#イデア版ワンドロワンライ 参加。使用お題「鏡」。「魂の形」が見えると言われている鏡を覗くイデア・シュラウド(8)の話。死んで逃れられるものならそうしているのに、と言った豊穣(デーメテール)の娘も最後には、死者の国の王の求婚を受け入れた。イデアだってきっと、このままこの冥府に住めばきっと、最後にはそうしてしまうのだろう。※ツイステ受動喫煙※ワンライじゃない※持ち主は善意100%で見せてくれてるし何があったのか気付いてません

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百年の後には

 イデア・シュラウドの乳母(ナニー)家庭教師(ガヴァネス)は、いずれも人ではない。乳母(ナニー)は死者の国の民であったし、家庭教師(ガヴァネス)は夜と水の気配が強く香る冥精(ランパス)だった。地元は生きた人間の方が少数派で、そもそもシュラウド家自体が「生きた人間」かと改めて問われると疑問の残る生態をしている。燃える青髪だとか、水中の人魚とどっこいどっこいの冷血だとか、一部の妖精でもなければ見ることができないはずの生者の魂を見ることができる、黄金色の瞳だとか。それら糸杉の血の証を、島の外の人間は呪いと呼ぶ。

 

「魂の形が映る鏡?」

 妖精族(ニュンペー)の言葉であっても、その触れ込みはイデアが心惹かれるものではなかった。色なら ばともかく魂の形など誰であろうと変わりなく燃える炎のそれであるし、屍衣の子(シュラウド)の魂ならば青に決まっている。わざわざ魔道具の鏡で見なくたって、自分の魂の色くらいイデア・シュラウドは知っている。

「実際に見えるものは違うそうですが、はい。そう呼ばれております」

 彼女の補足に、イデアは首を傾げた。本当の魂ではなく、しかしそう誤認されるものが映る鏡。輝石の国の比較的新しい(といってももう何代もの付き合いになるが)取引先が手に入れたのだという。

 

「じゃあ何が……」

「守護霊、魔法の源泉、こころの形。そういったものが」

 滑らかな現代共通語で彼女は答える。これだって教育の一環だ。まだ咄嗟には冥府語が出るイデアに合わせて、彼女自身魔力言語の方が本来なのに。計算、現代共通語とその識字、魔力波形の筆記法(茨の谷式標準)、世界の地理と簡単な歴史。五百年前から度々この家(シュラウド)に雇われてきたという彼女に、イデアも沢山のことを教わった。本質的には神官(みこ)の家系であり、廷臣と言うよりは公務員に近いこの家に、曲がりなりにも名家と扱われるだけの教養を与えてきたのが、この冥精(ランパス)だった。

 

「心の、形……」

 興味があれば是非、という伝言がイデアの心に今更寄ってくる。見てみたいような、見たくもないような。自分の本質というものが、この燃える髪よりは少しでも綺麗なものだと、先の十二月に八つになったイデア・シュラウドはまだ信じていたかった。そうでなかった時の失望が、イデアは今から恐ろしい。

 

───***───

 

 壁の高いところに飾られた肖像画。頭上から広間を照らす釣燭台(シャンデリア)型の近代魔法具。金糸と宝石で飾られた古風な礼装。イデアはあまり、こういう場所が好きではない。イデアは煌びやかなパーティー会場よりも、自分の髪と同じ色の加護が照らす地下の国の方がよほど落ち着く。おまけに今日は父と自分だけで、弟もその母もいないときた。冥神の僕(シュラウド)としての衣装ではない、輝石の国風のフリルシャツがどうにも息苦しかった。

 

「オルトも来れればよかったのに……比較対象が居ないのに見てもなあ」

 胸元あたりまで伸びた髪を弄りながら所在なさげにするイデアを鏡の持ち主である主催者に預けて、父は会場へ戻っていった。炎でなくても結べないくらいのその髪を、羨ましく思う日がないではなかった。ひとと同じくらいの、魔法士としては飛び抜けたものではない、その魔力の量を。イデアや、あるいは体の弱いオルト・シュラウドのようには、自分の命の心配をしなくてもいいことを。

 

 お世辞にも愛想がいいとは言えないイデアのことを、それでもなんとかしてもてなそうと話しかけるのは、どうだろう、イデアが客人だからだろうか、イデアが富の主人の裔(シュラウド)だからだろうか。それとも、イデアが魔法工学界の新星(イデア・シュラウド)だからだろうか。そんな風に穿ってしか他人の言葉を受け取れない自分が、イデアは一番好きになれない。

 

 例の鏡は「ヴェリタスの魂鏡」と呼ばれるふるい魔道具で、元は輝石の国の南部(当時は輝石の国ではなかった)の王室の至宝だったとも言われるものだという。稼働のための魔力を溜め込んでいる様子もなく動いている理由も判明していない、それは真正の古代魔法具だ。闇の鏡や輝きの冠、あるいは熱砂の飛翔絨毯のような、本物。それが本当ならイデアのような子供においそれと見せていいものではないのでは、とも思ったけれど、正面からそう聞けるだけの勇気がイデアにはなかった。

 

 美しく磨かれた姿見が一つだけ置かれたそこは、がらんとしていた。決して広くはない部屋だったが、そこには魂鏡の他にはテーブル一つ、椅子一脚ない。謳われる効果ほどの魔力を感じないそれに、一周回って空恐ろしいものを感じながら近づいた。館の主人は、まだ八つの子供であるのなら目を奪われるのも仕方ないとして、そのことに何も言わなかった。

 

