やはり、比企谷八幡は阿呆らしい。   作:ホエエン

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4. やはり、葉山隼人はみんなと仲良くなりたがっている。



誰もいない部室に一人で座り、いつもと変わらない姿勢で本を読む。

 

しかし、本棚はなかなか通らず、同じ文章を3度ほど繰り返して読む羽目になってようやく、本を閉じた。

 

 

比企谷八幡の傷跡を発見できなかったことが、私が考えていた仮説を覆し、一から考え直すことを求める。

 

 

 

「どうしたんだろう……」

 

 

 

第一の仮説、彼は事故に遭わなかった。

 

第二の仮説、彼は事故にあったが、傷跡は残っていない。

 

第三の仮説、彼が事故にあったのも事実で、その傷跡もあるが、足にけがをしたわけではないので、私が発見できなかった。

 

 

 

入学式の日に車にはねられた人が、比企谷くんかどうかはよく覚えていない。

 

私の見た姿は車道に走ってくるその横顔と事故直後の後ろ姿だけだったから。

 

だが実家で伝え聞いた被害者の名前が比企谷八幡であったことから、そのことを考えると第一の仮説は否定される。

 

 

 

「……じゃ傷跡は?」

 

 

 

彼が入院していた期間は3週間。

 

傷跡が残らないほどの負傷なら、それほど長く入院することはなかっただろう。

 

したがって、第二の仮説も否定される。

 

 

 

「じゃ、傷跡があるなら、ほかのところにあるんだな」

 

 

 

彼が負傷した場所がどこなのか、どのくらい良くなったのかは聞いていないが、

 

私が確認したところは彼の右膝からその下なので、

 

その上の太ももか、左足か、上半身かもしれない。

 

 

 

「……いったい何を隠しているんだ、比企谷くん」

 

「……何が」

 

「ひゃっ!?」

 

 

 

いつの間にか、いつもの席にカバンを置く比企谷くん。

 

心臓が落ちるところだった。

 

 

 

「ひ、 比企谷くん。 今日は来ないと思ったのに」

 

「いや、俺も本当は休もうかと思ったんだけど、やることもあるからついで」

 

 

 

かばんから原稿用紙を取り出して広げる。

 

……今の私の独り言は別に追及しないな。

 

それでも少し恥ずかしい。

 

 

 

「……あなたは部活動を何だと思っているの?」

 

「お前もしょっちゅう本ばかり読んでいるじゃないか? 今日はちょっと違うみたいだけど」

 

「今日は違うってどういうこと? 私は常常どおり本を読んでいたんだもの あなたは何か聞き間違えたんじゃないの? 目だけ腐ったのではなく、耳も腐ってしまったことを自慢するほどではないと思うよ」

 

「あ、うん。そうか。そういえば由比ヶ浜は来ないのかな?」

 

「今日は三浦さんのグループと遊びに行くと聞いたよ」

 

「ホオ……」

 

 

 

比企谷くんは答えなのか感嘆詞なのかわからない声を出してから原稿用紙を埋めていく。

 

人が言ったなら傾聴しなければならないという基本的な事実も知らないのかしら、あの男は。

 

 

 

「それはそうと、いったい何を書いているの?」

 

「そりゃそれ。 高校生活…… 何とかかんとか」

 

「……その作文の提出期限はずいぶん前だったと思うんだけど」

 

「いや、俺はちゃんと書いて提出したと思うけど、実は提出どころか書いてもいないんだ。 夢か?」

 

「あなたはどこまで阿呆なの……」

 

 

 

比企谷八幡は阿呆だ。

 

それも、純粋無添加のアホ。

 

 

 

「入る」

 

 

 

がらりと門が開く。

 

ノックなしで入ってくる人はやはり平塚先生だ。

 

大丈夫、もう諦めたんだもの。

 

 

 

「……はぁ」

 

「平塚先生、入られる時はノックして下さい」

 

「あれ? それは雪ノ下のせりふじゃなかったか?」

 

「何のご用ですか、平塚先生?」

 

「うーん、君たちがうまくやっているかどうか見ようと一度立ち寄った」

 

「ああ、それですか。 今までの依頼は雪ノ下が全部しました。 由比ヶ浜のクッキーもそうだし、材木座の小説や、戸塚のテニスまで。 本当にすごいという思いしかしませんから。 もう私がいなくても一人でうまくできますよね。 その間楽しかった、雪ノ下」

 

「お座りなさい」

 

