終わりの続きに   作:桃kan

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裏切りの弓兵

 

 

 耳につく不快な音をたてながら、青の槍兵がその身を沈めた。

 最早ソレは言葉を発する事はない。後はその身が光となり、その痕跡がなくなるのを待つだけである。

 

 ただ槍兵を射殺し、所々綻びを見せる捻れた剣がその存在を怪しく輝かせていた。

 

「セイバー! 呆けるな、防御だ!」

 そう、違和感だ。

 意味もなくあの男が自らの武器を放置する訳がない。ただ突き立つそれは、自らの主からその名を解き放たれる事を待っているのだ。

 

「ーーーーっ!!」

 焦りの表情を見せるセイバー。

 防御と言ってもソレを遮る者などは何もない。そうならばオレ自らがそれを遮るものを作るしかない。

 

 

 最早一刻の猶予すらない。

 だが間に合うのか。

 否、間に合わない事があろうか。

 自らの裡に埋没する事に時間など要らない。

 あとはただ……この掌を広げればその場に顕われる。

 

 

「壊れた(ブロークン)……」

 低く、闇夜を揺らすような響きがこちらに伝わる。その響きがこちらに告げるのは、俺を殺す意志。この場の全てを巻き込んだとしてもそれを為そうとする明確な意図。

 そして俺の後ろには遠坂、そしてセイバー。セイバーはどうにか出来るだろう。しかしこんな状態の遠坂を放っておくなど、あまりに酷な事だろう。

故に回避など許されるはずがない。

 ただゆっくりと閉じていた瞼を開ける。

 血だまりの傍に突き立つそれに、魔力の滾りが行き交う。今まさにそれは解放されんとしていた。

 

「熾天覆う(ロー)ーー」

 今その手に顕す。俺が唯一創り出す事の出来る、守りの要を。

 

「七つの円環(アイアス)ーーー!!!」

「幻想(ファンタズム)!」

 

 

 展開される七つの花弁。刹那、吹き渡る轟音と熱風。

 内包された魔力の暴発により、周囲を一気に焦土とするまさに魔力の散弾銃。

 対して俺の手に顕したのは、幾度となくこの身を守り続けた、彼の英雄の盾。

 その守りは悠々と、その衝撃からこの身体、そして遠坂たちを守っている。しかしその守りから身体を反らしてしまえば、おそらく一瞬にしてこの身は蒸発してしまうだろう。

 

 しかし足りない。

 その爆風はこの盾を壊し得るには足りない。

 その衝撃はこの身体を破壊せしめるには足りない。

 

「なんで、こんなにも簡単に……」

 それらは明らかに手を抜いていることを示している。

アイツがその気であれば、俺の展開したこの盾を易々と撃ち抜く事が出来るはずだ。何よりこの衝撃の最中、何も手を打ってくる事がない時点で何か別の目的があって行動を起こしている事は明白。

 

 そう。きっと別の策がある。

 わざわざこの場に姿を見せた理由も、俺たちを足止めする為のこんな大げさな攻撃も、本来の目的を果たす為の目くらましに過ぎない。

「ーーまさか……ッ!」

 刹那、脳裏に少女の顔が浮かぶ。

 疲れ果て、その身を休めている少女。

 そして戦いに敗れ去ったサーヴァントの魂の受け皿となる少女の姿が。

 

「待て……何でだ! 何でだよ!」

 今更彼女を手中に納め、何をしようというのか。

 こんな状況になっても、聖杯を求める理由はあの男にはない。寧ろこの期を利用して何故俺を殺しにこないのか。

 

 しかし俺が考えを巡らせている間にも、衝撃は収まる事はない。

 ただ盾を展開し続けるこの身は徐々に軋み、携える手は悲鳴を上げるかのように血を垂れ流している。

 

 もし、アイツの行動が自らの意志でなければ……そう考えればこの不可解な行動にも合点がいった。

 そう。もしあの子が彼女を求めているのであれば。

そして、未だに暗躍を続けるこの戦いの監督役が裏で手引きをしているのであれば。

 

「ッ……ああああ!!」

 

 俺が吐き出した声を最後に、魔力に起こされた爆発がその衝撃を静まっていく。

 焼け焦げ見る影もない庭。そしてランサーがその身体を横たえていたはずの血だまりの後が目に痛い。

 しかしそれよりも尚、俺には優先すべきモノがある。

 衝撃の全てが治まった事を確認し、乱暴に手足を動かす。目指す場所は彼女の寝ている、元々は親父の部屋だった場所。

 

 おそらくこの慌てぶりに、俺の後ろにいたはずの二人の少女は唖然としてしまっただろう。

 そこまで理解していても、俺は動かずにはいられなかった。

 靴も履いたまま、そこが部屋の中である事すら考えていられなかったのだ。

それは彼女と交わした約束があった。俺がこの聖杯戦争の中で唯一交わした約束があった。

 

 果たさなくてはいけない、最後の誓いがあったから。

 

