終わりの続きに   作:桃kan

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模索

 

「何の手がかりもなく、見つかるかって!」

 自分の考えのなさを嘆きながら、俺は一人見知らぬ街を彷徨っていた。

 

理由は簡単だ。関わろうと決めた魔術師がいる場所の手がかりがどこにもないということだった。

ただ『アオザキトウコ』という名前を思い出し、これを手がかりにどうにかこの街、観布子という土地にやってきていた。俺の記憶にあるその名の人物が、最後に魔術師の間で“居るのでは”と囁かれた場所だったからである。

 

 ここに来るまでにも色々と難関があった。

一番の難関は藤ねぇの説得。幼い俺を一人で遠いところに行かせるわけにはいかないと言い出したのだ。そこのところは雷河じいさんが説得してくれてどうにかなったが、その雷河じいさんにも納得してもらうのにもかなりの時間を要した。

 まぁ色々とあってどうにか俺は一人で観布子市まで来ることが出来たのだが、これから先、名前以外の手がかりがない状態で人を、しかも魔術師を探すことはあまりにも困難だった。

自分にとっては、故郷と離れたあまりに遠い場所。知り合いもいなければ土地勘ない。俺は早速自分の思いつきを後悔することになった。

 

「でも、ここがアオザキの手がかりがある気がするんだ……」

 一人途方にくれながらもその確信はあった。もちろんアオザキが管理しているという霊地にいることも考えはしたが、それでもこの観布子という街に手がかりがある様な気がして仕方がなかったのだ。

 

 

 しかし俺のそんな思いもよそに、時間は刻一刻と過ぎていった。次第にあたりは黒の濃度を増し、駅前でさえドンドン人が疎らになり始める時間に差し掛かっていた。

一人ポツンとこの時間帯にはふさわしくない年齢の少年、俺がその場にベンチに座り込んでいることがあまりに異質であっただろう。

そしてそんな時間帯だ、言わずもがなおかしな考えを持った人種は多くいる。

 

 

「あれぇ!?どうしたの~ぼくぅ? ママとはぐれたのかなぁ?」

「お兄さんたちが探してあげよぅかぁ?」

 大げさな抑揚のついた声が俺に降りかかる。俺に声をかけてきたのは大柄な二人組。明らかに親切心から声をかけているのではない。表情から読み取れるのはハッキリとした悪意だ。

 

「いえ、もう帰りますから」

俺は荷物をまとめていたバッグを担いでその場から立ち去ろうとするが、俺の行く道を阻まんと二人は道を塞ぐ。あまりの伸長差に俺はどうすることも出来ない。

それにもいらついたが、何よりこんな街中で不良に子供が絡まれているにも関わらず、見て見ぬふりをする歩行者たちに俺は憤りを覚えていた。

 

「さぁさぁ、行こうぜぇ!?」

 男の一人が俺の担いでいるバックを掴んで、路地裏に引っぱりこもうとする。

無論、こんな街中では魔術は使えない……子供の俺では敵いっこない。とにかくどうにかして逃げようと思った時だった。その声が聞こえてきたのは。

 

 

「えぇ、そうです。駅前のベンチで。小さな男の子が絡まれていて……すぐ来てくれます? ……あ、ありがとうございます」

 

 

 人ごみから聞こえてきたのは男性の声、会話の内容から通報しているのだろうと思ったのだろう。男たちは顔を青くして、早々に俺の傍から離れていった。

 

一瞬静寂に包まれた駅前の一角、しかし数秒後には何事もなかったかのように人々が再び喧騒を取り戻していた。

俺もあまりにあっけない幕切れだっただけに少し放心していたが、その喧騒の中から男性が声をかけてきたことによってようやく正気を取り戻していた。

 

「君、大丈夫だったかい?」

「あ、ありがとうございます……」

その男性は、子供のような笑顔を見せながら続けてこう呟いた。

 

