「パッッ! でたぁぁ~」
「あの、何さ、それ?」
翌日、俺は決意を固め、切嗣にこう切り出した。
―ねぇ親父、頼むよ! 俺に魔術を教えてくれ!―
―ヨシッッ! いいよぉ。よく見てるんだぁ―
ぽんと叩かれた両の手から飛び出したのは、数羽のハト。なんでこんなマジシャン紛いなことになっているか……まぁそんな具合で、切嗣の手から飛び出したハトは縦横無尽に居間を飛び回っていた。
というか、その決め言葉は、なんでさ。
「魔術を教えてって士郎が言うから」
ニコッと意地悪な笑顔を浮かべながら、切嗣は俺をからかう。何だかひどく不快な気分だ。
「違う! そんな誰でも出来るようなやつじゃない!」
俺はお膳をドンと叩きつけ、切嗣の顔をジッと見つめた。
そう、この人には生半可なことを言っても通用しないことは分かっていた。だから此処は頑固に、絶対に譲らない気持ちを持って、切嗣に対することが必要だったんだ。
「俺が教わりたいのはそんな手品じゃない! ちゃんとした、魔術師が使う魔術だ!!」
「――士郎。前にも言ったけど、僕は正義の味方じゃない。いや、正義の味方の成りそこないさ。だからそんな僕が教えたって……君はみんなを救えるヒーローにはなれないんだよ?」
すごく冷たい、でもどこか悲しさを孕んだ響きがゆっくりと俺に届いてくる。
何故だろう、それが俺にはとても優しい響きに聞こえたんだ。
だから俺は言わないといけない、そうじゃないんだって。
「違う! みんなを救いたいって……そうとだけしか思っていないわけじゃない!」
上手く言える自信はなかった。ただこれを言わなきゃ俺は此処から先に進めない、そう思ったんだ。
「そりゃみんなを救えるヒーローになりたいよ。でも、そうじゃなくてさ、大事な人を守れる。そんな正義の味方になりたいんだ! だから力が欲しいんだよ!」
そう、知っていたんだ、力がなければ出来ないことがある。俺が欲しかったのは大事な誰かを守る力だ。そのためならどんな痛みって厭わない。
覚悟は出来ていた。
俺が必死に言葉を綴っている間、切嗣は真剣な表情で俺の目を見つめていた。まるでその言葉に偽りがないかどうかを試すように。
「だから、だからっっ!! 痛くても、辛くても最初から諦めたくなんかないよ」
「うん、いいよ」
さらりと風がなびく様にその一言は返ってきた。
「――えっ?」
「うん、いいよ。教えてあげよう、僕の知る世界の神秘を」
満面の笑みを浮かべ、切嗣は俺の手をとる。
その笑顔はどこか、かつて俺を救ってくれたときのあの笑顔に似ていて。
俺は知らず、涙を流していたのだ。
目的に一歩近付いて安堵したのだろうか。それとも握った親父の手が暖かかったからなのか、なぜかは分からない。
ただ、その笑顔を見ることが出来ただけで、俺は幸せだった。