 初めは、イデアの小さな姿だけが映っていた。魂が見えると評判の魔法の鏡だけあって、背後の壁紙も天井とそこに据え付けられた照明も、魂持たぬ物はなにも映っていない。その代わり、あたりを漂いイデアの髪から冥界へ渡ろうとする死者の魂(まよいご)を映すこともしなかった。

 

 鏡まで、イデアの身長くらいの距離まで近づいた時だった。

 

「あ、」

 炎、が。鏡に映った虚像でさえあまりに圧倒的で支配的な青の炎。イデアの小さな身の丈はおろか、三メートルの天井さえ窮屈そうな巨大な青炎が、ゆるゆると収束して形を取る。

 

 このひとを知っている。このかみさまを、イデアは知っている。

 

「はです、さま」

 青く静かに燃える炎の髪。死人よりも青いひとならぬ肌とくちびる。黄金の色をした目。黒紫と濃灰の、イデアの故郷の衣装。死者の国の王。冥府たる方。悲嘆の王ハデス。

 迷い込んだ地下の先で出会った、この青い炎の大元。七大君主(グレートセブン)が一角にして、今なお現実として「在る」神威のひとつ。イデアの──シュラウドの魔法の源泉が、鏡の中(そこ)に立っていた。まるで、イデアが彼の王から逃れる術がないのだと教えるかのように。其処に立っていた。

 

 誓って言うが、イデア・シュラウドは死者の国の王を嫌っているわけではない。勤勉に冥界(ちか)現世(ちじょう)を行き来する魂を日夜管理する冥府の玉座も、平等に死した魂たちの傷を癒やす青炎の加護も、イデアは本当に尊敬している。この身に宿る死の呪いが、祖先(ハデス)の血によるものではあれど、彼の所為ではないことも理解している。あと五、六十年も生きた後であれば、喜んで冥界の官吏として働いただろう。

 ただ、その全てが、この胸の内の尊敬の心でさえ、なんだか信用できなくなってしまった。イデアの心の一番奥のところに、あの悲しみの大王が座しているのだとして、どうしてそれが糸杉の血の所以でないなどと言えるだろう。

 

 頑なにハデスの求婚を拒んでいた豊穣の娘(コレー)が、冥界の死者のための空気に蝕まれて最後にはそれを受け入れたことを、他ならぬ柘榴の子孫(シュラウド)は知っている。女神ステュクスの養子として冥府の妃となった目も眩む光の君(ペルセポネー)のことを。冥界とその王の強すぎる結び付きのことを、イデアたちは知っている。

 

「……オルトが来なくてよかった」

 無意識のうちに。安堵の息を吐いていた。シュラウドが皆そうなのか、それとも冥界へ幾度も迷い込むようなイデアだからそうなのか、確かめられないことに。自分一人だけしか見ていないから、答え合わせをせずに済んだことに。

 

 顔を上げれば、鏡の奥の王は変わらぬ表情でイデアのことを見ていた。真面目で、しかし時折力及ばぬことのある部下(タナトス)を見るあの目で、鏡の向こうの虚像(イデア)ではなく、この形あるもの(イデア)のことを。その金眼を見ていると、イデアは自分が死んでしまったような気さえした。鏡像の(ハデス)には何が見えているのだろう。不可避なるもの(アトロポス)さえ、運命の紡ぎ手たち(モイライ)さえ一度は味方に付けたかの神には、何が。

 イデアの、余人よりもずっと優れた脳の中身すら、見透かされているようだった。正真正銘の神格存在であれば当然だけれど(イデアだってあの数の魂の処理は無理だ。自動化しているとはいえハード部分は死者の国の王の脳に頼り切りとか正気とは思えない)。

 

 このままではいけない、と薄ら思う。

 

 何か大きなものに飲み込まれそうになっている。地下の深くの青炎か、でなければ鏡を抜けた先の世界に。どこか遠く、オーバーブロットの向こう側に。

 滅多に発動するものでもないのだとは思う。これはただの事故だ。「魂を映す」鏡、自分の「魂が見る形態(イデア)」という名前、魂鏡に映し出された神の似姿。そこまで揃ってしまったからこその、事故なのだろう。それでも、古代魔道具が易々使って良いものでないと、考えるべきだった。これの持ち主は魔法士ではないのだから、イデアは考えなしに応じるべきではなかった。魔力源がないのなら、使用者によって干渉強度が変わるのはむしろ当然の話だというのに。

 今更の警告と後悔が表面をつらつらと流れていく思考を、唇を噛んでリセット。青く燃える炎と金色の目とに呑まれそうになりながら、鏡のこちら側へ戻ってこられるような確かなものを探す。できれば、何か、地上の──そうだ、オルト。イデアよりもなお小さな、あの弟。

 

 彼にまだ死んでほしくないという思いだけは、きっと本物だ。オルト・シュラウドが病気とか魔力特性とか、そういうものに負けずに、この地上でイデアと一緒に過ごしてほしいという願いだけはきっと、イデアのものだ。それだけは金の瞳も炎の髪も関係のない、イデアだけのものだった。

 

 途端にすっきりとした思考に、先ほどまでの自分がどれだけ自由を失っていたのかを自覚して背筋が凍る。鏡から視線を逸らして、瞬きさえ忘れて乾いた目を癒やすために何度も瞼を上下させ、そして安堵の息を吐いてからようやく、呼吸が止まっていたことに気がついた。

 屋敷の主人に礼を言って部屋を出る時には、視界の端をよぎった鏡の中で遙かな祖先が、今度は苦笑しているような気がした。


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