 

「ーーーーッ……! イリヤ……」

 そう。そこにはイリヤがいたはずだった。

 安らかな寝顔がそこにはあるはずだったのだ。

「いない……やっぱりアイツが」

 彼女が身を横たえていたはずの布団は乱暴に踏みつけられ、親父の写真の飾られた棚は無惨にも打ち壊されている。

それは侵入者がイリヤを連れ去った事実を示していた。

 

 

 それは、俺にとっては起こってはならない事態であった。

 

 

「――――士郎、ねぇ士郎!」

 そして俺の背後から声を上げた遠坂も、この事態を飲み込めずにいた。

 俺の急いだ後を追いかけてきたのだろう。肩で息をする彼女の表情は困惑に満ちている。

 無理もない。ランサーに止めをさし、この惨事を引き起こした張本人の正体を理解しているのであれば、それは当然の事なのだ。

 俺自身、こうなってしまう事など考えもしていなかった。

 いや、正確には『アイツがこうまでして、目的を果たそうとするとは想定していなかった』と言う方が正しいのかもしれない。

 

 アイツは……いや、かつての俺は霊長の守護者なのだ。

 それを危機に貶める存在があるにも関わらず、自らの意志を優先する事などあっては成らないはずなのだから。

 

「遠坂、大丈夫か?」

「違うのよ、そうじゃなくて!」

 肩が震えている。

 決して疲れからそうなっている訳ではない。

ただ事実を理解しながら、それを認める事が出来ていないのだ。

「言いたい事は分かってる。お前ももう……」

「落ちつかなきゃって事くらい分かってるわよ! イリヤがいなくなってるのも分かってる。ランサーだって……」

 最後の言葉を言い淀み、遠坂は口を噤む。

「凛! シロウ! 無事ですか」

 遠坂に遅れながら、セイバーが部屋に足を踏み入れてくる。

彼女の登場は遠坂にとって、タイミングの良いモノだったのだろう。混乱に振るえていたはずの彼女の顔は水を打たれたように冷静になり、いつもの凛とした表情を取り戻していた。

「セイバー! 貴方は無事なの!?」

「今は動いてはいけません! ランサーを屠った敵は確実に私たちを監視できる状態にあります」

 しかしその一言は落ち着きを取り戻していた遠坂を、更に困惑させた。

「でも……敵って」

 そう。こんな状況に陥った今でも、どうしてもその一点を認めずにはいられないのだ。

 赤の紋様の浮かぶ手を口元に持っていきながら、カタカタと再び振るえ始める。遠坂なりの、必死に困惑を隠す仕草だ。

 ただそれがあまりに悲しすぎた。それは今までに見た事のない、彼女の弱々しい一面だったからだ。

「分かっています。今は状況を見極めてください」

 セイバーは外を見据えながら冷静にそう言い放つ。

 次の手を打ってくるであろうあの男に対し、警戒をしての事なのだろう。自らのマスターが困惑していては、どうにもならない事を十分なほどに彼女は理解出来ているのだ。

 

「何がしたいんだ。一体……」

 セイバーに倣い、部屋の外に目を向けながらそう呟く。

 答えは出ている。しかしそれとは裏腹に俺自身も困惑していた。

 俺であるはずのあの男がそんな行動を起こすはずがないと、未だに心のどこかで思おうとしている。

 

 だが視界に入ってきたその光景が、その考えを打ち崩していく。

 

 月明かりを背に受けながら、その男は立っていた。 

 崩壊した庭の中程、力の限り疾走しても数秒はかかるであろう距離。

 男を象徴していたはずの赤の外套は身には纏われておらず、焼け焦げた褐色の肌が光に照らされそれを露にしている。

 しかし月の光などよりもその褐色を際立たせるものを男は抱きかかえていた。

 

「――なるほど。これはなかなか妙な光景ではないか」

 この部屋に寝ていたはずのイリヤを抱きかかえたまま、ニヤリと顔を歪め最後のサーヴァントはそこにいた。

 数時間前、死地に残ったはずの遠坂のサーヴァント、アーチャーは何も変わらぬ姿のままそこに佇んでいたのだ。

 

「やはり、貴方だったか……」

 手に握った剣に力を籠めながら、再び庭に降り立つセイバーは納得した風にそう呟く。

 冷静なままに状況を見極めていた彼女なら、突如襲いかかった攻撃を放った主が誰なのかは想像に容易かっただろう。

 そしてアーチャーの目的が分からなくとも、自分たちに対し仇なす存在であるという事は分かりきっているはずだ。

 しかしセイバーの言葉に対し、アーチャーは何の反応も示さない。

 ただジッとセイバーと遠坂の両者を見つめた後、冷ややかな視線を俺だけに向けながら独り言のように呟いた。

「確かに……私ならば、そう選択するはずだ。しかし、それでも貴様は違う。決して私などではない」

「今貴方には何も言うまい。しかし敵対するというのなら、私は躊躇なく貴方を打倒しよう」

 剣を掲げる事はせず、ただ必殺の意志を籠めた光を湛えながらセイバーはそう宣言する。

しかしその彼女の精悍な闘気を浴びながらも、アーチャーは皮肉に笑いながらこう告げた。

「待ちたまえ。我が名を忘れた訳ではあるまい」

 

