視線を烈に向ける。

視線の先を確認したラインハルトは烈に近寄ると握手を求めた。

 

「ラインハルト・ヴァン・アストレアだ。感謝するよ。『腸狩り』は王都でも名前が挙がっているほどの有名人だ。君がいなければエミリア様の命が奪われていたかもしれない。本当にありがとう。」

 

「感謝されることではない。……少々因縁があっただけだ。」

 

ラインハルトの手を握り返しながら、烈はこの世界での一度目の死を思い出す。

結局自分が殺されたことやエミリアたちの安全などは気にもせず、ただ強者の剣技と立ち会うことを純粋に楽しんでしまっていた。そんな己の未熟を理解しながら、恥じることなく烈は笑みを浮かべる。

 

「なるほど、この手なら納得だ。」

 

烈の手を握りながら、ラインハルトは感慨深そうに呟いた。

 

「並の努力で出来上がる手じゃない。君の鍛錬がエミリア様を救ってくれた。一人の騎士として君を尊敬するよ、レツ。」

 

「ラインハルトさん……。君の方こそ相当に強いだろう、私が今ここで仕掛けたくなるほどに。」

 

「ここで君と戦うなんて事態は辞めてくれ。あと『さん』付けも。」

 

烈が割と本気で言っていることに気が付かなかったラインハルトは、肩をすくめて笑って見せる。

その時だった。

縛られていたエルザが拘束を一瞬で切り裂き、エミリアに向かって駆け出した。

 

「エミリア様、回避を!!」

 

「噴ッッ!!」

 

ラインハルトは地面を蹴り、烈は左拳に刺さったククリナイフを引き抜くとエルザに向かって投げた。

ナイフを振るよりも一瞬早くエルザの肩にそれが突き刺さる。

バランスを崩しながらも放ったエルザの一撃はエミリアのローブの上から脇腹を掠め、ポケットに入っていた徽章や持ち物をまき散らしながらエミリアは倒れこんだ。

 

「ご無事ですか!!?」

 

「う……大丈……夫……。」

 

エルザを蹴り飛ばしたラインハルトがエミリアに駆け寄る。

自分で治療はしているが顔色は悪く、白いローブに赤いシミが広がっていく。

エミリアの傷の具合を確認する暇もなく、エルザの立ち上がる気配を感じたラインハルト。

烈にエミリアを任せると、落ちていた剣を拾いエルザと対峙した。

 

「『腸狩り』。君にこれ以上付き合っている暇はなくなった。悪いが直ぐに片づけさせてもらう。」

 

「あなた『剣聖』の家系ね?素敵な獲物が次々とやってくるのは嬉しいのだけれど、今は口直しをする気にはなれないの。ここでお暇するわ。」

 

「逃げられると思うのか。」

 

「ええ、もちろん。……レツ、必ずまた会いましょう?次に会うときは羽を切れるようになっておくわ。」

 

言い終えると同時にエルザはエミリアに向かってナイフを投げた。

エミリアのそばに烈がついているとはいえ、本能的に守ってしまうのが騎士の性。

ラインハルトがナイフをはじく一瞬の隙に、エルザの姿は蔵から消えていた。

 

「レツ、エミリア様の容体は?」

 

エルザの気配が完全に消えたのを確認し、ラインハルトはエミリアに駆け寄った。

呼吸はあるが汗がひどく、ぐったりとしている。腹部には烈が巻いたであろう布があり、先ほどより血の勢いは収まっていた。

 

「傷口が思いのほか広い。止血は施したが直ぐに病院に連れていくべきだろう。」

 

「……まいったな、事情があってこのお方の弱っている姿を王都で見せるのは避けたいんだが……。」

 

「彼女は屋敷で治療ができると言っていたが、そこでは駄目なのか?」

 

「この方が住む屋敷はメイザース領、ロズワール様のお屋敷だ。竜車なしでは遠すぎる。だが今から竜車を手配できるかどうか……。」

 

険しい顔で暗くなった窓を見るラインハルト。

緊張が走る蔵の中に、大量の硬貨をたたきつける音が響いた。

 

「儂の知り合いの行商人が今王都に来ておる。この金でお嬢ちゃんを運んでくれるはずじゃ。二人とも付いてこい!」

 

ロム爺はそう言うと蹴破るように扉の外へ出た。エミリアを抱えた烈がその後を追い、ラインハルトも駆け出そうとする。しかし、そんなラインハルトをフェルトが呼び止めた。

 

「これ、姉ちゃんの持ち物。散らばった分はこれで多分全部のはずだ、渡してやってくれ。」

 

そう言って両手を差し出すフェルト。その掌で一瞬、赤いきらめきが走った。

 

「え?ちょ、痛いっつの、なんだよ急に!?」

 

ラインハルトは持ち物を受け取らず、フェルトの手首をつかんでいた。

そして手の上の徽章とフェルトの顔を順にみると、家名や歳などを矢継ぎ早に質問しだす。

 

「アタシは孤児だ、家名なんてねーよ。年齢は多分15くらい。……てか追いかけなくて良いのかよ、みんなもう行っちまったぜ?」

 

「持ち物は僕が責任をもってエミリア様に返しておく。それよりも君にはついてきて貰いたい場所がある。悪いが拒否権は与えられない。」

 

「はぁ!?あんたいきなり何言ってんだ!?あんまりふざけたこと言ってると……っ?」

 

ラインハルトに口汚く応戦しようとして、フェルトは突然の睡魔とともに意識を失った。

零れ落ちる持ち物を拾いなおし、フェルトを抱きかかえたラインハルトはようやく外へ出た。

 

「エミリア様には後日改めて謝罪しないといけないな……。」

 

優先すべき事柄を間違えたつもりはない。だがやはり騎士として、負傷したエミリアを送り届けるべきだったとも思う。ラインハルトの胸中は複雑だった。

 

「落ち着いて月を見られるのは今日が最後かもしれないな。」

 

月に照らされ一人呟いたラインハルト。彼の慌ただしい一日はまだまだこれからであった。




エルザも烈もかなりバトルジャンキーだから結構仲良くなれると思うんですよね。

烈海王チャンピオンでマジに異世界行くらしいですね。しかも板垣先生非公認だとか。
いやー楽しみです。

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