「今時あんな小芝居に引っかかる人もいるんだね、ちょっと面白かったよ」

 あの時助けてくれた声の主…この男性はそう言いながら俺に差し出したのは自身の掌。それから伝わってくるのはあまりにありふれた、『誰しもが持っている親愛』の心だ。

 

「なんか困ってるみたいだったからほっとけなかったんだ。さぁ、ここも危ないしお店にでも入ろうか?」

 

 その男性は俺の手を引いて歩き始めた。

これが俺のもう一つの変化の始まりだったとは、この時考えもしていなかった。

 

「衛宮……士郎くんか。冬木ってすごく遠くから来たんだね?」

 

 俺は男性に導かれるままに、彼の行きつけだというお店にやってきていた。落ち着いた雰囲気を感じる店内からは、大勢の人が楽しく会話をしている音が聞こえてくる。

思えば、切嗣が亡くなってからはこんな雰囲気とは少し離れたところにいたような気がする。だからだろうか、男性の優しさが凄く嬉しく感じたのは。

 

「はい、ちょっと会いたい人がいて……」

 男性の言葉に答えながら、店員から出されたコーヒーを口にする。その仕草に男性は微笑みながら、君って子どもっぽくないよねなどと呟いてくる。

 

「ん~出来れば手伝ってあげたいんだけどなぁ……さすがに会ったばかりの人間を信用することは出来ないよね?」

 ずばりと核心をついた一言が俺に投げかけられる。当たり前だ、ただでさえ探している人物は魔術師。それを一般人に頼ってどうにかなるわけがない。それにこの人にも迷惑がかかるのは目に見えている。

 

「あ、いえ、そうゆうわけではなくて」

「――っと、そういえば名乗ってなかったよね」

 そう呟きながら男性は懐から名刺を取り出して、俺に差し出してきた。

 

「えっと、クロ……キリさん?」

「うぅん。コクトウ、コクトウミキヤって読むんだ。まぁ『仕事』で使ってる名前…なのかな。まぁ幹也って呼んでくれればいいから」

 幹也さんは恥ずかしそうに笑う。俺にはその理由が分からなくてとりあえず相槌を打ちことしか出来なかったが、何故かこの人は信用できる人なんだということはハッキリと思った。

 

 

 それから少しの間、幹也さんとの会話を俺は心の底から楽しんでいた。最初に思った懐かしい感覚も、今なら何とか説明することが出来る気がする。

幹也さんの纏っていた空気感が『普通』で安心する……どこか羨ましさすら感じられた。

 

 

「――だからさ、君みたいに危なっかしい子はほっとけなくてさ。僕の…まぁ奥さんもそんな感じの人なんだけど」

苦笑いをしながらそう呟く彼の顔から感じたのは、その“奥さん”に対する慈愛だった。その表情を見た時やはりこの人は最初に思った通りの、信用に足る人物なんだろうとハッキリ意識することが出来た。

 

この人ならば頼ってもいいのではないか、そんな気持ちが頭を過る。

しかしその考えにNOを突き付けながらも、幹也さんの言葉に甘えてしまおうと考えている自分がいた。

 

「だからって訳ではないけど、僕にも協力させてくれないかな? こう見えてもモノ探しは得意なんだよ」

「いや、本当に会ったばかりの人に頼るわけには……」

 俺がどうにも断り切れず言葉を濁していると、店の入り口のチャイムが短く鳴り響き、新たな来店を告げていた。

その音の方に目をやった時、ハッキリ幹也さんの顔が引き攣っていくのが分かった。会ってはいけない人物に会った時のようなそんな雰囲気を醸し出している。

 

 俺の座る位置からは確認できないが、その足音は迷うことなく俺たちの座るテーブルへとまっすぐ歩を進めていた。そして悠然たる響きが投げかけられる。

 

 

 

「何してんだ、幹也。今日は早く帰るっ……お前、一体“何”だ?」

 