「はい」

 

「はぁ……。本当に残念ながら、この男が奉仕部に大きな貢献をしたということは否定できません。 由比ヶ浜さんの依頼で問題点を察知して別のやり方で解消したのも、ザイツくんの小説で一番のダメージを与えたのも、戸塚くんの真意を察知してテニス部の活性化を誘導したのも、いずれも比企谷くんですから」

 

「雪ノ下? 真ん中に何か変なものが挟まってるみたいだけど?」

 

「私も彼からたくさんのことを学んでいます。 真実は残酷な法ですね」

 

「おい」

 

 

 

比企谷くんが不満を言い続けるが、これでも彼を頼りにしていることを知ってもらいたい。

 

 

 

「悩みというものは、いつも本心のそばに隠されているものだ。 依頼者の相談内容が必ずしもその真の悩みと一致する方法はないという意味だ。 成長したな、雪ノ下」

 

 

 

平塚先生が温かい笑顔を見せる。

 

 

 

「こんな時は本当に教育者という感じがしますね」

 

「……私は現職教師だ、比企谷」

 

「そうですか。私はアラサーの格闘技……」

 

 

 

彼の言葉はそれ以上続かなかった。

 

先生の拳が彼の腹部に引きこもって気絶したからだ。

 

 

 

「……ふう。毎度飽きもしないでからかうんだな」

 

「生徒に暴力を使う教師は望ましくないと思います」

 

「比企谷を心配するのを見ると、お互い仲良くなったみたいだね」

 

「……失言でした。 撤回します」

 

「恥ずかしがることはない。 君たちが親しく過ごしているのを見ると私も嬉しいね」

 

「平塚先生」

 

「うん?」

 

「あの男と友達になるなんて、そんなことありえません」

 

 

 

床に死んだように倒れている彼を見ながら首を振る。

 

うん、絶対にありえない。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「ああっ! こんなところにあったんだ!」

 

 

 

時間が経っても部室に来ない比企谷くんを探しに歩き回った末、職員室で平塚先生に捕まっている彼を見つけた。

 

 

ほんの一瞬、彼と目が合った。

 

ええ、彼女の名前を忘れたみたいだね。

 

 

 

「お、由比ヶ浜。 すみませんが、しばらく比企谷を借りている」

 

「ベ、別にあたしのものもないんですよ!? 思いっきり使ってください!」

 

「ああ、由比ヶ浜と雪ノ下。 どうして来たの?」

 

「いくら待っても君が部室に現れないから取りに来たんだ。 由比ヶ浜さんは」

 

「えっ? でも『比企谷くんは目だけでなく脳も腐ってしまったのかしら。 部長として部員を拾いに行かなければならない」と言ったのはゆきのんなんだよ」

 

「由比ヶ浜さん。 そんな悪意的なデマを飛ばすのはやめてしまわないか。 他人を根拠もなく誹謗するのは非常に悪いことよ」

 

「おお。優しい部長だな。 感動だよ、ゆきのん!」

 

「うわぁ、ヒッキーキモい……」

 

「比企谷くん。 その口を縫ってあげたほうがいいかしら? 裁縫はうまい方だから安心して任せてもいいよ」

 

「すみません」

 

「とにかくヒッキーの行方を探して回ってたんだけど、みんな『比企谷? それ誰?』と聞き返し! 探すために死ぬかと思った!」

 

「あ、そうか。すまなくなった」

 

「あ、いや、謝るまでもないが……。それが、だから……」

 

 

 

両手を合わせて指を組んだ由比ヶ浜さんが指をもぞもぞ動かす。

 

 

 

「メールアドレス教えてくれる? か、考えてみろ! 毎回面倒くさそうに探しに行くのも変だし、恥ずかしいし……。どんな関係かって聞いてくるなんて、とんでもない」

 

「いやだ」

 

「ほえ?」

 

 

 

断られるのが予想外だったのか、由比ヶ浜さんがかわいい声を出した。

 

 

 

「いや、俺は携帯も持ってない。 連絡先を保存する人もいないから」

 

「……あなたのズボンのポケットにあるあれは何かしら?」

 

「これはゲーム機兼カメラ。 そしてアラーム時計?」

 

「それが携帯じゃん! ヒッキー気持ち悪い」

 

「いや、実際にそういう機能しかないって? カマクラの写真を撮ったりするくらいだから」

 

「比企谷くん、カマクラって猫なの?」

 

「ああ, うん。 そうだろう」

 

「メールアドレスを交換しようか、比企谷くん」

 

「え、いや……」

 

「比企谷くん?」

 

 

 

満面に笑みを浮かべながら再度尋ねると、口を閉じて携帯電話を渡す彼。

 

私が連絡先を入力すると由比ヶ浜さんもすごいスピードでキーボードを打つ。

 

続いて平塚先生まで…… 教師としての同情心だろう?

