昼休み。
何故か部室にやってくる由比ヶ浜さんとの食事を済ませ、じゃんけんに負けて飲み物を買いに出た。
売店に向かって歩いている途中、見慣れた猫背とアホ毛が見える。
「あら、比企谷くん」
顔を振り向けて私を見つめる。
「雪ノ下か」
「こんなところで何をするの?」
「普通ここでご飯を食べるんだ」
「教室には泊まる場所がないんだな。 かわいそうに」
「……否定はできないな」
ぶすっとした顔でぶすぶす言う彼。
部室ではない場所で対面したせいか、
このよう平凡な会話も新鮮な感じがする。
「それよりお前はどうしてここにいるんだ?」
「由比ヶ浜さんとじゃんけんをしたんだけど、負けてしまったから罰ゲームをやりに来たんだよ」
「俺と話すのが罰ゲームか……」
「あら、自覚はあるな」
「……何だ、まさか本当?」
「冗談だよ。ただ飲み物を買いに来ただけ」
落ち込んだ顔をする比企谷くん。
ちょっと悪ふざけが過ぎたのかな。
「由比ヶ浜さんに敗れる日が来るとは思わなかった」
「まあ、あらゆる分野で優秀な人はいないじゃないか」
私の顔の下をちらりと横目でちらっと見る比企谷くん。
ひどく不愉快な気持ちになるね。
「比企谷くん、何か卑猥なことを考えているような目だな。 目がとても腐っている。 色欲で染まったその目を摘出して洗浄したほうがいいんじゃないかしら」
「……そもそも色欲を感じるほどの大きさじゃないのに」
「比企谷くん?」
この男の胸ぐらをつかんで投げようとしたところ、練習していたテニス部員が汗をぬぐいながらこっちにやってきた。
「あ、比企谷くん。 今日もここでご飯食べてるんだ。 雪ノ下さんもこんにちは」
「おお、戸塚」
「こんにちは、戸塚くん」
戸塚彩加、2年F組。
テニス部の部長として覚えている。
比企谷くんが名前を覚えるのは意外だね。
私と由比ヶ浜さんはまだよくおぼえてないくせに。
同じクラスだからそれなりの交流があったのかな。
「比企谷くん、こないだの体育の時間に話したのは考えてみた?」
「……体育の時間?」
「戸塚くん。この男のつまらない記憶力では昨日のことも覚えていない」
「あはは……。テニス部に入部するのはどうか、聞いてみたんだけど」
「ああ、テニス部か。 俺がテニスが上手なわけでもないけど」
頭を上げて空を見上げ、私に視線を向ける。
「人も多くて元気あふれる運動部に入るのも気が引けるし。 何よりも奉仕部の怖い部長が許さないだろう」
「……誰が怖い部長だと言うの?」
「と、とにかく。 テニス部に入るのは不可能だ。 ごめん、戸塚」
「うん。大丈夫だよ、比企谷くん。 僕こそ無理なお願いをしてごめんね」
戸塚くんが首を横に振って言った時、
昼食時間の終わったことを知らせる鐘の音が響き渡った。
「……ところで、雪ノ下。お前飲み物は買わなくてもいいのか?」
あっ。
由比ヶ浜さん、怒ってるかな……。
* * *
「やっはろ!」
部室の戸ががらりと開き、由比ヶ浜さん独特のあいさつが聞こえてくる。
彼女の後についてくる憂いに沈んだ表情をした戸塚くん。
「あ、比企谷くん!」
青白かった肌に血色が戻り、明るい笑みが浮かぶ。
どうしてなのか、その笑顔に目を奪われた比企谷くんが少しムカつく。
「お、戸塚」
「比企谷くん、ここで何してるの?」
「いや、俺は部活中なんだけど…… お前こそ何してる?」
「今日は依頼人を連れてきたよ。 えへへっ」
由比ヶ浜さんが無駄に大きな胸を張って自慢げに言った。
「いや、何というか。 あたしも奉仕部の一員じゃない? だから少しは部活動の役に立ちたいと思いし。 サイちゃんの心配事がある様子だったので連れてきたの!」
「由比ヶ浜さん」
「ゆきのん、あたしに感謝する必要なんてないんだよ。 部員として当然すべきことをしただけし!」
「由比ヶ浜さん、あなたは奉仕部の部員じゃないのに……」
「違ったの!?」
「えっ、違うの?」
「そう。入部申請書も提出していないし、顧問の承認も得ていないから、部員じゃない」
「書くよ! 入部申込書なんかはいくらでも書くから! あたしも奉仕部に入る!」
ノートを取り出して入部申込書を作成する由比ヶ浜さん。
……ひらがなで書くんだね。
「それでは戸塚くん。 今日は何の用件で来たの?"
「あ、あの…… テニスが上手になるようにしてくれるんだよね?"