俺が出会うはずがなかった、ある美しき死に神との出会いだった。

必死に、必死に俺の理性が、いや俺の総てが訴えをやめない。

 

「もう一度聞く。お前は一体“何”だ?」

女性は黒絹の髪ゆっくりとかき上げながら、凛とした響きを再び投げかける。それからはハッキリとした俺に対する警戒心を感じ取ることが出来る。いや寧ろこれは警戒心などではなく殺意だ。

 

「お、俺は……」

 幹也さんの名を呼んだその女性の瞳に射抜かれ身動きが取れない。頭では冷静に状況を判断している。なのにこの殺気に身体が慣れていないからだろうか、言うことを聞かない。

 

「俺は衛宮……衛宮士郎です」

その眼光から、その立ち居振る舞いからハッキリと分かる。この女性は幹也さんの知り合いのようだが、この人は幹也さんのような『普通』の人ではない。寧ろ俺の側、非日常に身を置く人間。それがこの女性なのだろう。

 

「ごめんね式。ちょっと色々あってさ」

 幹也さんは素直に謝罪を口にしながら、式と呼んだその女性を自身の隣に手招きする。彼女もその誘いに素直に応じながら流れるような動きで俺の目の前に腰 かけた。言わずもがな、未だに俺への警戒を解いたわけではない。その瞳は変わらず俺を見据えたまま、冷えた視線を俺に向け続けている。

 

「じゃぁ紹介するね、この人は両儀式。僕の奥さん……でいいよね?」

「なんでオレに聞くんだ? お前がそう思ってるならそれでいいだろ」

 

 

「え? ……すいません、もう一回いいですか?」

 

「うん、この人は式。僕の奥さんなんだよ」

 

 正直に言おう、信じられない。このあまりに特異な人が、目の前のこんなにも『普通』な人の伴侶だとは。誰に言ってもそう簡単には分かる人はいないだろう。

それだけこの人たちが夫婦だということが信じられないのだ。しかしどうだろう。先ほどまで俺に殺気を向けていたはずの瞳はすっかり優しい色を滲ませて幹也さんを見つめている。それは幹也さんからも同じで、二人には強い結びつきがあると容易に感じ取ることが出来た。

 

 と、思っていたのだが……。

 

「――でね、士郎くんに協力してあげようって――」

「――またお前はお節介を……そんなだから!」

 

式さんがテーブルに着いてからというもの、幹也さんと二人で会話を始めてしまって俺は完全に置いてけぼりをくらう破目になっていた。

というよりも完全にいないものとして扱われているような、全く眼中に入っていないような……とにかく二人の会話を俺は黙って聴き続けることにした。

 

 

「――おい、衛宮!」

「は、はい!」

 不意に式さんから声をかけられる。その声はどこか荒々しく、表情からは無理やり説得されて少し不愉快だと言わんばかりのオーラが満ち満ちている。俺の方はというと、目の前のコーヒーを何度口に運んだかも分からないほどに待たされて正直疲れ切っていた。

 

「お前にまず一つ、言っておかないといけないことがある」

「――な、なんでしょう?」

 その響きから理解出来るのは否定を許さない確固たる意志。寧ろ俺の意見など端から聞く気もないのだろう。そしてギロリと俺に視線を向け、ゆっくりとしっかり刻みこむようにこう呟いた。

 

 

「いいか? 幹也はオレのだ。お前がどんなに頼ったってコイツはオレのだ」

 

うん、理解した。完璧になんかずれてる……なんていうか俺、この人凄い苦手だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、最初の質問に戻るけどな。お前一体“何”だよ?」

「式、幾らなんでも酷過ぎやしないかい?こんな小さな子をつかまえてさ」

 