 

 

 

「家族以外の人の連絡先をもらったのは初めてだね」

 

「そう?」

 

「えっ、本当? ゆきのんうらやましいな」

 

「全然羨ましがる必要ないんだよ、由比ヶ浜さん。 あの男の欲望で塗られた目つきを見ると、全身に鳥肌が立つよ」

 

「あのう、そう言うなら連絡先は削除しても……」

 

「閣下よ」

 

 

 

カマクラくんの写真を得るためだよ。

 

 

 

「あっ」

 

 

 

ケータイを見る由比ヶ浜さんの表情が暗くなる。

 

 

 

「どうしたの、由比ヶ浜さん?」

 

「うん。ちょっと嫌なメールが来て……」

 

「比企谷くん、連絡先追加と同時に変なメールを送ったんだな。 警察に届けるよ。 短い時間だったけど楽しかったよ」

 

「いや、俺は何もしていないんだ。 楽しかったと言ってくれてありがたいけど」

 

「……形式的なお世辞も本気で受け止めているのかい? 本当に気持ち悪い」

 

「はい、はい。全部私のせいです」

 

 

 

彼との会話を見守っていた平塚先生が咳払いをした。

 

 

 

「もういい、比企谷。 おかげで手間が省けたな。 もう行くのは止めろ」

 

「はい、では部活に行ってみます」

 

「ああ、比企谷。 話し忘れたところ、今度の職場見学は3人1組で実施する予定だ。 ほしい人と組むようにするから、そう分かるように」

 

「……これは災難だ。 俺のクラスのやつらを家に入れるなんて、考えただけでもぞっとする」

 

「自宅を見学場所にする気か、君は……」

 

「比企谷くんなら「望む人と組め」という部分に拒否感を示すと思ったけど」

 

「いまさら孤独なんかで苦しむわけないじゃないか。 慣れてるから!」

 

「比企谷……」

 

「ヒッキー……」

 

「そんな風に格好つけながら言うセリフではないと思うんだけど……」

 

「あのう、そんなに気の毒そうな目つきで見ないでください……」

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「こんな時間に来てごめん。ちょっとお願いしたいことがあって」

 

 

 

ザイツくんのささいな依頼が終わり、部活動を終わらせようと思った頃、葉山くんが訪ねてきた。

 

何の依頼かは分からないが、この男が来たという事実はあまり嬉しくない。

 

 

 

「偉そうなふりはよせ、何か用事があってここに来たのだろう? 葉山くん」

 

「ああ、そう。 ここが奉仕部だよね? 平塚先生から悩み相談をするならこっちへ行けと言われてきたんだけど……」

 

 

 

遅い時間に訪れたことを謝る葉山くんと、そのリンゴを受け取ってくれる由比ヶ浜さん。

 

彼女は他人に合わせる性格に変わりはないようだ。

 

 

 

「ヒキタニも奉仕部だったな。 ごめんね、サッカー部の練習で」

 

「それより、何か用事があって来たんじゃないの?」

 

 

 

名前を間違って呼ばれたせいか、普段とは違って話し方がつっけんどんだ。

 

 

 

「ああ、それがね」

 

 

 

葉山くんが取り出した携帯を見るために顔を近づけると、比企谷くんがびっくりしてそっと遠ざかった。

 

恥ずかしがっているのかしら。

 

普段からそういう姿を見せてくれたらいいのに。

 

 

 

「あっ」

 

 

 

由比ヶ浜さんが低くうめき声をあげ、自分の携帯を操作して同じ内容のメールを見せる。

 

 

 

『戸部は不良サークルのメンバーでゲームセンターから西高校生たちをピンはねした』

 

『大和は三股の最悪の人間末種』

 

『大岡は練習試合で相手チームのエースを負傷させようとダーティープレーをした』

 

 

 

「ああ、これは……」

 

「きのう話したの? うちのクラスに出回る文字……」

 

「チェーンメールだね」

 

「ま、俺はもらってないんだけどね」

 

「アハハ…… そういうこともあるよ! 元気出して!」

 