「由比ヶ浜さんがどんな風に説明したかは知らないが、奉仕部は万能解決師じゃない。 依頼人を助けて自立を促すだけ。 テニスがうまくなれるかどうかは君次第だよ」
「そうなんだ……」
無責任な発言で戸塚君を連れてきた由比ヶ浜さんをにらみつけたが、
「うん?でも ゆきのんとヒッキーなら何ができると思った!」と白白しい返事が返ってきた。
ええ, 私を試すような発言をするとは。
その挑発に乗ってやるよ、由比ヶ浜さん。
「いいよ、戸塚くん。 あなたの依頼を受け入れるよ。 あなたのテニス実力向上を助ければいいんだろう?」
「ああ、うん。僕がうまく打てば、みんな一緒にがんばってくれると思うから」
比企谷くんの後ろに隠れて答える戸塚くん。
……この頃、人が私を怖がるのは、気のせいだろう。
* * *
「あっ、サイちゃん大丈夫!?」
「うん、僕は大丈夫だ。 続けてくれ、雪ノ下さん」
「もっとやるの?」
「うん……。 みんなが助けてくれているんだから、もう少しがんばってみたい」
諦めずに続ける戸塚くん。
情熱的なのもいいが、足の傷を放置することはできない。
「……そう?じゃあ由比ヶ浜さん、あとはあなたに任せるよ」
救急箱を取りに校舎の方に歩いていく。
先ほど戸塚くんが見せた行動のように、私はくじけずに目標に向かって進むことができるだろうかしら。
自分の理想の実現に努める。
この簡単な命題を理解する人は別にないだろうし、それに向かって進む人は殆どないだろう。
雪ノ下雪乃はそんな人になれるだろうか。
原点に戻った質問のように、私の足取りもいつの間にかテニスコートに着いた。
人だかりがしているが、何か起こったのだろうかしら。
「ゆきのん~!」
「由比ヶ浜さん、どうしたの?」
「うん、説明は後で。 まず服から着替えよう」
「ち、ちょっと。由比ヶ浜さん?」
* * *
由比ヶ浜さんの口車に乗せられ、比企谷くんとテニスをすることになった。
この男と同じチームになることは非常に気に入らないが、それ以外に方法がなかった。
そもそも葉山くん一行と試合をする理由がわからない。
スコアは私たちが2点リード。
あと一点取ったら私たちの勝利だ。
でも……。
「……私、体力だけは唯一自信がないよ」
「おい、お前、そんな話が全部聞こえるように……」
「全部聞こえたよ。あーしを相手にかなりよく耐えたけど、もう全部終わりだね」
「さあ、両方ともよく戦ったじゃないか。 訳もなく、あまりにも怒ることもなく、楽しく遊んだとして引き分けにするのはどう?」
「ちょっと静かにしてくれないかしら」
顔を背けて、彼を見つめる。
「この男が試合を締めくくるから、おとなしく負けなさい」
「……はい?」
「知ってる? 私は暴言や失言はしても、虚言だけはしたことがないの」
「いや、雪ノ下……」
「比企谷くん」
いつ頃なら、
あなたの瞳に私の姿が映るかな。
「期待しているよ」
「……がっかりするかもしれない」
愚痴をこぼしながらも何か考えたことがあるらしく、
サーブの準備をする比企谷くん。
「そうしないように、努力してみるけどな」
* * *
「試合には勝って勝負には負けたと評価すべきかしら」
「そうだな、試合でも勝って勝負でも勝ったと思うんだけど」
「あら、勝ったのに空気扱いされる空気谷くんはそう思うんだな」
「変な別名を作らないで。 そもそも、戸塚の依頼が何だったか考えてみて」
「戸塚くんのテニスの腕向上じゃないの?」
「その依頼をした意図は何だったのだろうか。 テニス部の活性化と部員の士気増進だろう」
「なるほど。 その言葉には同意するよ」
「要するにテニス部の活性化を手伝ってくれれば、戸塚がした依頼の本質的な目標を達成するんだよ。 それでそのあーしさんが割り込むまで、テニスの練習を続けたんだよ」
「あーしさんなんて三浦さんのことなんだのかしら……。それより、葉山くん一行が割り込むと知っていたの?」
「そうだ。 むしろそれが目的だったし。 俺はあーしさんの性格なら、割り込んでテニスをしようと思っただろうし、そしたら隣についてくるイケマンも一緒にテニスをするから、やじうまが集まってくるだろう。 そうなると、大衆の関心が高くても少なくてもテニス部に向かうことになるから。 最後に、そのイケマンが漫画の主人公のようにかっこいい姿も見せてくれたから、最高だよ。 こうして、依頼完了だ」
「いや、ちょっと待って。比企谷くん。 じゃ、あなたは……。 いや、三浦さんが割り込むと予測した根拠は何?」
予想しなかった返事を聞いたせいか、考えが止まったと感じた。
実際に、彼を治療中の私の手は止まった。
「この前、お前もF組で会っただろう。 あーしさんはすごく独善的な性格なんだ。 それに比べると由比ヶ浜は天使だよ。 でもそんなあーしさんを泣かせたお前は……」
「そんな姿をあなたにも見せる前にその辺にしなさい。 あーし……三浦さんがテニス好きってことは由比ヶ浜さんから聞いたの?」
「そう。そういう情報を集めて計画を立てたんだよ。 サッカー部の活動がない昼休みを練習時間に選んだのもそうだし」
「……あなたは、ときどきすごいね。 ときどき」
「今更のように。俺はいつもすごいって。 もう少し褒めてくれ」
「そんなに威張らなかったら、もっと褒めてくれたのに。 できた」
「あっ! 痛い!」
包帯を巻いた彼の膝を軽くたたいて席から立ち上がろうとしたが、
不意に、違和感が感じた。
「雪ノ下?」
「……静かに」
彼の脚を注意深く観察する。
おかしいと感じる部分はない。
しかし、逆説的にもおかしいと感じる。
違和感の正体はー
「雪ノ下、どうかしたの?」
「……なんでもない。 ただ傷を確認しただけだという」
比企谷八幡は昨年春に事故にあった。
なのに、
彼の脚には、なぜ傷跡がないのだろう。
更新がいつもより遅れました。
テニスの試合前に出た雪ノ下の独白部分があまりにも暗い雰囲気だったので、その部分を修正するのに時間がかかりました。
今度は更新を急ぐように努力します。
いつも読んでくださる読者の皆様、ありがとうございます。
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