 結局、よく分からないままに俺は二人のペースに巻き込まれていた。一しきり話し終えた後落ち着ける場所に行こうと三人で店を出た俺たちは、幹也さんが独 身時代からずっと使い続けているというアパートにやってきた。今幹也さんはコーヒーを入れるために台所に立っていて、俺と式さんが向かい合う形で座ってい る。しかし先ほどの店での惚気ムードはどこに行ったのやら、式さんの表情は俺と初めて顔を合わせた時の殺気を滲ませている。

 

 これ以上はぐらかし続けても無駄。その表情を見れば一目瞭然、自分たちに害を為す者ならば遠慮なく排除する。式さんの表情はそう告げていた。

突き刺さる視線に俺は姿勢を正し、言わないでおこうと思っていたはずの言葉を口にする。

 

 

「人を……ある人を探しています」

「ふぅん。それはお前と“同種”って考えていいのか衛宮?」

 

 

『同種』

 

 

 そう。もう式さんは俺が何者かを直感で理解している。俺が魔術に関わりを持つ人間だということを、非日常の側に身を置く者だということを。

 

「そうです、その人と関わりを持ちたくて俺はここに来ました」

 肝心な部分、『利用するため』ということを俺は告げずに話を進める。思うに式さんは俺がアオザキと会おうとしている事情なんてどうでもいいはずだ。

ジワリと額に汗していることを肌が感じる。それだけこの両儀式という人との会話にすごく緊張しているのだと改めて理解させられてしまう。

かつてならばこんな局面は簡単に打破出来たのに……それがどうしようもなく悔しくて仕方がない。

 

「鮮花たちと同種ってことかよ。……まったく! 本当に似たような変な奴ばかりに好かれやがって」

 呆れ顔になりながらベッドに身を投げ出す式さん。お約束の展開だよと悪態を吐きながら、ジッとコーヒーを入れている幹也さんを眺めている。

俺はというと質問が終わったのか終わっていないのか未だに分からず、困惑したまま二人を見ていた。

 

「あ、あのすいません。式さん?」

 式さんの言葉が何を指し示しているのか、よく分からないままとりあえず彼女を呼んでみる俺。だが帰ってきたのは、無言の視線だけ。完全にイライラしていらっしゃる……もうこれ以上何かしたら、どうなるか分かったもんじゃない。

 

 

「式はコーヒー……いらないよね。つまり鮮花に似てるってことは、もしかして魔術に関わりを持つ人ってことかな?」

 準備したコーヒーを俺に渡しながら、幹也さんが尋ねる。式さんは面倒そうにコクリと一度だけ首を縦に振るだけだった。それにしても『魔術』というワード を全く違和感を持たずに使う幹也さん。この人に式さんが関わっているという時点で何かしらそれに関わりを持っているだろうという想像に容易かった。

 

「やっぱり。お二人って魔術師と何か関係あるんですね?」

「まぁね、前に勤めていた会社の社長が……そうゆう関係の人だったからね」

 しみじみと懐かしむように呟く幹也さん。一方式さんの方は嫌なことを思い出したように不機嫌な顔をしている。

 それにしても式さんはともかく、幹也さんが魔術師と実際に関わりを持っているということはあまりに信じられなかった。なぜなら幹也さんのどこをとっても『特別』な所は見受けられない。

いや、この考え自体が間違っているのか。それはともかく、もしかすると本当にアオザキにつながるヒントを手に入れたのかもしれない。

 しかしそれも次の幹也さんの一言であっさりとゴールへと変わってしまうとは考えもしていなかった。

 

 

「士郎くんも知ってるんじゃないかな? 橙子さん……蒼崎橙子さんって言うんだけど」

 

「――っえ? す、すいません。もう一回言ってもらっていいですか?」

 

「前にね、蒼崎橙子さんって人のとこで働いてたんだよ。今はもうこの街にはいないんだけどね」

 

 

 返した言葉はあまりに間抜けで、正直これから一体どうなっていくのか……今の俺では全く予想することは出来なかった。

 

 


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