「それより、この三人は誰? うちのクラス?」

 

「やっぱヒッキーっていうか…… 覚えてないんだ。 隼人と一緒に遊ぶグループの男の子たち3人だよ!」

 

「ああ、そのエキストラ1、2、3か」

 

「表現がひどいが、ヒキタニ」

 

「……要するに、事態の収拾を図ればいいのかしら」

 

「うん、それをお願いしようと思って」

 

「じゃあ犯人を探すしかないね」

 

「うん、よろしくね…… えっ!? ねえ、何でそんな結論が出たんだ?」

 

「チェーンメールは人間の尊厳性を踏みにじる最悪の行為だよ。 根絶するにはその根を……」

 

「ちょっと待って、雪ノ下」

 

 

 

目をつぶって何かを考えていた比企谷くんが、私の言葉をさえぎった。

 

 

 

「別に犯人を捜す必要はないと思う」

 

「……それはどういう意味だろうかしら?」

 

「葉山、チェーンメールを送らないようにすればいいんだよね?」

 

「あ、うん。犯人を探さずに解決してくれるの?」

 

「今度の職場見学のための組を組むとき、その3人を組ませればいい。 お前は適当に別の組に抜けて」

 

「そのようにすれば解決できるのかしら」

 

「あっ、そうか……」

 

 

 

何か気づいたように、由比ヶ浜さんが頷く。

 

 

 

「その、職場見学は三人一組だから、四人で似合う隼人グループは一人残るじゃないか。 だから……」

 

「一人に残されないために、チェーンメールを広めて一人を落伍させようとしたんだね。 理解した」

 

「ということは…… その三人の中に犯人がいるってこと?」

 

「まあ、そうなるだろう」

 

「それは、認められない……。彼らがそうするとは思えない」

 

「葉山、お前がいない時のあいつらを見たことがあるかい?」

 

「……いや、そんなことはないんだけど。 それが何の関係があるの?」

 

「まあ、俺も見たことないんだけど。 由比ヶ浜が今話したじゃない? 葉山のグループだって。 その3人はお互いに親しくない。 葉山隼人の友人という貧弱な関係性で結ばれた状態だろう。 だったらチェーンメールを送ったのも理解できるかな」

 

「それでは、俺はどうすれば……」

 

「言ったじゃないか。お前を除いた3人で組を組ませろって。 これを機にお互いに親しくなる機会にもなるんじゃない? そして、そもそも……」

 

「……そもそも?」

 

「葉山が職場を見学する場所を選べば、子供たちはたいていそこについて行くから、組はあまり意味がないだろう」

 

「はは、それは否定できないね」

 

 

 

悩みが解決したかのように、爽やかな顔で席を立つ葉山くん。

 

 

 

「相談を聞くや否や解決してくれるとは。 やっぱりお前はすごい、比企谷」

 

「お、名前ちゃんと知ってるね」

 

「雪ノ下と結衣、ありがとう。 本当に多くの助けになった」

 

「うん。あたしはあまり役に立たなかったようだが…… 解決できてよかった!」

 

「犯人を明かさないなんて気に入らないんだけど……。それで納得すれば大丈夫だろう」

 

「じゃね、みんなまた明日」

 

 

 

葉山くんが部室を離れると、比企谷くんも席を立つ。

 

 

 

「じゃあ、依頼も解決したんだね。家に帰ろうか」

 

「うん、今日はこの辺で終わりにしよう。 みんな、お疲れ様」

 

 

 

荷物の整理中に由比ヶ浜さんが喋る。

 

 

 

「でもヒッキーすごい! 言葉もきちんと上手だし! 何か探偵みたい! ヒッキー意外と賢かったんだね!」

 

「意外に利口だなんて、それは何だ。 俺は普通に賢い」

 

「普通に賢いとはどういうことかしら……」

 

 

 

彼の間抜けな言葉を聞くと久しぶりに頭が痛くなる。

 

額に手をついてため息をつくとき、由比ヶ浜さんの言葉が耳に入る。

 

 

 

「なんだかヒッキー、別の人みたい!」

 

 

 

異常に悪い記憶力。

 

 

存在をみとめられない傷跡。

 

 

別の人。

 

 

 

「俺は先に行くよ」

 

「あ、ヒッキー。 あしたね! あたしたちも行こう、ゆきのん!」

 

「……あ、うん。 またあした。 比企谷くん」

 

 

 

もしかすると、比企谷くんは……。

 

 

双子?

 

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