 シンプルなまでに、的を射た言葉。

 アーチャーの発言は今の現状の全てを物語っている。

 

「君の後ろには足手まといが二人もいる。そして君はランサーから受けた槍の傷を未だに治癒しきれていないのではないのかね? そんな状態の君が相手であれば、私は負ける事はないだろう。そう……この名に賭けて、君を、そして後ろに居るこの場にいる二人すら射殺してみせよう」

 そう。いくらセイバーの治癒能力が優れていたとしても、先刻ランサーの必殺の槍を受けたばかりのその身体では十二分に戦う事は出来ないだろう。

 その上向こうには人質がいる。乱暴な手段をとる事は出来ない。

「――クッ……」

 否定する事の出来ない事実にセイバーは言葉を失う。

 

 そしてアーチャーはそれで良いと付け足しながら、

「さて、私は主からの命は果たした。この場は退散させてもらいたいのだがね」

 淡々とそう言い放ち、アーチャーは立ち去ろうと身を翻す。無論、イリヤを抱きかかえたまま。

 

 それを見逃す訳にはいかない。

 魔力不足にあえぐ身体に喝を入れ、セイバーの前に飛び出す。

「……何で、何でイリヤを連れて行く必要がある? 何でお前が意味のない事をする必要がある!」

「……」

 俺の言葉に、返答はない。

 ただ月に照らされた背から感じる、明らかなまで殺気だけが俺の言葉に対する答えなのだろうか。

 しかし何の言葉もないままに立ち去ろうとしたアーチャーはふと足を止め、

「真実を知りたいのなら彼女の……我がマスターの下へと来るが良い」

 こちらを振り返らずに、そう一言告げた。

 

「待ってるのか? あの子が、俺の事を?」

「これ以上、貴様の質問に答える義理などない。この少女を連れて行けば自由を約束されているのでね。この身が自由になり次第、私は貴様の全てを殺し尽くす。これは願望ではなく、宣言だ」

 皮肉など一切なく、ただ自らに誓うようにそうつげられた言葉は、身震いするほどの恐怖を感じさせた。いや、アーチャーだけではない。桜がアーチャーを使役してまでイリヤを攫い何をしようとしているのか、俺には理解する事が出来なかったのだ。

 彼女が聖杯に縋るほどの願いを持っているとは思えなかったから。

「ーーッ、貴様!」

「言ったはずだ。君は動くなと……死にたいのか?」

 アーチャーのその宣言を耳にし、苛立ちを露にしながら剣を手にかけるセイバー。彼の鋭い言葉は再び俺たちの絡み付き、動く術を奪ってしまう。

 

 俺たちが動く事が出来ないのを肌で感じ取ったのだろう、フッと鼻で笑いながらあーちゃーはそれ以上のことを語る事はない。

「待たせ過ぎては我がマスターの怒りを買ってしまうのでね。それでは、失礼……」

「ーー待ちなさい!」

 

 しかし俺とセイバーが動く事の出来ない中で、唯一動く事の出来る少女がいた。

俺の後ろで事の成り行きを見守る事しか出来なかった彼女はただアーチャーの語る、自分以外のマスターの存在が許せなかったのだ。

「遠坂、凛か。息災で何よりだ」

「マスターって、マスターって何よ! 私以外にアンタのマスターがいる訳ないじゃない。無事なら何ですぐに戻ってこないのよ……私がどれだけ心配したか、分からないアンタじゃ……!」

「いや、君は既にセイバーのマスター……私の敵だ」

「……敵? 違うわ、私はアンタの……!」

 

 それはまるで今生の別れのように、元は彼女の従者だった男から告げられた。

かつてともに肩を並べ、聖杯を奪取せんと誓った二人の関係はここに終わり、相対する敵となった事を示していたのだ。

「それではな。来るなら早く来る事を勧める。彼女は真の意味で箍が外れかかっているからな」

 

 そして弓兵はその場から消えた。

 ただ自身が引き起こした宝具の爆発により、焼け焦げた庭と為す術無く彼を見送るしかできなかった俺たちを残した。

 

「嘘でしょ。ねぇ、嘘って言ってよ……そうよね、アーチャー」

 そう口にしながら、膝をつきその場に倒れ込む遠坂。

 俺も一度その表情を目にした事がある。しかしその時は彼女の強さを垣間見頼もしいと思えたが、今は見る影も無い。

 こんな別れ方では、後悔するのはアイツであるはずのなのに。

 

 

「自分の使命を裏切ってまで、何故俺を殺す事を優先するんだ、お前は……抑止の守護者じゃないのかよ、エミヤシロウ……」

 

 

 


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